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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第3章 異世界生活は美幼女とともに
32/101

3-5.相談相手と奴隷の賢者

 ティオを抱き枕にした翌日。

 あまり気が進まないが、俺は図書館へ行くことにした。


 いや、俺だって図書館には行きたい。

 今読んでる書物だってあと数日したら返さなきゃならないし、四方八方どちらを眺めても本、本、本! という空間は心が落ち着くし大好きな場所なのだ。

 今だって、心では溜息を吐きながらも歩く足はスキップをしているという、よく分からない状況に陥っている。



 図書館の入り口をくぐると、藍色の前髪がチャーミングな青年司書さんと目が合った。

 本日も異常なく案内係りの椅子に腰かけ、分厚い書物に視線を落としている。

 一応知った仲なので、無視するのも悪いと思い、挨拶する。


「おはようございます、お仕事頑張ってください」

「……ああ、えっと。どうも」


 青年司書さんはちょっと驚いた顔をしていたが、すぐに本を読む作業へ戻った。

 何を読んでいるのか気になったが、人の趣味を詮索するつもりも無いのでとりあえず無視。

 決して開かれたページの中に、喘ぎ声のような科白が見えたからなどではない。


 彼もプリムヴェールのことが好きだった。

 一度恋の相談までされたからな。

 その時はまだ俺もこんなことになるとは思っていなかったから、無責任に「頑張れよ、応援してる」なんて言ったもんな。

 多分そのせいだろう。

 会う度にジロッとした目で見られるのは。


 蔵書室に入り、いつもの定位置にどっかりと座り込む。

 さて、何を読もうか、などとそんなこと考えるまでもない。

 今日図書館に来たのは、奴隷関連のことを調べるためだ。

 奴隷堕ちした人々はどうなるのか、どうやって生活するのか。

 他にも色々と調べておきたいことがある。


 この世界の奴隷に関する知識は、さらっと読んだ歴史書とプリムヴェールやエイムとの世間話から聞きかじっただけの簡素なものだからな。

 生半可な知識で人助けなど、誰も幸せにならない愚かな行為だ。


「よし、まずは奴隷の歴史から読んでみるか」


 ついでに今読んでるファンタジックな創作物も片付けておこう。

 読み終える前に返却日が来てしまったら困る。


 奴隷の歴史や、奴隷の烙印について――。

 やはり一般市民が多く出入りする一階の蔵書室には、奴隷関連の書物はほとんどない。

 魔族やエルフ族迫害の書物も、ほとんど二階に仕舞われていたからな。

 教育上よろしくない書物は、ここには置かれていないのだろう。

 増殖譚はあるのにね。


 仕方が無いので、奴隷関連の書物を見つけられるだけ発掘し、机の脇に積み重ねた。

 勉強家な兵士や魔術師などが多いためか、奴隷関連の書物を何冊も積み上げていても、変な目を向けてくるような人はいない。

 騒いだり駆けまわったりする子供もいないしな。

 うん、やっぱ図書館はこうでなくちゃ。


 奴隷の歴史と銘打たれた書物を手に取り、俺は頬杖をついて熱心に読み始めた。



        ◇          ◇          ◇



 この世界においての奴隷の烙印とは、一度でも《奴隷》という仕事をしたかどうかで決められる。

 勿論愛玩用や性奴隷として扱われる奴隷もいるが、奴隷堕ちした人々の大半は労働基準が過酷な《使用人》のような扱いをされることが多いらしい。


 では何故わざわざ奴隷を買うのか。

 使用人と違って、奴隷は()扱いをすることができるからだ。

 土地の暴落や領内での事件発生を引き金に、雇用主の立場が危うくなったときなど、身代わりとして奴隷を殺すことで本人は田舎に亡命することができるのだ。

 首を切って焼いてしまえば、鑑識や科捜研の存在しないこの世界では個人の判別など不可能だ。

 焼死体までを熱心に調べる兵士はいない。


 後にそれが露見しても、雇用主は罪に問われない。

 奴隷が壊れたから捨てた、という言い訳が通ってしまうのだ。

 ちゃんとした使用人では、こうはならない。

 この世界の雇用法にも、細かい律法が多数記されているらしい。


 では使用人を雇うことが、奴隷を買うことに勝っている点はどこか。

 執事やメイドという職業に就く人々は幼少時から勉学に励んでいる者が多く、様々な《スキル》を持っている者が多いらしい。

 スキルとは言っても攻撃力アップ【小】とか毒無効【超】などではなく、例えば風魔法を使用して一瞬にして部屋掃除を済ませたり、主の健康管理に長けていたり、神出鬼没だったりとそういったものだ。

