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第肆拾漆話 I respect a certain movie : Dawn of the dead ⑤

旅行やらなんやらで結局積みゲーやってないよ!


今回はちょっと読みにくいです。

第肆拾漆話 I respect a certain movie : Dawn of the dead ⑤


 異常感染者とは一体何なのか?それに関しては心当たりがありすぎた。しかし、生態や実情は謎に包まれている黒目の死体をそう呼ぶにしても、奴らの口にする『感染』というキーワードも気になる。これは『感染』が原因となる病気の類の現象なのか。それとも超常的な一つのハルマゲドンの形態なのか。ゲームや映画ではよく聞くありふれた内容だが、実際に起こってみれば誰も真の答えなどみつけられない。光の知識をフル動員しても、確かな答えなど永久にみつからないのかもしれない。それを知る手掛かりになりうる襲撃者達。一人か二人捕縛できれば何か情報は得られそうだと光は考えた。だが、問題は他にある。


「もし、斎藤が死んだら鈴子はどうするの?」


「それは・・・。」


 ジッと見つめる光の視線から逃げるように斎藤は首を横に向けた。今一番考えたくない事だ。逃げた視線の先には現在唯一の味方である銭形がいたが、彼もその視線を受けて顔を外らしている。答えられないのだ。後は頼んだと言いながら颯爽と背を向ける映画の主人公もいるが、自己犠牲と言葉を変えてもそれは決して正しい判断ではない場合も多い。言葉悪く言えば、それは一種の陶酔に似ている。後の事は他人に丸投げにし、自分は突破口のために気持ちよく散る。格好いいとは程遠い惨めな末路だ。その事を彼らはぼんやりと理解していた。後に残された人間はこの地獄をどう切り抜けるのか死んだ者に知る術はない。今回の場合、情報を得ることができる「かもしれない」だけで確実に得られるわけではない。華々しく散るのもいいが、下手をすればただの無駄死にだ。特攻隊よろしく後には絶望と悲しみだけを抱いた弱き者が残るだけで、誰も得をしない可能性の方が高い。明日になれば襲撃者はここを後にするのだ。ただ黙ってやり過ごすという選択肢だって残っている。無責任に死ぬのが正しいとは言い難い。


「でも、異常感染者の事を知りたくないのかっ!?」


「それは便宜上そう呼んでるだけじゃないの?言いたくないけど、自衛隊崩れや警官の死に損ないがそんな情報どこから持ってくるのよ?そういうのってウイルスが原因な場合がほとんどでしょう?サンプルを採って実験して何回も何回も確認してやっと公表できるような事を今の世界で可能な事だと思う?もしかしたら地下に潜ってこの原因を解明すべく日々研究している人がいるかもしれないけど、今の日本でそんな事できる設備も人間もかなり限られているはずでしょ。」


 意外にもこれを言ったのは優だった。見た目はアレだが、言うことは一理ある。光もほうと小さく溜息に似た相槌を打って清聴したが、リアルな意見だし無視できないものだった。そうなのだ、便宜上の呼び方は人それぞれだろう。自分達はアレを『死体』と呼ぶし、最もポピュラーなモンスター名である『ゾンビ』と呼ぶ人間も多々いたはずだ。『感染者』というのも、最近流行りの映画やゲームでTだのGだの妙なウイルス兵器が横行していた世界ではそう呼ばれても何ら不思議はない。さそりをカニやエビと同種だと思う人も多いが、実際には、節足動物門鋏角亜門クモ綱サソリ目である。つまり、クモの仲間だ。陸生甲殻類とは違う生き物である。見た目が似ているからと言って間違って認識されがちな代表例と言えるだろう。そう言った違いを研究し分類することには膨大な量の実験、調査が必要なのである。新種のウイルスなどに関しては、特に顕著な例が鳥インフルエンザではないだろうか。人に伝染らないウイルスも変異すれば感染るかもしれない。そんな事であれだけ大騒ぎしているのだ。もし今回の件がウイルスが原因だったとしても、中途半端に新種のウイルスだったと情報を流して世界に混乱を呼ぶような真似は慎むのが普通だろう。対処法のない細菌など、一般市民にはどうにかできる代物ではないからだ。疑心暗鬼に捕われ、他人を極力自分の周りから排除するような人間も多そうだしさらなる混沌を呼ぶ可能性すらある。政府や他国がそんな情報を手にしても秘密裏に研究を推し進めるだけで基本的には秘匿されるのが筋だ。間違っても下衆な賊などが手にできる情報ではない。


