3-13.路地裏の争奪戦
捜索隊の指揮官からは、何とか個人捜索の了承は得た。
兵士の末端まで捜索中止の伝達が届くまでティオが逃げ切るか、兵団がティオを捕えるより先に、俺たちがティオを見つけ出せば良い。
「時間が過ぎるのを待つッて案は、あまり勧めねェなァ。指揮官個人の意見で、兵士の根っ子まで撤退命令を出すことさえ、かなーァり難しいことだからなァ」
バルテルスが行ったのは、あくまで兵団と敵対せずに捜索をする許可を得るということであって、捜索隊の打ち切りを義務付ける、といった強引な重圧ではない。
さしもの上位貴族でも、兵団の決め事を問答無用で撤回させるほどの力は持っていないのだ。
「お嬢様も別に、王国に投資しているわけじゃァねェからな。単に王宮やら兵団のお偉いさんを、ベッドでおもちゃにしているだけだァ。多少の無理は効くがァ、それも上辺だけの関係だからよォ。金銭と違って、供給が止まっても国家が揺らぐわけじゃァないからな」
貞操観念皆無な美女貴族、アトリアの肉体が欲しい指揮官や王宮の家臣はとても多い。
実際、上手いらしいからな。
バルテルス曰く、行為中は相手を立てて、相手の思い通りにしてあげて、それでいて自分もちゃっかり楽しんでしまうという、はっきり言ってしまえばビッチな小悪魔なんだとか。
さらに体質的なものかそういった病気に感染することも無く、いつでも肉体を持て余しているために、年中無休。
エドガール家のお嬢様はそう言った女性というのは、王宮や兵団の長の間では有名な話なのだとか。
だがそれも、一時の快楽を植え付けるだけのものだ。
貴族の中にはよくしてもらうために莫大な資金を国に投資したり、賄賂を贈る者も多いらしい。
金銭は人の心を豊かにするが、アトリアの行為は特に人の心は豊かにできない。
国としても家臣数人が女体のおかげでやる気を出すより、貴族から金銭を贈ってもらう方が有難いのだ。
とはいえ、王宮の家臣や兵士とは禁欲的な生活を強いられる。
適度な位を持った者であれば、休暇や夜間を利用して春街にちょちょっと顔を出すことが出来るらしいが、常時王族の身の回りの管理をしなければならない者や、春街に行くような金を稼ぐことのできない兵士。
夜間も勤勉に働かされる指揮官や兵長などは、そういった行動により己の欲求を満たすことができない。
そういった人々は、貴族の屋敷を訪問するという理由を付けて、エドガール家の寝室に足を運ぶらしい。
「手分けして、速やかに探した方が確実だってことだよな」
「そうなるなァ。……オレも探してやりたいが、姿が分からねェ。
桃色髪の童女ってのは知ッてんだがァ、それだけじゃァなァ。
下手に見逃しちィまって、賢者師匠たちの迷惑になっても、困るッからなァ」
バルテルスの言い分はもっともだ。
例えば四人で東西南北と分かれて探したとして、どこか一区間を担当していたバルテルスがティオを見逃してしまったら。
その瞬間、ティオを捕獲する作戦の成功は絶望的になる。
バルテルスは足が速く力が強いが、魔法が使えず、ティオの顔を知らない。
俺はティオの顔をしっているし、様々な魔法を使えるが、スタミナが無い。
プリムヴェールはティオの顔を知っているし、風魔法を使えるが、俺と同じくインドア派だ。
ターニャはティオの顔を知っているが、低級魔法しか使えず、足も遅い。
……待てよ。
「二手に分かれれば、もしかするといけるかもしれない」
バルテルスは並みの人間と比べ物にならないくらい、脚力も瞬発力も持久力もある。
あんな深い迷宮の奥底から、休むことなく突っ走って来れるくらいだからな。
ターニャを背負って王都中を駆け回るくらい、朝飯前だろう。
問題は、バルテルスとターニャを二人きりにして大丈夫かというだけだが。
「……バルテルス」
「おゥ、何だァ」
「もしお前が凄まじいほどの空腹を訴えている時に、お嬢様専用の食材を部屋へ運ぶよう命じられたら、どうする?」
こいつ感情的な脳筋っぽいけど、意外と機転が効く奴なんだよな。
もしかすると、実は冷静沈着な性格を偽って、ああいったズボラかつ大仰な振る舞いをしているのかもしれない。
「……お嬢様は食い物にあまりうるさくねェからな。
前に一度空腹状態で料理を運んだことがあったがァ、バレないように、煮物の乗った皿ごとくすねたなァ」
バレないように、皿ごと持ってくだけの知能はあるんだな。
「……もし、俺がだぞ。お前に幼女を背負って幼女を探してくれと頼んだら、引き受――」
バルテルスは黄金色の双眸をキラキラと輝かせ、口端からダラダラと涎を垂らしていた。
いかん、心配だ。