 故に身近で手助けをしてくれるのが執事やメイドなどの使用人、使い捨ての労働力が奴隷ということなのだろう。


 さらに面白いことがある。

 《奴隷》という身分は『高給待遇良し家事手伝い』と謳う所謂奴隷商ではなく、奴隷商から奴隷を購入した雇用主が決定する。


 例えばこんな話がある。

 奴隷商から買った奴隷があまりに可愛らしく、雇用主がその奴隷を大層気に入ってしまった。

 愛玩用の性奴隷として扱うつもりだったのだが、風呂に入れて髪を梳かし、さあ可愛がってやろうというところで、あまりの愛くるしさに雇用主が惚れてしまったのだとか。

 その奴隷は()()()()()()()()()()され、雇用主の妻として娶られたらしい。

 ()()()()()()()()として、だ。


 端的に言うと、喩え生活に困って奴隷商のもとへ参っても、最初の雇用主によって身分を回復されれば、『まだ一度も奴隷堕ちしていない身』扱いをされるため、雇用主の手によって新たな身分を授けることができるらしい。

 運が良ければ、そのまま貴族や王族の一員として迎え入れられるらしい。

 そうなれば、奴隷の烙印は押されない。

 カ○ジみたいに、本当に肉体に刻印を刻まれるわけじゃないからな。


「なるほど、勉強になるな」

「なーにが、『なるほど』ですか」


 入り組んだ奴隷の扱いに感嘆していると、突然後頭部を本の角で小突かれた。

 ふわりと良い香りが漂う。

 週一でお風呂を借りに行く度に、玄関先から香る良い匂いだ。


「何を熱心に読んでいるのかと思えば、奴隷の歴史ですか。今度は奴隷の賢者でも目指すつもりですか?」


 最近来なかったからか、プリムヴェールは拗ねたような顔で俺の後頭部に本を押し当てていた。

 唇を尖らせ、ジトっとした目をしている。


「奴隷の賢者って……。本当にそんなものがあるのか?」

「知りません、もう! 人が毎日毎日『アヤメさん来ないかな、来ないかな』って期待しては落胆してたのに、不意に現れたと思ったら、今度は奴隷にご執心ですか」


 ゴツゴツと本をぶっつけながら、プリムヴェールは顔を逸らしている。

 近くを通りかかる司書さんたちが、こそこそと話しながら俺のことを眺めていた。

 どうやら痴話喧嘩か何かだと思われているらしい。


「プ、プリムヴェール。痛い。ちょっと、痛い。ちょっと、いいか?」

「何ですか、アヤメさん」


 小突くのをやめ、プリムヴェールはルビーの瞳を瞬かせた。

 本当に怒っていたわけではなかったようだ。


「ちょっと相談したいことがあるから、お昼休みにでも外に出たいんだけど」

「……もしかして、奴隷に関係することですか?」


 顔を近づけ、耳元でこそこそと話す。

 やっぱりプリムヴェールは聡明だな。言葉を介さずともすぐに察してくれる。


 無言で首肯すると、プリムヴェールは「分かりました」と呟いてから、俺の隣に座った。

 あれ、お仕事はいいんですか?


