第2章 その15 その15 ブラック世界の魔王は癒やされたい
その15 ブラック世界の魔王は癒やされたい
「旦那様!」
「マオマオ様~マリョの使いすぎだったの~だから何度も止めたの~」
「・・・・・・わかりにくいです」
ピロリ菌を退治した後、気絶したのは魔力欠乏症だったらしい。翌日になって自宅のベッドで目覚めた僕は、青ざめたエスリーに叱られ、そばにいたエムリアさんに説明された。
魔力だけは無駄に豊富な僕が、魔力欠乏症?貴重な体験だね。
「旦那様はお馬鹿なの!」
「いや、だってエスリー。エムリアさんは、確かに僕がお願いする度に『やめた方がいいの~』って言ってたけど、アレでわかるわけないって」
エムリアさんが僕の魔力不足を心配して止めてたなんて、普通わからないと思う。いや、彼女が僕を心配すること自体が驚きだ。
「そういうことではないの、旦那様!」
じゃあ僕はいったい何を怒られてるんだろう?エムリアさんの行動を理解できないというのは常識人の僕には当たり前のことだし、巨大ピロリ菌だってなんとか退治できた。国土の被害はほとんどなかったはずだし、無知で無力な僕にしてはできすぎじゃないの?
「マオマオ様~ピロリ菌から守ってくれたライブは街の人たちも喜んでたの~」
よかった。できれば強大な敵から国土を守った記念日にして休日に指定したいくらいだけど、元老院に仕切られてる現状、そういうことはムリか。いきなり休日にされても街の人も困るよね。だって毎日の配給は労役後にその場所でわたされてるんだから。人々が仕事を休んだりできないように、よく考えた仕組みだ・・・・・・とってもブラックだけど。
「だから旦那様!」
寝台に横になってた僕に、エスリーが覆い被さるみたいに迫ってきた。アップで見ると、目が赤い?
「エスリー・・・・・・ひょっとして、僕を心配してくれてた?」
「当たり前なの!練成魔術師のお店に行った旦那様がお戻りにならなくて!ずぅっとエスリーは一人でお待ちしていたの!なのに・・・・・・いつの間にか敵と戦ってお倒れになったって・・・・・・旦那様は働き過ぎなの!お仕事なんかしちゃいけないの!」
ついに僕にしがみついて泣き出しちゃった。
「マオマオ様いけないの~エスエスを泣かせたの~エマエマはまた来るの~」
エムリアさんはそう言ってさっさと消えた。出てくるときは賑やかなのに、消える時は一瞬だ。ずるい。
「あ~エスリ-?いい子だから泣き止んでくれる?」
ムダだった。エスリーが泣き止んでくれるまで、かなりの時間がかかった。その間、僕はこの小さな体を抱きしめて髪をなでるしかできなかった。こんな子を泣かせてしまった。その後悔は、ようやく僕が何かの役に立ったって実感を吹き飛ばすくらい重かった。こういうの、苦手なんだ・・・・・・。
「旦那様はお病気なの」
・・・・・・ようやく泣き止んだエスリーは、そんなことを言い出して。
「魔力欠乏症のこと?でももう回復したみたいだよ」
毎朝数千人分の魔力を負担して、昨日は黄金迷宮で練成魔術の修行をして、巨大ピロリを退治して。それを考えれば、僕が倒れるくらいたいしたことじゃないんだけど。
「いいえなの。旦那様は貧乏性なの」
・・・・・・返す言葉がなかった。昨日だってマナドロップの換金に出かけたのに。
「いつもすまないねえ。僕が甲斐性なしで」
なにしろこの家にはもう陶貨がない。ここで咳き込むシーンなんだけど。
「いいえなの。貧乏なのはしかたないの。ただ、目の前になにかあればご自分で取り組まなくては気が済まない性分なの。だから貧乏性なの」
エスリーの話は、的を得ている。こんな性格だから、僕は前世で過労死した。病気と言えば、確かにその通りだ。なにしろ死に至るんだから、ネコの好奇心よりひどい。
「ごめんね」
だから返す言葉もないけど、僕は僕を心配してくれたこの妖精に謝った。
「旦那様はなんでも謝ればそれですむと思ってるの」
前にも言われたような気がする。
「・・・・・・ごめん」
「ほら、またなの」
「・・・・・・じゃあ、どうしたらいいの?」
「もうエスリーを心配させないでほしいの」
それは難しい。エスリーは赤ん坊を心配する母親並に過保護だ。彼女を心配させないためには、僕は家から出られないどころか、ベッドから離れられないかもしれない。
「エスリー、無理なことは言わないで」
僕はそう言ってエスリーを抱きしめる。
「旦那様はずるいの」
「・・・・・・いつも心配してくれてありがとう」
僕はまだ無知で無力だけど、魔王と名乗ったからにはこのレクアを救ってみせる。それが天使さんとの約束で、アルビエラ母さんの願いで・・・・・・。でも。
「僕はエスリーが好きだよ」
シャルネさんにジナさん、僕を助けてくれる人たち・・・・・・魔族だけど・・・・・・もいる。エムリアさんはまだビミョウだし、エルダさんは正体不明だけど。
「みんなが支えてくれれば、僕だってレクアを今よりいい場所にできる。だからエスリー」
