登校拒否のクラスメイト?
「じゃ、これよろしくね。」
ゼミの後、わざわざ居残りされた準備室。
私は両手に乗せられたレジュメの束を呆然と見つめる。
ポストイットで住所と名前まで貼ってある。
"墨俣 尚"
住所はおそらく大学の近くだ。
進藤教授は、己の仕事は済んだとばかりに、ポケットから取り出した綿棒で耳をかき始める。
耳から取り出した綿棒の先っぽを目を細めて眺めてから、フッとこちらに息を飛ばしてくる。
「は?」
「いや、だからそれ、届けてあげて。墨俣くんに。」
「は?誰?」
「クラスメイトだよ?知らないの?」
大学生にもなってクラスメイトも何もない。
同じ基礎ゼミに割り当てられただけの、1週間に1度、1時間だけゼミ室で顔を合わせる程度の人間がクラスメイトと言えるのか?
大体、入学して1ヶ月経ってるけど、墨俣尚なんて一度も会ったことも見たこともない。
「私知らないですよ、そんな人。」
「登校拒否だからね。」
「は?」
今日何度目かの「は?」の中で1番キレがよかったかもしれない。
登校拒否?
大学生が?
「なんでその人、大学入ったんですか?」
「そんなの僕が知る訳ないじゃない。ただその子の親、大学にすごい金額出資してるみたいでね。学園長もスポンサーのご機嫌損ねないためにも何としてもその子を卒業させたいわけ。」
全く私に関係ないであろう金持ち息子の事情を説明された。
「お断りします。忙しいので」
学園長もボンボンもどうなろうが、どうでもいいし。
「知ってるよ?学生のくせしてあーんな胡散臭いお店してるからでしょ?」
胡散臭いとは心外である。
事実だが。
「その忙しいお店を商売できてるのは、僕がテナントの保証人やってあげてるからだよね?」
進藤教授はニンマリと、いかにも他人の弱点を刺しにいく悪魔のような笑みを浮かべる。
こいつは、私が母の死亡手続きをしている時ですら、この笑み浮かべて私の前に現れた。
(まぁ実際は、死亡届とか、火葬の手続き、相続、入学、引越し、テナント兼住居の手続きとか、私じゃ全部放り出してたような面倒な手続きをひと通りやってくれたんだけど。)
素直に感謝できないのは、このオヤジは、その借りを担保に、ちょこちょこ自分でやりたくない雑務を私に振ってくるのだ。
「はい、これ届けてね。そんで、出来れば大学連れてきてね。」
先ほど飛ばしてきた耳くその腹いせに、鼻クソでも飛ばしてやりたくなったが、私の中の乙女心がギリギリ踏みとどまらせた。
私はひったくるようにレジュメを受け取ると、乱暴に肩にかけていたトートバッグに突っ込んだ。
それを見て『あーあ、ほんと観月くんは雑だなぁ』とか言っているのを無視して、さっさと用事を片付ける。
教授に背を向けて、準備室のドアノブに手をかけるが、しつこく声をかけてくる。
「というか、君ちゃんと商売できてるの?今月の店舗代払えるの?僕、保証人だから借金とかやめてよね?」
「できていますとも。毎日大繁盛です。」
半分嘘だけど。
私は、とある事情により、大学生の傍ら、手作りの雑貨を販売する店をやっているが、なんというか、今のところあまり売れてはいない。
手探りながらもSNSなどで宣伝もしてみてはいるが、全く流行らない。
なので店の収支は赤字だ。
だが、店舗代は払っている。
週3回、夜にこっそり繁華街の片隅でやっている占いで、なんとか店舗代と僅かな生活費を稼いでいるのが現状だ。
近くにある、夜のお店のお姉さんたちがとても金払いが良く、そこそこリピートしてもらえている。
私の占いはほぼ当たらないけれど(出鱈目だから当然だけど)、占いのサービスで行っているマッサージの評判が良い。
なんでも、私のマッサージは疲れたところをピンポイントで見抜いてくれるし、マッサージを受けた次の日のお肌の透明感がすごいとのこと。
自分には出来ないのでその効果は知らないけれど。
「君、接客の時はさすがにその服じゃないでしょ?」
教授が残念な生き物を見るような目線で私の今日のファッションチェックをしてくる。
今日の、というか、いつもの。
黒のスウェットワンピース。
私の一張羅だ。
なんならこれ以外の服は下着と寝巻きしかない。
「何か?」
「毎日それじゃない?洗ってるの?」
バッチイものを見る目線を向けられて、憤慨する。
「当たり前じゃないですか!」
私は怒りに任せて扉を開けると、バタンと叩きつけるように閉めてやった。
まぁ確かに洗ったの2日前だけど。
下着は毎日洗ってるし、問題ない。
私はスマホの地図アプリを起動してズンズン目的地に向かって歩き始めた。