「だからって生態くらい知ってるんじゃないのか奴らは?それを知るのも大事だと思うぞ。バリケードを壊せるかもしれない異常感染者があの黒目だって確かめるだけでも十分な情報だと思っ・・。」


「分かってんじゃん。今はそれだけあればいいんじゃない?黒目は危険だから見つけ次第皆殺し。発生させない対処法なんかあったとしても私達にできると思う?バリケードを壊すような頭がいい種類もいるから注意しましょうねで解決しない?」


「それを言ったらおしまいじゃ・・・?」


 斎藤が捲し立てるのを遮るように優がそう言う。それに的確なツッコミを入れる真澄。辺りが一瞬水を打ったように静まり返った。





 パパパと小さな破裂音に似た音が聞こえたのは、斎藤と銭形が仏頂面で座り込んだ直後だった。思わず、二人共手元にあった武器を掴んで身構える。かなり離れた場所で銃声が聞こえる。間違いなく先程の賊が戦闘を行っていた。一体何があったというのか。困惑顔の真澄と光を残し、斎藤と銭形が真っ先に出口をくぐった。遅れて真澄も出たが、二人の姿は闇の中に消えていた。小さなペンライトの明かりはすでに障害物の間をチラチラと点滅するように遥か遠くを移動している。続いた光だったが、もう止めるのは間に合わないと判断したのか真澄の腕を掴んでそれ以上進むことを制した。行くなというサインだ。


「二人共行っちゃいましたけど・・・?」


 少し俯きながら呟くようにいった真澄に光はゆっくりと首を振る。


「桜井が行っても邪魔になるだけよ。あんたには覚悟が全くない。引き金を引くことを躊躇うのなら行くべきじゃないわ。私だってそうよ。ここは経験者に任せたほうがいいと思う。」


 ここでいう経験者というのが何を意味することなのか分かった真澄は、強ばっていた体からスッと力が抜けるのを感じた。他人を殺した事がある人を光がそう例えたのだ。死体を排除するのとまだ正常な生きた人間を殺すことは大きく意味が異なる。斎藤は直接手を下したことがあるか不明だったが、銭形は確実に他人を手にかけていたし二人ともそれなりに修羅場慣れはしている。前に真澄も銭形と二人で飛鳥の町の役場の人間を追い詰めたりしたが、あれはどこか殺すような事にはならないだろうと軽く考えていた気がする。冷徹そうな表情だけ作り、言葉で脅せば素直に従ってくれるだろうと。人間を殺すことは悪だと主張していた自分が今は少し恥ずかしかった。どんな事でも受け入れる覚悟を自分は持っていなかった。実際、簡単に他人を殺せる銃を手にした今銃口を向けるだけで手がガタガタ震えるだろう。殺すことで罪悪感を覚えるのは誰だって同じだ。それを他の者に任せ、己が正義だとばかりに説教めいた事をクドクド主張した自分はなんという卑怯者だろうと真澄は羞恥で顔が熱くなった。今までの行いで、倫理を説く自分がこの世界ではひどく滑稽である事を真澄は気付いていたのだ。そして、綺麗事を並べておいていざ自分が直面する事態に陥ると意気地もなくただオドオドしている。例え誰かに口だけ達者な偽善者と言われても反論できない。


「せ、先輩、俺ってもしかしてとんでもない卑怯者なんでしょうか・・・?」


「は?」


 真澄の唐突な言葉に光は疑問の色を示した。


「だって、前の集落の時も今も俺はまるで偽善者だ。自分は手を汚したくなくてどこか人任せにしてる。今も二人が俺を置いて行ってしまった事にホッとしてるんです。」


 真澄の言葉に光は一瞬考えるような素振りを見せたが、すぐに口を開いた。


「ま、あんたは確かに偽善者よね。それは認めるわ。」


「やっぱりそうですよね・・・。」


 力なくその場で崩れるように座り込んだ真澄に光はそっと顔を寄せると呟く。


「でも、あんたみたいな人間も必要なのよ。自分に邪魔な者を全て殺す事が正義じゃない。あの二人とは違う意味であんたも皆を支えているのは事実よ。それを忘れないで、今はここで待ちましょう。私だってそうだし、誰でも人なんか殺したくなくて当然よ。」