「はいなの」
「これからも僕を助けて」
エスリーが添い寝してくれないと夜も眠れないし、お風呂もビールもないこの世界ではエスリーの膝牧で耳かきしてもらわないと癒されない僕です。他に癒やされる手段がない僕は、だからけっこう本気、っていうより必死な僕なんだ。
「・・・・・・旦那様は、そういうところは無自覚にずるいの」
なんで?前はお人好しって言ったじゃないか?・・・・・・まあ、そう思ったけど、さすがにここは黙ってることにした。
で、ようやくエスリーのお許しが出て、僕はさっそく外出することにした。目的地は、レクア市外だ。街には不案内なままだけど、なにせここは狭い。中心地の僕の家からも城壁はばっちり見える。だから城壁を目指して歩き、そこからぐるっと回って城門から外へ出る。衛兵さんたちはいたけど、出る者は拒まずだった。ただ、夕刻には門は閉じると念を押された。ただ、この城壁も城門も老朽化が進んでる。そのうち補強しよう。
で、昨日の崖に向かう。歩いて30分の世界の果ては、あの大爆発で少し地形変わってたけど、これくらいですんでよかった。まあ、でこぼこしてるけど土壌が露出して便利だし、
「練成炉、展開」
この土地には、国営の鉱洞はないけど意外なくらい良質な資源が眠ってた。ミスリル鉱石やオリハルコン精製に適した土、ホウケイ酸ガラスに必要なホウ砂もあった。おまけに、まあ、竜酸海が近いから王水もたっぷりあるし。
・・・・・・できた!僕の心のオアシスが!でも、ここで楽しむほど僕は上級者じゃないし、できればいつでも使えるように家の近くが・・・・・・閃いた。
「旦那様!?エスリーのエスはサプライズのエスなの」
「疲れたの~今日のマオマオ様は妖精使いが荒いの~」
崖からエムリアさんを呼び出して、家まで転移してもらって、そのままDIYで設置した。前世じゃあ、DIYなんてできなかったなあ~。達成感あるね。細かいところは土精霊にも手伝ってもらったけど。土系の精霊って実直な働き 者で助かった。
「マオマオ様~非常識なの~こんなの自分で簡単にできる練成魔術師はいないの~」
エムリアさんに非常識扱いされたけど、気にならないくらい気分がいい。
「じゃじゃじゃ~ん!これで完成!」
家の屋上に設置した、自家用露天風呂!ああ、男のロマンだね~。崖の上で練成したオリハルコン製の浴槽にボイラーに、ホウケイ酸ガラス製の燃料タンク。タンクの中身は竜酸水から練成した液体燃料で、そのときに出た水とかは浴槽の中に入れてる。ボイラーには小火精霊についてもらって、火力が強すぎないように制御してもらう。燃料の濃度にもかなり気を使ったけど、念のため。
「だからエスリー。精霊の無駄遣いなんかしてないからね」
以前お風呂に入りたいと言ってたら、猛烈な勢いで反対されたけど、これならセーフだろう。
「旦那様・・・・・・そんなに水遊びがしたいの?」
「エマエマは無駄遣いされたの~マオマオ様にもてあそばれたの~」
「いいから早く一人にしてよ。二人がいたらせっかくの露天風呂に入れないじゃないか」
自宅の屋上に露天風呂!しかも青空・・・・・・まだ暗いけど・・・・・・の下で!こんな贅沢できるなんて・・・・・・。
「こんな危険なもので旦那様が溺れたらいけないの。だからエスリーも一緒に入るの」
僕は赤ん坊か!まあ、エスリーは過保護だから、わかるんだけど。
「エマエマも入るの~もともとエマエマたちは湖の精霊だから水たまりは大好きなの~」
小学生みたいなエスリーでもアウトなご時世なのに、中学生アイドルっぽいエムリアさんはもう絶対防衛圏外です!
「だめ!特にエムリアさんは絶対にダメ!」
言ってる間にも、オリハルコンの湯船に青空が映るのが見える。そして湯気が立ち上る。
「さあ、二人とも出た出た」
僕は問答無用で服を脱いでさっさと入ることにした。
「極楽はここにあったんだなあ~」
屋上の四分の一を占めるくらい、一般家庭用にしては破格に広い湯船だ。少しぬるめにした湯加減が、今の僕には心地いい。そこに肩まで浸かり見上げれば・・・・・・。
「生きててよかった~」
一回死んだけど。この世界に来てからのいろんな苦労が報われた・・・・・・う~ん、癒やされるなあ。
「?」
湯加減を気にしたのか、小火精霊がひょこって顔を出した。
「あ~最高だよ、ありがとう~」
幼女っぽい姿を赤い衣で包んだ小火精霊はうれしそうにひっこんだ。火系の精霊って、思ったより真面目で興味あることには一生懸命なんだよね。そうでないことはイヤがるけど。
隣近所の屋上から見えないようにファインセラミックで補強した屋上だけど、一部分これまたガラスにしたからレクア湖が見える。
「青い空、青い湖・・・・・・絶景かな絶景かな~」
全身の疲れやらこわばりやらが全部抜けていく脱力感と開放感に浸る僕。
「旦那様、お疲れなの?」
「マオマオ様、独り占めはいけないの~」
ぶっつ!
