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異世界に来たけど魔力が無いから賢者になった  作者: 山科碧葵
第2章 異世界観光は司書さんとともに
23/101

2-11.迷宮のクォーターとサーチ魔法

 何者かに踏み潰されてペシャンコになった虫たちの死骸を見やりながら奥へ進むと、ムスッとした顔で座り込む金髪短髪少年の姿が見えた。

 膝を抱えながら、つまらなさそうに正面の壁を眺めている。


 俺らが近づくと、気配を感じたのか、ゆっくりと顔をこちらに向けた。

 眉毛にかからない程度の金髪を指で弄り回しながら、怒ったような目を俺たちに向ける。


「――ったくよォ。助けてやるって言っといて、付いてこないってのは流石にひどすぎるだろォがよォ」


 不機嫌そうに犬歯を剥きだし、俺は悪くないとでも言うような口調でぼやいていた。


 別に俺らは君を見捨てようとしてんじゃあない。

 あんたが走る速度が凄まじいんだ。

 何だよあれ、短距離走の競技選手くらい速かったぞ。

 ――っていうか、何で裸足にスラックスなんて着こなしをしているのに、そんなに速く走れるんだ。


 こっちは万年インドア派の賢者と司書だぞ。

 しかも司書さんの方は胸に重たいものを二つも抱えているから、全速力で走るのは苦手なんだ。

 俺だって大事な書物を片手に抱えているから、全速力で疾走するのは辛い。

 単に運動不足なだけだけどね。


「そもそも、どうしてそのお嬢様とやらは、わざわざこんな陰気くさい迷宮なんかに潜りに来たんだ?」


 もし何か欲しいものがあるなら、その親衛隊やらに採らせに行くだろう。

 現にこいつはそのお嬢様から、「助けを呼んで来い」と申し付かってここまで来たんだから。


「ん、あァ。自堕落で退廃的なうちのお嬢様が、急に『次のパーティで着るドレスは自分たちだけで狩りたいわ!』とか言い出してなァ。

 あいにくうちの使用人は、性欲旺盛なお嬢様の趣味で、棒切れみてェな体格した美丈夫しかいねェんだ。

 唯一多少は見られた身体したやつァ、お嬢様の大のお気に入りで、間違っても戦地になぞ連れて行けねェ。

 そんでもって仕方なく、ちょうど暇してたオレと騎士のカミーユが、お嬢様が魔物を退治する手助けに来たんだよ」


 ああ、お嬢様の我儘ってことか。

 しかし、自堕落で退廃的で性欲旺盛なお嬢様ねぇ……。


 ふと、気怠げな目をしてベッドの上に寝転がる、サキュバスのような淫乱姉ちゃんが頭に浮かんだ。

 ウェーブのかかった金髪をかきあげて、小悪魔的なしっぽで使用人と夜の遊びをするのだろう。


 容姿に関しては、この間プリムヴェールと一緒に鉢合わせしたサキュバスから思い描いたのだが。


「まさかとは思いますけど、そのお嬢様ってサキュバスではないですよね?」


 プリムヴェールは半眼だ。

 誰にでも隔たりなく接するプリムヴェールだが、サキュバスに対してだけはこの通り凄まじいほどの敵意を見せる。

 彼女がインキュバスの娘であることとは、一切関係ないらしい。


「サキュバスみてェな性生活してやがッけど、純粋な人族さ。髪もそっちの兄ちゃんみてェに真っ黒だしな」

 

