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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第1章 異世界転移は魔導書とともに
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1-8.司書さんの香りとパンの味

 詠唱、魔法陣に関する歴史書を読了した。


 司書プリムヴェールに勧められた『魔法陣の歴史』によると、魔法陣とは遥か昔ハイエルフが使用していた高度な魔法などに利用されており、子孫や弟子に伝授する際、想像力だけでは補えない難解な魔法を、正確に遺すために発案されたものらしい。


 頭の中で住みたい家の間取りを考えて――などと説明するより、魔法陣などの記号として伝授した方が、人伝えによる劣化が少ない。

 第一に、教えやすい。

 確かにあの小屋を建てる魔法が、『間取りや柱の数、大黒柱の場所から使う木材、広さを思い浮かべながら――』などと面倒な手順を踏む魔法だったら、喩え安全のためでも、あんな簡単に家を建てようとは思わなかっただろう。


 無知な後人に専門的なことを説明するのは難しい。

 とくに発案者が天才だと、全く同じものを再現するのは骨が折れる。


 詠唱の歴史も、同じようなものだった。

 だがこちらは主に人族や魔族など、オドの使用に長けている種族が後人に伝授する際、発案したものらしい。

 ちなみに、エルフやハイエルフ、ハーフエルフなどの種族は人族や魔族と比較してオドの扱いが苦手なのだとか。


 ということは俺は実はエルフだったのか! と思ってみたものの、文献によると、どれだけ薄くとも過去にエルフの血が混じった生物は、耳の形や顔つきに特徴が出るらしい。

 寿命が長く生命力が強いと言う点で、強烈な優性遺伝が発生するらしい。

 つまり、オドの扱いが苦手な人族は遥か昔にエルフの血が混じっており、先祖返りした可能性が高く、西洋的な美麗な顔つきであることが非常に多い、らしい。


 美麗な顔つきとは程遠い俺には、絶対にありえないことだった。


「さて、次は冒険活劇ものでも読むか」


 魔法の種類や歴史の基礎的な知識は詰め込み終わった。

 次は、創作物における魔法や魔法を使えない者の立ち位置を知っておく必要がある。


「未だにここの魔法教本には、マナを使用する魔法の使い方は書かれていなかったからな」


 もしかすると、マナを使用する魔法は禁忌とされているのかもしれない。

 もしそうならば、あまり大っぴらに魔法を使うのは避けたい。


 歴史書を本棚へ戻し、冒険活劇ものの棚に赴いた。

 先ほど順番に並べ直した『魔術師ウェインの殺戮譚』を五冊とも全部手に取り、他に気になるタイトルがないかと奥の本棚を覗きに行くと、先客がいた。


「…………」

「――ぁ、ぁぅ、――んん!」


 本棚の陰に体躯を隠匿させ、褐色肌に悪魔的なしっぽを生やした金髪魔族が、痩せ形の青年とことに及んでいるのが見えた。

 艶めかしい呼気を漏らしながら、魅惑の褐色マシュマロボディが青年の身体を包み込み、啄むように唇を奪っている。

 青年の方はされるがままに、身体を痙攣させていたが。


「……絶対いるよな、こういうの」


 王都でも外で盛っている獣人がいたが、この世界ではそういうのが非常識にはならないのだろうか。


 見なかったことにして、俺は別の本棚で蔵書を探すことにした。

 幾つか気になるタイトルを発掘したので、それらも積み重ねて机まで運ぶ。

 途中すれ違った白髭のお爺さんが、俺の姿を見て目を見開いていた。

 既刊のまとめ読みは、あまり主流ではないのかな。



        ◇          ◇          ◇



 教本や歴史書と同じく流し読みをする予定でいたが、創作物はやはりじっくり読みたい。

 気が付けば、時間も忘れてウェインの殺戮譚を熱心に読んでしまっていた。


 燃えるような夕日に顔を照らされ、ふと我に返る。

 周囲をうろついていた兵士やお爺さんの姿も見えなくなっており、机で書物を読んでいるのは俺だけになっていた。

 そういえばこの図書館、閉館時間は何時くらいなのだろう。


 窓から差し込む夕日を見つめていると、不意に腹の虫が鳴いた。

 そういえば、今日は朝からここに籠りっぱなしだったから、何も食べていないのだ。

 昨晩食べた宿の飯が最後の食事ということになる。


「やべぇな。気付いた途端、猛烈に腹が減ってきた」


 一度気になりだすと、もう我慢できない。

 読みかけの書物をどかし、机に突っ伏した。

 まずい、もう動けない。

 高一の夏休みにも、一度同じようなことをやりかけたというのに、身体は全然懲りていなかったらしい。

 あの時は一応自宅だったため、丸二日食べていない身体で廊下を這いずり、無事冷蔵庫へ辿り着くことができたが。


「あぅー……腹減った」

「あの……。よかったら、どうぞ?」


 鈴を転がしたような声とともに、鼻先に小麦の香りが広がった。

 目を開くと、黒パンが四つとワイングラスに入った透明な液体が置かれている。


 顔を机に寝かせたまま視線を上に向けると、モノクロを基調とした落ち着いた雰囲気の仕事着が視界に入った。

 白銀の美髪を束ね、理知的な真紅の瞳をこちらへ向ける美しい司書の姿がそこにあった。


「プリムヴェールさん?」

「そんなに根詰めては、疲れてしまいますよ」


 椅子を寄せ、プリムヴェールは俺の真隣に腰を下ろす。