ライオンにシマウマを預ける以上に不安だ。
側頭部に手をやって溜息を吐くと、バルテルスはハッとした顔で口元を拭った。
「し、心配ねェぜ? こ、このオレが、たたた、ターニャたんを攫うわけ、ねねェだろうがァ」
「バルテルスくん……」
「冗談だァよ、冗談。オレァターニャたんを背負って王都中を駆け回るから、賢者師匠は愛しの司書さんと二人で捜索しろや」
言い終えると、バルテルスはターニャに手を差し伸べた。
ターニャはとくに嫌悪の表情を浮かべることもなく、ぴょんとバルテルスの背中に飛び乗った。
バルテルスが一瞬「あふん」と変な声を漏らし、若干前かがみ気味になっていたが、――生理現象だから仕方ない。
そこまで押さえつけたら、余計に気になってしまうだろう。
人間、加減が大事だ。
「よっしゃァ、ターニャたァん! 振り落とされないよう、しっかりとォ掴まれよ!」
「分かってるよ。金色のお兄さん」
ターニャの返事が終わるか否か、バルテルスの体躯は弾丸のように吹っ飛んで行った。
あの速度なら、王都を駆け巡るのにそう時間は要さないだろうが――。
「……あれじゃ、喩えティオを見かけても視認できないよ」
ターニャが振り落とされないことを心から祈りながら、俺はプリムヴェールの手を取って裏路地へ躍り込んだ。
大通りは二人に任せよう。
俺たちはこっちだ。
◇ ◇ ◇
王都の裏路地や裏道は、まるで迷路のような造形をしている。
これは外敵に攻め込まれる際、出来る限り攻撃の手を食い止めるためという、王都らしい理由からなるものではない。
単に当時の杜撰な工事によって、大通りを作ってから必要以上に裏道同士を接合しようとした結果、このように入り組んだ通りが出来てしまったのだ。
プリムヴェールの手を取って、入り組んだ裏路地を捜索する。
時折ぼろきれに身を包まれた浮浪者とすれ違うが、ティオの姿は見当たらない。
だがティオはここにいるはずだ。
初めて王都ですれ違った時も、ボロ布一枚で転がっていた時も、ティオはこの周辺にいた。
「……必ず、この辺りにいるはず」
「あの、アヤメさん。一つ思い出したんですけど」
酒場か料理屋の裏口付近に辿り着いたところで、不意にプリムヴェールが息を弾ませながら服の裾を引っ張った。
「迷宮で使った探知魔法を使えば、ティオちゃんの居場所を割り出すことができるのではないですか?」
探知魔法。
迷宮内の体外魔力を吸い上げて、アトリアお嬢様とカミーユの無事を確認した、あの魔法か。
確かにあの魔法ならば、ティオの居場所を把握することも可能かもしれない。
生命反応を察知する魔法だから、そこらを徘徊している兵士の生命反応も識別してしまうかもしれないが、兵士は複数、ティオは一人だ。
浮浪者や通行人もいる可能性はあるから、確実では無いが、闇雲に探し回るよりかは大分マシだ。
問題は、追尾する緑色の光にティオが気が付くかどうかだが――。
これ以上迷っている暇は無い。
魔導書を開き、もう片方の手でスタッフを――スタッフを――――。
「あ、ヤバい」
「ど、どうしたんですか!?」
いつでもどこでも魔法を使うための便利な魔道具、杖を部屋に置いてきてしまった。
あれが無いと、王都内で魔法が使える場所は非常に限られてしまう。
舗装された道路や加工された物質からは、魔力を吸い上げることはできない。
しかもあの魔法は、かなりの魔力を必要とする上級の魔法だ。
石ころや雑草を持って来たところで、使うことなどできやしない。
どうしよう! と、プリムヴェールに救いを求めたが、中級魔族と人族のハーフ魔族であるプリムヴェールには探知魔法を使うだけのオドの純度が無い。
「舗装された道路からは、魔力を吸い出すことは出来ないんだ」
舗装に使われているコールタールっぽい物質には魔力が籠っていないのか、それともやはり自然物からしか魔力を吸い出すことはできないのか。
「建物の石材はどうですか?」
「建物の? 試したことは無いけど、加工された物質からは、多分魔力を吸い出すことはできないはずだ」
せっかく良い案だと思ったが、ここに来て振り出しか。
スタッフさえ持ってれば、今すぐにでもティオの居場所を把握できたというのに。
「加工って言うか……。この辺りの建設物に使われている石は、切り出して積み上げてから、土魔法で固め直しているものですから、これといって加工はされていないと思いますよ」
「そ、そうなのか?」
日本の常識で考えていたが、違うのか。
確かにこの世界は、魔法が全てを担っている世界だ。
接着剤を使ったり石材同士を溶接させなくても、石材同士を積み重ねてから、土魔法で固めるだけで家が建つのか?
