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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第4章 異世界召喚は長寿ロリとともに
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4-9.二つ目の召喚魔法

 ――新たな魔法を生み出す。

 

 これが事実なら、世界を根幹から揺るがすような重大な事例だ。

 召喚・転移という概念、すなわち物質や生物が消失して別の場所に現れるなど、そういった現象はこの世界に存在していなかった。

 現存する移動手段は、船か竜車か馬(みたいな生物)か徒歩だ。

 神聖なる種族、龍族は魔竜と呼ばれる飛龍を操り、天空を翔けたりするらしいが。

 基本種族とも呼ばれる獣族、人族、エルフ族、魔族の四種族は、そういった移動手段を持ち合わせていない。

 

 もし召喚・転移魔法が流通でもしたら、それらの移動手段を扱う人々が路頭に迷うこととなってしまう。

 ……いや、待てよ。それは大丈夫か。

 ハーフエルフ、もしくはエルフの血が混じった亜人族以上に澄んだオドを持っている種族は、マナを吸い上げること自体が出来ないはずだしな。

 ハイエルフとかエルフなら、それも可能になるのかもしれないが――。

 とはいえ、書き込んだ瞬間世界中に「新しい魔法が発案されたよ!」なんて広められるわけでも無いのだから、とりあえずは大丈夫だと考えて平気だろう。


 一度書き込んでしまった内容は、どうやら消すことができないらしいからな。



        ◇          ◇          ◇

 


 ティオとバルテルスは、思案気な表情で未だに天井や床を調べていた。


 俺はというと、魔導書を手にしたまま茫然と座り込んでいるだけだ。

 書き込んだページを破棄する方法がないかと、あれから幾つか試行錯誤してみたのだが、どれも無残に失敗した。

 

 ページを破こうとしてみたが、不可能だった。

 とても紙だとは思えないほどの強度を誇り、まるでプラスチックの板でも曲げているような手応えが生じた。

 小型のナイフを取り出し、ページの端っこを滑らせてみた。

 刃が滑り、切れ目どころか折り目さえ付かない。


 インク瓶を逆さまにしてページに垂らしてみたが、先ほどバルテルスが書き込もうとしたときのようにインクは弾かれ、垂れたインクは残らず流れ落ちてしまった。

 他のページも同じく、だ。

 今まで試そうとも思わなかったが、この際だからと思い切ってやってみたのだ。


 天候を操作する魔法が書かれたページに、「そんなものは、ない」と付け足してみようとした。 

 ペン先は紙に引っかかり、インクが染み込むことはない。

 水魔法の書かれたページだけを垂らして、水の張ったタライの中に漬け込んでみた。

 十数分後様子を見に来たが、魔導書はパリッと乾き、湿ったような形跡は残っていない。

 ティオに頼んで火の粉をふりかけてみたが、魔導書に触れた途端音も無く鎮火した。

 

 他にも幾つかの実験を試行してみたが、結果は全て失敗――魔導書に傷一つつけることは出来なかった。


 しかし……。思い返してみると、確かにこの魔導書はやたら頑丈だったような気がする。

 悪魔を焼き焦がすために灼熱の業火を噴出した時も、燃え移るどころか焦げ目がつくことも無かったし。

 高原暮らしの頃、通り雨に降られた時など、何度か魔導書を傘代わりにしてしまったことがあったが、乾かすまでもなく水を弾いていたな。 


 

 魔導書本体について分かったのは、その程度だ。


 ついでに先ほど、ティオにも召喚魔法が使えるかどうか試して貰った。

 ダークエルフを召喚したときに使用したものと寸分たがわぬ魔法陣を描き、ティオに体内魔力オドを流してもらう。

 俺が魔導書に書き込んだのは、体外魔力マナを使用して下級魔族を召喚する魔法だ。

 出来るわけない、と断定するのは簡単だが、一応「不可能である」という事象をこの目で確認しておいた方が良いだろう。

 もしオドでも使えるようなことがあれば、世界の秩序を根幹から塗り替えるような事態に陥ってしまうからな。 


 とか何とか危惧した結果がこれなのだが。

 結論から言えば、ティオは“何か”を召喚することは出来なかった。

 魔法陣に、魔力オドが流れ込まないのだ。うんうん唸りながら、必死に魔法陣へ魔力を送り込もうと奮起するが、ティオの魔力は魔法陣まで届かず、指先の辺りで止まってしまう。

