第15話 罪悪感
首元を切られた衝撃で悪霊が身につけていたマフラーが床に落ちた。今までマフラーで隠れていたが、悪霊の首には大きなあざが見える。
悪霊の霊力は、切られた首元から上空を漂ようように、ゆらゆらと少しずつ消えていく。
「そんな...そんなはずがない。あんたが、あんたが生きてるはずが、ない...。一体、どう、やって...」
悪霊は額を貫かれ、その頭は胴体と生き別れになり、胴体は立つ力を失い床に倒れ込む。顔にしわを寄せ、歯を食いしばりながら憎しみの表情で蓮さんを睨みつけている。
「うわぁあ蓮さーーーん!!ありがとうございます!!もう、もう僕おしまいかと思いましだぁああ!!」
痛めつけられ首をさすり、半べそをかきながら大声で蓮さんに感謝を伝えた。側から見たら鼻水をすすり今にも泣きそうな成人男性、ということになるので、酷くみっともない姿だろう...
「春野、よくやったな。お前は強い。だからこそ、私が戻るまで必ず耐えてくれると信じていたよ」
「蓮さんのすっごく究極的に臭いアルティメットスメル霊力のおかげ助かりました!!ありがとうございます!!」
「...それは、喜んでいいのか...?」
蓮さんは複雑な表情を浮かべながらも、僕が無事に生きて再び会えたことにほっとしたのだろうか。嬉しそうに笑っている。
「...ねえ、そこに、誰かいるの?」
廊下の奥から子供の声が聞こえた。どこかで聞いたことがある声、のような気がする...。
誘拐された子供かもしれない。振り返り僕は急いで子供に駆け寄ろうとした、その時
「私の死に様を、あの子たちに、見せないで...」
悪霊の声が聞こえ、一瞬、足が止まった。
霊力が少しずつ消えて弱り切った悪霊が、力を振り絞って声を発した。先ほどの憎しみに満ちた表情ではなく、目は潤み、切実な表情を浮かべている。
(...自分で誘拐したくせに、なぜ、そんなことを...。いや、この悪霊の言葉に耳を貸す必要なんてないか...)
悪霊からすぐに目を逸らし、僕は子供の元へ駆け寄った。
「あれ、君は...」
暗くてよく分からなかったが、近くで顔を見て気がついた。この子は、こないだ倉庫にいた男の子だ。今も大事そうにサッカーボールを抱えている。
僕はこの子に渾身のギャグを披露して全力で滑ったことを思い出し、全身から変な汗が吹き出てくるのを感じた...。
「あ、おじちゃんこないだの...。ねえ、こんなところで何してるの?誰かと話してたよね?」
子供は僕の後ろを覗き込み、誰かいるのか確認しようとしている。
『私の死に様を、あの子たちに、見せないで...』
悪霊の言葉が、頭をよぎる。
この子供は、見たところ普通の子供より霊力が多い。普段から、幽霊や悪霊の姿も見えているだろう。
...あの悪霊の言いなりになるわけではない。ただ、首と胴体が離れ離れになっている場面を、子供に見せるわけにはいかない。
幸いにも廊下は暗くてよく見えないだろう、と思いつつも、僕は念のため奥の様子が見えないように、わざと両手を大きく上下に振りかぶりながら身振り手振りで話し始めた。
「こないだは助けてあげられなくてごめんね。この前もお話ししたけどね、僕は君たちを親御さんの元へ帰すためにここまで来たんだよ。あそこの扉から子供の声が聞こえるけど、他にもいるのかな?」
僕は子供の後ろの扉を指差した。扉からは子供達の話し声や笑い声が微かに漏れている。
目の前の子供は僕の言葉を聞いて目を丸く見開き、僕の顔を一瞬じっと見つめ、その後何か考え込むような表情をして俯いて黙っている。
「どうしたの?体調、あんまり良くない?」
こんな環境できちんとした食事を摂っていないのかもしれない。僕は子供の肩に手をかけようとすると
「触るな!!!親のところに帰るくらいなら、一生ここにいる!!!」
僕の手を振り払い、子供は大声で怒鳴り散らした。
「え?」
振り払われた手が痛い。子供は後ろを向き僕と目を合わせる気さえないようだ。子供の体が震えている。
僕が怖くて震えているのか、怒りで震えているのか、それとも体調が悪くて震えているのだろうか...。
それとも、親の元に帰るのが、震えるほど、怖いのだろうか。でも、もしそうだとしたら、一体どんな環境で暮らしていたのだろうか。
心配になり、再度声をかけようとしたその時、ドアが開く音が聞こえた。
「なにー?なんか大きな声が聞こえたけどどうしたのー?」
「ねえー!ねえねえ、お姉さんまだ帰ってこないのー?」
ドアから次々と子供たちが飛び出してきた。
知らない顔もいるが、事前にもらった資料の『子供:行方不明リスト』に載っていた顔の子達も何人かいるようだ。誘拐された子供たちは、あの悪霊にアジトまで連れ去られ、他の子供たちと一緒にここで過ごしていたのだろう。
「あ...えっと、君たちはここで暮らしてるの?」
