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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第6章 異世界探訪は龍族姉さんとともに
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6-1.ラスティの帰還

 ――夢を見た。


 不思議な夢だった。

 俯瞰視点だったり、第三者の視点で進むような物語調の夢とは違う。

 俺――だと思わしき少年の視点で、夢の世界を巡っていく。


 柔らかな光に包まれたお花畑を、俺は楽しそうに走っていた。

 他に誰もいない。

 たった一人で、広大な世界に自分だけの足跡を付けていく。


 そしてその少年は、何故か右手にまな板を抱えていた。

 そして左手には、特大のマシュマロが握り締められていた。


 まな板とマシュマロを抱えた少年が、高笑いをしながら花畑を疾走していたのだ。


 ただそれだけの夢。

 ただそれだけなのだが、何故かその少年はとても幸せそうに笑っていた。

 俺は世界一の幸せ者だとでも言うように。




 目が覚めた時、俺はその夢の真意に気が付いた。


 両側から包み込まれるような感覚。

 腹の辺りに重ねられた、柔らかく愛おしい温もり。

 時折首筋に吹きかけられる、ふんわりとした甘美な寝息。

 寝息とともに漏らされる、甘ったるくも聴き心地の良い呻き声。


 まな板とマシュマロは、夢の世界での隠語だったのだ。

 俺は夢から覚めても、圧倒的な勝ち組だった。


「……はぅ。俺、本当幸せ」


 天に向かって、俺はそんなことを幸福感たっぷりに呟いた。

 愛しい愛しいプリムヴェールとティオに、両側から抱き枕にされながら。



        ◇          ◇          ◇



 ラスティ・ネイルがトリスコールから姿を消してから、ひと月が経過した。


 この一ヶ月は至って平穏であり、特筆して語るような事件や事故が起きたりはしなかった。

 強いて言うならきのこを食べた俺が深夜に突然周囲を徘徊し、剣と女剣士用の胸当てをどこからか持って帰ってきたという、何とも疑わしい事件くらいである。

 これについて言及しようとすると、三人の美少女達に話を逸らされてしまうので未だ真相は闇の中だ。

 シャーク・アイランド事件とでも呼んでおこう。

 これについては、滅多なことがなければ口にしてはいけないのだ。


 まあ、それは前に充分語ったから良いとして。

 他のことだ。

 ここ一ヶ月は、何というか……。物凄く癒されていたと思う。


 溢れんばかりの金貨銀貨のおかげで、冒険者としてのお仕事も必要なし。

 毎晩プリムヴェールとティオに挟まれるようにして就寝し、プリムヴェールによる天然の目覚ましで幸せな朝を迎える。


 プリムヴェールはほぼ毎日図書館へ行ってしまうが、俺もここ一ヶ月は毎日のように図書館に通っていたので御相子だ。

 流石に外では過剰に愛情を表現することはないが、一日中ずっとべったり出来るというのも中々良いものである。

 することだって、一つじゃない。

 一緒に本を読んだり、探したり、本棚を整理したり、色々だ。


 最後のはデートっぽくないが、これを行うのは仕方がないことだった。

 流石に毎日毎日恋人が来ると、プリムヴェールが行うべき業務にも支障が出てしまう。

 それのお手伝いである。

 部外者である俺が勝手に行って良いのかどうか不安だったが、他の司書さんたちからオーケーが出たので、遠慮なく手伝うことにしたのだ。


 ……プリムヴェールには内緒だが、時折彼女の魅力を教える、という条件付きで。


 プリムヴェールは真面目で堅実な美少女である。

 故に仕事場では、滅多に変な言動や行動を起こさないらしい。


 司書さんたちは、そんなプリムヴェールの仮面が外れるところが知りたくて仕方が無かったらしいのだ。


 まあ気持ちは分からないでもない。

 立ち振る舞いから全てが完璧な美少女に、ドジっ娘属性があると通常にも増して萌えてしまうものだ。

 そんな愛らしい失敗談などを、ちょっとで良いので教えて欲しいと頼まれたのだ。

 無論彼氏として、彼女の印象を傷つけるような話は絶対にしないつもりだったが。


『プリムヴェールさんって、自宅でも敬語なんですか?』

『プリムヴェールのどこに惚れたの?』

『プリムヴェールたんの私服って、エロいの? 下着は何色? 今何色の下着穿いてるの? はすはす』