分からないな。
土魔法でどうやって石材を固めるんだろう。
そもそもそんな魔法で積み重ねた建物から、魔力を吸い上げてしまって問題は無いのだろうか。
「…………」
迷っていても仕方が無いな。
とりあえず、試してみようじゃないか。
プリムヴェールの知識は、賢者である俺なんかの知識より遥かに信頼できる。
それもどうかと思うけど、さておき。
料理屋に使われている石材に手を宛がい、顔くらいの大きさをした水の球を思い浮かべる。
想像を具現化する魔法には、詠唱は必要ない。
「――えいっ!」
ポン! と湿った音がして、水の球がピュッと飛び出てバチャリと落ちた。
……成功したようだ。
建物を撫でてみたが、崩れたり倒壊する恐れは無さそうだ。
確か使ったマナは還元されるらしいし、その辺は問題無いのだろうか。
そう思っておこう。
「敬愛する世界の力よ。ともに暮らし、我が果てる姿を静謐に見守るその雄大な御心よ。我が魔力とその願いに力を与え、永遠に授けよ」
魔導書を開き、いつか使用した探知魔法の詠唱を唱える。
左手を建物の石材へ宛がい、魔力を吸い上げる。
エメラルドの輝きが大地を駆け巡り、パチンと音をたてて弾けた。
どうやら別れ道や交差点や行き止まりが多すぎて、道順までは把握できないらしい。
まあ、その方が好都合か。
視界の端に、某狩ゲーに出てくるような簡素なマップが出現する。
「……うっわぁ」
ゴチャゴチャと小さな生命反応が密集しており、思わず片目を瞑る。
迷宮や寂れた街などで使う分には問題無いようだが、生物の密集した王都で使うには些か不便な魔法だな。
「ど、どうですか?」
「数が、多すぎるけど……。ちょっと待っててくれ」
ここ一帯だけでも、生命反応は無数にある。
だがその中のほとんどが、三つあるいは四つ以上で固まっている。
それは無視だ。
一つで停滞しているやつ――は、多分浮浪者か何かだな。
みつけた。
周囲に生命反応を携えず、一匹狼を貫く生命反応の点。
結構な速度で移動している。
規則性――とかも無さそうだな。
追っ手を撒こうと、必死に駆け回っているのだろう。
「ティオらしき生命反応を見つけた」
ティオかもしれない、――ティオじゃないかもしれない。
だが無数の生命反応の中で、一つだけが、不規則に走り回っているのだ。
休むことも無く、速度を緩めることも無くずっと。
「プリムヴェール、こっちだ」
左手で手を取って駆け出すと、突如視界がパチンと弾け、マッピングされたここ一帯の地図と生命反応の点滅が消えてしまった。
なるほど、常時マナを吸い上げていないと使えない魔法ってことか。
迷宮では使えたはずだが――、いや、今回は地面を駆け巡っていたエメラルドの亀裂が弾け飛んでいたな。
もしかすると、あの亀裂こそが探知魔法を保っておくための要因だったのだろうか。
魔法を保っておくための原理は分からないが、とにかくこの状況だと、手を放した途端魔法が途切れると言うことに間違いは無いらしい。
「どうしたんですか、急に止まって」
居場所を把握しながら追いかけるのは、不可能ってことか。
いや待て、考えろ。
似たようなゲームを、俺は前にやったことがあるだろ。
ペイ○トボールを忘れた時、俺はどうやって目標の位置を確認した?
見失う度に千○眼の薬を使って、その度に居場所を探していた。
今回も同じようにすればいい。
マナの供給が出来ない以上、常時ティオの行動を視界に入れておくことはできない。
だが小刻みに、数分おきに一回でも確認することができれば、少しずつだが目標に近づくことができるはずだ。
プリムヴェールの手を取って、入り組んだ裏路地を駆け抜ける。
時折休憩がてら立ち止まり、石材から体外魔力を吸い上げてティオの現在位置を確認。
ある程度走ったら、もう一度探知魔法を使用。
単体で動き回っている生命反応は一種類しかないため、見失うことは無さそうだ。
「……動きが鈍くなってきた」
先ほどまでは南へ南へと走っていた生命反応が、今度は東の方へと向かっている。
立ち止まって暫く確認していると、同じ道を行ったり来たり、狭い路地を選んで走っているということが分かった。
気配を察知しているとでも思われたか?
