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イオナ  作者: 響子
7/13

07 GIRL NEXT DOOR(ガール・ネクスト・ドア)

再び、「ぼく」の語りに戻ります。「ぼく」もヒバリも、同じくらいお人好しで……。

「おや?」

 朝早く、ぼくがイオナの病室へ向かっていくと、ドアからはあの医者が出てきた。

「どうしました?」

 冷ややかな声。そりゃ、歓迎されないのは知ってるけど。でも、気になることがある。

「あ、あの……、こんなに早くから、診察ですか?」

「ええ、そうですよ」

「もしかして、また具合が悪くなったんじゃ……」

「いや、そういう訳ではないが。…君もまあ、おめでたい男だね。失礼、いい人と言い直すかな」

「どういう…意味です……?」

 じゃああんたは、訳の分からない人だと思いつつ、ふと、白衣のポケットに目が行く。仕事道具の聴診器の他に、ネクタイがはみ出していた。ブランド物の濃い色のシャツはしわになり、髪もぼさぼさだ。

 それこそぼくの仕事柄、相手の服装は気になる。白衣の下はいつも、ダークな色のシャツに、ヴェルサーチの細身のタイだった。スーツを着るとしても、きっと薄い色にするんだろうと思っていたんだけど、それより……。

 普段から気を遣わないのなら目立たないが、あれだけ気取っていた男が、こんなに服装を乱している。容態に急変があれば、一晩付き添ったとしても不思議はない。だが、安定しているのなら、この不自然さは拭えない。朝早く、女の部屋から出てきた姿を見て、彼女の具合が悪いのかと素直に思う自分は、おめでたいと言われても仕方ないだろう。

「他の入院患者さんとは違うから、あまり堅苦しいことは言わないけれど、面会時間は守ってください。ああ、それから、今は着替えているかもしれないので」

 医者は大人気なくも、最後に一言添えると、さっさと歩き去る。

「あ、はい……」

 ぼくはしばらく、その後ろ姿と病室のドアを、交互に見つめていた。それでも、意を決して、ドアをノックする。

「イオナ、ぼくだよ」

「あら、おはよう」

 小首をかしげる彼女の様子に、変わったところはない。少なくとも、今さっき、何かが…あったようには見えない。ただの思わせぶりだったのかもしれない。息子にも、嫌味な奴と言われていたくらいだし。

「どうしたの?朝から」

「いや……、店を開ける前にって思って。それに、この時間ならヒバリはいないだろ」

「うーん。それはどうかしら」

 その言葉が終わる前に、ぱたぱたと足音がする。誰かに咎められたのか、一度停まり、少しゆっくり目に近づいてきた。

「お姉さん、大丈夫?」

 ノックと同時にドアが開き、そう言いながらヒバリが入ってくる。

「……何だ、オジサンもいたの」

「そう呼ぶなって言っただろ、ヒバリ」

「僕を呼び捨てにしていいのは、お姉さんだけだよ。島村サン」

「ぼくは島村じゃないさ、ヒバリ君」

「うふふっ、ずいぶん仲良しね。島村って、島村ジョウ?」

 イオナは笑い出した。ヒバリがぼくを馬鹿にして『ジョウ』と呼び、いつの間にか苗字までついてしまったというわけだ。

「もういいよ、何でも。お前も朝からよく来るな。家は近いのか?早く学校行けよ」

「人のこと、言えるのかな。ま、いいや。僕の家なら、すぐ隣だよ。だから、来たいときに来る」

「ヒバリや院長先生は、病院の隣のご自宅に住んでいるの。先生のお祖父様が、この病院の創立者だそうよ」

「そういうこと。ご近所さんだからね」

 ……嫌なガキだ。

「でもね、普段はちゃんと、面会時間は守るよ。今日は特別。パパが昨日帰ってこなかったから、ちょっと心配になって。だけど、何でもなさそうで良かった」

 ぼくは一瞬、息を飲む。やっぱり、あいつはここにいたのか?