 ざっとこんな感じである。

 当たり前のことだが、最後の質問だけは、何度聞かれても一切答えなかった。

 周囲もドン引きしていた。

 ちなみに質問者は、大人しそうな見た目をした地味系の女子である。

 ああいうのを、巷ではギャップ萌えと言うのだろうか。


 ともかくそんなわけで、現在の俺のコンディションは最高級である。

 毎日最愛の彼女プリムヴェールと過ごし、帰宅すると将来の嫁(ティオ)が「おかえりなさい」と出迎えてくれる。

 素晴らしい毎日である。

 出来ることなら、永遠に紡ぎ、手放したくない日常だ。


 そういえば、もう一つ。ティオの植えた植物は、冬を越えた途端みるみるうちに成長していった。

 積雪からちょこんと頭を出していた可愛らしい芽の姿は消失し、ひまわりのようにひょろひょろと緑色の茎が天に向かって伸びている。

 花が咲くのを、ティオは今から楽しみにしている。

 ラフレシアみたいなのが咲かなければ良いのだが。



「アヤメお兄さん、そこの『くまで』取って?」


 土魔法で作った熊手を手渡し、熱心に土いじりをするティオの横顔を見やる。

 俺は今、ティオとともに花壇の世話をしてやっている。

 今日はプリムヴェールがお休みなので、図書館に行く必要が無いのだ。


 ちなみに、この『くまで』と『ざっそうぬき』は俺が土魔法で作ったものだ。

 スコップや園芸用如雨露は購入済みだが、「雑草抜き」のような便利な道具はこの世界にはないらしい。

 形は歪だが、一応指を汚さずに根っ子をほじくりかえすことが出来るので重宝している。


「今度は何を植えようかなー」

「次は何か、食べられる物にしない?」

「家庭菜園作るの? 昔リーシャでお庭に作ってたけど、あれ結構面倒だし難しいよ。魔物とかからも守らなきゃいけないし」

「そうか、やっぱり難しいものなのか。

 あ、でもさ、この敷地内に作れば、魔物は出ないんじゃないかな」


 提案すると、ティオは思案にくれた顔をした。


「どうだろ……。お野菜育てると土の中から虫系の魔物が出てくるんだけど、ここだと繁殖しないのかな」


 小さな虫か。

 流石に微生物とか菌類だとかは排除出来ないと思うので、それは繁殖してしまうかもしれない。

 そもそも小さな虫さえ入らければ、植物だって育たないだろう。

 植物だって生き物なのだから。


「それに肥料だって、ちゃんとしたの使わないとすぐに土が痛んじゃうから」

「そうか、素人が手を出すには難しいのか」


 元の世界だと、腐葉土とか家庭菜園用キットとか、普通に小売店でゴロゴロ取り扱っていたからな。

 やはりこの植物みたいに、生命力の高いやつじゃないと育たないのだろう。


「庭で採れた色彩豊かなお野菜で食卓を明るく! 計画は、無理そうだな」


 花壇の土を指先でサラサラやりながら、溜息を吐く。時間が出来たから家庭菜園にでも手を出そうと思ったが、これも難しいらしい。

 読書以外にも、趣味か何かを見つけたいなとは思っているのだが。


「まあ、今はこれで充分かな」


 ラスティがいない分、俺も花壇の世話には手を貸している。

 本ばかり読んで家に籠っていたり、恋人たちとイチャイチャしてるより、ずっと健康的で明るい時間だとは思う。

 もちろんそれらの時間も大切だが、たまには俺も、日に当たった方が良い。


 ティオが雑草を抜き終えたので、すぐに火魔法で消し炭にしてやる。

 植物を焼いた灰は良い肥料になると聞いたことがあるが、この世界でも同じだという確証はないので変なことはしないでおく。

 俺の浅はかな行動が、ティオを悲しませる結果になってしまっては目も当てられない。


「それじゃ、そろそろ戻ろうか。もうすぐお昼ご飯になるだろうし」

「そうだね、アヤメお兄さん」


 揃って立ち上がり、膝に付いた泥をパッパと払う。


「ティオ、背中にも跳ねてるよ」

「本当? 手が届かないから、とってくれる?」


 背中を向けてもらい、ティオの私服――魔女っ娘ローブに跳ねた泥を叩き落とす。

 よく落としておかなければ、後で洗濯するのが面倒になるからな。



 ティオの背中を叩いていると、ふと視界の端に何かが通ったような気がした。

 次いで訪れる、何かしらの気配。

 俺はいつの間に、殺意だとか気配だとかを察知できるようになったんだっけか。


 思いながら家とは反対側の方角を見ると、緑色の大きな塊が敷地のすぐ外側にでーんと鎮座なさっていた。

 うん! あれは気が付かない方がおかしいですね!