 真っ暗なモール内に赤い光が仄めいていた。多分、その辺りに転がっていた一斗缶で焚き火でもしたのだろう。木の焼ける匂いがうっすらと立ちこめ、少し煙たい空気が目に沁みる。銭形と斎藤は手に持った武器を握り締めるように持ち、慎重に壁の中を進んでいた。真っ暗な上に狭い空間で物音一つが致命傷に成りうる。息遣いすら気を使う緊迫感に息苦しさと手足の感覚が曖昧になっていくのを感じながら、二人はようやく覗き穴のある壁の裏に辿りついた。先ほどまで聞こえていた銃声と何かが爆発するような音はすでに消えて、生物の気配は全くない。階下にいる死体の気配も今はなりを潜めてしまったように静かだ。銭形と斎藤は覗き穴からモール内を確認すると互いに首を傾げた。こんな夜更けだ。略奪者達は眠りにつき、見張りが起きているだけのはずだったのに銃撃戦のような音。万が一死体が二階に侵入したにしても、死体か略奪者のどちらかが動いている気配がしないのはおかしい。


「何が起きたんだ?」


「俺に聞くな・・・。」


 小声で互いに疑問を口にしつつ、まず斎藤がカフェテリアの抜け穴から外に出た。念のため明かりはつけない。幸い、カフェの窓からは月灯りが差し込み、うっすらとだが周囲の様子を伺う事はできる。続けて出てきた銭形が、拳銃を片手で構えながら出てきたのがシルエットで分かった。二人はお互いが見えていることを確認すると、身を屈めながら移動を開始する。カフェの入口に移動してモール内の様子を伺うと、遠くにうっすらと赤い光が見える。位置から賊が寝所に使っていた部屋だろう。風も冷たくなってきた昨今は夜も非常に冷え込む事が多くなった。建物内とはいえ広いモールでは殊更それが顕著で、吐く息も白い。暖を取るために屋内でも焚き火くらいはするだろう。


「くそ、桜井の暗視スコープを借りてくれば良かったな・・・。」


 斎藤が失敗したというように歯軋りした。銭形もそれがあったことを失念していた事に苦い表情をする。あればこの状況では天と地ほどの差があっただろう。賊がそれらを持っているとすれば、この暗闇でも二人の存在はお見通しになる。優位性を失ってまでのこのこ出てきたことに後悔したが、現状ではまだ敵に姿は見られていないはずだ。まだ行けると判断した斎藤は銭形をその場に残し、出来るだけ身を屈めながらモールの吹き抜けを移動した。赤い光はどんどんと明るくなり、斎藤の目にもハッキリと寝所の中を覗ける場所まで近付くと、手にした銃を右手で構えながら左手でポケットから小型の双眼鏡を取り出す。目に当てると真っ暗な闇が塗りつぶした中に赤いグラディエーションが浮かび、部屋の内部が見て取れた。そこには赤く染まった布団とベッドがあり、賊の仲間と思われる人間が変な格好で数人倒れている。まるで寝込みを襲われたかのような有様だ。一人はあからさまに履きかけのズボンが太腿あたりで止まり、土下座するような姿勢で倒れている。斎藤が確認していた賊のリーダーらしき男の姿もその中にあった。数えると五人の死体らしきものが確認できる。斎藤はそこから離れるとカフェへ戻り銭形にその事を報告した。


「全員死んでるみたいだぞ・・・。だが死体がそれを食ってる様子もない。何が起きたんだろうな?」


「本当に死んでるのか?」


 斎藤の報告に銭形が眉間に皺を寄せる。仲間内で殺し合いでもしたとしか言い様がない。何かを巡って仲間割れでもしたのだろうか。二人してカフェに身を潜めながら、ああでもないこうでもないと小声で討論していたが、不意に斎藤が銭形に口を閉じろとゼステャーで伝えた。銭形も何かを察しすぐに口を閉じる。確かに音がしたのを二人は聞き逃さなかった。


「何だ?」


「何か引き摺る音だな。下じゃない。このフロアーから聞こえる。」


 音は静寂と闇に包まれた吹き抜けのホール内で微かに響いていた。何かを引き摺るような金属音に衣擦れの音が混じっている。明らかに人間の蠢く気配だ。この場でライトを点けて暗闇を照らし音の主を確認したい衝動に駆られるが、仮に生きている人間だとした場合、それは自分達の存在を確実に悟られる事になる。死体だった場合は問題ないが、真偽がはっきりしない以上軽率な行動は控えたほうがいい。


