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第2章 その13 巨大ヘリコバクター・ピロリの襲撃

その13 巨大ヘリコバクター・ピロリの襲撃


 グルグルグールル師の分厚いメガネは、双眼鏡並に分厚い。僕のお腹くらいまでしかない幼い体で、こんなもの、いろいろおかしいんだけど。じ~と見て、ようやく気づく。

「・・・・・・お姉さんですよね?」

「ははは。やはりばれちゃったか。まあ、こっちが本体なんだけど」

 迷宮の中のお姉さんはもっと成長した姿だったからすぐママに似てるってわかったけど、ここまで若返って(?)不似合いなメガネまでかけられたから、今まで気づかなかった。

「だけどオネエサンのことは今はいい。弟クンにはやることがあるんだろう?」

「そうでした」

 レクアは今、巨大ピロリ菌みたいなヤツに襲われてるんだ。

「エムリアさん!」

 ここからいなくなってる僕の契約妖精を呼んだ。緊迫した空気が流れるお店の中に、空気を読まないエムリアさんが、現れた。

  チャッチャッチャ!チャチャチャ!チャッチャッチャ!

 ・・・・・・いつもの音楽と、ナゾのスポットライトと一緒に。

 ため息しかでない。

「マオマオ様~お戻りなの~?エマエマはライブ中だったの~」

 街を守るエムリアさんは、その様子を街中の家妖精に生配信して人々に大人気だ。

「やっぱり・・・・・・急いで僕を現場に転移させて」

「マオマオ様~せっかちなの~状況を聞かなくていいの~?」

「行けばわかりますよね」

 だいたい非常識な擬音詠唱とやらでダイカイチュウすら瞬殺したエムリアさんが、今も退治できてないってだけで事態が深刻なのがわかる。

「なら転移するの~」

「お姉さん、また来ます」

「うん、弟クン」

 一瞬分厚いメガネと見つめ合う僕だったけど。

「待て、あたいも連れてけ」

「え?」

 転移の寸前、ジナさんが僕の隣に飛びついてきた。

「え?え?」

 ここに残った方が・・・・・・とかなんとか言おうとする間もなく、エムリアさんの転移は終わってしまった。

「ジナさんは残ってた方が・・・・・・」

 景色が一変した今になって口から出ると、間抜けな感じだ。

「役立たずのあんたが行くんだろ?その護衛で英士のあたいが来なくてどうすんだよ」

 だからこう言われても返す言葉もありません。僕は国土の外れの崖っぷちから竜酸海の様子を眺めることにした。近くにはレクアの街の外壁があった。意外に大きく見えるそれは国土の狭さを実感させる。

「歩いていける世界の果てか」

 大きな波、っていうか竜酸だか王水だかが陸地に向かって押し寄せる。

「津波か!?」

 崖を越える勢いで押し寄せたちょっと赤っぽい波は、けっこう不気味だ。それがみるみる迫って、もう見上げる高さだ。あれが落ちてきたら、水圧で死にそう。それに竜酸だから溶かされる。そんな想像をすれば、転生したせいでどこか現実感のない僕でもなかなか恐い。圧死か溶解死か溺死か?そんな三択はイヤだ。

「うげ?」

 ジナさんがそんな呻きをあげるのも仕方ない。悲鳴じゃないだけ勇敢だ。顔色一つ変えないどころか笑顔のままのエムリアさんとは比べちゃいけない。

 そして津波は国土を覆う光壁にぶつかり、はじけて消えるんだけど。

「ふう」

「マオマオ様~今のスリリングで面白かったの~」

「夢の国のアトラクションみたいな感想はやめて」

「ハテナなの~?」

「あんたら主従はどっかおかしい」

 立ち直ったジナさんが、そんな不当なことを言い出した。僕なんか前世と比べても精神的に弱くなってるのに、エムリアさんと同じくくりにするのはやめてほしい。

「あの下に何かいる?」

 光壁のおかげで少し明るいけど、基本ここは陽光のない暗い世界だ。だから竜酸の海の中なんて見えるはずはないんだけど・・・・・・なにかいる。それが動く度に、海面が揺れ波が起こるようだ。

「向こうに隊長たちだ」

「え、シャルネさん?」

 ジナさんが指さす方に目をやると、ここから少し離れた一角に魔族の英士たちがいるのが見えた。


「モーリ様!」

 自然と合流しにいった僕たちをシャルネさんが笑顔で迎えてくれた。資源調査団の話し合い以来、久しぶりだ。銀色の髪がキレイだなあ。背中の翼もパタパタ動いてて歓迎されてるっぽい。僕の正体なんか気にせず、いつも好意的なシャルネさんだ。ここでは希少な、僕の・・・・・・知人?それとも、友人?

