第56話 セーフハウスでの二人きり
「家法に従い、処分しろ」という四文字が、大叔父上の口から発せられた時、この、二十三時間にわたる、息を呑むような戦争は、ついに、血腥い、句点を、打った。
指揮センターでは、既に、丸一日以上、連続で働き続けていたエリートたちが、勝利を確認した瞬間、皆、安堵のため息をつき、椅子に、崩れ落ち、九死に一生を得た後の、歓声を、爆発させた。
龍園蓮は、彼らの、祝賀には、加わらなかった。
彼は、ただ、黒崎隼人に、最後の、指令を、下した。
「残りは、お前に任せる。全ての、『痕跡』を、きれいにしておけ。」
「はっ、若。」
そう言うと、彼は、踵を返し、綾辻澪の手を、引き、彼女を、連れて、この、喧騒の戦場を、後にした。
二人は、長く、静かな、地下通路を、通り抜け、あの、彼ら二人だけの、セーフハウスへと、戻った。
ドアを一枚、閉めると、まるで、外の、全ての血雨腥風を、隔絶したかのようだった。
部屋の中には、ただ、人を安心させる、静謐な、闇だけが、あった。
蓮は、灯りを、つけなかった。
彼は、ただ、彼女の手を、離し、バーカウンターのそばまで歩み寄り、自分のために、そして、彼女のために、一杯の……温かい水を、注いだ。
これほどまでに、巨大な精神的消耗を経験した後、彼らに必要なのは、アルコールの麻痺ではなく、最も純粋な、水の、慰めだった。
澪は、グラスを、受け取った。指先が、温かいグラスの壁に触れ、その温もりが、彼女の、緊張と疲労で、わずかに震える体を、少し、落ち着かせた。
彼女は、水を飲まず、ただ、グラスを、手にし、窓の外から差し込む、微かな月光を頼りに、静かに、目の前の、この男を、見ていた。
彼は、スーツのジャケットを脱ぎ、無造作に、ソファに、投げ捨てた。
ネクタイを、引き抜き、シャツの、一番上の二つのボタンを、外し、筋の通った鎖骨と、一筋の、たくましい胸板を、露わにした。
(扯开了领带,解开了衬衫最上面的两颗扣子,露出了线条分明的锁骨和一小片结实的胸膛。)
彼は、バーカウンターにもたれかかり、顔を上げ、グラスの中の温かい水を、一気に、飲み干した。
上下する喉仏が、ぼんやりとした光と影の中で、色っぽく、見えた。
その瞬間、彼は、全ての偽りと、計算を、脱ぎ捨てていた。
「龍園顧問」の、知的な優雅さもなく、「若」の、獰猛な決断力も、ない。
彼は、ただ、蓮。
一つの、激戦を、勝ち抜いたばかりの、どこか、疲れた、しかし、それゆえに、致命的な魅力に満ちた、男。
そして、澪は、そんな彼を見つめ、その心臓が、制御不能に、激しく、鼓動した。
第五十五章の結びで、彼女の脳裏に浮かんだ、あの念頭——「私、彼に、恋をしてしまったのだわ」が、その瞬間、かつてないほど、はっきりと、確かなものとなった。
彼女は、彼を、愛している。
彼の、強さを、愛している。彼の、優しさを、愛している。彼の、計算し尽くされた策略を、愛している。
さらには、彼の……獰猛さと、闇さえも、愛している。
この認識が、まるで、決壊した洪水のように、瞬時に、彼女の心にあった、最後の、あの、「理性」という名の、防波堤を、打ち砕いた。
彼女は、水飲みグラスを置き、ゆっくりと、一歩、また一歩と、彼に、向かって、歩いていった。
ハイヒールが、滑らかな床の上で、「コツ、コツ、コツ」という、はっきりとした、音を立てた。
その、一歩一歩が、まるで、蓮の、心臓の鼓動の上に、踏み下ろされているかのようだった。
蓮は、自分に、向かって歩いてくる、彼女を見つめ、その黒い瞳は、暗闇の中で、驚くほど、輝いていた。
彼は、彼女が、何をしたいのかを、知っていた。
そして、彼もまた、同じく、期待していた。
澪は、彼の、目の前まで、歩み寄り、足を止めた。
二人の間には、もはや、拳一つ分の、距離も、なかった。
彼女は顔を上げ、彼の、あの、情動で、幽玄になった瞳を、見つめた。
そして、彼女は、手を伸ばし、ひんやりとした指先で、そっと、彼の、あの、美しい顔を、撫でた。
彼の、硬質な眉骨から、彼の、高い鼻筋へ、そして、彼の、あの、固く結ばれた、色っぽい、薄い唇へ。
まるで、敬虔な信者が、自分自身の心の中にある、唯一の、神祇を、なぞるかのように。
「蓮さん」と、彼女の声は、九死に一生を得た後の、掠れた、震えがあった。「私たち……勝ちましたわね。」
「ええ」と、蓮の喉仏が、激しく、上下した。「勝ちました。」
「ですから……」
澪の瞳に、悪戯っぽい、小狐のような、輝きが、よぎった。
「……勝者には、少しばかり……ご褒美が、あっても、よろしいのでは、ありませんこと?」
そう言うと、彼女は、もはや、躊躇しなかった。
彼女は、勢いよく、つま先立ちになり、自分自身の、全ての力と、勇気を、振り絞り、自ら、その唇を、容赦なく、彼の唇に、重ね合わせた!
それは、発散と、感謝と、後悔と、そして、さらに……二つの人生で溜め込んだ、全ての愛と憎しみを、込めた、キスだった。
激しく、そして、熱かった。
蓮の体は、彼女の唇が、自分に触れた、その瞬間、激しく、こわばった。
すぐに、一股の、以前のどんな時よりも、もっと、猛烈な、まるで、彼自身を、完全に、燃やし尽くさんばかりの炎が、彼の心の中から、轟然と、爆発した!
彼は、もはや、自制しなかった。
彼は、さっと、彼女の後頭部を、掴み、受け身から、攻めに転じ、ほとんど、罰に近い、略奪の、姿で、狂ったように、このキスを、深めた。
唇と舌が、絡み合った。
息が、混じり合った。
あの、長らく、抑えられてきた、無数の探り合いと、駆け引きの中で、蓄積された感情が、その瞬間、完全に、爆発した。
これは、優しいキスでは、なかった。
これは、勝者に属する、所有と、征服に、満ちた、宣言だった。