 というか、あのでっかい物体はいったい何なのか。

 あれか。さっきシャーク・アイランドなどとあの名前を口にしたから、俺は鮫うんたらに呪われてしまったのだろうか。

 あれこそがその島なのだろうか。

 天空の島が、空から降って来たのだ。

 プレアデス星団が名前を変えて降って来るのか。

 バル――。


「あ、誰か乗ってるみたいだよ」


 ティオの発言により、禁断の呪文は飲み込まれる。

 緑色の塊――何かの背中のようだが――の上には、誰かが乗っている。

 一人は、紺色のマントとフードに身を包んだ怪しい人物。

 そしてもう一人は――。


「おぉ、帰って来たぞ、にぃ様よ!」


 羊のようなツノがひょっこりと顔を見せ、聞き慣れた旋律が清らかに奏でられる。

 緑色の背中から手を振るのは、アマラントのウェーブヘアをなびかせる長寿ロリ。


「ラスティさん!?」

「思ったより遅くなってしまったの! すまんが、にぃ様よ。帰ってきて早々じゃが、一つ頼まれてくれんかの?」

「何でしょうか」


 園芸道具を地面に置き捨て、ラスティのもとへ駆け寄る。

 この一ヶ月どこに行っていたのか、病気や怪我はせず無事に戻って来れたのか、その緑色の塊と客人(フードの人物)は何者なのか。

 聞きたいことは山ほどあるが、ともかく。


「客人じゃ。信頼できる者じゃから、結界の効力を解除してくれんか」

「……この方を、ですか」


 紺色のフード付きマントに全身を包み込んだ、得体の知れない人物。

 種族はおろか、男なのか女なのかも分からない。

 背丈や姿勢、マントの端から顔を出す白い脚などから、辛うじて“人間”であることは識別できる。


 だがそれ以上の情報は、文字通りマントという名の闇の中だ。

 ラスティが危険人物を連れ込むとは思えないが、姿も素性も分からない人間を家に入れるわけにもいかない。


「何故顔を隠しているのですか」

「美容と健康のためじゃよ。……後で、顔を見れば分かるはずじゃ」


 姿を見せない――ではなく、姿を見せるわけにはいかない人、ということか?

 もしくは、外界に肌を晒すと都合の悪い種。

 元の世界でも、宗教的な理由で肌を隠している方々がいたな。

 姿や振る舞いだけで、怪しい人物だと決めつけるわけにもいかない、か。


「分かりました。それでは、どうぞ」


 指輪をかざし、眼前のフード人間を“入っても良い客人”として認識させる。


 緑色の塊に乗っかっていたラスティは、二メートル以上あるであろうその背中から颯爽と飛び降り、フード人間をエスコートする。

 フード人間はこちらに顔を向けると、顔が揺れるかどうかの動きで腰を折ってみせた。


「お招き、ありがとうございます」


 声を聴く限り、女性のようだ。

 敷地を囲っているロープを手繰り寄せ、二人にそこを潜るようジェスチャー。

 身を屈めながら、ラスティとフードの女は敷地内へ闖入した。


「あの緑色の塊は、何なのですか?」

「私どもが使用する、移動手段のようなものです。実害を及ぼすようなものではないので、お気になさらずに」


 移動手段――。

 移動手段ね。

 空から降ってきたってことは、何らかの飛行物体なのだろう。

 この世界に空を飛ぶ乗り物が存在していたとは知らなかった。

 もしかすると、世界の反対側の方では色々と文明が発達しているのかもしれないな。


 そんなことを思いつつ、二人を自宅へと招き入れる。

 フードの女は靴のまま上がろうとしたので、慌てて制止する。

 俺の家は地元の習慣通り、靴は脱いでから上がるよう徹底している。

 外の土とか汚れとかを、出来る限り部屋に入れないためだ。


 リビングまで辿り着いたところで、フードの女は安堵したように溜息を吐く。

 一瞬だけこっちを向いてから、首元に結んでいたリボンを絡め取り、ぶわりと音をたてて紺色のマントを脱ぎ捨てる。

 おっと安心して欲しい、中にはちゃんと衣服を身に着けていた。


「――――」


 現れたのは、鮮やかなプラチナブロンドの美少女だった。

 サファイアを閉じ込めた青色の瞳に、混じりけのない金髪はよく映える。

 パッと見ると、西洋の美人モデルのようだ。


 だがその容姿には、まだ幼気な可愛さが残っている。

 美女と呼ぶにはあまりに儚く、髪もロングヘアではなくボブカット。

 お人形さんのように可愛らしいという比喩を、ここまで体現するような女性も珍しいだろう。

 思わず部屋の隅に座らせて、飾ってしまいたくなるほどの美貌だ。


 服装は、全体的には青を基調としており、白い襟の付いた大人しめなものを身に着けている。ハサミを持った庭師の人形や、藁人形に五寸釘を打つ人が身に着けているような、ドールっぽさを醸し出す衣装。

 このような服装は、トリスコールでは一度も目にしたことがない。


「お綺麗な方ですね。人族の方でしょうか?」


 エルフ族にしては耳が短く、獣族にしては容姿は人族の造形に近すぎる。

 プリムヴェールのような例もあるので何ともいえないが、多分人族か魔族か――そのハーフか何かだろう。

 そう思っての質問だったのだが。


「いえ、私は人族ではありません」


 金髪碧眼の美少女はひらりとスカートを広げながら、くるりと振り返り、貴族のようにスカートの端を摘まみながらお淑やかに一礼。

 その仕草一つ一つに隙がない。

 洗練されたその動きに、思わず息を呑む。


 だが驚くのが早かった。

 俺は彼女が次に発した科白のせいで、文字通り言葉を失ってしまったのだから。


「私の名は、リュウナ・アルデバラン。龍族の里にて、先祖代々“世界大樹ユグドラシル”の管理をしております」


 ――それが何でもないことのように、彼女は淡々とそう言った。



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