四十四、同期への一言
何杯目かのビールを飲み終わり、スマホで時間を確認するとなかなかいい時間になっていた。私は一回お手洗いに行くと告げて、盛り上がってる席を外した。お手洗いにはマウスウォッシュなども用意されていたので、一度歯を磨き、その後マウスウォッシュで口をゆすいだ。そしていつも持ち歩いている口臭予防のタブレットを口に放り込み、化粧を簡単に直した。私は全身を再度見直し、席に戻ろうと扉の外に出ると、ちょうど澁谷君と鉢合わせした。
「おぉ、わりぃ……ぶつかるとこだったな。」
「うぅん、大丈夫……私、そろそろ出るね。」
「は?マジ?」
「約束通り、2時間はいたでしょ?」
「つれねぇな……わーったよ……送るわ。」
「いや、いらんわ。」
「いや、ダメだろ。」
「いや、マジでいらん。」
「……強情なやつだな……ダメだ、あぶねぇから駅まで行く。」
「はぁ~……勘違いされたくないから、やだ。」
私はそう言いながら一旦席にお金を置こうと戻ろうとした。すると澁谷君は肩をがしっと掴んできた。
「え、彼氏来んの……?見たい。」
「…………やだ。」
「いいじゃん!見たい!」
「だったら尚更付いてこないで……。」
「よし、ここは俺が払うから見せろ!」
「……やだ。」
「どんだけ秘密主義なんだよ……。」
「相手に迷惑かけたくないだけ。」
「なに?芸能人とか言うわけ……?」
「………………芸能人……ではない。」
「めっちゃ濁すじゃん……マジかよー、有名人かよー。」
私はめんどうだなと思いながら席へ向かった。
「しずちゃん、私、帰るから……これで、おつりいらないから……。」
「えぇ!もう?」
「ごめんね、用事あるんだ、またいつか集まろ?」
「そっか、そっか、じゃあ、澁谷君宜しくね?」
「へ?」
「おう、任せろ!」
澁谷君は顔をキラキラさせながら後ろに立っていた。私はマジかと呆気にとられながら、店出たら連絡すればいいかと諦めた。私は同期にお疲れ様~と言いながら、どんどん店の外へ歩き始めた。
「おい、青葉、置いてくなよ~。」
「勝手にしてくれ、もう。」
私は後ろで声をかけてくる澁谷君をほっておこうと思い、店の外に着くらへんで彼に電話した。するとワンコールくらいで彼がでた。
「あ、もしもし?どこに…………え?」
「おつかれ。」
まさかの彼はトレーニングジャージ姿で店の前で立っていた。お洒落なジャージだから一見飲みにきた大学生に見えなくもないが、まさかの急な遭遇に私は目が点だった。
「……え、何で……。」
「いや、この近さならランニングして向かって、帰りタクシーでいいかって思って…。」
「えぇ……それなら私がタクシーで家に行ったよ……。」
「いやダメだろ……夜だし、酒飲んでるから心配で……。」
「おい、青葉……待ってて!……。」
澁谷君がそう言いながら、私の腕を掴んできた。
「………………。」
それを見た澄は表情を変えずにこちらを眺めていた。私は何となく気まずくて、バッと澁谷君の手を振り払った。私の行動に澁谷君はそんなに振り払わなくてもと言いながら、隣の澄の存在に気付いて固まっていた。
「こ……こんばんは。」
「こんばんは……。」
澁谷君はやってしまったという顔をしながら、とっさに澄に会釈していた。澄も表情を変えずに彼に会釈していた。
「あー……えっと、青葉……さんと同じ職場の澁谷です。」
「ども。神山です。」
「神、山……さん?……なぁんか、どっかで見たことあるような……あぁ、あのネットニュースの!」
私はよりにもよってそれかいと思い、頭がくらくらした。
「澁谷君……もういいでしょ……?戻ってくれない……?」
私は澁谷君の腕をグイッと引っ張りながら、ひそひそとそう話をした。澁谷君は私の殺気を感じたのかビクッとしていた。
「はは……すみません……青葉……さんを一応、駅まで送ろうかと思っただけで……。」
そう言いながら澁谷君は私の背中をバシバシ叩いてきた。私はうんざりしながら、いつもの感じにそれを受け入れていた。
「…………あの。」
彼は私達のやりとりを見ながら口を開いた。私と澁谷君は彼が話し始めたのでそれを黙って見つめていた。
「あんま人の彼女に触んないでもらっていいっすか。」
『………………。』
私はいつものやりとり過ぎて、正直言われるまであまり気にしてなかった。澁谷君は彼にそう言われた瞬間に、まるで逮捕されそうな泥棒みたいにすみませんと言いながら素直に両手を上げていた。
「……いや、でも送ろうとしてくれて、ありがとうございました。」
「あ、いえいえ、とんでもないです。」
「香奈さん行こう。」
「あっうん、じゃあ、澁谷君、お疲れ!」
「お、おう、お疲れ!」
あんな挙動不審な澁谷君は初めて見るなと思いながら、私は軽く手を振り澄の隣を歩いた。私は隣で歩きながらチラっと彼を横目で見た。やはり表情が変わらなすぎて感情が分からない。
「ただの同期だからね?」
私は一応念の為に彼に言っておいた。
「分かってる。」
「でも少しイラっとしてるでしょ?」
「…………少し、ね……あの人……。」
「あの人……?」
「水河さんと似た空気感出てる……。」
「あぁ……なんか分かるかも……。」
「生理的にイラつく……。」
「それを言われてしまっては、澁谷君がかわいそうでは?」
「まぁ別に関わらないからいいけど……。」
「…………ふふ。」
「なに?」
「ちょっと嬉しかった。」
「は?」
私は手に持ったバッグを背中に回しながら、軽くスキップして澄の前に立った。彼は不思議そうな顔をして立ち止まり、私は素直に彼に気持ちを伝えた。
「彼女って言われて、嬉しかった。」
「…………いまさら?」
「だって今までは仲がいい知り合いしか知らないじゃん?」
「まぁ……確かに。」
「ちゃんと言ってくれるんだなって思ったら、嬉しかった。」
「………………。」
「は~、飲み会行って良かったなぁ~。」
私はまた歩きだそうと一歩踏み出すと、パンプスのヒールが段差で引っ掛かり、少しふらついてしまった。私が少しよろけると、彼は腰に手を回して支えてくれた。
「酔ってるでしょ?」
「まぁ、酔ってはいる。」
「早くタクシーつかまえよう。」
「うん。」
私は返事をしながら彼から離れようとした。すると急に彼は私の荷物を手に持ち、代わりに手を繋がれた。
「…………澄……?」
「なに?」
「外で変装しないで、これはマズイじゃ……。」
「あんな風に変に言われるなら、一層バレたほうがいい。」
「…………また質問責めだよ?」
「望むところだわ。」
彼はそう言いながら私に笑いかけた。私は不覚にもその笑顔で胸がキュンとしてしまった。本当なら手を離したほうがいい気がした。でも私は彼の手を離したくなくてギュッと強く握りしめた。




