第十四話「剣と盾と杖」
〈ヴィルヘルム視点〉
半端な覚悟では冒険者になる事は出来ないと常々思っている。魔物との戦闘は命の奪い合いだ。小さな判断ミスが命を奪う事もある。あの時、ダンジョンの攻略を止めてヴェルナーに戻っていたら。もしかしたらローゼは今でも生きていたかもしれない……。
アレクサンダーが俺とローゼを見捨てて逃げ出さなかったら、俺達はゴブリンロードから逃げる事が出来たかもしれない。目を閉じればローゼの最期の姿が目に浮かぶ。俺はローゼを失ってから暫く魔物の前に立つ事すら出来なかった。初めて愛する者を失った。何を希望に生きれば良いかも分からなくなった。復讐心、だたそれだけが俺を動かしていた。
冒険者とは常に死と隣合わせの職業である。クラウスの様な圧倒的な力があれば、魔物との戦いで命を落とす確率は低いだろうが、それでも安全ではない。町で魔石屋を営む方が、遥かに楽で、平和に生きていけるのだ。だが、ティファニーさんは冒険者になる事を夢見ている。
少し彼女に強く言い過ぎたかもしれないが、クラウスならきっとフォローしてくれるだろう。彼は人の心を開く力がある。俺はクラウスと出会ってからの毎日が楽しくて仕方がない。
仲間を失う事が怖かったから、俺はこの三年間、誰ともパーティーを組まなかった。しかし、俺はクラウスの剣技を見た瞬間、クラウスなら忌まわしきゴブリンロードを討伐する事が出来ると直感した。俺の予想通り、クラウスは人間離れした力を持っていた。
二週間前、クラウスとダンジョンの攻略をしていた時、突然無数のゴブリンの群れに囲まれた事があった。俺達はゴブリンが仕掛けた罠に嵌ったのだ。しかしクラウスは不思議な事に口元に笑みを浮かべていた。彼は、『戦い甲斐があって良いですね』といったのだ。普通の人間なら絶体絶命と思う時にだ。
いくらゴブリンが格下の相手だとしても、数十体のゴブリンを同時に相手する事は不可能。彼は瞬時に飛び上がり、ゴブリンの頭上から強烈なファイアボールを放って蹴散らした。たった一度の魔法で二十体近くのゴブリンを吹き飛ばしたのだ。
クラウスはどんな時にも決して弱音を吐く事はない。俺はクラウスこそが理想の冒険者だと思っている。食料が無ければゴブリンを倒して肉を喰らい、迫り来る魔物を徹底的に駆逐する。魔物が恐怖のあまり逃げ出しても、彼は躊躇なく敵を切る。一体どんな鍛え方をしたらクラウスみたいに強くなれるのかも想像出来ないが、俺は彼と出会ってから、パーティーで行動をする様になって、クラウスの強さの秘訣を知った。単純に、どんな冒険者よりも長時間肉体を酷使し、剣と魔法の訓練を続けていただけだった。
妹のエルザを襲ったデーモンが憎い。憎しみを力に変えているのだ。復讐に燃えながらも、優しさを持つクラウスの人柄が好きだ。これからも俺は彼の盾であり続ける。
俺は酒場で料理を食べながら二人を待つ事にした……。
〈クラウス視点〉
酒場に入ると、ヴィルヘルムさんが微笑みながら手を振った。やはり彼はこの結末を予想していたのだろう。俺とティファニーはヴィルヘルムさんの前の席に座ると、ヴィルヘルムさんは料理を注文してくれた。
「魔術師を見つけたんだな」
「はい。ヴィルヘルムさん」
「え? どういう事ですか……?」
「ティファニーさん。俺達はアーセナルで魔術師の募集をしているのだが、ティファニーさんが魔物を百体討伐する事が出来たら、俺達のパーティーに入ってくれないかな」
「え? 私がですか? 私、魔法も全然使えませんし。お二人の足を引っ張ってしまいます……」
「俺だっていつもクラウスの足を引っ張ってるよ。だけど、皆で力を合わせて強くなれば良い。そうだろう? クラウス」
