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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第1章 異世界転移は魔導書とともに
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1-9.嬉しいお誘い

「ふぁぁぁ――――」


 ベッドから身体を起こすと、もう外は明るくなっていた。

 今日も早く起きたかったけど、夜眠るのが遅かったのだから仕方ない。

 もっとも、早く起床したかった理由となかなか寝付けなかった原因が同じものということが、些か奇妙な話だが。


 朝でも仄暗い階段を降りると、ちょうど行水から戻って来た虎っぽい子と鉢合わせした。

 しっとりとした布きれを腰に引っかけ、肩にかけた手拭いでほっぺたを拭いている。


「あ、おはよございます。お兄さん」

「おはよう。朝ごはんは何時ごろになるかな?」

「すぐ用意するから待っててね」


 ペタペタと廊下を歩き、カウンターの裏へ戻っていった。

 朝でもカウンターの中は闇に包まれている。ここの“じっちゃん”とは、日焼けにでもうるさいのだろうか。


 外に出て、朝の空気を胸いっぱいに取り込む。

 排気ガスも生活排気もない、透き通るように綺麗な空気だ。

 せっかくなので、朝ごはんの用意が出来るまで朝日に当たっていようかな、と思っていたのだが。


「お兄さーん、ご飯できたー」


 食器をカンカン打ち鳴らす音が奏でられ、俺は回れ右をして宿の中へ戻った。

 本当にすぐだった。



        ◇          ◇          ◇



 道中立ち並んだ景色を覚えるのは苦手なのだが、図書館までの道のりはちゃんと身体が覚えていた。

 流石俺の足。本に関することならすぐに覚えてしまう。現金なものだ。


 入り口に佇む兵士さんに軽く挨拶して、案内係の司書さんの前を会釈だけで素通り。

 基礎的な書物が全て詰め込まれた一階の蔵書室。

 便宜上図書館の一階といえばこの部屋になるのだが、天井が遥か高い場所にあるため、空間的な意味では二階や三階まで浸食している。

 階段や梯子などを使わなければならないほどに高い本棚が立ち並んでおり、空間的な広さはかなりある。


「さて、今日は何を読もうかなー」


 スキップしたくなる足取りを必死に抑え、いかにも慣れた雰囲気を纏いながら蔵書室の中へ。

 どこから回ろうかなと思いつつふと上を見ると、天井付近にて銀髪の司書さんが手を振っていた。

 はっきりと顔は見えないが、手を振ってくれているのがプリムヴェールだというのは分かる。


 上からでも見えるように、大仰な仕草で腰を折ってみせた。

 銀髪の司書プリムヴェールは姿勢を正してペコリとお辞儀を見せ、そのまま隣の本棚へと飛んで行った。


 さっきまでの行動を、全て空中で行っていたのだ。

 風魔法って凄い。




 プリムヴェールの姿を見送ってから、俺は読みかけていた書物を数冊と、賢者関連の書物をもって机に赴いた。


 『魔術師ウェインの殺戮譚』がまだ途中だ。

 タイトルからウェインという名の最強魔術師が、問答無用で人々を惨殺していくダークファンタジーかと思っていたのだが、そうでも無かった。

 残酷な描写は少なく、むしろお色気シーンの方がいっぱいあった。

 ウェイン・ショータという天候を操る魔法を扱うことのできる、高位に属する魔法使いが、女剣士とか幼女占い師なんかとハーレムを作る話だ。

 殺戮譚などという凄まじいタイトルだったため、骨肉の争いや生命を灰塵のように扱う描写は覚悟していたのだが、その必要などなかった。

 逆にそのせいで、昨日プリムヴェールがその本を抱きしめた時、内心ヒヤっとしたものだ。

 憧れの賢者様がこんな淫らな書物を読んでいるなんて! とかいって幻滅されるかもしれない。


 淫らと言えば。

 また別の書物の話になってしまうが、『英雄ヘヴィーの増殖譚』なる作品は殺戮譚とは比べ物にならないくらい凄まじかった。

 何がって、お色気描写だ。

 美女美少女美幼女隔たりなくはべらすイケメン剣士が主人公で、行く先々で行きずりのヒロインとパカパカ関係を作ってしまう身も蓋もない話だった。

 とくに元奴隷の幼女とのシーンは破格の描写で、思わず五、六回読み直した。

 結末もあっさりとしており、世界中に英雄の血を継ぐ者が現れたなどという、大胆なエンドだ。


 増殖譚とは、また的確なタイトルをつけたと思う。

 もっとも中身を書いた人間は不明であり、タイトルをつけたのはこの書物を初めて発掘した冒険者だったらしい。

 そう、あとがきに書かれていた。


「……これは絶対に、プリムヴェールさんには見せられない」


 いち読者として誰かが書いた書物に口を出そうとは思わないが、自分がこれを読んでいるということを、あの美麗な女性(プリムヴェール)に悟られたくない。