1番最初に部屋から飛び出してきた少年に尋ねてみる。少年は半袖に半ズボン、肌は健康そうに日焼けしており、活発で明るそうな少年だ。屋内だというのに、黒色のキャップを被っている。
「そうだよ!毎日たーくさん遊んでる!勉強もちゃんとしてるし!」
「え、勉強もしてるの?」
「そうだよ。ねーちゃんが教えてくれるからさ!」
「でも、お姉ちゃんってそんなに頭良くないから、結局分からないことだらけで、一緒に本で調べたりするんだけどね〜」
「ねえねえ、お兄さんはどうしてここにいるの?ここは、子供しか来ないって聞いたよ?」
子供たちが矢継ぎ早に話を進めていく。
「えっと、お兄さんはその...」
「この人は、僕たちを親の元に返すために来たんだよ」
サッカーボールを抱えている少年が、背を向けながら僕の言葉を遮るように答えた。
先程まで賑やかだった子供たちの声が、突然、ぴたりと止まり静かになる。
「...出てけ」
真っ先に口を開いたのは、あの活発そうな少年だった。
「へ?」
先ほどの友好的な態度とは異なり、子供たちみんなの視線が僕を敵対視するような冷たい視線に変貌している。
「出てけよ!!!親のとこなんかに帰らない!」
活発そうな少年は怒鳴りながら、身につけている帽子を僕に投げつけた。
「出て行って!!!」
「お兄ちゃんの馬鹿!!あんぽんたん!!いなくなれー!!」
「親のところになんか帰らないもん!!」
子供たちは自分の持っていたおもちゃやハンカチなどを僕に力一杯投げつけた。わざわざ部屋に戻ってクッションやティッシュ箱を取ってきて、僕に向かって投げつける子さえいた。
子供たち全員がぎゃーぎゃーと喚き散らし、まるで制御の効かない動物園のような状態になってしまっている。
(この子たちは、どうしてみんな家に帰りたがらないんだろう...そ、それにこの状況、みんな冷静じゃない...早く、落ち着かせないと)
子供たちは僕に強い怒りを向け、冷静さを欠いている。泣き喚く子さえ出てきてしまった。
「こーら、みんな落ち着いて」
後ろから蓮さんの声が聞こえた。子供に近寄り、目線を合わせるように腰を屈ませ、泣いている子を宥めるように頭を撫でている。
「勘違いがあったようだけど、私たちは君たちを無理やり親のところへ帰すためにここに来たんじゃない。君たちが心配で様子を見に来ただけだよ」
(れ、蓮さんが、息を吐くように嘘をついている...)
蓮さんは子供たちを落ち着かせるために、満面の笑みを披露している。僕から見るとどう見ても作り笑いなのだが、子供たちは少し安心したのか、落ち着いてきたようだ。
「...嘘だ。だってこないだ、お姉さんと揉めてたじゃないか」
他の子供たちが安堵するなか、サッカーボールを抱えている少年は、信用できないと言った表情で蓮さんを睨みつけている。
「ああ、あの時か。あのお姉さんは悪い人かと思ったんだけど、私の誤解があったようでね。お互い話し合って、今ではむしろ仲良しだよ。
実はね、今日はお姉さんから頼まれごとをされていたんだ。今日は忙しくてここに帰って来れないから、代わりに君たちと遊んで欲しいと言われていたんだ。
さあ、さっそく一緒にサッカーをしよう!悪いけど、私は結構強いぞ?」
「え!!サッカーしたい!奥の広い部屋でやろうぜ!ほら、お前も早くボール持ってこいよ!!」
活発そうな少年は、サッカーボールを持つ少年の背中を力強く叩くき、そして元気良く部屋へと走って行った。
サッカーボールを持つ少年はまだ信用できずに、蓮さんを怪しんでいたが、他の子たちに説得されしぶしぶ奥の部屋に向かっていった。
子どもたちがみな部屋に向かい、僕は蓮さんにしか聞こえないほどの小さい声で話しかけた。
「蓮さん、あの悪霊はもう...」
「安心しろ。完全に成仏したよ。この目で消えていくのを確認してきたから。ほら、それよりも、春野も一緒にサッカーやるぞ」
「...蓮さん。あの子たちは、この後、親元に返すんでしょう?あんな嘘...ついたら、子供が可哀想ですよ」
「...なら、馬鹿正直に伝えてあの子たちと揉めたほうが良かったか?」
「い、いやそれは...」
僕は俯いて何も答えられなかった。
泣き喚くほど親の元に帰りたくない子供にとって、この嘘がどれほど残酷なのか。分かっているけれども、僕はもう子供じゃない。嘘の残酷さも知ってるし、でも蓮さんの言葉もあの状況では正しかったと、頭では理解している。だから、何も反論できなかった。
「正直、だいぶ苦しい嘘だったが、相手が子供のおかげでなんとか信用してもらえたな。子どもたちのことは、少し考えがある。だからそんなに不安そうな顔をするな。今はただあの子たちと純粋にサッカーを楽しもう」
僕たちは嘘の罪悪感を心に隠しつつ、子供たちと楽しくサッカーの時間を過ごした。