「はい、ヴィルヘルムさん。俺も言おうと思っていたけど、冒険者登録が出来たら、俺達のパーティーに入ってくれないかな。ティファニー」
「本当に? 私なんかでいいの……?」
「俺は良いぞ。ティファニーさんを応援したいしな」
「勿論。俺はティファニーとパーティーを組みたいんだ」
「ありがとうございます……! 必ず一週間で魔物を百体討伐してみせます!」
ヴィルヘルムさんは柔和な表情を浮かべると、満足気にエールを飲み干した。随分早い時間からお酒を飲んでいるんだな。それからヴィルヘルムさんは新たに購入したアイスシールドの魔石を持った。これはアイスウォーリアという北国に生息する魔物の魔石らしく、氷の盾を作り出してパーティーで行動する魔物なのだとか。
左手で魔石を持ち、右手から魔力を放出した。瞬間、手のひらサイズの小さな氷の盾が現れた。まだ初めての魔法だから弱々しいが、練習を続ければ敵の攻撃を防げる立派な盾を作れる様になるだろう。
それからヴィルヘルムさんは小さな氷の盾をゴブレットに入れて溶かすと、冷え切ったエールを美味しそうに飲んだ。
「ティファニーと呼ばせて貰ってもいいかな」
「はい。ヴィルヘルムさん。私はティファニー・ブライトナーです」
「ブライトナー? もしかして、ベル・ブライトナーの娘? そんな訳はないか……」
「そうです。ご存知ですか?」
「ああ、以前王都アドリオンに観光に行った時に銅像を見たよ。アドリオンを守りながら命を落とした防衛の国家魔術師」
「ティファニーのお父さんって有名人だったんだね」
「有名もなにも、ワイバーンが王都を襲った時、命を捨てて防御魔法を展開させ、ワイバーンの炎から市民を守り抜いた英雄だよ。俺はベル・ブライトナーに憧れているんだ。防御魔法ならゼクレス大陸で彼の右に出る者はいない!」
「嬉しいです。十年近く前の出来事なのに、まだ覚えている人が居るなんて」
「魔術師なら知っていて当たり前の存在だろう」
ティファニーのお父さんはかなり名の通った魔術師だったんだな。聖獣から市民を守って死ぬ。理想的な最期だが、俺はどんな敵にも負けるつもりはない。もう俺に敗北は許されないのだ。俺に力があれば、デーモンの魔の手からレーヴェを守る事が出来たのだから……。
「ティファニー。単刀直入に聞くけど、今どんな魔法が使える?」
「私が使用出来るのは、ウィンド、ウィンドショット、それからエンチャント・ウィンドだけです」
「エンチャントが使用出来るのか。風のエンチャントは前衛にはありがたいな」
「ヴィルヘルムさん。風のエンチャントってどんな効果があるんですか?」
「攻撃速度や移動速度を強化出来るんだよ。それから剣にエンチャントを掛ければ攻撃力も上がる。クラウスのために説明しておくが、ウィンドは風を作り出す魔法。攻撃効果は殆ど無い。風属性の中でも最も基本的な魔法だ。それから、ウィンドショットは風の塊を飛ばす魔法。俺のアイスショットと使い方は同じだ」
「丁寧な説明をありがとうございます」
「どういたしまして」
俺はヴィルヘルムさんが注文してくれた肉料理を頂くと、ティファニーは不安げにヴィルヘルムさんを見つめた。
「私、本当に百体も魔物を狩れるでしょうか」
「大丈夫だよ。俺とクラウスが居る。クラウスが敵を挑発し、ティファニーがウィンドショットで攻撃を仕掛ける。俺は二人を守りながら指示を出す。ダンジョンの浅い層で狩りをしようと思うのだが、どう思う? クラウス」
「そうですね。ダンジョンの五階層までなら大丈夫だと思います」
「そうですか……私、お二人に迷惑をかけない様に頑張ります!」
「ああ。お互い頑張ろうな」
ヴィルヘルムさんは優しく微笑むと、エールを飲み干して会計をした。これからすぐに魔石屋に戻り、明日からダンジョンでの狩りを始める。期限は五月三日から五月十日まで。その後、すぐにアーセナルで冒険者登録をし、三人で月に一度のクエストを受ける。