「だんだん近付いてくる・・・。」


 斎藤の切迫した声が銭形の耳元で聞こえる。


「ここから離れたほうがいいかもしんねえな。」


 銭形も次第に大きくなる気配に威圧されるように斎藤に小声で耳打ちした。そしてカフェから赤い光とは逆の方向へ移動を開始する。ゆっくりした移動であったが、こうも静かだと靴の音は驚く程大きく響く。近くに人間がいれば確実に二人の気配を察知したかもしれない。だが、二人に向けられる声も追ってくる気配もない。先ほど斎藤が確認した物体が五人の敵の遺体ならば今聞こえる音は確実に死体が出しているものだ。現に音は一端聞こえなくなったが、しばらくするとまた遠くから二人との距離を確実に詰めてきた。吹き抜けから二階の広いショッピングエリアに到達していた銭形と斎藤は追ってくる気配は死体のものだと判断した。敵はすでに全滅しており、それがゾンビと化して蘇ったのか異常感染者と呼ばれていた黒目が二階に忍び込んだのか分からないが、確実に追ってくる気配は人間ではない。


 斎藤はマシンガンを背負うように背中に回し、拳銃に持ち替えた。そして気配の方にゆっくりと歩を進める。銭形も音のする方に常に拳銃を向けながら慎重に暗がりを進んだ。音は次第に大きくなり、二人との距離はもうそんなにないはずだ。月灯りにうっすら浮かぶシルエットがゆっくりと自分達に近付いてくるのが分かる。斎藤は引き金に指をかけると、両手で拳銃を構えてゆっくりと影に近付いた。そして銭形が片手に拳銃を構えたまま、左手に持っていたペンライトのスイッチを入れる。


「ち、やっぱりか。」


 斎藤が小声でこぼした。銭形も予想していたとは言え、影はやはり死体だった。ライトの光を反射して不気味に白く発光しているように見える目から、これはただの死体だ。例の黒目がここに侵入したのではなかったらしい。斎藤は至近距離まで詰め寄り、一発で死体の眉間を撃ち抜く。これでモール内に自分達の存在を知らしめる事になったが、死体が徘徊している事から生きた人間はいないだろう。


「おい、ちょっと来てみろよ。こいつはさっきの奴らの仲間だぜ。」


 銭形がライトで照らしながら死体が完全に停止したかを確認していたが、驚いたような声を上げた。


「なんだと?」


 斎藤もそう言って死体を観察する。眉間からタラタラと血を流すそれはまだ死んで間もない死体だった。首にザックリと切れた痕がある事から、何者かにナイフのような鋭利な刃物で首を裂かれて殺されたようだ。頭を撃たれなかったためにゾンビ化して徘徊を始めたらしい。という事は奴らは仲間割れで自滅したというのだろうか。


「どうなってんだこれ・・・?」


「オッサンに聞くなってんだ。ほんとに死体が五個転がってたのか怪しくなってきたぜ?」


「確認しよう。」


 すでに銃声を一発轟かせたため、自分達の存在はすでに知られている。銭形と斎藤は位置を補足されないようにライトを消し急ぎ足で赤い火の示す先程の拠点跡に引き返した。途中で足を止め遠巻きに再度双眼鏡で確認する。今度は銭形も確認したが、確かに五人倒れているのが火に照らされて確認できた。先程の死体と合わせると一人多い。