「ち、魔族はみんな銀髪だよ」

 ジナさんがまるで僕の視線を読んだみたいだけど、なんだか不満そうだ。

 彼女はここでは希少種の金髪魔族だから、仲間外れみたいに思ったんだろうか?

「ジナ、任務お疲れ様です」

「いえ、あたいは隊長の指示に従っただけです」

「それでもよ。よくモーリ様をお守りして、ここにまでつれてきてくれました」

「いえ、こいつが勝手に来たんです。あたいはついて来ただけです」

 まあ、確かに僕が自主的に来たんだけど、ジナさん、妙に頑なだね。

「ところでシャルネさん、状況を教えてもらえますか?」

「え~マオマオ様~エマエマには何も聞かないでシャルシャルに聞くの~?」

 ・・・・・・聞きたいことはわかりやすく話してくれる人から聞いた方が絶対にいい。何より僕には緊急時に無駄なストレスを抱える趣味はない。

 そんな僕の必死な思いが伝わったか、シャルネさんは簡潔かつ明瞭に教えてくれた。

「敵は一体。かなりの大型生物ですが、竜酸海の中で目視できません。またこちらの攻撃は竜酸海に遮られ現時点で有効な攻撃手段は皆無です。ただ、モーリ様とエムリア様の光壁のおかげでレクア国土に現時点で大きな被害はありません」

 キビキビと答えてくれる様は、清楚な顔つきに似合わない、有能で冷静な軍人さん、隊長さんだ。

「にらみあいですか」

 でも被害がないのは幸い・・・・・・そう言おうとして僕は黙った。よく見れば、シャルネさんの肩が赤く腫れてる。火傷か?他の魔族っ子たちも、あちこち火傷だか炎症だかしてる。腕、太もも・・・・・・魔族に限らずレクアの住民は半裸族だ。繊維が不足してるせいだけど閉鎖して風通しが悪いせいか蒸し暑いからかもしれない。

 僕の視線に気づいたシャルネさんが気まずそうな顔をする。

「竜酸が飛び散って、直撃はないのですが・・・・・・空気中の酸が濃密になりまして」

「今すぐ治癒してください」

 だけど首を振られた。

「モーリ様。これくらい戦闘に支障はありません。今は防衛任務中です」

 まったく。ここは前世のブラック企業よりよほどブラックだ。防衛軍だから仕方ないなんて言いたくもない。彼女たちは、僕の指揮下にはないから強引に命令はできないけど。

「傷が残ります。若い女性が火傷なんてお嫁にいけなくなりかねません」

 隊長のシャルネさんは僕からすれば新入社員くらいだ。部下の魔族っ子たちに至っては十代だ。そんな子たちに火傷の跡が残るなんてイヤ過ぎる。

「英士隊はいったん下がってください。ここは僕が引き受けます」

 だから、普通に言ってみたんだけど。

「ば~か。あんたになにができるっつ~の」

 ジナさんにジト目で罵倒され。

「マオマオ様~マリョくれたらエマエマが頑張るの~」

 エムリアさんには魔臓器(生きた魔力タンク)扱いされ。

「わ、わたしなぞ、もはや嫁き遅れでもらい手などいませんし!」

 シャルネさんまで顔を真っ赤にして全力で反対された。

「隊長~チャンス~」

「婚期到来だあ~」

「大逆転です、ガンバ!」

 なんか魔族っ子たちが後ろでキャアキャア騒いでたけど全然耳に入ってこなかった。

 そこに。

 どっばあああああん!