俺は魔石屋に向かう前にアーセナルに寄り、魔術師募集の張り紙を剥がした。ギルド内に居た冒険者達は不満気に俺を見つめたが、既にティファニーの加入が決まっているのだから、もう募集する必要はない。それから魔石屋に戻ると、キャサリンと店主が口論をしていた。
「一人でダンジョンに潜れるもん! 私、ティファニーなんかよりもずっと強いんだから!」
「狩りをするなら仲間を集めてからにしなさい! 敵に囲まれたらどうするんだい?」
「私の魔法で倒せるもん! ティファニーだってどうせ一人でダンジョンに潜る事になると思うよ!」
二人はやっと俺達の存在に気が付いたのか、口論を止めて俺達を見つめた。
「お母さん、私、明日からダンジョンに潜ります」
「ほら、やっぱりティファニーもダンジョンに潜るんだ! どうせ仲間も居ないんだよ、ティファニーと一緒に狩りをする人なんて居ないんだから!」
「ちょっと待って下さい。俺はアーセナルのクラウス・ベルンシュタインと申します。自己紹介が遅れてすみません。明日からティファニーさんと一緒にダンジョンで狩りをさせて頂きます」
「私は氷の魔術師、ヴィルヘルム・カーフェンです。ティファニーさんの挑戦にお供させて頂きます。アーセナルに所属しています」
「分かったわ。好きにしなさい。ティファニーを死なせたらあなた達二人に責任を追求しますからね」
「お母さん。私が魔物との戦闘で命を落としても、二人の責任ではありません。私は自分の意思で挑戦するのだから。明日から魔物討伐に挑戦します。そして、冒険者になる事が出来たら、家を出て一人で暮らそうと思います」
「ええ、いいでしょう。その代わり挑戦に失敗したら、一生魔石屋で働いて貰うからね。討伐の証明として魔物の素材を持ち帰る事。討伐対象はファイアゴブリン、ガーゴイル、スケルトン。それ以外の素材を持ち帰っても討伐数には数えないからね」
「分かりました」
ファイアゴブリンとガーゴイルは火属性、スケルトンは闇属性。ファイアゴブリンは大型のゴブリンで、強力な火の魔法を操る。ファイアゴブリンはガーゴイルと共にダンジョンを徘徊しており、群れで行動しているので、非常に厄介な存在だ。スケルトンに至っては骨の体をしているから、攻撃魔法で仕留める事は難しい。物理攻撃で体を砕いた方が遥かに楽なのだ。
風属性のティファニーがファイアゴブリンとガーゴイルを狩る事は非常に困難だ。ガーゴイルは高速で宙を舞うから、攻撃魔法を直撃させる事は難しく、ファイアゴブリンは皮膚が硬いから、威力の低い攻撃魔法では皮膚を貫く事は出来ない。きっと店主はわざとティファニーの属性では討伐が困難な魔物を指定したのだろう。
「属性的にティファニーが不利なのはどうしてですか?」
「有利な敵だけを選んで狩るのは簡単でしょうけど、冒険者生活はそこまで甘くないわ。これくらいの魔物が狩れないなら、冒険者なんか務まらないんだよ」
「そうですね。ヴィルヘルムさん、敵がどんな属性だとしても関係ありませんよ。戦う力を持たない民のために魔物を討伐すれば良い。それが冒険者です」
「若い方は話が分かるじゃないの。流石、剣鬼と呼ばれているだけはあるわね。一ヶ月で五百体以上のブラックウルフを狩ったんだってね。町は剣鬼の噂で持ち切りだよ」
「え? 剣鬼ってそんなに強いの……? やっぱり将来は私の前衛としてパーティーに入れてあげるわ」
「残念だけど、俺達は三人でパーティーを組む事に決めているんだ。それでは明日から魔物討伐をさせて頂きます。今日はこれで失礼します」
「ああ。魔石が必要ならいつでも来るんだよ」
それから俺達はティファニーのお母さんに挨拶してから店を出た……。