「二人とも、なんで居るの!」
いつの間にかお風呂に浸かってるエスリーとエムリアさん!僕はとっさに目をつぶりお湯の中に潜り込んだ!ゴボゴボ・・・・・・。
「旦那様!やっぱり溺れてるの!?」
誤解したエスリーが僕をお湯の中から引き起こす。いや、抱き上げるに近かった。
「どうあめだってええぶああ」
口からお湯と息を一緒に吹き出しては、なかなかに説得力に乏しい自覚はあったけど。
「エスリーのエスはスカードのエスなの。旦那様が溺れてないかって。心配通りだったの」
「体を洗うなら背中流すの~」
じゃぶじゃぶと、お湯の中でエムリアさんまでが近づく気配がする。
「・・・・・・まさか裸じゃないよね」
「妖精は人と同じ意味では最初から服なんて着てないの」
「そうなの~しかも水の中だから素肌が一番なじむの~」
妖精にとって衣服とは一瞬で着替える、ハニーフラッシュみたいなものなのだろうか?一枚一枚脱いでいく、あのロマン漂うシチュエーションはないらしい。・・・・・・いや、そうじゃない!肌色が近い!大慌てで後ろを向く。
混浴については母国でもいろいろ主張があったと思うけど、僕はお風呂は純粋に癒やされたい派です!混浴は邪道だ!
「二人とも年頃の女の子なんだから、混浴なんていけないだろ!」
人と同じ羞恥心がないのは知ってたけど、裸にも僕にも抵抗なさ過ぎ。
「年頃?」
・・・・・・実年齢、おそらく軽く100才越えの妖精だけどさあ。
「人と妖精の間に発情期は意味ないの~」
発情期じゃないから!これでも、僕はアラサーだから、大人だから。でもさっきから動揺してばかりで大人の威厳なんにもないけど。
「旦那様は危なっかしくて目が離せないの」
「昨日だってマリョ切れかかってたのに自覚なしで倒れたの~ニブニブなの~」
背後から聞こえる声が胸に痛い。
「マオマオ様~面倒くさいから水精霊に頼むの~だからもう見えないの~」
「旦那様、ちゃんとこっち向いて話してほしいの」
・・・・・・エムリアさんの、あのナゾ魔法か?どんなポーズとってもスカートの中が見えない、あれはお風呂でも有効なのか?まあ、水系の精霊は素直で従順で、かなりのムチャでも応えちゃうみたいだけど。
僕は恐る恐る降り向いた。確かにこのままじゃあ、せっかくの癒やしのくつろぎ空間がおかしなトラウマになってしまう。それはイヤだ。
「・・・・・・エムリアさん?」
「マオマオ様~不思議な顔してるの~?」
「エマはいつも髪の色変えてるから、旦那様はきっと素顔を初めて見たの」
・・・・・・確かに。いつもはリボンにまみれた金髪ツインテだったけど、今は
「ホントはエスリーと同じ髪の色なんだね」
白に限りなく近いくらいの淡い水色の髪を下ろしてロングにしてると、エムリアさんは普通に超美少女だった。まあ、言動はおかしいし、お湯の上に立ってるしナゾの湯気がしっかり隠してるナゾ魔法がかかってたけど。
「マオマオ様~惚れなお~?」
最初から惚れてないから、惚れ直したりしませんけど!まあ、ナゾの湯気のおかげで、すこしは僕も落ちついた。エスリーの方もナゾ魔法で、ちゃんと湯気が隠してくれてるし。
「ふう~」
ジアン容疑も晴れて、僕はあらためてぬるめのお湯に肩まで浸かる。
「でも、二人とも。次は水着くらい着てから入ってよ。僕が落ち着かないから」
空を見上げる。そろそろ夕刻だ。青が乏しくなって、暗くなる。この世界には夕焼けがない。青空だって投影だから、そのうち夕焼け映せなくはないだろうけど、今後の課題だ。
「ミズギ?聞いたこともないの」
「なんで水に入るのに服を着るの~?」
人と羞恥心の異なる妖精に教える自信は僕にはありません。でも、ナゾ魔法には感謝だ。
さあ~~・・・・・・その時、風が吹いた。僕には半透明な幼女の風精霊がニンマリしてるのが見えたんだ。聞いた話では、風系の精霊ってイタズラ好きらしい・・・・・・。
「うわ!」
再び大慌てでお湯に潜った僕です!ゴボゴボ・・・・・・
「旦那様、水の中で遊んではいけないの。また溺れちゃうの」
「マオマオ様は子どもなの~」
・・・・・・遊んでないし、子どもじゃないからこうしてるんですけど!
なお、屋上の空きスペースにアルビャーモ(品種改良したじゃがいも)を植えることにした。できれば、このお風呂と家庭菜園はレクアに広めたいと思う。
ただ、液体燃料の火加減は、ちゃんとしないと危ないから、改善の余地が多いね。