 いかんな、黒髪というと清楚可憐なイメージしか湧かないから、想像できない。

 どうも俺の勝手な常識だと、金髪か茶髪でマシュマロボディってイメージが付きまとってしまう。

 確か高2の時席が隣だったギャル娘が、そんな風貌をしていたっけか。


「――さてと、無駄話はこれくらいにして、さっさと最深部まで突っ走るぞ。その、えーと、名前を聞いちゃいなかったな」


「カザミ・アヤメだ。十八歳で、純粋な人族。職業は一応賢者ってことになってる」

「プリムヴェールです。……魔族と人族のハーフで、王都の図書館で司書をしています」


 金髪短髪の少年は交互に俺らを見やり、「カザミアヤメとプリムヴェールか……」と反芻していた。

 見た目不真面目そうに見えるが、意外としっかりしているのかもしれない。

 俺らを置いて我先にと突っ走っていったのも、お嬢様が心配だったからなのかもしれないな。


「カザミアヤメにプリムヴェールだな、よっしゃァ覚えたァ! ちなみにオレァ、バルテルス・グレイハウンド。魔族、エルフ族、人族、獣族のクォーターだ。髪色はキンキラキンだがァ、一応銀狼の末裔だ、よろしくなァ!」

「すごい……。四つの種族、全部入ってるんだ」


 プリムヴェールはびっくりした様子で、口元に手をやっていた。

 やだ……わたしの種族、少なすぎ! とか言ってそうだ。

 言ってないけど。


 しかし、四種族のクォーター。そんなものもあるのか。

 確かにむき出しになった犬歯とか筋肉質な胸板は獣族っぽいし、腕も足も胸も人族のようにつるつるしている。

 透き通るような黄金色の瞳がエルフか魔族なのだとしたら――、


「その変わった服の趣味は、どの種族から来てるんだ?」

「あァ、これァお嬢様の趣味だ。顔が残念なんだから、せめて腋とか胸板のチラリズムを大事にしろとか、そう言ってたんだ。男のオレにゃァ、よくわッかんねェけどよォ」


「わたしにも分からないから、多分そのお嬢様が特別なんだと思います」


 俺とバルテルスの二人は同時にプリムヴェールを見たが、彼女にも分からないらしい。

 俺はまた、この世界の婦女子様はまた変な趣味でも持ってるのかと思った。

 裸にベストまではまだいいけど、そこに蝶ネクタイはちょっと変質者臭い。


 それにしても、顔が残念ねぇ……。

 鋭くて野性的な目も、決して低くはない小さな鼻も、時折犬歯が顔を覗かせる口元も、大して残念には思えないのだが。

 むしろ整ってさえいる。

 肉食系って感じが、この世界では魅力になったりしないのだろうか。

 オオカミの末裔だって言ってたし。


「さァて、自己紹介も終わったことだしィ、とっとと最深部まで突っ込むぞォ!」

「俺らはゆっくり歩いていくから、先行ってていいよ。ね、プリムヴェールさん」

「はい、そうしましょうか」


 力強く踏み出しかけた足を軽やかに戻し、信じられないといった表情でバルテルスは俺とプリムヴェールの顔を交互に見た。


 残念だが冗談とかじゃないんだ。

 俺もプリムヴェールも早く行きたいのは山々なのだが、如何せんスタミナが持たない。

 インドア派同士、お互いの辛さはよく分かる。



 結局バルテルスが折れ、三人肩を並べて仲良く最深部を目指すこととなった。



        ◇          ◇          ◇


 