「……先生の患者は、私一人じゃないでしょう」

「勤務時間が終われば、パパは危篤の患者さんだって放って、家に帰って寝ちゃうよ。だから、お姉さんが具合悪いんじゃないかって思って」

 何と言うか、ぼくと同じくらい、おめでたい奴だ。

「お前、いい奴だな」

「何だよ、急に。……あ、拙い。オジサンの相手をしていたら、遅刻しちゃう。じゃあね、お姉さん」

「行ってらっしゃい」

 イオナは手を振って、笑顔を向けた。ヒバリの姿が消えた後、ぼくの方を見る。

「ヒバリがどうして、いい子なの?」

「……ごめん」

「何が?」

 余計なことを言ってしまった。口は災いの元。だけど、思わせぶりに黙るのも、彼女を苦しめるだろう。

「ぼくが来たとき、あの医者がこの部屋から出て来たんだ。ぼくは、『彼女の具合が悪いんですか?』って、ヒバリと同じことを聞いた。そしたら、『君はおめでたい男だね、いや、いい人と言うべきか』って言われたんだよ。それで、つい……」

「二人とも、優しいのね」

「昨夜は、あの医者と寝たの」

「そうよと言ったら、どうする? 帰る?」

「いや。奴を殴ってから、きみを連れてここを出て行くよ。許せない」

「あらあら、熱血ね。じゃあ、違うと言ったら?」

「信じるよ」

「……困ったわね。私にはあんまり、あなたの相手をしてあげられる時間が残っていないの。だから、その優しさは、誰か違う人に向けてあげて」

「嫌だ。ぼくの勝手だよ」

 イオナはため息をついて、天井を見つめる。これ以上、会話を続ける気はないようだ。


 廊下にワゴンの音がして、また、誰かがドアをノックする。

「おはようございます。朝食です」

 勢いでぼくが受け取ったが、トレイを見て不思議に思った。

「量、多くないですか?」

 主食が二つ。丼ものと、麺類。それだけでも十分な量なのに、副菜もボリュームのあるものが三品ついていて、病院食のイメージは全くない。

「ええ…と、ドクターの指示だそうで。あと、言付かって来たんですけど、全部食べないと、今日の外出許可は取り消しって」

 看護助手の女の子は戸惑ったように言い、頭を下げて出て行った。

「ぼくでも、こんなに食べないけど」

「私だって食べないわよ。ただの嫌がらせだわ」

「嫌がらせ?」

「食べないと、外出許可は取り消しなの」

「どこに出かけるつもりだったの?」

「あなたのビルの中のオフィス」

「手伝う」

 ぼくは、思わず言ってしまった。

「そう? ありがとう。覚えてる? 私が、好き嫌いが多いこと」

 そういえば、そうだった。ぼくは頷く。

「嫌いなものばかり入ってるんだけど」

 仕方なく、ぼくがほとんど片付ける。その間に支度を済ませた彼女を連れて、ぼくは上機嫌で病院を出た。

「お腹が空いたわ」

「だったら、ちゃんと食べろよ!」

 呆れた。だけど、これがイオナだ。ぼくはあのときのベーカリーに寄り、サンドイッチを買ってあげた。


 オフィスに着くと、イオナはPCを立ち上げる。

「信じられない。なにこれ!」

 忙しくキーボードを叩き、すぐに、自分の世界に入ってしまった。何日も間が空いて、投資の運用が滞っているらしい。彼女が経済的に余裕があるのは、ネット上での資産運用と聞いたことがある。それなら、邪魔はできないと思う。

 ぼくがコーヒーを淹れると、軽く手を振る。お礼なのか、バイバイなのか、良く分からない。


 そして午後には案の定ヒバリが迎えに来て、イオナは帰ってしまう。

 明日も来てくれるだろうか。また、迎えに行ってみようか。今頃はどうしているんだろう。まさか、あの医者と一緒、じゃ、ないよなあ……。病室を訪れ、彼女と話をする、いや、我が物顔に抱き寄せ、あるいはベッドに押し倒す妄想が浮かんで、ぼくはぶるぶると頭を振った。

 どうかしてる。色々と溜まっているのは、ぼくの方かもしれない……。

パスワード管理の甘い人物のことを、Joeといいます。

ヒバリはその件で「ぼく」をけなしていたが、いつの間にか苗字をつけたようです。

リアルタイムでサイボーグ009を読んだわけではないだろうが。

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