「増えてるな。」


「遅刻したのがいたっけか?」


「いや、室外で一人だけ別行動する意味がない。危険過ぎるし、わざわざ好き好んでやる奴もいないだろう。」


「やっぱ死体が一体侵入したんかな?」


「あの装備でいくら寝込みを襲われても死んでいいとこ一人か二人だろ。それにナイフで殺られてた奴は説明がつかない。」


 二人はそう何度か不毛な議論を繰り返したが、やがて銭形が立ち上がった。直接調べる方が手っ取り早いと判断したのだ。とりあえず倒れている以上、この状況で寝こけているような奴はいないだろう。慎重に近付きながら、しっかりと拳銃を様子を伺う。倒れている五体はピクリともしない。近付くにつれてその理由も分かってきた。正面を向いて倒れているものは皆眉間に穴があった。ボッコリとほげているのは弾が出た傷だろう。耳の裏あたりに大穴があり脳漿が飛び出ている死体もある。確実に死んでいるのを確認しながら、二人は死体を足で転がしていく。そして、服装の違う死体が一体だけあるのに気が付いた。最も奥の壁に寄りかかって座るような体制で項垂れている。見た感じは若者だったが、その服装は異様だった。黒のパーカーに黒のニットを被り、黒のカーゴパンツに黒いブーツ、そして黒いフィンガーグローブで顔はお歯黒でも塗ったように真っ黒だった。手には血に染まったナイフと拳銃を握りしめている。拳銃は弾切れか弾詰まりでも起こしたようにスライドされた上部が途中で止まっている。


「こいつの仕業か。」


 斎藤は苦々しそうにそう呟いて黒い男の肩を軽く蹴っ飛ばした。


「うぅ・・・。」


 男はゆっくりと倒れながら呻いた。てっきり死んだものと思っていた斎藤は慌てて銃を向けながら後退りする。他の死体をひっくり返して「うわぁ」と呟いていた銭形も驚いて拳銃を向けた。


「こいつ、生きてるぞ。」


 しばらく黙って観察していた斎藤が落ち着きを取り戻してマシンガンの先で黒づくめをつついた。


「うぐふ・・・。」


 黒づくめはどうやら怪我をしているらしい。失血か激痛か知らないが、気を失うほどのダメージは深刻だろう。よく見ると蹴られて横に倒れるような姿勢になった男の背中に血がべったりと付いている。斎藤と銭形は男がまともに動けない事を確認すると、他の死体が全て頭を撃ち抜かれている事を確認して男の両手を後ろで拘束した後に地下で待つ光に大声で救急箱を求めた。





 男は重傷だった。体には二発弾を食らった穴が口を開け、血がドクッドクッと流れ出している。まだ体内に弾が残っているかどうかもよく分からないし、肺や主要な内蔵を貫通しているかもしれない。失血もひどく、輸血などできない現状では命を繋ぐことはできないと判断した斎藤は、治療した男に出来るだけ多くの事を尋ねた。彼は以前に賊によって全滅させられたコミュニティの生き残りで、ずっと奴らを追っていたこと、もう仲間は全て死んだ事などを弱々しい口調で語り、最後に仲間の敵を討てて良かったと言いながら朝方息を引き取った。結局、異常感染者とはどういうモノかは彼にも分からないらしかった。


「結局何も分からずじまいか・・・。」


 光はそう言って、カフェで飛鳥の淹れたコーヒーを飲みながら溜息をつく。それに飛鳥が苦笑を返しながら、誰も死なないでホッとしたと漏らした。


「あら、六人も死んでるじゃない。」


「だってほら、あの人達は悪い事した人達だし数に入らないっていうか。ね?」


「恩人の彼も死んじゃったけど、それも数に入らない?」


「んー、あの人は結果的に恩人だったのかもしれないですけど知らない人ですからねぇ。ちょっと、いじめないでくださいよ。」


 光は飛鳥のその受け答えに笑みを浮かべながら、真澄の方を向く。


「ね、桜井。飛鳥だってこんなもんよ。誰でも彼でも救おうとか人間そう簡単に考えないんだって。そんな人がいたら英雄か救世主か、特殊な人間である事には変わりないわね。あんたも私も凡人なんだからさ、倫理とか道徳とか難しく考えないで感じた通りに生きたらいいんじゃない?誰も咎めないわよ。」


「あ、光さん私を出しにしましたねっ!でもその通りですよ。私だって恐くて鉄砲なんか撃てないし、人なんか殺したくないですもん。銭形さんには嫌なこと全部やってもらって本当に悪いと思いますけど、それでその人を嫌いになるかというとそうでもないですからね。それに・・」


 飛鳥はその後に何か繋げようとしたが、口を噤んだ。光はそれをニヤけた顔で見ながら「なになに?」と意地の悪い目で尋問している。真澄はその飛鳥の言葉を聞いて、少しだけ心が軽くなった気がした。





