14:珍客
離れたところからあっという間にリオネルの元にたどり着いた少女に、少年がリオネルが話した内容を簡単にまとめて伝えている。やはり彼らは研究者で、きっと古代魔法の研究者なのだろう。幼いが。
「リオネルさん」
「な、なんでしょう」
少年が鋭い視線でリオネルを見つめてきた。その表情には緊張と、なぜか不信感が見える。
「おたくの教会は勇者をどういうものとしてみてるんですかね。聖モードゥックは聖者としてるけど、その他の勇者はどうなんですか」
「は、はぁ」
こんなことは初めて聞かれた。驚きつつも、悩める民のために頭の中の知識を浚い、つなぎ合わせる。
「あー…まず、勇者とは、基本的に尊ぶべき方々であり、いつか必ずあるべきところへ帰すべき方々であります」
「はい」
すっと、少女の手が上がる。質問があるらしい。
しかし彼女はなんと呼ばれていたか。
「ええと…」
「紗枝です」
不思議な響きである。
「サエ、さん。なんでしょう」
「基本的の内容と、いつかあるべき場所について詳しくお願いしたいです」
「ううむ…」
まっすぐこちらを見つめる少女に困惑する。語っても大丈夫な内容ではあるが、少し気がひける内容である。
しかし迷える民に手を差し伸べるために、リオネルは口火を切った。
「まず、基本についてです。勇者の方々はとんでもない力を皆様一様にお持ちです。ただ、それが正しいことにすべて使われるわけではないから、基本的にということになっています」
「例えば、暴走したとか?」
「えぇ。簡単に言ってしまえば自己中心的な方に強い力が渡り、国1つ滅びかけた、または滅びた…なんてことが、3回ほど歴史に記録されているのです。もちろんこんなこと自体が例外で、基本的にどの方もみな、広く世界を救ってくださったと記録にありますが…」
「だから基本的なのね」
おぉ…と少年とサエさんは驚きながらも興味深げな顔をしていた。
「次は…帰すべき場所ですね。勇者の方々は別の世界から召喚され、こちらの世界に来ていただいております。しかし異界渡りの術がなくなった今、その道は一方通行なので、我々はいつか勇者様がたをあるべき場所へ返すための研究をしているのですよ」
「…それは、まだ研究中ですか」
「はい。でも全然…といったところです。なにせ勇者様たちのお力は人智を超えたものですから」
「なるほど」
サエさんと少年がはぁとため息をつく。そして少年がそういえばと口を開いた。
「リオネルさんは、聖モードゥック教の偉い人なんですか?よく知ってるみたいですけど」
リオネルは伝えるべきか悩んだ。リオネルの正体が結構微妙な立場なもので、あまり詳らかにしたらちょっとまずい。しかし少年と少女の探究心に応えるべきだと決断した。
一番まずいところを隠せばいいだろう。
「…私は、聖モードゥック教の秘蹟調査室 室長であります。この地には聖モードゥックの痕跡を探しに訪れたのです」
そう伝えると、少年少女はなぜか額を寄せ合って相談し始めた。
なにゆえ。
◆
「紗枝さん、もうよくない?」
「そうよねぇ、大丈夫そうだし、最悪拘束して逃げてしまえばいいし」
自分たちが勇者であることを告げ、地球帰還への手がかりを得る。
しかし聖モードゥック教会がいくら勇者を保護するのが教義でも、リオネル個人がどうかはわからない。
リオネルを拘束し、逃げる。
物騒極まりないが、今までの2人の体験、特に紗枝の体験上、人を信じること、そして勇者で異世界人だと告げるのはハイリスクなに行動にあたる。警戒するのも無理はなかった。
しかし、良太のペンダントも、リオネルが所属する団体はわりと安全だと記録しているのである。良太から数えて5代前の巫女に、どうやら便宜をはかってくれていたらしい。
それはさておき、聖モードゥック教会は、初代勇者パーティーの1人、モードゥック(?)を聖人として祀っており、存在理念もリオネルが話していた通り欲からは程遠いものであった。
薄々感づいているが、この世界の人間の勇者に対する考え方は軽薄なものが多い。高価な使い捨ての部品のように捉えられていることが多い。
そんな中で唯一、まともに勇者を勇者として敬い、哀れんでくれているというのは、でっかいプラス要素である。
そしてリオネルになら話してもいいと思った理由がもう1つ。
「初代勇者の話はかなりおいしいし、黒歴史が気になるわよねぇ」
「そうそう」
聖モードゥックの記録に隠された、黒歴史という漢字。いったいなにがそこに封印されているのだろう。
もちろん他人の黒歴史を暴きたいのではなく、帰還の手がかりについて知りたいからだ、もちろん。
さて、その記録に行き着くにはリオネルに対価を示さねばならないだろう。
こくりと紗枝が頷く。
良太は息を吸って、吐いた。緊張する。
「あの、リオネルさん」
「なんでしょう?」
「魔王城跡地にさぁ、とーっても強力な結界張ってあって。6重の。なにがあるのか見たくないですか」
「え…えぇ!?そ、そんな、そんなことなど!」
リオネルが慌てふためく。
そう、歴史上、初代魔王城はその核を打ち砕かれ、主を失い、時の流れもあり瘴気だけを薄く残して、もはや更地となっていた。一般的な認識はそこまで、悪は打ち砕かれた、めでたしめでたしなのだ。
リオネルの認識もそこ止まりであり、かつ宗教のものだからこんなに慌てふためいている。
しかし結界術の寵児である良太の目が捉えた、ご立派すぎて逆に凶悪な結界は事実だ。
「なんでそんなもん見えるかっていうと、おれ、ある国の元勇者でして。こっちの紗枝さんもなんだけど。まぁそんなかんじで見えるんすよ」
「し…」
「まぁ嘘に聞こえるかもだけど、証拠ならその結界解除するってことでご同行いただけたらなと」
「し…」
「リオネルさん?」
俯いて、し、としか言わなくなってしまったリオネルを不審に思い、紗枝と一緒にその顔を伺ってみようとすると、思い詰めたような顔をしていた。
「し…」
「リオネルさん…?」
紗枝が慌てて声をかけると、リオネルは拳と拳を胸の前で合わせた。
魔力の光が飛び散る!