 魔力総量の問題や、手順の齟齬などではなく、術式にエネルギーが流れないために発動しないのだ。


 一抹の不安は残るが、一つ懸念事項は消失した。

 喩えこの魔法陣が世間に流出しても、人族や獣族、魔族はそれを使うことはできない。

 エルフ族は使えるかもしれないが、そこまで考えていたらキリがない。

 希望的観測に頼るのはあまり褒められる行為ではないが、逆に全ての事象を最悪の方へと考えていては先に進めない。

 

 ともかく、俺は召喚魔法を使うことができるが、他の人は使えない、ということで良いではないか。

 それに今回の召喚魔法は、それほど危険なものではないのだ。

 標的を問答無用で転移させるのではなく、抵抗したり「その場から離れたくない」という意思の強い対象は、目標から除外される。

 それに召喚されるのは、身の回りの下級魔族か魔物だけだ。

 戦争中に、敵の大将を召喚! 斬首ザシュッ! ――なんてことにはならない。


 逆に言えば、制限なしの召喚・転移魔法はその辺が危険なんだよな。

 学校帰りに唐突に召喚されて、「チートやるから勇者やれ。倒すまで帰さねえぞ」なんて言われるのだ。

 証拠なしの誘拐が簡単に行われてしまう。

 

 召喚魔法を新たに生み出すためには、そういったことまで考えなければ。

 マナの使用量や魔法陣の描き難さで釣り合いをとるのではなく、召喚・転移に対する制約を付ければ良いのだ。

 先ほどのように、目標は抵抗できる、とか。自分よりオドの純度が高い生物は召喚できない、とか。

 そもそも生物は召喚できない、とかな。

 

 後、異世界からの召喚は不可能にしたい。

 これは勝手な我儘だが、俺のように現代知識を持ち合わせた人間がこれ以上増えて欲しくないからだ。

 下手に天才とかが召喚されて、同じ異世界人としてみじめな思いをするのは嫌だからな。

 召喚できる範囲はこの世界軸のみ。これは鉄板だろう。

 


 何故これほどまでに、召喚魔法にこだわるのか。

 だって、召喚魔法って何か格好良いじゃん。




 ――というわけで、俺は新たな召喚魔法を思考していた。


 誰でも彼でも召喚できる魔法――は、とりあえず却下だな。

 一応送り返す手順も組み込んでおけば、ちょっとばかし離れた遠方の土地からの召喚も問題無いだろう。

 距離は無制限として、あとは種族・目標の意思・召喚方法だな。


 種族の指定は、やめておこうかなと思っている。

 迫害や差別の要因にもなるしな。弱い種族イコール、排斥してよい種族というわけでは無いのだ。

 下級魔族のみ召喚可能、なんて魔法がつらつらと記されている魔導書などが出回りでもしたら、それこそ魔族迫害派の思うつぼだ。 

 異種族による迫害・排斥の原因になりそうな書き込みは、やめておいた方が良いだろう。


 次に、目標の意思だ。

 前述した通り、召喚・転移魔法とは使い方を間違えると非常に危険な魔法だ。

 敵国の大将の暗殺だとか、大好きなあの娘を地下室に召喚してよからぬことをぐへへだとか、様々な悪用方法が考えられるからな。

 召喚魔法の手順が悪しき者の手に渡り、異国のお偉いさんや愛しい愛しいプリムヴェールが誘拐されてしまうかもしれない。

 突如変わった景色に戸惑うプリムヴェールを、あの手この手で組み敷くのだ。

 そんなNTR展開など願い下げだ。

 

 まあ、ともかく、だ。

 プリムヴェールのため――いや、一国一城の主を簡単に転移させられては、様々な秩序が狂ってしまう。 

 故に、召喚対象が魔法に抵抗することが出来るようにしなければ。


 いや、いっそのこと、転移したい――というか、魔法発動者(召喚師)のもとへ参りたい人間を召喚する、ということにしたらどうだろうか。

 抵抗できないような状況を造り上げて、プリムヴェールをNTRしたら!?

