1話『婚約破棄してください。あなたが死んでしまうから』
「殿下。どうか、婚約を破棄してください」
私がそう告げると、王太子レイアスは差し出した羊皮紙を受け取り――
一文字も読まず、そのまま暖炉へと放り込んだ。
「……え?」
ぱちり、と炎が紙を飲み込む。
「な、何をなさるのですか!?」
思わず駆け寄る私へ、殿下は困ったように微笑んだ。
「君と別れる紙なら、一文字も読みたくない」
その一言に胸が締めつけられる。
「殿下……」
違うのです。
私を愛してはいけないのです。
あなたは私との婚約を続けると。
死んでしまうのですから――
《予言の書》には、こう記されていた。
『悪役令嬢リリネラと結婚した王太子は、その三日後に命を落とす』
理由は書かれていなかった。
避ける方法も書かれていなかった。
しかし、それが定められた運命だった……
だから私は決めた。
そんな未来にだけは、絶対にさせないと。
嫌われてもいい。
憎まれてもいい。
レイアスが生きていてくれるのであれば――
「殿下、お願いします」
私は必死に頭を下げる。
「婚約を破棄してください。それしか運命は変えられないのです」
しかし、レイアスは静かに首を横へ振った。
「そんな未来は来させない」
「え……?」
「だから、俺は君との婚約破棄はしない」
迷いのない声だった。
「私は殿下を不幸にする女です。殿下の隣にいる資格なんてありません――」
その瞬間。
レイアスの指先が、そっと私の目元まで伸びた。
涙目になっている私に触れようとして──
その手は途中で止まった。
「すまない……」
小さな呟き。
――どうして謝るのですか?
殿下は何も悪くないのに……
「少し休んだ方がいい」
優しい声だった。
結局、婚約破棄は受け入れてもらえなかった。
私は深く頭を下げ、執務室をあとにする。
扉が閉まる。
廊下を歩きながら、私は唇を噛んだ。
「どうして……」
婚約を破棄してくれないの。
どうすればレイアスを救えるの。
涙が一粒、床へと落ちた。
◇
一方その頃――
静まり返った執務室で、レイアスは暖炉の前へ膝をついていた。
灰の中から、小さな紙片を拾い上げる。
燃え残っていた文字は四文字。
『婚約破棄』
それを静かに握り潰し、苦しそうに目を閉じる。
「また君を泣かせてしまった……」
ぽつりと漏れた声は、誰にも届かない。
そして――
震える声で続けた。
「一回目は、リリネラが望むのならと思って受け取ってしまった。だから君は死んでしまった……」
灰を強く握り締める。
「九十九回。俺は一度も君を救えなかった。だから、この百回目だけは絶対に諦めない――今度こそ君を、生かしてみせる」




