3-3.愛くるしい美貌
さて、どうやって連れて行こうか。
先述の通り、ティオは襤褸切れ一枚を纏っているだけで、他には何も身に着けていない。
端的に言えば素っ裸だ。
よくもまあ可憐な少女がこんな格好でうろついているのに、特殊な性癖の方々が襲いに来なかったなと思う。
一応言葉を濁して問うてみたところ、「変な人が寄ってきたことはあるけど、火魔法で迎撃してやりました!」と涙跡だらけの笑顔で応えられた。
どうやら幼少時から両親に「身体を大切にしろ」と教わって来たらしい。
故に処女らしい。
あんまり関係無いけどな。
「格好いいこと言ったのは良いけど、どうやって帰ろうかな」
襤褸切れ一枚の幼女を連れて歩いたりでもしたら、確実に奇異の目線で見られるだろう。
俺は今ローブ一枚だから、脱いで着せるわけにもいかない。
責めてジャージだったらなあ。
ティオは俺のへそ辺りの背丈しかないから、上着だけすっぽり被せてやれば何とかなっただろう。
奈良県の麻雀部には、高校生にもなってジャージ上着一枚だけって人もいるくらいだし。
「お兄ちゃんは別に気にしなくても大丈夫だと思うけどな。
幼い子供の奴隷を連れた人も結構通るし、私の事もそういうのだと思ってくれると思うよ」
だからそれが問題なんだ。
ここ二ヶ月以上の期間、俺はいつも図書館から宿までの道を行き来してたからな。
よく通る無職っぽい青年ってことで、俺のことを覚えている市民も多いだろう。
そんなやつが、突如素っ裸の幼女を奴隷のように連れていたらどう思うよ。
ああ、ついに……。やるんじゃないかと思ってた。とか、そう思われるかもしれないじゃん!
「責めて、首から下をすっぽり包める服さえあればなぁ……」
スモックみたいな服でもあればな、などと考えながらティオの身体を眺めていると、ティオの柔らかそうなほっぺたがほんのりと染まった。
「やっぱりお兄ちゃんも、おっぱい大きい娘の方が好きなの?」
「いきなり何の話ですかね!?」
膨らみかけの胸をぺたぺたと撫でながら、ティオは身体を反って胸を張ってみせる。
もしかしてこいつも露出癖があるのか?
またしても頭の中にターニャの笑顔が浮上した。
偶然だと思いたい……。
「仕方ないか、ちょっと我慢しろ」
ティオの襤褸切れを剥ぎ取って地面に広げ、その上にティオを体育座りさせる。
赤茶けた襤褸切れからは湿気の籠った変な臭いがするが、我慢するしかない。
風呂敷で包むように、ティオの体躯をくるっと包み込んでから、脚とか顔が出ないよう、無理のない体勢を作ってもらう。
「なるべく急ぐから、我慢してくれよ。何があっても声は出すな」
「う、うん。分かった。頑張る」
襤褸切れの先をしっかりと掴み、慎重に抱えて宿までの道を急いだ。
◇ ◇ ◇
スタッフと襤褸切れを抱えて宿へ戻ると、箒のような物を使ってターニャが表を掃除していた。
普段の道着とは違う、可愛らしい私服だ。
黒を基調としたTシャツに、桃色のハートマークとシルバーのラインが入っている。
スカートもふりふりしたレース生地だ。
まあ見た目はこうでも、材質はこのローブと大差無いのだろうが。
「あ、お兄さん。おかえなさーい! ……何、そのキッタナイぼろきれ。臭いよ」
ターニャはあからさまに顔を顰め、鼻先でパタパタと手を振ってみせる。
臭いのは重々承知だ。
おかげで商店街を通ることが出来なかったから、結構な遠回りになってしまった。
「説明するより見せた方が早いな。……ここって、滅多に人通らないよな?」
ぼろきれを地面に下ろしてから、後ろを振り返る。
宿街のそれも奥の方であるためか、人通りは少ない。
だが、万が一ってこともあるからな。
「この時間は滅多に通らないよ。それより何持って来たの? 肥やしとかじゃないよね?」
失礼なことを言うやつだな。
まあ確かに、涙が出るような臭いであることは否定しない。
というか、否定出来ない。
スタッフを地面に転がしてから、ぼろきれを解いて中身を広げる。
体育座りをした全裸の幼女――ティオが入っていた。
ターニャはしげしげとティオのことを眺めていた。
おい、いくら同性でもじっくり見過ぎだ。
しかも何故か、ターニャはそろーっと視線を泳がして股座の辺りを覗き込んでいる。
男女の区別でもしようとしているのか。
単なる興味本位の行動なんだろうけどな。
「奴隷でも買ってきたの?」
「奴隷じゃない。――けど、何て説明すればいいか」
召使いってのは単なる建前だ。
はっきり言って、今俺は人攫いのようなことをしてきたことになる。
ん? ちょっと待て、人攫いだと。
やっべぇ。スタッフを手に入れた興奮とティオの人生の壮絶さのせいで頭に血が上ってたせいか、キングオブ面倒くさいことをしてしまったかもしれない。
「と、とにかく。ターニャにお願いがあるんだ。
もう着ないようなのでも良いから、この子に服を貸してくれないか?
