第十三話「魔術師の苦悩」
町を走りながらヴィルヘルムさんとティファニーさんを探す。やはりヴィルヘルムさんは目立つのか、市民達に彼の居場所を聞くと、公園で見かけたと教えてくれた。噴水がある大きな公園に入ると、涙を探すティファニーさんをなだめるヴィルヘルムさんが居た。
ゆっくりとヴィルヘルムさんに近づくと、俺は彼の隣に腰を降ろした。ティファニーさんは母親と妹の心無い言葉に傷ついているのだろう、眼鏡を外して静かにすすり泣いている。あの様子では、普段から家族に中傷され続けているに違いない。
「ティファニーさん。俺はアーセナルの魔術師、ヴィルヘルム・カーフェン。それから彼は同じギルドの剣鬼、クラウス・ベルンシュタインだ」
「ヴィルヘルムさんにクラウスさん……? 私を追いかけてきてくれたんですね。嬉しいです……」
「ティファニーさん、あなたのお母さんはティファニーさんが冒険者になる事を認めましたよ」
「本当ですか? まさか、あの頑固な母が私の願いを聞いてくれるなんて」
「はい。ただし条件があります」
「どうせ無茶な条件なんですよね。いつもそうなんです、絶対に達成出来ない事を言って、私の意欲を削ぐ。母は私が冒険者にならなければ良いって思ってるんです」
「確かに条件は無茶なものです。一週間以内に魔物を百体討伐する。これがティファニーさんが冒険者になるための条件です」
「そんな! 一週間で百体なんて絶対無理です!」
ティファニーさんは案の定、条件を聞いて憤慨した。人生を変えるつもりで、魔物との戦いに身を置かなければ、一週間で魔物百体を狩る事は難しいだろう。俺は洞窟で暮らしていた時、一ヶ月間で最低でも千体は魔物を狩った。それは生きるため、復讐するためだった。魔物を狩り、強くならなければ生き延びる事すら出来なかったからだ。
しかし、帰る家もあり、平和な町で暮らしているティファニーさんが、自分自身を追い込んで魔物討伐を続ける事は難しいだろう。俺の様に、敵を狩らなければたちまち命を落とす状況に居れば、嫌でも魔物を狩る事になるが……。
「そんなの無理です……やっぱり私は一生魔石屋として暮らすんです」
「今のティファニーさんでは到底冒険者にはなれないでしょう。素直に諦めた方が幸せに暮らせると思いますよ。一週間で魔物を百体すら倒せないなら、冒険者になっても生きていけませんよ。そもそも、冒険者とは民を守る力。弱ければ成り立たないんです。戦う力を持たない者を守るための戦力なのですから、出来ないと決めつけて生きているあなたが生き延びれる程、冒険者生活は易しいものではありません」
「そんな……」
「ヴィルヘルムさん、少し言い過ぎではありませんか……?」
「すまない……ついローゼの事を思い出して。俺は先にいつもの酒場に戻っている」
「わかりました」
ヴィルヘルムさんは俺の肩に手を置くと、片目を瞑ってみせた。わざとティファニーさんを煽る様な事を言ったのだろう。
「ヴィルヘルムさんも私が冒険者になれないと思っているんですね」
「それはきっと違います。ヴィルヘルムさんはティファニーさんを応援していますよ。ティファニーさんが魔石屋から出た後、お母さんから冒険者になるための条件を聞き出したもの彼なんです」
「そうだったんですね……」
「はい。ヴィルヘルムさんは十五歳の時、ヴェルナーから程近いダンジョンで恋人を失いました。初恋の相手を幻獣のゴブリンロードに殺されたんです」
「まぁ、恋人を? それは可愛そうですね……」
「ええ。冒険者になるなら、命を落とすかもしれないという事を考えて欲しい。きっとヴィルヘルムさんはそう思っているんですよ」
「それは分かっているつもりです。私は何が何でも冒険者になりたいんです。魔術師として冒険者になって父に追いつきたい……」
ティファニーさんはすっかり泣き止んだのか、眼鏡をかけると、俺に微笑みかけた。朝日が彼女の艶のある黒髪に当たり、幻想的に輝き輝いている。やはりティファニーさんは美しい。俺にティファニーさんの様な恋人が居れば、人生をより楽しく生きられるのだが……。
「お父さんは魔術師をしているんですか?」
「はい。王都アドリオンで国家魔術師をしていました。聖獣のワイバーンの炎を全身に浴びて命を落としましたが」
「魔物に家族を殺されたんですね。だけどどうして……?」
「父は元々アーセナルの冒険者でした。ヴェルナーで生まれて剣と魔法の技術を磨き、二十五歳の時に国家魔術師試験に合格しました。それからアドリオンで都市の防衛を任され、母と結婚しました。父は任務の最中に、突如出現したワイバーンに殺されたんです。その時私は五歳、キャサリンは二歳でした。母は私達を連れて父の故郷であるヴェルナーで生活を始めました」
「そんな過去があったんですね」
「はい。私はワイバーンに復讐したいとは思いませんが、父が携わっていた仕事に憧れているんです。国家魔術師試験に合格して、都市の防衛をする。この杖は父が私に遺してくれたものなんです。私なら国家魔術師になれると、何度も言ってくれました。幼い頃の事なので、実は父の思い出は殆どありませんが、嬉しそうに私を抱き上げながら、『ティファニーなら国家魔術師にだってなれる』と何度も言っていた事だけは覚えています」