「あの、バルテルスさん。ここから最深部まで、あとどのくらいありますか?」


 さらに数階層降りたところで、プリムヴェールは鈴の音のような声で疑問をこぼした。


 この迷宮はやけに一階層辺りの空間が狭く、階段が多い。

 通常はもう少し入り組んでおり、一階層の面積が広いのだとか。

 ちなみに、別れ道があっても無くても、小部屋があっても、この世界だと迷路では無く迷宮と呼ぶのだそうだ。

 迷宮は魔物の固有名詞、構造が似ているという理由で、モグラの家や蟻塚も後に迷宮と呼ばれるようになったのだ。


「あァ? わッっかんねェ。がむしゃらに突っ走って来ちッたからァ、何階層登ったかなんぞ覚えてねェよ」

「その服でよく、そんな速く精力的な走りができるよな」

「わァッったから服のことにはもう触れるなよ!」


 バカにしたわけでは無いのだが、バルテルスは犬歯を剥いて俺のことを睨んだ。

 彼自身も今の格好を気にしているらしい。

 いや、今のは本当に、決してバカにしたわけでは無いのだ。

 動きにくい制服のまま駅のホームを走って、盛大にすっ転がったのに、誰も助けてくれなかったときのことを思い出しただけだ。

 よく転ばずに走れるなーって、本当それだけなんだ。


「下が堅ッ苦しい服装なのは、一応親衛隊兼使用人扱いをされてッからだよ。

 来客がいらっしゃったときとかに応対して、部屋の隅でじっとしてなきゃァなんねェからな。

 お嬢様は大抵眠ってるかお取込み中で始終寝室にいるが、世間体もあるから、ちゃんと貴族間のパーティなんかにゃァ出席してッからなァ。

 来客とかお偉ェさんとこの使者は、結構来るんだよ」


「え、……もしかしてバルテルスくんって、その格好でお客様のお相手するの?」


 プリムヴェールの疑問に、バルテルスは「当ったり前だろ?」とでも言うような表情で首肯する。


 マジかよ。

 そのお嬢様とやらのご自宅に赴くと、低確率で裸ベスト(蝶ネクタイ付き)のクォーター少年が出てくるのか。


 プリムヴェールは絶句していた。




 暫く歩くと、道が二手に分かれていた。

 ただ探索しているだけなら、順を追って両方巡ればいいのだろうが、そうもいかない。

 出来るだけ早く、迅速にお嬢様のもとへ行かなければならないからな。


 俺とプリムヴェールはこの迷宮に入るのは初めてだ。

 故に最深部はどちらの道を行けばいいのか分からない。

 バルテルスを先頭にして俺とプリムヴェールは一歩後退したのだが、当のバルテルスは別れ道の前で立ち止まってしまった。

 何やらぶつぶつ呟きながら、右と左とを指さし確認している。

 ……おいおい、嘘だろ。


「えっとォ……。最初に右から入って失敗して戻ってェ……。いや、左が違ったんだったっけなァ?」


 案の定と言うべきか、道順をすっかり忘却しているらしい。


 プリムヴェールはその理知的な面差しを崩し、額に手をやっていた。

 俺はもう驚かない。


「アヤメさん、何だかわたし、すっごく疲れてしまいました」


 壁に寄りかかって腰かけ、暇そうに虫の死骸を風魔法でバラバラに解剖して遊んでいた。

 プリムヴェールとしては単に灰塵を風で弄っているだけの感覚なのだろうが、傍から見るとグロテスクだ。

 虚ろな目も相まって、何か怖い。


 バルテルスはさっきから地面に這いつくばり、くんくんと何か嗅いでいた。

 尻を突き出して、まるで犬のように床をくんかくんかしている。

 お嬢様はいつも男臭い香りを漂わせているからな、とか呟いている。

 やだ、こっちもこっちで怖い。


「――あの、アヤメさん」


 ふと気が付くと、プリムヴェールが何かを思い出したような顔をして俺の胸元を見つめていた。

 ――いや、正確に言うと俺が懐に仕舞っている魔導書だ。


「どうかしましたか?」

「その魔導書に、生命探査をするような魔法は書かれていませんか?」


 生命探査だと?