すぐ新しいのを調達するから、それまででいいんだけど」
ターニャは訝しげな眼で俺を見ていた。
宿泊客が突然幼い少女を連れ込んで、しかも服を貸せと言うなんて、普通に考えて怪しいもんな。
「……いいよ、分かった。じゃあとにかく、その子に行水させといて。
いくらいらない服でも、そんなに汚れた身体で着られるのはちょっと嫌だ」
「分かった。そうしておく。ありがとな、ターニャ」
「ううん、別に平気だよ」
虎柄のしっぽをパタパタ揺らしながら、ターニャは宿の奥へ姿を消した。
その背中を見送ってから、俺は桶とタライを取りに入り口の傍へ。
せっかくなのでスタッフを掲げて、桶の中に水をジャーッとする。
うん、問題無く使えるな。
問題は、水の量を調節できないことだけだ。
頭の中では先ほどと同じ潤す程度の湿気を使っているつもりなのだが、スタッフから流れ出す水は一向に止まる気配はない。
今にも溢れそうである。
「これも練習しなくちゃならないな……」
大分溢れた水を見やってから、俺はスタッフを宿の壁に立てかけた。
桶にはたぷたぷと水が張っている。
まあ、足りないよりはマシだったと思うことにしよう。
そうしよう。
「ほら、こっち来なよ」
ローブから石鹸を取り出し、ティオを手招き。
ぼろきれから立ち上がったティオは、ペタペタとこっちに向かって歩いてきた。
身体を隠すこともなく普通に向かってきた。
じろじろ見るのも失礼なので、目を逸らしておく。
「いいか、これが石鹸だ」
「せっ、けん」
「これを手で擦って泡立ててから、そこのタオルを使って身体の汚れを落とす。分かるか?」
分かるよな。
見たところ、十歳かそこらの年齢に見えるし。
……だからもう少し恥じらいを持って欲しい。
さっきからこの角度だと、見えちゃいけないものが全部丸見えなんだがね。
「じゃあその間俺は部屋に戻ってるから、ちゃんと身体を綺麗に……」
「いつもお母さんに洗ってもらってたから」
桶の中にザブザブと入ってから、ティオはギュッと目を瞑る。
いかにも「洗ってもらうのを待っています」という感じだ。
おい、マジかよ。
ということは、こいつは三年以上の長い期間、身体を洗ってないってことか?