「なれますよ。きっと。一週間で魔物を百体討伐するのは精神的にも肉体的にも厳しいと思いますが、人生を変えるために、国家魔術師になるために、挑戦してみませんか? ヴィルヘルムさんもティファニーさんを応援しているんですよ」
俺が微笑みかけると、彼女は嬉しそうに俺を見つめた。俺が出来る事は何でも手伝おう。ティファニーさんは赤の他人の俺に、妹の呪いを解く方法を探してくれると言ってくれた。こんなに心優しい人が人生で悩んでいるんだ。きっと何か手伝える事がある筈だ。
あくまでも本人が百体の魔物を狩らなければならないが、俺が敵の攻撃を受ける事だって出来る。何より、妹と同じ夢を持っている事に共感出来るし、正直なところ、俺はティファニーさんを一目見た時から好意を抱いていた。一目惚れした訳ではないが、素敵な女の女性だなと思っている。
「ティファニーさんなら国家魔術師になれますよ」
「本当に、私が国家魔術師になれるのでしょうか。冒険者登録すら許可されていないのに」
「一週間で百体。挑戦してみませんか? ティファニーさんは夢を追える環境に居るんです。やってみましょうよ。妹のエルザは夢を叶えたくても、動く事すら出来ません。ティファニーさんは可能性に満ち溢れているんですよ。勝手に自分が弱いと思わないで下さい。俺に出来る事ならなんでもしますから、一緒に冒険者になりましょう!」
「クラウスさん……ありがとうございます。つい弱気になってしまいました。そうですね。挑戦しましょう。私は本当に弱いので、迷惑をかけると思いますが、私に戦い方を教えて下さい。私は聖獣を、エルザさんを助ける方法を見つけますから!」
「はい! よろしくお願いします、ティファニーさん」
俺は彼女に握手を求めると、彼女は細い指で俺を手を包み込む様に握った。風の魔力だろうか、俺の体内にはティファニーさんの魔力が流れてきた。きっと彼女は良い魔術師になるだろう。今の段階でも、欠して魔力が低い訳ではない。ただ自信がないだけなんだ。
毒舌の母と妹から、『ティファニーでは無理』だと言い続けられたら、誰だって弱気になるだろう。そのうち、自分では本当に夢を叶える事が出来ないと思うかもしれない。だけど、せっかく平和に暮らせるのなら、自分の夢を追って生きて欲しいと思う。俺の様に、何処に行っても拒否される様な人生ではないのだから……。
「あの……私の事はティファニーって呼んで下さい。歳も近そうですし」
「同い年ですよ。俺が十五歳、ヴィルヘルムさんが十八歳です」
「あら、クラウスさんも十五歳だったんですね。それなら敬語も使わないで下さい」
「わかったよ。ティファニー」
「クラウスさん……いいえ、クラウス。男の友達は初めてなので、何だが緊張する……」
「実は、俺も初めてなんだ。村では妹とばかり遊んでいたから。そうだ、ヴィルヘルムさんが俺達の事を待っていてくれている筈だから、一緒に迎えに行こうか。それから三人で魔石屋に戻って、魔物討伐に挑戦すると宣言しよう」
「そうね……ええ。もう何だか吹っ切れたわ。二人が私の背中を押してくれたから。ヴィルヘルムさんにもお礼を言わないと」
俺とティファニーはヴィルヘルムさんが待つ酒場に向かって歩き出した。年が近い女性と二人で町を歩くなんて初めてだ。何だか魔物を前にした時よりも遥かに緊張するのは気のせいだろうか。彼女の長く伸びた美しい黒髪が風を受けてなびき、雪の様に白い肌は透き通る様だ。声は心地良い高さで聞いているだけで安心する。
「クラウスって、ヴィルヘルムさんと本当に仲が良いみたい。もしかして、氷の壁を壊した時に仲良くなったの?」
「そうだよ。あの日、ヴィルヘルムさんが俺を追いかけて来てくれたんだ。それから俺達は酒場で語り合って意気投合したんだよ。俺の初めての仲間なんだ」
「じゃあ、私は二番目の仲間なのかな……?」
「そうだね。丁度ティファニーみたいな仲間が欲しかったんだ。実は、アーセナルで魔術師募集の張り紙を出しているんだけど、なかなか俺とヴィルヘルムさんが求める人材が見つからなくて。今日あたりに張り紙を剥がそうかな」
「え? 魔術師は見つかったの?」
「ああ。もう心に決めた人が居るんだ」
ティファニーが一週間で百体の魔物を討伐出来たら、冒険者登録が済んだ日に俺達のパーティーに勧誘しよう。レベルも属性も条件に合っているし、何より、俺とヴィルヘルムさんは既にティファニーの人生に関わっている。彼女は自信さえ持てたら、きっと強い魔術師になるだろう。一人で魔物を狩る事すら出来ない現時点でも、レベルが二十を超えているのだから。生まれ持った魔力の強さと、魔法に関する豊富な知識。俺達の求めていた理想の人材だ。
「そろそろ酒場だよ」
暫く歩くとヴィルヘルムさんが待つ酒場に到着した……。