 大波が、赤いビッグウェーブがやってきた。頭上から降ってくる竜酸は、光壁に遮られ飛び散り消えるんだけど。

「うう、確かに空気が酸っぱい」

 僕が魔王になってから光壁を強化して、竜酸臭はなくなったんだけど、こうも大波が何度も来ると完全には防ぎきれないらしい。

「このままじゃあ、地味にいろいろ削られそうですね」

 かといって、竜酸海の中にいる巨大ピロリ菌相手に直接攻撃の手段がない。

「エムリアさん、とりあえず一時的に光壁を強化しましょう」

 だから普通に言ったんだけど。

「・・・・・・マオマオ様?ええっと、それはやめた方がいいの~」

 ええ?いつもならここぞとばかり魔力をよこせって迫ってくるはずなのに、なんで逃げてくんだ?さっきだって魔臓器扱いしておいて?僕、なんかしました?

「さっきまでマオマオ様からマリョ来なかったから、街のみんなからマリョもらったの~」

 僕がお姉さんの地下迷宮にいた間は、従属妖精であるエムリアさんにまで魔力が届かなかったらしい。で、その間の光壁は、街の人たちから送ってもらったのか。

 ・・・・・・う~ん、ブラックだ。生きていくためとは言え、一般市民が毎日けっこうな労役をしたうえ魔力まで負担してもらってるのに、さらに外敵やら天災がくる度に一層重い負担を強いるのか。ひょっとして僕、暴君?

「・・・・・・できるだけみんなの魔力負担は減らしたかったのに」

「マオマオ様~街のみんな喜んで送ってくれたの~」

 それはエムリアさんがライブやってて人気あるからです。まあ、国防の様子を実況されれば街の人だって魔力は送らなきゃって思うよね。でも魔力の急な減少は、頭痛腹痛胸痛に肩凝りめまいと、健康被害は当たり前で、最悪意識を失ったりすることまである。

「・・・・・・まあ、理由はわかりました。だから今から僕の魔力を」

「やめた方がいいの~」

 なんでだ?だけどエムリアさんはそのまま空中に飛び去っていった。

「まったく・・・・・・仮にも主の僕をなんだと思ってるんだ」

「へ、自分がいなきゃ役立たずだって思ってるんじゃないか」

 ぐさ。横からの不意打ちは僕の精神的な急所を深々とえぐりました。

「ジナ!」

 隊長のシャルネさんが叱責してるけど。

「いいんです。ホントのことですから」

 魔力しか取り柄がない僕は、言ってみれば発電所みたいなもので、だけど僕を通して妖精や精霊が働いてくれるからレクアのためになっている。だけど・・・・・・僕の契約妖精がいてくれないと、僕は無力だ。本来なら国の守護者で討滅妖精のエルダさんが外敵を滅ぼしてくれるはずなのに、僕の頼みで今は国外に行っている。街の守護者で管理妖精のエムリアさんにナゾの・・・・・・自由な彼女らしくはあるけれど・・・・・・サポタージュされれば、僕の魔力は使い道がない。残る家妖精エスリーは僕のお世話係だからそもそも外出できないし。