 例えば薬品を使うとか、ガムテープで縛り付けるとか、後頭部を殴って気絶させるだとか――いや、最後のやつ以外はこの世界に無いか。

 まあ流石に今のは大袈裟だとはいえ、油断は禁物だ。石橋は叩きすぎる方が良いに決まってる。

 自分が渡り終わってから壊れようと、知ったことか!

 

 でも、この場所へ移動したい人間を召喚するって考えは中々良いかもしれないな。

 ただ戦争か何かでせっかく捕虜にした敵軍兵士を、簡単に取り返せてしまうってとこが難点だな。

 

 最後に、召喚方法だ。

 これはまあ、考えるまでも無いことだろう。

 膨大な量の体外魔力マナを一気に流し込み、そのエネルギーを利用して召喚するのだ。

 ある程度オドの純度が高い種族は必然的にマナを吸い上げることが出来ないから、至る所で乱用される可能性も低下する。

 この世界の種族では一番オドの濁っているハイエルフも、微弱ながらオドの残滓は身体を巡っているらしい。

 オドがあったら使えない、なんて特典を付けてみるのも面白いかもしれないな。


 ……いや、勘違いしないで欲しい。

 俺は別に、自分だけが使える便利な魔法が欲しいわけじゃない。

 自分以外の人に、召喚魔法を悪用されたくないってだけだ。

 少なくとも俺は国同士の戦争に首を突っ込もうとは考えていないし、権力争いとかに巻き込まれるような身分でもないしな。

 カザミ・アヤメ至上主義! なんて、独裁者みたいなことはしないよ。

  


