ネクストゲート
少年はそのまま病院に搬送されて検診を受けたが特に異常は無く、苦々しい顔で現れた母親と気まずい挨拶を交わして日常へと戻った。
約二年ぶりの外気はじっとりとして蒸暑く、嫌らしい程に夏である事を主張した。少年は背と脇に汗を滲ませながら身の振り方を思案して、とりあえず通信教育で中学教育を一からやり直す事にした。三歳も違う子供と同じ教室に通うのは少年にとって不可能と言ってよかった。
周りの人間より三年間遅れた少年は、中学教育を終える頃には十八歳になっていた。親との溝は相変らず埋まらず、以前のように引き篭もったりヒステリックになったりする事は無かったが、親に本音をぶつける事も無くなった。
親との協議の結果、少年は夜間高校に通う事と一人暮しを始める事が決まった。学費と家賃は仕送りがあったが、高熱食費と雑費を得る為に少年はアルバイトを始めなければならなかった。
少年は現状と自身の将来を考える度に、十代という貴重な時間うちの二年間──彼の世界では約四年間──をゲームに費やした事を次第に後悔するようになっていった。その感情はコーティーに対する裏切りのように感じられ、少年は更なる罪悪感に捕らわれた。
なるべくコーティとの約束──彼女との再会──を早いうちに果たせるようにゲーム業界関係のアルバイトを探し、どうにか下請け中小メーカーにデバッガーとして潜り込む事ができた。
コンシューマ向け3DRPGのデバッグに参加した少年は、ある日三時間ひたすら壁に向かって体当たりし続け、明くる日は全種類の装備品を付けたり外したりしながらモデルを回転させ、嫌がらせのような内容のチェックシートを日々埋めていった。
夜間学校の出席日数をギリギリで維持しながら、二年間続いたデバッグは発売3週間前にようやく終わった。
当のゲームは対抗馬の少ない時期だった事もあってそこそこ売れ、二ヶ月ほどゲーム週刊誌の攻略ページを賑わせた後、それまでの多くのゲームと同じように中古ソフトの棚やワゴンの中に埋もれていった。
そうしてようやく少年は、ゲームというものが一夏の祭りのようなもので、どんな大作も常に時代を支配し続ける事は出来ないのだと知った。
それでも少年はMMOは、ネクストゲートだけは違うと思いたかったが──コーティとの事を別にして──もう一度あの世界へ行きたいかと考えると、全くそう思えなかった。
実際のところネクストゲートはその年も稼働し続けていて、ホービー達が行こうとしても行けなかったあの見えない壁の先にも世界は広がり続けていた。しかし他社でも似たようなゲームが始まった事もあって、ユーザー数を当時から維持できているかは怪しかった。
少年は生き方に困惑したまま他のプロジェクトのデバッグを続け、誕生日を迎えて少年ではなくなった。
高校課程を修了したら場末の大学へ入ろうと決めていた彼だが、真面目な仕事っぷりを買ったプロジェクトのチーフが推薦してくれるというので、なし崩しに正社員へと昇格した。
彼はここで実績を積めばあの会社に入りやすくなるだろうと目論んでいたが、企画屋という名の雑用係としてあらゆる部署でこき使われ、目の回るような忙しい毎日を送るうちにコーティーの事を忘れる事が多くなった。