 どういった魔法のことを言っているのだろう。

 オドの活性化が必要な魔法の中には、意識不明の生物が死亡しているか生存しているか正確に区別をする、といったものがあったが、そのことだろうか。

 それとも探知サーチ系の魔法だろうか。


 サーチ魔法とは、所謂某狩りゲーのペイント弾みたいなやつだ。

 強大な魔力を持った生物の位置を、正確に把握するためのものだ。


 それともう一つ、サーチ魔法の亜種のような魔法がある。

 壁や地面などの平面に魔力を流し込むことで、自動的に周囲のマッピングをしてくれるという便利な魔法だ。

 最近存在をしった魔法なので、使ったことはないのだが。


「生命探査、というと?」

「周辺のマッピングをしたり、生存者の現在位置を把握するための魔法です。父の旧友が訪ねてきたときに使っているところを、昔見たことがあるので」


 プリムヴェールの父親の旧友が使っていた魔法、か。

 となると、魔族の魔法になるな。


「探してみましょうか」

「手伝います。……えっと、魔族の文字で書かれている場所は、ですね」


 魔導書を開くと、プリムヴェールが肩越しに顔を差し込んだ。

 ほっぺた同士がペタリとくっつき、いい意味で背筋がぞわっとする。

 繊細な美髪も首筋を撫で、甘い息遣いが耳元で奏でられる。

 密着し過ぎて顔が見えないこともあってか、想像以上に危ない。

 とろけそうだ。


「あった、ここですね。体内のオドを活性化して、周囲をマッピングする魔法です」

「……しかし、これはオドの純度がかなり高くないと使えないようですね。マナの吸い上げで同じことができれば良いのですけど――ちょっと探してみます」


 プリムヴェールとともに魔導書を覗き込み、マナを利用して発動する魔法が書かれているページ群を捲ってみる。

 ハーフ魔族であるプリムヴェールには読めないはずだが、興味津々といった様子で魔導書に視線を向けていた。


 二人で魔導書を読んでいると、仲間外れにされていたバルテルスが四つん這いになりながらこっちへ駆けてきた。


「おい、二人で仲良ししてねェで、オレにも見してくれよ!」

「仲良しなんて……。まったくもお」


 隣でプリムヴェールが甘い声を出していたが、キャンキャン犬のように喚きながら跳ねるバルテルスの足音でよく聞こえない。

 騒ぎ立てるバルテルスに顔をしかめて見せたが、本しか目に入っていないバルテルスはそんな俺の心情に気が付かず飛び跳ねている。

 クォーターとか言ってたくせに、もはや躾のなってない飼い犬じゃねーか。


「見せてやるよ、ほれ」

「あ、ダメです!」


 フリスビーを投げるようにバサッと放ろうとしたら、プリムヴェールに腕を掴まれた。

 そうだった。まだこの魔導書の価値がどの程度のものか分かっていないんだったっけ。


 プリムヴェールの予想だと、世界に一冊しか存在しない書物かもしれない、のだとか。

 気を付けて扱わなければ。


 仕方ないので一旦プリムヴェールと離れ、間にバルテルスを挟んで本を見せる。

 バルテルスを挟んだ途端プリムヴェールの甘い香りが消失し、汗臭い獣のような臭いがむわっと漂った。

 おい、お前ちゃんと毎日行水してるのか?


「読めるか?」

「読めねェ!」


 そうなのか。

 四種族全てのクォーターだって言うから、もしかしたらエルフ族(?)の文字も読めたりするのかな、とか思ったのだが。


「オレァ勉強とか大ッ嫌いだからな。言語学習とか算術の勉学からは全ッ部逃げてきた。獣族と人族の文字以外は全く読めねえぜ!」


 清々しいほどのどや顔で胸をドンを叩いてみせる。

 あまり頼りにならなさそうだ。


「読めないなら静かにしててくれよ。お前を雇ってるお嬢様がどこにいるのか、今から探してやるんだから」


 しっしっと手を振り、生命探査の魔法が書かれたページを開き直す。

 マナを使用する魔法は見つけたが、これは少し危険だな。

 オドの活性化が必要な魔法も、純粋な魔族か、上級魔族のハーフでなければ使えそうにないほどの、膨大な魔力を使用するものだった。

 これも同じく、大地に広がるマナを一気に吸い上げて使用するらしい。

 地上なら問題ないだろうが、地中でそんな危険行為を行って平気だろうか。

 ましてやここは迷宮だ。

 万が一どこかで均衡が崩れて、入り口が封鎖されたりでもしたら、俺たちは一生ここから出られなくなってしまうかもしれない。


「どうですか、ありましたか?」

「あるにはあったんですけど、少々マナの使用量が激しいようですね。迷宮内で使用しても、大丈夫かどうか」


「あのさァ。マナだか何だか知らねェけど、要は迷宮から魔力をちょっとお借りしよう、とか言ってんだろォ?