やばい、ヤる気か!
良太と紗枝はおもわず戦闘体勢をとる。
慌てる反面、やっぱり人の良さそうなこの人でもこうなるのかと良太は暗い気持ちになった。おそらく、紗枝も。
そんな2人を前に、リオネルは魔力の宿る拳を地面に打ち付け、叫んだ。
「審問術式展開!答えよ、汝は真に勇者であるかッ!!」
「なっ!?」
地球において小さな公園レベルの、巨大な青い魔法陣が出現し、そこから術式文字が長大なリボンのように浮かび上がって良太と紗枝に絡みつく。と、思うとそれらは明るい緑色に変色し、踊るように宙に溶け、消えた。
「ご無礼をお許しください!」
同時に、リオネルが跪く。とおもったら土下座した。
異世界で、金髪碧眼の異世界人に土下座されるってなんだこれ。
「あの…今のは?」
「聖モードゥック様が開発した、勇者判定術式であります!何人たりとも、勇者を偽ることはなりませんので!驚かせてしまい大変申し訳ありませんでしたぁ!」
「あ、いやその、頭あげてください」
慌てて頭を上げさせ、良太と紗枝もしゃがんで、リオネルと目線を合わせた。
紗枝が問う。
「今のはなんで、」
「聖モードゥック教会はお困りの勇者様をお助けします。しかし聖モードゥック様がご存命時、勇者様のフリをして救いを求めた不届き者がおりまして、必ず確認するようになっているのです」
不躾な真似を、本当にすみませんでした。そう言ってリオネルはまた頭をさげる。
…めっちゃ泣いていた。いろんなものが出ている。
「それにしても、光栄です!勇者様にこうも近く相見えることができるなど!」
「わ、わかりましたから、頭あげてください!」
勇者ってそんなにレアなの?紗枝さんのとこなんてクラス丸ごと召喚って言ってたんだけど。
「で、どうします?魔王城の結界」
リオネルは旅装のポケットからちり紙を取り出し、盛大に鼻をかんで、喜色満面で良太と紗枝を見る。
「お供いたしましょう」
◆
魔王城跡地。
真の勇者との邂逅を果たし、心晴れやかウキウキなリオネルでも、良太が第1・第2結界を解除すると、顔を青くした。
第1は結界を探知されないため、姿を隠すための結界。
第2は結界から漏れ出る魔力を内にも外にも抑える結界。
それらの下に、あまりにも禍々しい、血の色のような魔力光が流れる結界があった。ご丁寧に4重である。
この世界の人間ではまず無理なので、勇者か、それこそ魔王的な存在でないと構築が無理だというのは言わずもがなだ。
ちなみに第1・第2結界は、良太の手が触れると勝手に消えた。良太曰く、勇者と認証したら消えるようになっていたという。
「リョ、リョータ様…私、この中にはかなりまずいものがあると思います…」
「え?うーん…なんか微妙なんすでよね」
「と、いいますと?」
紗枝もどういうこと?といった顔で良太を見る。
「中になんかあるのは確かだけど、多分おれらでもやっつけれる雰囲気なんですよ。おれらというか、勇者ならってかんじ」
「ほ?」
「勇者認証した瞬間に最初の結界消えたからってのと、中にあるものはそんなに魔力とか持ってないみたいでして」
「お、おぉ…」
さすがは勇者様。リオネルも教会に伝わる高度な魔術や秘技を使えるが、やはり勇者には負ける。
「よーっし開けるか~!紗枝さん、最後なんか歴史用語言いながら物理で!これ4重ブチ抜けるようになってるから軽くでいいよ」
「はーい」
「え?歴史用語?物理?」
一体それはなんだと話についていけないリオネルが慌てふためくなか、紗枝が剣を抜き、構え…素晴らしい勢いで突く!
「いい国つくろう鎌倉幕府ッ!」
その突きで、結界がガラスが割れたかのように崩壊し、魔力が含まれた煙が大量に立ちこめた。
カマクラバクフなるものがなにかリオネルにはわからないが、とても力強い聖なる響きであった。
あとでリョータ様かサエ様に伺ってみよう。
そう思った次の瞬間、魔物がいるとき独特の、背筋が凍る気配を感じ、リオネルは構えた!…が、なにも見当たらない。
それは紗枝も同じようで、あたりを警戒して見渡している。
「あ、あそこ!」
紗枝とリオネルの一歩後ろにいた良太が、煙が少し薄れたところを指差した。わずかに影が見える。
しかし何かわからないので、全員が身構えて緊張が走った。
このたった一瞬で強力な結界を展開した良太にリオネルは若干感激もおぼえているが。
「…フム、なかなか悪くない反応だ」
低い、しかしよく響き、耳障りのよい男の声だ。そしてぺちょぺちょと、なにかが地面を歩く音が響く。
それはゆらりゆらりと影をだんだん濃くして、リオネルたちに近づいてくる。
「まず、問おう」
ようやく、その姿が煙から現れた。
「…私は何者だ?侵入者たちよ」
「…」
全員が、目を見開いて、口もぽかんと開けて惚ける。
危険だと思う。
しかしそんな表情しかリオネルたちはとれなかった。
「どうした」
尋ねる声に、紗枝がおずおずと手を挙げて、告げる。
「足の生えた、スライム…です」