「僕、なにしに来たんだっけ?」

 練成魔術を使えるようになって、少しは役にたてると思ってたのに。

「まったくだ。腕まくりして飛んできた思ったら、なんでここでクヨクヨしてるやら」

「ジナ!あなたはいつも魔王様に不敬ですよ!」

「すみません、隊長!」

「謝る相手が違います」

 シャルネさんの指示には素直なジナさんが、イヤイヤ僕に頭を下げようとしているのが見える。

「そうです。謝る相手が違います」

 僕は無性に腹が立った。悪いのはジナさんじゃない。

「ごめんなさい、ジナさん。自分からこんなとこに来たのにウジウジしてて」

 悪いには僕だ。覚悟がなかった僕だ。エムリアさんがどうこうじゃない。

「モーリ様?」

「へへん、ちったあマシな顔になったじゃねえか」

 驚くシャルネさんや笑ってるジナさんだけど。

「はい・・・・・・まずは試してみましょう。みなさんも協力してください」

 この場の英士の魔族っ子たちに聞こえるように、僕は大きな声を出した。


 大きな津波やら衝突された振動やらに悩まされながら、僕は英士隊と対策会議を始めた。

「敵は巨大ピロリ菌ですね?」

「目視はできておりませんが、過去の例から見てもまず間違いないかと」

「水精霊もそうだってさ」

 暗いし竜酸海の中だし。精霊の証言は貴重だね。

「先例があるんだ?以前はどうしたんです?」

「エルダ様が」

 ですよね~。怪獣サイズの大敵相手には、いかな魔族の精鋭でもなかなか大変だろうし。でもその先例はこの場合、意味がないわけだ。

「では対処方法ですけど、攻撃して倒すか追い返すか。どちらが有効でしょう?」

 やみくもに攻撃してもムダらしいし、できれば穏便に追い返す方法はないか思ったんだけど、謹厳なシャルネさんに渋い顔をされた。

「それはあまり区別されないと思います。攻撃が通じて相手が逃げてくれればそれを追撃する理由も手段もわたくしどもにはありませんし、まずは有効な攻撃手段を考えるべきと愚考いたします・・・・・・は!?すみません!モーリ様相手に恐れ多くも」

「いいんですよ、シャルネさんが言うことはもっともです。僕が考えなしでした」

 言われてみればその通り。シャルネさんも、僕に向かって堂々と反論することで、英士隊が萎縮して意見を言えないなんてならないように気を遣ってくれたんだって思うけど。

「まったくだ。少しは考えて言えよ」

「ホントホント」

「マジ魔王、やる気あんの?」

 ・・・・・・お気遣い無用ですよ、シャルネさん。部下の子たちの方がよほど僕をわかってる。

「じゃあ、今までどんな攻撃をしてたんです?効果があったのは?」

「はい。我々の魔術攻撃です。ですが、竜酸海の中にいる相手です。その姿を見せることもなく、地上からでは竜酸に遮られて無効だったと思われます」

 シャルネさんの発言に刺激されて、魔族っ子たちもいろいろ言い始めたけど。

「竜酸海の中って最悪だよね~」

「そうそう。精霊系の術式、全部効かないし」

「普通なら効果ある火炎系は水中には無効」

「風で斬るのも」

「雷撃でバリバリするのも」

「岩をぶつけるのも」

「酸で腐らせるのも」

「「ぜ~んぶ効き目なし!もう最悪!」」

 世界竜の胃液の量は膨大だ。こんな竜酸の海で生きられるんだから、それだけで強敵なんだけど、その中にいる限り、大抵の攻撃は無効になってしまう。

 ピロリ菌・・・・・・ヘリコバクター・ピロリ。強敵だ。

 もともとは神経性と思われていた胃や十二指腸の病気の多くは、実はこの細菌が理由であるとわかったのはけっこう最近だ・・・・・・細菌だけに。おっと、ごめんなさい。

 確か殺菌療法が効いたはずだけど、あれって抗生物質がいるんだよな。さすがに専門じゃないからその組成まではわからない。わかったら練成できるか試したかったのに。

 ヘリコバクターのヘリコはヘリコプターのヘリコと同じ意味で、確か「らせん」。バクターは細菌バクテリア。らせん状の細長い細菌だったはずだ。 

 ピロリ菌が強酸下の胃の中で生育できるのは、胃の中にある尿素をアンモニアと二酸化炭素に分解し、アンモニアで酸を中和することにより、自分の身の周りの酸を和らげてるからだったっけ?

 ってことは・・・・・・そのピロリ菌が発生するアンモニアをすぐに中和してしまえば、胃酸で死ぬんじゃないか?

 でも・・・・・・ここって竜の胃酸で、人の胃酸と同じじゃないし、それを言えばピロリ菌だって違う菌かも?考え出せば、疑心暗鬼・・・・・・不安しかない。

「待て待て!」

 バン。混乱してきた僕は、自分の頬を両手で叩く。

「ひ!」

「なに?」

「・・・・・・おかしくなったんじゃない?」

 魔族っ子たちがヒいてる。でもまあ、いいや。

「まずはトライしてみなきゃエラーもできないしね」

 一度で成功するなんて都合のいいことを期待しない。何度もやってたどり着くことだってある。失敗を怖がって何もできずに死んでいくのは、前世でコリゴリだ。

「まずは調べてみましょう」

 正面を見てはっきり言う。半分は自分に向けて。

「はい、モーリ様」

「おうよ」

 シャルネさんと、意外なことにジナさんだけが全然動じてなかった。


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