「母さんがいなくなってからは、どうしてたんだ」
「近所のおばさんが、週一で洗ってくれた」
洗えってか。
合法的に幼女の裸を舐めまわすように触ることができるかもしれんが、残念なことに俺はロリコンじゃない。
確かにこのスベスベぷにぷにした柔らかそうな素肌を触れるのは嫌では無いが――。
ふと、頭の中にプリムヴェールの顔が浮かんだ。
幼女の裸に興奮してげへげへしている俺を、灰塵でも見るような目で見つめている。
だがこのまま放置するわけにもいかない。
ううむ……。
「分かったよ、洗ってやる」
裾と袖をしっかりと捲ってから、泡立てたタオルを使ってティオの身体をごしごし擦る。
擦ると言うよりかは、磨いてるみたいだ。
少しだけ褐色肌気味だった素肌はみるみるうちに血の通った色白肌へ変貌し、ボサボサと汚れていた髪は、鮮やかな桃色に艶めき始めた。
背中やお腹を磨いていると、無言でバンザイをしてきたので脇の下までしっかりと洗ってやる。
いやびっくり。垢とか汚れとかめちゃくちゃ出てくる。
瞬く間に桶の中の水が茶色くなった。
仕方が無いので二、三回水を入れ替えてやる。
茶色くなった水は地面に埋められたパイプに捨てて、スタッフから新たな水を補給する。
三回目でやっと少し慣れてきた。
モイスチャーを使っても溢れなくなったぜ、良かった。
ちなみに蕾と筋に関しては、タオルを使うと痛いと言うので素手で洗ってやった。
洗ってる間、ティオは気持ちよさそうに甘い声を漏らしていた。
喜んで貰えると、俺だって嬉しいし気持ちいい。
おっと、他意は無いんだぜ、本当に。
◇ ◇ ◇
「よし、綺麗になっただろ」
濯ぎも含めて五回目の水をパイプに捨てたところで、ティオの洗体は終了した。
さっぱりした様子で、ティオは嬉しそうに顔をとろけさせている。
ダークエルフのような色彩をしていた素肌も、今では血の通った純白だ。
痛んではいるが髪も鮮やかな色を取り戻し、背中の辺りで切り揃えられた桃色の髪が日の光を浴びて輝いている。
ただ家無し生活を一年以上続けていた弊害か、顔が隠れるくらいに前髪も長くなっていた。
どうみても貞子状態なため、分け目をつけてから手櫛で梳いて、額を出してオールバックのようにしてあげた。
あどけない表情とも相まって、すごく似合っている。
というか可愛い。
ヤバい。さっきまでの虚ろな目はどうしたってくらい、豹変した。
海産物の名前が付いたお姉さんの声で、「何ということでしょう!」とか聞こえてきそうだ。
ビフォーとアフターがここまで違うとは。
肥やしのような(失礼)臭いもすっかり消失し、石鹸の香りが漂っている。
ティオは桶の中でぺったりと女の子座りをして、じっと俺の顔を上目遣いに眺めている。
ぽやっとした表情で首を傾げているのがまた。
はにゃーん、可愛いよぉ!
素っ裸で座ってても気持ちが昂ぶったりはしないけど、なんかもうすごい可愛い。
「お兄ちゃん、ありがとう! すごくさっぱりした」
えへへ、と太陽のような笑顔。
可愛いので、手を伸ばして頭を撫でてやる。
セットが崩れないよう、慎重に。
でもこのままじゃ流石に髪の量が多いな。
誰か出来る人に頼んで、少しすいて貰おう。
髪色は鮮やかな桃色だし、ループ要因になった魔法少女みたいに赤いリボンなんて似合いそうだな。
前髪を切って貰ったら、ポニテかツインテールか、サイドテールにしてあげよう。
きっと似合うはずだ。
雑貨屋に何色かリボンが売っていたから、今度買って来よう。
今は裸だけど、ティオにはどんな色の服が似合うかな。
黒かな、青かな、白かな。
ああ、早くターニャ来ないかな。
ターニャも結構服装にはうるさそうだし、ティオに似合う色合いの服を持ってきてくれたら嬉しいな。
それに――――、
「お兄さーん。服持って来たけど――って、わ! 誰それ、すっごい可愛いじゃん!」
私服を手に持ったターニャが宿から飛び出し、ティオを見て歓声をあげる。
「くんくん……。匂いも大丈夫だし、すっごく綺麗だから着ても良いよ!」
ターニャから衣服を受け取り、ティオは路上でいそいそと着替える。
あまりにも可愛いので見惚れていると、ティオは恥ずかしそうに顔を赤らめて身体を捻った。
ごめんごめん、見られてたら着替えにくいよね。
暫し顔を逸らしてから、ティオの了承を得て視線を戻す。
すると、桜色のワンピースに身を包んだティオが、慎ましやかに立っているのが見えた。
「サイズが合うか心配だったから、一応ワンピースにしてみたんだけど、どう? 苦しかったりキツいとこない?」
「大丈夫です。……えっと、虎さん、ありがとう」
「虎さんって……。ターニャで良いよ」
「じゃあ、私もティオで」
ティオとターニャは瞬く間に仲良くなった。
やっぱこの年頃の子は切り替えが早くて良いな。
第一印象だけで判断しないで、こうして仲良くしてくれるんだから。
楽しそうにじゃれあう二人を見ながら、桜色の他に、ティオにはどんな色が似あうかな――と考えていた。