「追っ手を攪乱しようとしているみたいだ」
「二手に分かれますか?」
「いや、先回りしよう」
プリムヴェールはティオの位置を確認することは出来ない。二手に分かれて手数を増やすより、後ろから来ると思っていた追っ手が前から来た、という方が効力があるだろう。
一瞬でも気を抜かせることが出来れば、壁を作り出す土魔法で周囲を囲ってしまえばいい。
兵士も入れない、ティオとプリムヴェールと俺の三人だけの戦場を生み出してしまえば、俺たちの勝ちだ。
邪魔者は入れない。
「もしティオが逃亡する意思を示したら、ちょっと強引だけど風魔法で押さえつけてください」
「重圧的な強風ですね。分かりました、頑張ります!」
もう一度だけティオの走路を確認してから、俺とプリムヴェールは脇道へ体躯を躍り込ませた。
◇ ◇ ◇
脇道を抜けた傍にあったゴミ箱の陰に身を潜め、息を殺して探知魔法を発動する。
顔は出さない。
ティオの視力がどの程度か分からないからな。
ここまで来て、俺がいることがバレて逃げられたりでもしたら、もう一生捕まえることが出来なくなってしまうような、そんな恐怖がある。
プリムヴェールは、もう一本先の道の角に身を隠している。
彼女はちょっとばかし、体躯の一部分がとてつもない存在感を持っているので、ゴミ箱の陰には隠れられなかったのだ。
密着すれば何とか可能だったかもしれないが、そうなるとお互いに息が荒くなってしまい、集中力が鈍ってしまうため却下した。
「……そろそろだな」
逃がさない距離まで生命反応が近づいたところで、俺はそっとゴミ箱の陰から顔を出して周囲を確認。
桃色の髪をした、薄手のワンピースを纏った少女――ティオがそこにいた。
ティオは息を弾ませており、額に滲んだ汗を腕で拭っている。
振り返ったり周囲をキョロキョロと見回してから、脱力した溜息を漏らした。
「……やっと、撒けたかな」
「残念だけど、そうはならなかったみたいだね」
ゴミ箱の陰から立ち上がり、ティオの前に歩み寄る。
ついでに壁に手を宛がい、周囲を囲うように土魔法を発動する。
大地からせりあがるように堅牢な土壁が出現し、退路も活路も完全に封鎖する。
前門の土壁、後門の土壁だ。
ティオ程度の火魔法では、絶対に打ち破ることなんかできやしない。
土壁の出現を合図に、風魔法で浮遊したプリムヴェールが壁の背後から飛び上り、天使のような動作でふわりと降り立った。
慎ましやかに俺の隣まで歩み寄ると、いじましく頬をほんのりと赤らめながら、俺の横顔をじっと見つめた。
「さすがはアヤメさんです。ティオちゃんが気を抜いた一瞬の隙に、こんな堅牢な土壁を生み出してしまうなんて、すごいです!」
ティオは刹那的に顔を強張らせたが、俺とプリムヴェールの姿を見ると、やがて表情を落ち着かせた。
さて、一応物理的な意味では逃走できないようにしているが、それでは意味が無い。
ティオが自分の本心で、元の居場所に戻りたいと、思ってくれないと。
また同じようなことがあったとき、ティオにまた逃げられてしまうかもしれない。
俺はティオのもとへ駆け寄り、震えるその矮躯を強く抱きしめた。
ワンピースは汗のためかびっしょり濡れており、頭の辺りが熱をもっている。
慣れていることとはいえ、かなり身体に負荷をかけていたのだろう。
「もう逃げなくて良い。俺たちは、ティオを助けに来た」
「――――!」
ティオの体躯が戦慄き、胸の中から堪えるような嗚咽が漏れた。
頭を撫でてやると、俺の肩を掴む手の力が強くなる。
爪を立てて、ガッシリと食らいついていた。
引き剥がそうという、反抗的なものではない。絶対に放すもんかという、信頼感の籠ったものだ。
「ごめんなさい、……ごめんなさい、アヤメお兄さん」
薄紅色の瞳からボロボロと雫がこぼれおち、ねずみ色のローブを温かく湿らせる。
抱きしめる力を強めると、感情が決壊したのか、ティオはわんわんと泣き出した。
謝罪や恐怖や疲弊に関する科白を、これでもかというほど涙と一緒にぶちまけられた。
心に突き刺さるような、悲痛の泣き声だった。
俺はティオが発する言葉を全て受け止めた。
ティオの気が済むまで、俺は自分の胸の中にティオをしっかりと包み込んでいた。