「手伝ってくれるんですか?」

「はい、お探しの文献を提供するのも、司書のお仕事ですから」


 そんなことを言いつつも、プリムヴェールの頬はほんのりと染まっており、幸せそうに口元が緩んでいた。

 心なしか座る位置もいつもより近い。

 お仕事とか何とか言って、俺と一緒にいるのが嬉しいのだろう。

 可愛いやつめ。


「それで、何からお調べいたしましょう」

「そうですね……。とりあえず、奴隷から身分を回復された前例が無いか、あとは奴隷堕ちする条件とか、その辺りを」

「分かりました。少々お待ちくださいね」


 積まれた書物を崩しながら、プリムヴェールはパラパラとページを捲り始めた。

 同じように俺も別の書物に手を伸ばす。


 フレドールの時計塔が正午の鐘を鳴らした頃、俺とプリムヴェールは昼ご飯を食べるために外へ向かった。



        ◇          ◇          ◇



「さっきの魚料理美味しかったですね」

「はい、ソースの酸味が効いていて、凄く良かったです」


 行きつけの料理屋を出てから、俺とプリムヴェールは人けのない通りを歩いていた。

 夜になると喘ぎ声の奏でられる魔の通り道だ。

 昼間でも子供の姿は見えず、見回りをしている兵士や商人らしき人が時々すれ違っていく。


 よし、ここで良いかな。

 あまり人に聞かれたくない話だから、手短に話さなければ。


「ところでさっきの話ですけど」

「……はい、奴隷のことですよね?」


 プリムヴェールはピンと背筋を伸ばし、お腹の前で手を重ねて姿勢よく佇んだ。

 腕に挟まれた胸が必要以上に存在感を醸し出すが、必死に視線を剥がす。

 今はそんなものを見ている場合じゃない。


 立ち止まり、深呼吸してから用件を端的に纏めて口に出した。

 ティオとの出会いから、勢いで助けてしまったことと、今の状況。

 どうやら罪を犯しているようだけど、家庭環境も最悪で、当てがない。

 ティオを奴隷にはしたくない。

 と、溜め込んでいたことを全部垂れ流した。


 一応プリムヴェールに変な目で見られないよう、出会った時素っ裸だったこととか、ターニャとともに下着を買いに行ったことや、あんまり可愛いので抱き枕にしてしまったことは言わなかった。

 どれもこれも、プリムヴェールとは致したことのない事だ。


 ――いや、この間お風呂を借りた晩に、プリムヴェールと一緒の布団で寝たっけ。


 どっちかって言うと、俺が抱き枕にされたような感じだったけどな。

 いやあ、あの時は太ももとか胸とか、柔らかくて心地良かったな。


 プリムヴェールは熱心に聞いていたが、話の区切りが来たと見ると腕を組んで何やら考え始めた。

 押し上げられた双丘が余計に存在感を――は、さっきやったから良いか。


「まあ、こういったご時世ですから、食い逃げ数回で牢獄に入れられるというのも考えにくいですけど。でも、罪は罪ですからね」

「何かいい方法は無いかと」

「個人的には、アヤメさんには、そのすぐ事件に首を突っ込む癖をなんとかしてほしいなーと」


 ずいと近寄り、労わるように俺の頬を撫でた。


「――賢者様を慕ういち司書としては、そう思いますね」

「……はい」

「まあ、わたしも人のこと言えないので、今回は出来る限り手伝いますよ」


 プリムヴェールは「ふふん」といった様子で微笑むと、虚空に目線を向けて科白を続ける。


「親が奴隷だから、魔族だからという理由で、迫害されたり白い目で見られると言うことに関して、わたし個人としては反対意見を貫いてますから」


 そうか、プリムヴェールも地元では迫害紛いのことをされてたんだっけ。

 あまり詳しい話は聞いてないから、よく知らないけど。


「さてアヤメさん。わたしの貴重なお昼休みも、そろそろ終わってしまいます」


 腕を組んで、困ったような顔をして瞑目する。

 もうそんな時間か。

 手短に済ますつもりだったが、結構時間が掛かってしまったな。


「時間とっちゃってごめん。相談乗ってくれて、ありがとう」

「言葉でのお礼も嬉しいですけど、わざわざせっかくのお昼休みを使ってまで相談にのったわたしに、もっと態度で示すお礼はありませんか?」


 真紅の瞳が瞬き、ほんのりと頬が桜色に染まる。

 指先で毛先を弄りながら、チラチラと視線をさまよわせている。

 その反応を見れば、何を求められているのかよく分かった。

 態度で示すお礼、なるほどね。


 真正面に向き直り、視線を絡め合う。

 プリムヴェールの肩に手を乗せて、吐息を絡める。

 吸い付くような感触に暫し惚けてから、ゆっくりと口を離す。

 甘い、超絶に甘い。


「お仕事が終わったら、アヤメさんの家に行ってもいいですか? そのティオちゃんとやらにも、会ってみたいので」

「分かった。今日も仕事終わるまで、図書館で待ってるから」

「ふふっ……。約束ですよ」


 上気した顔でじっと俺を見つめると、したりないといった様子でギューッと掻き抱かれた。

 ああ、いつまでもこうしていたい。




 とは言ってもいつまでもこうしているわけにはいかないので、俺とプリムヴェールは指を絡め合いながら図書館への道筋を歩んでいった。



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