 子供達はまだ地下に残し、男三人は死体の処理にあたった。頭を撃ち抜かれているので蘇りはしないが、見ていて気持ちのいいものではないし何より腐敗したら大変な事になる。蠅などの虫が沸いて衛生上非常にまずい。それに死体の持ち物の整理もしなければならず、血がついたリュックや雑嚢を光と飛鳥に渡して頭の半分潰れた死体を大きな板に乗せて引いていった。屋上の角から下に一体投げ落とすと、まだ新しい死体はあっという間に下を徘徊するゾンビに囲まれた。どうやら生きている者だけでなく、まだ血の乾かないような死体も食うらしい事が分かったと斎藤が満足げに目を細めている。


「どうやら、体から出るフェロモンや体臭を頼りに獲物を探すらしいな。これでハッキリした。徘徊してるのを倒しても他の死体は見向きもしないからずっと不思議に思ってたんだが、これで確証を得たよ。」


 斎藤の話を今更などと思いながら聞いていた真澄と銭形だったが、他の五体も同じように下に投げ落とす。そしてライターを取り出すと線香に火を点けて屋上の角に置き、形だけの供養を済ませる。何事も形式は大事だ。


「後はなんか収穫があればいいんだがな。姐さんと飛鳥はいい物みっけてるかもしれないし行ってみるか?」


 銭形が合掌した手をさっさと解くと、そんな事を言いながら歩き出す。いつまで合掌していようか何となく困っていた二人も後に続いた。自分の身内でもない人間に対して情があるわけでもなく、ドライなものだ。


「銃はあったが装備が違うし、弾もそれぞれがいくらか持ってそうだな。」


「ま、あって困るもんでもないし頂いちゃいましょう。」


 そんな雑談をしながら歩く三人は、遠くの階段付近から一人誰か走ってくるのに気付いた。鈴子だ。どうやら急いでいるらしく、変な腕の振り方で懸命に走ってくる。


「なんだありゃ?」


「鈴子ちゃんっぽいですね。」


「相変わらず妙な走り方してるな・・・、誰に似たんだか。」


 何故か顔を赤らめながら軽口を叩く斎藤だったが、鈴子か近くなりその顔を見て顔付きが変わった。


「何かあったか?」


 斎藤は肩で息をしながらまだ上手く喋れない鈴子を落ち着かせるように優しい口調で尋ねると、鈴子は何度か大きく息を吸い込んで喋りだした。


「生き・・てる、無線・・機・・あて、誰か、しゃべって・・る。」


「つまり誰かと繋がってるのか?」


「うん、やつら、仲間、次、襲う、確認。」


「分かった、銭形さん、桜井行くぞっ!」


 斎藤はそう言うと鈴子をその場に置き去りにしてさっさと走っていく。普段の彼なら労いの言葉くらいあっても良さそうなものだが、無線が余程気になったらしい。真澄は鈴子に軽く礼を言うと斎藤を追って走り出した。





 下では、光が一昔前の携帯電話のようなごついトランシーバーの様な物を神妙な顔で弄っていた。斎藤が着いた頃には無線機からは雑音も流れなくなったらしい。何度か試したが、このタイプは親機から通信を受信するだけでも苦労するんだと銭形が言った。電気工事には警備員が必要不可欠で、彼らがいつも使用していた無線機によく似ているらしい。そう言えば道路の片側交互通行の現場で旗を持ったオッサンがよく無線を使っていたなと真澄も斎藤も妙に納得してしまった。


「とりあえず、無線が繋がっていた時に何か応答したのか?」


 銭形が光に尋ねると光は小さく首を振った。


「だって女が出たら変に思われるでしょう?あいつら全員男だし。」


 至極最もな意見を光は口にする。焦って思わず応答しなかっただけ冷静な光らしいと言えた。


「上出来だ。このタイプは親機から子機に無差別に電波を送るんだ。つまり相手が受信しているのか聞こえているのかは判断ができない。距離や天候で感度もかなり変動するし、相手はそこそこ近い場所にいると思う。どこの電波塔を介してるのか分からんが、もしかしたら船から直接電波を発信しているのかもしれん。そうなればかなり近いぞ。距離にして十キロ以内にいるのかもな。」


 銭形はそう言うと腕を組んだ。その険しい表情から敵は近くに居ると考える方がいいだろう。真澄と斎藤も顔を見合わせて今後の対応について相談しようとしたその時、飛鳥が少し考えるような素振りをしながら言葉を発した。