 早々に元あった場所へ仕舞っておいた。



「――さて、次はこれを読んでおこう」


 殺戮譚が一区切りついたため、俺は本日初めての創作物以外の書物に手を伸ばした。

 賢者に関する書物。

 端的に言えば、賢者というものはどういった職業で、どれだけの能力を期待されるものなのか――という、まあ語弊はあるかもだけど教本みたいなものだ。

 一応これからは賢者(見習い)という立場で接しなければならないのだから、一応基礎知識くらいは知っておかなければなるまい。

 変なところでボロを出しても後々面倒だ。


「へぇー……。賢者って、魔法が使えなくてもいいんだ」


 最低限自衛するだけの魔法がなければ、冒険者や英雄に付いていくことはできない。

 だが戦闘や冒険に参加せず、自宅や王宮に引きこもって知識を高める賢者も少なくないそうだ。

 無論そういった人たちは己の知識を書物に纏めて、図書館や王宮などに贈ることで生計をたてているらしいが。

 つまり魔法などのように、新たな知識を書物として残すまでもない分野に詳しくとも、本に囲まれるだけで一生を終えるような生活はできないのだ。

 気が向いた時だけ外に出る生活とか、少し期待してたのに。


「魔法関連の賢者が世に出回らないってのも、プリムヴェールさんが言っていた通りだな」


 魔法の中には国家を揺るがす力をもつものも存在しているため、そういった書物は遥か昔年の頃に抹消させられているケースも多いのだとか。

 記された書物を所持または使用した者は、国家反逆罪だ! とか、あったのだろう。


 さらにはハイエルフやサキュバスなど、滅多にその子孫を人里に出さぬ種族に伝わる魔法などは、滅多に世に出回らない。

 それらを秘術や隠術という。長い歴史の中でも、魔法分野に関する賢者が複数人いた時代は、未だかつて認識されていないという。


 逆に言えば、世界中探せば一人はいたっていう時期もあるんだな。

 まあ、それが所謂世界を変えた偉人というものなのだろう。

 それにそういった賢者がいるにも関わらず、こうして秘術や隠術が残ってるわけだから、その賢者様とやらも、完璧な人ではないのだろう。

 魔法だって、時代を超えるに連れて徐々に増えているのだろうし。


「だとすると、覚えることが色々あるなぁ……」

「あの、賢者様――アヤメさん!」


 頬杖をつきながらテキトーに書物を捲っていると、鈴を転がしたような甘いボイスが鼓膜を刺激した。

 突然のことにギョッとしながら顔を向ければ、ルビー色の瞳がじっと俺のことを捉えている。

 目が合った瞬間思わず挙動不審に目を逸らした。

 不意打ちはよくない。


 ――と泳がした視線の先には、胸元を飾る青色のリボンがあった。

 視界が揺らめき、その下に眠る二つの山が目の中に飛び込んできた。


 大きい。

 昨日会った時はそこまで気にしていなかったけど、ちょっとこれ健全な青少年の目の前に出されると困ってしまいますよ、というくらい大きい。

 奇乳とか爆乳ってわけではないけどね。

 このお洋服、乳袋でも付いてるんでしょうか。


「賢者様、どうされました?」

「いえっ!? 何でも、ござーませんことです」


 本を片手に立ち上がり、いかにも賢者っぽいポーズで振舞う。


 プリムヴェールはそんな俺のことを見てから、いじましく頬を赤らめて髪を弄りながらコホンと咳払い。


「賢者様は、今日も一日お勉強ですか?」

「はい、そのつもりですけど」


 もう少し日を跨いだら、宿代稼ぎにギルドに行かなければならないのだ。

 それまでに、出来る限りの知識や情報を集めておきたい。

 そのためにも俺は、毎日朝から夕方まで図書館に籠っているのだ。

 決して「本に囲まれてると幸せだから」などと不届きな理由ではない。


 プリムヴェールは暫く銀の美髪を指先で弄っていたが、ふっとその仕草を改め、腕で胸を挟むように居住まいを正した。


「今日のお仕事、お昼で終わりなんです。なので、その、お昼を一緒に食べに行きませんか?」


 嬉しさのあまり飛び上りそうになった。

 ――が、そんな正直な心を抑え、自問自答する。

 待てよ、カザミ・アヤメ。今のは昨晩の妄想がたたった聞き違いじゃないのか。

 寝る前にあんなにプリムヴェールのことを考えていたから、幻聴を聴いているのではないか。


 ふ、そんなはずはない。

 俺は賢者だぞ、賢き者だ。賢い人間が、美女の言葉を聞き間違えるはずがない。

 根拠はない。


「とても嬉しいお誘いです。ぜひ、ご一緒させていただきたい」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 花のような笑顔を前にして、俺は心の中で喜びの舞を踊った。


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