 ある程度構想が決まったので、俺はそれを端的に纏めて書き記した。

 距離は無制限だが、異世界は含めない。

 種族に指定は設けないが、召喚目標は「魔法陣が敷かれた場所に移動(転移)したいと思っている者」に限る。

 術式を発動するには、スタッフに込めたマナを一気に吸い上げ、残らず放出しなければならないほどの膨大なマナが必要。

 スタッフから直接送り込むことは出来ない。

 スタッフに蓄積されたマナを右手で吸い上げ、魔力を溜め込むことの出来ない俺の身体が、左手から魔法陣へ魔力を流し込むのだ。

 常人には不可能な方法になってしまうが――、別に問題は無いだろう。


 はっきり言ってしまえば、魔力効率は非常に悪い。

 スタッフに溜め込んだ魔力を全部開放してしまえば、また森林内を歩き回り、スタッフの中に魔力を蓄積させなければならなくなる。

 失敗する可能性の高い魔法に、全魔力をつぎ込むのは愚行に値する。

 これでは賢者ではなく、愚者になってしまう。


 だが、これで良いのだ。

 どこかの変態にプリムヴェールやティオを誘拐されるリスクを負うよりかは、魔力が枯渇するような魔法の実験をする方がマシだからな。

 魔力は循環して戻ってくるが、女の子は還元もされなければ戻っても来ない。

 失ったらそれでおしまいだ。


「……よし、基盤はこれで大体決まったかな」


 今回はちゃんと、召喚してから送り返すまでの手順を書き込んでおいた。

 魔力を全消費してしまうため、送り返すのは詠唱のみを使う。

 そうしておけば、もしサキュバスとか魔王様が召喚されちゃっても、時間経過タイムラグ無く即座に送り返すことができるからな。

 バルテルスもいるし、取り返しのつかないことにはならないと思いたい。


「バルテルス、ちょっといいか?」

「賢者師匠……。床下とか天井とか壁とか、結構調べたんだけどよォ。ダークエルフが侵入した経路やら形跡が、どこにもねェんだよ」


 バルテルスは不安げな表情で、周囲をキョロキョロと眺めている。

 そういやまだ懸念事項が一つ残ってたな。

 バルテルスとティオに、召喚魔法をどうやって説明するか。目の前で実施しても理解してもらえないんだから、そう簡単に分かってはもらえないだろう。

 原理だって、俺自身よく分かってないんだからな。


「大丈夫だ、今度は別のものが出てくるから」

「別のもの……。ってェ、おィ! また何か出てくるのかよ!?」


 新居が実は幽霊屋敷でしたと知らされた住民のような顔で、バルテルスは瞠目した。

 いっそアトリアお嬢様あたりを召喚してやれば、こいつも何となく召喚の概念を理解してくれそうなものだが。

 そもそも俺はそんな上流階級の方と対面できるような身分では無いので、実質実現不可能な話だろう。


「俺も何が出てくるか分からないから、もしサキュバスとかが出てきたら、さっきみたいに魔法陣の上に戻してほしいんだ」

「ダークエルフの次はサキュバスかよォ……。じゃあ何かァ? その次は、リリムでもお呼び出しするンじゃァねェよなァ?」


 ダークエルフとサキュバスは見たことがあるが、リリムを視認するのはまだ未経験だ。

 だからもしリリムとやらが召喚されても、俺には判断のしようがない。


「出るかもな」

「……次変なのが出てきたら、結界の効力を強くできねェかお嬢様にかけあってみらァ」


 震えた声で、バルテルスはティオの背中を見やっていた。


 やはり心配なのだろう。

 自分の雇用主が貸している敷地内で、夜中に死人が出たりでもしたら夢見が悪いからな。

 魔物や盗賊が無暗に闖入しないように、かなり強い結界をこの土地には張られている。

 それなのに、平然とダークエルフが床下から現れたんだからな。

 この世界における『結界』はどれだけ信頼性があるのかは分からないが、とかく言えるのは、この敷地を守っている結界はかなり強烈なものだということだ。

 実際に体感したからよく分かる。

 無理に入ろうなどとは絶対に思わない、そんな感じだ。


 俺だって別に、バルテルスやティオを(悪い意味で)驚かせようとして、召喚魔法の実験をしているわけじゃない。

 そりゃ、(良い意味で)驚いてくれたら嬉しいけど、第一は魔導書の謎を解き明かすことだ。

 そこを間違っちゃいけない。

 ううむ、仕方ないな。召喚主に危害を加えたり、問答無用で襲い掛かってくるような生物は召喚できない、という文も付け加えておくか。


 ペンを取り出し、新たな召喚魔法の使い方をささっと書き記す。

 魔導書の空白ページは、まだあと数ページだけ残っている。

 まだ数ページ残っている! と考えるのは良くない。もう数ページしか残っていない、と考えなければ。

 余裕を持つのは良いことだが、安心して無駄遣いをするのは良くない。

 実験に使用するのは、これを最後にしておきたい。


「しっかしよォ、この魔法陣の絵柄とか、賢者師匠の書く文字とか。本ッ当、見たことねェ形をしてンだなァ」


 俺が書き込んだメモを見ながら、バルテルスは思案気な表情。

 手に持って太陽に透かせてみたり、寄り目を作ってじっくりと凝視したりしている。

 メモが逆さまなのは、この際置いておこう。


「ティオちゃん。これ、何て書いてあるか分かッか?」

「んーとね、んーとね。……ティオ大好き、って書いてあると思うの」


 ティオは逆さまのメモを丁寧に摘まみながら、期待するような目で俺の顔を見ていた。


「さ、流石にそれァ無いだろ。読めないことには違ェねェが、文字の数からして、それは……」


 ティオの顔が『期待』から『絶望』へ転落した。


「――! ち、違ェ。そ、そうだな! この分量なら『ティオちゃん、めっちゃめっちゃ、べりーべりー可愛い、抱きしめたいくらい大好き』くらい書いてある、って言いたかったんだァ!」


 ティオの表情が明るくなった。

 相反すように、バルテルスは汗びっしょりだ。

 どうやらバルテルスの“幼女に好かれる気質(ロリータ・プリファー)”は、ティオには通じないらしい。


 

 焦燥に駆られた様子でティオを宥めるバルテルスを見やってから、俺は魔導書へ書き込む作業へと戻った。



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