 ふわりと甘い香りが漂い、不意打ちに鼓動が速まった。


「いいんですか?」

「本当はいけないんですけど」


 そう言って、プリムヴェールは口元に人差し指を立てながら甘い微笑を浮かべる。

 もう片方の手で美髪を弄りながら、俺がさっきまで読んでいた書物を手に取った。


 プリムヴェールが表紙を見つめる姿を見やりながら、俺は黒パンを口に運ぶ。

 日本の食パンとかロールパンと比較すると堅くてお世辞にも美味しいとは言えないけど、丸一日何も食べていない身体には、黒パンもご馳走になる。

 ワイングラスの液体は、何のことはない、ただの水だ。


「魔法に関する歴史書と、英雄の伝説を描いたファンタジーですか」

「ちょっと魔法に関することが知りたかったもので」


 遠慮なく顔を近づけられ、思わずパンを喉に詰まらせそうになる。


「職業は――うーん、新人の家庭教師さんかな? それか、魔術師志望の学院生さん!」


 理知的な面差しに差し込んだ、無邪気で幼げのある表情。

 真紅の瞳を俺に向けて、「合ってますか?」と首を傾ける。


 どうしよう、何て答えればいいんだ。

 せっかく話しかけてくれているのに、何も答えないのも悪いし。

 無職とか言って、ドン引きされても嫌だしな。


 舗装工事をしていた少女にロリコンと間違えられたときのあの目は、悪い意味で忘れられない。

 この方にまであんな目で見られたら、本格的に立ち直れないかもしれない。


「家庭教師でも、魔術師さんでもない。――じゃあ、賢者さんですか?」


 賢者? 思わず首をひねるより先に、さっき読んだウェインの殺戮譚の一文を思い出す。

 賢者とは、その名の通り一分野または複数の分野に関する様々な事柄に詳しく、冒険者パーティなどでは様々な助言をしたり、主に生活魔法? と呼ばれる簡単な魔法を使う人の事だ。


 もちろん冒険しながら戦うだけが仕事ではない。

 知識を蓄え、様々な場面で活躍する高等な職業だ。

 その割に学院や免許などはなく、個人で勝手に名乗ってよいという奇妙な職業だった。

 どうやらそれを名乗るにはそれ相応の知識と責任が必要なため、そう簡単に名乗る者がいない、というのが主な理由らしいが。


「はあ、まあ。見習いですけど」

「え! 本当ですか? わぁー! わたし、賢者って職業に憧れてたんです!」


 そうなんじゃないかとか思ってましたー、などと言いながら、両手で俺の手を包み込んだ。

 長く繊細な指先を絡められ、温かいうえに心地良い。

 羨望の眼差しを向けられ、ずいと顔を近づけられる。

 ヤバい、色々な汗で背中がしっとりしてきた。


 指の隙間をくすぐられるような絶妙な力加減と、魅力的な瞳で見つめられるというむずかゆい感覚。さらに、賢者などと立派な役職を勢いで名乗ってしまったという変な罪悪感。

 諸々の感覚に苛まれ、頭がクラクラしてきた。


「将来は、魔法関連の賢者様ですかー。失われた秘術や隠術なども多くて、魔法に関する賢者様は滅多に現れないんですよねー。そっかー、だから詠唱とか魔法陣の歴史を――」


 理知的な瞳を興味深げに崩し、美髪を弄りながら嬉しそうにうんうんと頷く。

 失われた秘術に、隠された魔術? なにそれ聞いてない。

 もしかすると、彼女の方が俺より魔法に詳しいのではないか。不安だ。


「プリムヴェールさんも、魔法にはお詳しいんですか?」

「いえ、わたしなんか! 司書として最低限の教本を読んだりはしましたけど、結局魔法より、書物の素晴らしさに惹かれてしまって、この道を」


 簡単に言ってくれるが、司書になるのはかなり難しいんじゃなかったか。

 俺も一度図書館で暮らしたいという願望を叶えるため、日本の司書試験をネットで調べてみたことがあるけど、ちんぷんかんぷんだった。


「賢者さ――あっと、その、そういえばお名前を伺ってなかったなと……」

「カザミ・アヤメです。アヤメと呼んでもらえると嬉しいです」


 上から目線にも感じるが、俺は自分の名前を伝える時はいつもこう言っている。

 でないと、俺のことを「アヤちゃん」と呼ぶ輩が出てくるからだ。

 小学校の頃、『三組のアヤちゃん』と名前だけが独り歩きして、存在しない女の子の幽霊都市伝説が一個増えたのも妙な思い出だ。

 俺のことをアヤちゃんと呼んでいいのは、幼少時から俺を可愛がってくれていた婆ちゃんだけだ。


「カザミ・アヤメ、ですか。はい、覚えておきます。アヤメさん」


 殺戮譚をギュッと胸に抱きしめながら、プリムヴェールは花のような笑顔をみせた。



        ◇          ◇          ◇

 


 宿に戻ると、虎っぽい子が表で掃き掃除をしていた。


「おかえなさーい、お兄さん」

「……うん」

「疲れてるー? 晩御飯になったらお呼びするから、もうちょっと待っててねー」

「……うん」


 闇に包まれたカウンターの前を素通りし、俺は階段をゆっくりと登る。

 明かり一つ無い廊下を歩み、いつも使っている部屋のベッドにバタンと倒れ込んだ。


 夕食には果物と干し肉が出された。

 運んできてくれた虎っぽい子が言うには、干し肉が安く手に入ったのだとか。

 ギザギザと鋭い牙をいっぱいに使い、干し肉を齧りながら嬉しそうに言っていた。


 夕食を終えてすぐにベッドに潜ったが、目が爛々と輝き、速まった拍動が治まらない。

 ベッドに潜るまでも潜ってからも、司書さんの髪から漂う甘い香りや声などに悶々として、なかなか寝付けなかった。


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