 これだけの迷宮に成長するような魔物が抱え込んだ魔力をちと借りただけで、そんな簡単に崩れるわけねェだろうがよォ。

 お嬢様を見つけられるかもしんねェんだったら、とにかく使ってみろよ」


 バルテルスは面倒くさそうに頭の後ろで手を組み、ドカリと床に座り込んだ。


「バルテルスくん。そうは言ってもさ、もし迷宮が崩れちゃったら」

「おい待てバルテルス。今お前、何て言った?」


 強い声音が木霊し、プリムヴェールとバルテルスがびっくりした様子で俺のことを見た。

 二人揃って、ぱちくりと瞳を瞬かせている。

 ごめんごめん、別に驚かせるつもりは無かったんだ。

 むしろ、想像以上に強い声が出てしまい、発言した俺自身が一番驚いた。


 深呼吸をして、心を落ち着かせ――たはずなのだが、隣にいたプリムヴェールの香りを胸いっぱいに吸い込んでしまい、悶々。

 反対方向を向いて、もう一度深呼吸。


 よし、落ち着いた。


「バルテルス。お前今、迷宮からマナをお借りする、って言ってたよな」

「――? あァ、てっきりそういう話をしてたと思ってたんだがァ、ちげェのか?」


 いや、合ってる。

 問題はそこじゃない。マナを使う魔法の存在は、滅多に知られていないことだ。

 冒険者ギルドに勤めるエイムでさえ、知らなかった。

 宿主のビリーは知っていたらしいが、あれは年の功だ。

 元冒険者なうえ元傭兵で、色々な区域に駆り出されていたらしいからな。

 人生経験が豊富なのだろう。


 だがバルテルス。

 失礼だが、こいつはそんなに人生経験が豊富そうには見えない。

 エルフや魔族の言語も分からないらしいから、エルフと交友があるとも思えないし――。

 いや待てよ、こいつクォーターだから。

 でも……。


「何を焦ってんのかァ知んねェけど、

 単に昔オレの婆ちゃんが、自然から魔力を借りるとか何とか言ってたのを覚えてただけだぜ」

「もしかして、その婆ちゃんって」

「純粋なエルフだったかなァ? 純粋とは言っても、ハイエルフでは無かったけどなァ」


 何でも無いような言い方で、バルテルスはボリボリと後頭部を掻く。

 エルフ! 未だにこの世界に来て出会っていない種族のエルフか!

