いきもののサガ
ある日、残業で居残った古株のグラフィッカーの井上さんと呑みに付き合う事になった。
井上さんは安酒で酔っ払いながら、子供の頃に感銘を受け、今でも時々プレイするという古いRPGの話を延々とし続けた。楽園を目指して塔を昇るというそのRPGの内容を聞き、彼はそこでようやく「皇神との邂逅」やシルクハットの男がこのRPGのパロディだった事を知った。
数日後、彼は気まぐれにネットオークションでそのRPGと対応する携帯ゲーム機を、どちらも新品のものを探して競り落とした。
彼は週のほとんどを会社に泊まって過ごしたが、それが会社に届いた日はなんとか都合を付けて安アパートへ戻り、触りだけでもプレイする事にした。
スーツを脱ぐのもそこそこに、鞄からそれを取り出してパッケージを剥く。
単三電池を四本も使って動く、安っぽい白いプラスチックの携帯機を箱から取り出しながらその馬鹿でかさに大笑いし、コンビニで買っておいた電池を仕込んだ。パッケージにも電池は付属していたが、20年以上も前のものだ。用心して新しいものを使う事にした。
スカスカのカードリッジを刺してゲーム機のスイッチを入れる。カチっとした手応えは、タッチパネルで育ち二回路スライドスイッチに馴染みの無い彼にとって新鮮に感じた。小さなモノラルスピーカーがサーっとノイズを放つ。
彼は一瞬、カードリッジROMの容量対価格について、今の相場と比べてみようかと思ったが、面倒臭そうだったので止めた。
緑がかったモノクロ4階調の画面に残像を残しながら、荒いドットのロゴ──もちろんゲーム機の方の会社のものだ──が静かに降りてきて、ピコーンといかにも旧世代的な意味での「ゲーム」な音を鳴らした。
ゲームタイトルのロゴがフェードして、8Bit3和音のBGMが奏でられる。彼は自分が知らない当時に想いを馳せながら、しかし大した期待も無くゲームを開始した。
主人公にはホービーと名づけ、仲間にはそれぞれコーティ、グレゴリ、ネッドと名づけた。
フルカラー表示のディスプレイとポリゴンが当たり前の彼にとってそのゲームは不親切で、インターネットで見つけた攻略記事と首っ引きでプレイする事になった。
牧歌的なマップチップとフィールド曲で始まったゲームは、シナリオが進む度に過酷さを増す。出会った仲間達は命と引き換えに主人公の旅路を拓き、歩みを進める度に世界は荒んだ様相を見せる。
彼は完全に引き込まれていた。本音ではネクストゲートの引用元に触れたかっただけで、完全に過去の遺物をからかうつもりだったが、そんな事は全て忘れてプレイに没頭した。
チープなグラフィック。カン高いビープなサウンド。使い古された展開とシナリオ。足りない説明。平仮名ばかりの上に短過ぎる台詞。荒いバランス調整。新世代の彼にはそう映る筈のゲーム。だが、彼にとってそういった要素はほんのノイズでしかなかった。
彼は現実ではないその世界に立っていた。モンスターを狩り、クリスタルを集め、塔を支配する四天王を倒している間、彼は間違い無くその世界の住人だった。雲の上で風を感じ、廃墟の埃に咳込み、シェルターの陰惨さに涙を流した。
井上さんから粗筋を聞いて内容を知っていた筈なのに、全てに驚きがあり、新鮮だった。
正体を明かした真の黒幕に怒りをぶつけ──その世代では有名すぎる例の方法ではなく──正攻法で倒した頃、彼は出社時間を三時間も過ぎている事に気付いた。
遅刻の理由を詮索する者は居なかったが、何人かは彼の充血した目をいぶかしんだ。井上さんだけは落札の件を知っていたので、廊下ですれ違いざまにくつくつと笑っていた。