 魔族も獣族も人族も闊歩している王都でも、ハーフエルフやエルフとは一度もすれ違うことはない。

 一説によると周囲に綺麗な自然が無いため、王都付近には元々エルフが少ないのだとか。

 エルフ自体、遥か昔の局地的獣魔戦争で、純粋なものはかなり激減しているからな。


「その、お前の婆ちゃんが言ってたんだな?」

「あァ。迷宮の魔力は豊富だから、外敵が襲来したときは、みんなで迷宮に隠れてたって言ってたんだァ」


 正直言って、とても信じられるような科白ではない。

 だが現に、バルテルスはマナの存在と、魔力を吸い上げて魔法を使うというメカニズムを知っている。

 プリムヴェール曰く、これは種族間にのみ伝えられる秘術や隠術の一つだ。

 バルテルスがクォーターであることが事実ならば、今の話が真実である可能性が高くなる。


「もし迷宮が潰れたら、その時はお前もお嬢様とやらもみんな生き埋めになるんだからな」

「ガタガタ言ってねェでとっととやっちまえよ。

 大丈夫だァよ。もし埋まっちまったら、俺が地上までちゃんと掘ってやるからよォ」


 こう見えても穴掘りは得意なんだぜ、とまたしても犬のような特技を見せつけてどや顔。

 まあどっちみち、使わなければ前に進めないのだ。

 使うしか無いだろう。


「分かったよ。……では、一応の安全のためにプリムヴェールさんは、こちらへ」

「はい、アヤメさん」


 背中に腕をまわして、キュッと抱きしめる。

 抱きしめるとは言ってもハグではない。

 単に肩を引き寄せただけだ。

 だがプリムヴェールの肢体はそれはもう魅惑的な起伏に富んでいるため、それだけで様々な接触がある。


 魔導書をプリムヴェールに持ってもらい、俺は迷宮の壁に手を当てて使い方を見る。

 魔法陣を使う方法と詠唱と、二種類あるらしい。

 発光苔のおかげで一応周囲を見ることはできるため魔法陣でもいいのだが、間違えた時に見直しが面倒なので詠唱にしておく。


「敬愛する世界の力よ。ともに暮らし、我が果てる姿を静謐に見守るその雄大な御心よ。我が魔力とその願いに力を与え、永遠とわに授けよ」


 小屋を造る魔法の詠唱にちょこっとだけ似ている。

 親愛なる森と、敬愛する世界か。

 それに、こっちは何か願ってるんだな。


 よく見るとページも近かった。

 ま、関係無いんだろうけどさ。



 詠唱が終わると、壁に押し当てた右手に何らかのエネルギーが吸い上げられていく。

 血流のようにドクドクと身体を巡り、そのまま背骨を通り抜けるように足元へ流れ落ちる。

 やがて右手に吸い上げられていたエネルギーが弱まり、足の裏が少し暖かくなってきた。


 大地に薄い亀裂が入り、メロンに入るひびのような裂け目が無数に床を駆け巡る。

 発光ダイオードのような、エメラルドの輝き。

 その輝きは迷宮の奥へ奥へと続いて行き、――やがて左側の輝きがスーッと消失した。


 刹那不意に視界を緑色の輝きに塞がれ、思わず目を瞑る。

 次の瞬間、視界にはゲーム画面の端にあるような簡単なマップが浮かんでいた。

 いや、脳内に情報が描きこまれて、見えているように錯覚しているだけだ。

 現にプリムヴェールは、何があったのか分からず周囲をキョロキョロしている。


 視界に映ったマップを見る。

 生命反応が、階下に二つ――いや、三つある。

 二つは小さい。きっとカミーユなる女騎士と、お嬢様のものだろう。

 対してもう一つの生命反応はでかい。きっとこれが、最深部にいるという闇光蠍ケイオス・スコーピオンなのだろう。


「アヤメさん。この光、右側の分かれ道に続いているみたいなんですけど」

「多分そっちが正しい道順で良いのだと思います」


 使ってみて分かったが、どうやらこの生命探知の魔法は、使用者のみ生存者の確認が可能で、マッピング後の正確な道順は亀裂となって残り、他の人々にも分かるようになっているらしい。

 それに明るい。

 これなら発光苔が少ない階層でも、安心して歩けるだろう。


「よっしゃァ! この光が続く方へ行けば、お嬢様とカミーユがいるッってんだなァ!」


 バルテルスは嬉しそうな雄叫びを上げると、裸ベスト(蝶ネクタイ)に下半身スーツ(裸足)姿で弾丸のようにすっ飛んで行った。



 俺とプリムヴェールは急ぐ必要も無いので、緑色の光が流れる道筋を、肩を並べてゆっくり歩くことにした。


「流石はアヤメさんです」


 照れ笑いを見せながら、指を絡めてきた。

 ほっぺがほんのりと染まっている。

 可愛い。


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