「まだ移動してないような事を言っていたし、現在のキャンプがここからけっこう距離のある港町でした。なので母船が南下してくるのはもっと後だと思います。」


「そうね、途切れ途切れだったけどそんな感じの事言ってたわ。あとシータ、オメガ、ガンマとか言ってたのは斥候部隊の呼称だと思うのよね。ここにいた連中はガンマ部隊だと思うし、オメガは全滅してるみたい。だから連中相当焦ってるんじゃないかな?残るはシータだけだし、部隊二つと連絡が取れない状態だから現在のベースキャンプから離れるのはまだ先になるかもしれない。」


 女性陣の意見を聞いて、斎藤は地図を出し質問攻めにした。光、飛鳥の他にも無線機の傍には未来も居てメモを取っていたらしく、詳細な情報がスラスラと地図に書き込まれていく。やはり優等生は気がきく。


「あと鈍川にぶかわから水無瀬に抜けるルートもありますけど、ここは多分突破できないと思います。なのでベースから考えると既にシータはこの山を抜けて市街地の方に入ったんじゃないでしょうか?ここを通るルートは2つ、内のオメガとガンマがここを通るルートなら別方向に海へ抜けられるルートを通ったと考えるのが自然だし、シータって部隊はすでに通り過ぎて都市近郊まで行ってるかもしれません。めぼしい大型店舗はここ近隣にはもうないので、大人数のお腹を満たすには都市近郊の大型ショッピングセンターやモールを狙うのが自然ですね。ならこの大通りに店が集中しているのでこっちから回るのは・・」


 未来は嬉々として様々な色の蛍光ペンで地図にマーキングしながら勝手に喋っている。どうやら地理はかなり好きらしい。光や銭形の知らない抜け道まで事細かに解説していく少女を皆は生暖かい目で見守った。未来はそんな視線にも気付かず一心不乱に地図と睨めっこを続ける。その時、電源を入れっ放しにしていた無線がまた何かを受信しだした。皆は一様に黙りこくって無線に意識を集中する。


「・・ザザ・・ザ・シー・・マダレンラ・ツカ・・ザッ・・メガトガンマ・・・ザーザー・・クリョウガナクナリ・・ザッ・ネンリョウモモウスクナイ・・シンコウスル・・ザッ・・コエテイタラオウトウセヨクリカエスオウト・・ザザ・・。」


 ひどいノイズでほとんど聞き取れなかったが、未来が熱心に書いていたメモを読み上げた。


「えっと、シータはまだ連絡がつかない。オメガとガンマは・・・、食料がなくなりそう、燃料も少ない、進行する、聞こえてたら応答せよ。こんな感じでしょうか。」


 そのメモを読み上げた未来を皆が尊敬の眼差しで見つめる。他の人間は全く聞き取れていないに等しかった。


「あ、兄が趣味で無線部をやってるんです。大学でね。だから雑音混じりの音がよく聞こえてきてたので耳が慣れたというか。」


 未来が恥ずかしそうに頭を掻きながらそう言うと飛鳥が手を叩いて褒めた。


「すごいですよ。どこで役に立つかわかんないもんですねっ!」


「だな、未来よくやった。後でフルーツ缶一個を進呈しよう。」


 斎藤がそう言うと鈴子と優が我が事のように目を輝かす。最近はよく三人でつるんでいるので、おすそ分けを期待したのであろう。


「でだ。奴ら近日中にこの近海を通るかもしれん。だから当番を決めてカフェテリアに二十四時間の見張りを付けよう。まだ物資も地下に置いて火はしばらく使用禁止だな。奴らがここを通り過ぎるまで我慢だ。じゃ、ジャンケンでいくぞ。」


 銭形がそう言い、皆は円になってジャンケンポンと声を上げた。





 結局、賊は大した武器は持っていなかった。拳銃も古めかしいリボルバーのニューナンブが三丁、それと斎藤の物によく似たマシンガンタイプが一丁、これは弾がほとんどなかったため、いざという時の緊急用に保管だ。後はベレッタによく似た拳銃が一つあったが、これも古いので緊急用に回す。一人は拳銃さえ持たせてもらえずにナイフ装備だった。黒づくめの男も弾を撃ち尽くした拳銃を一つだけ。その代わり、隊長の手記と移動用の地図、それに戦利品などが細かく書き込まれたメモ。それによって、連中のルートはほぼ決まり、シータはすでに市街地を抜けて都市近隣まで接近して連絡が途絶えた事が判明した。単に電波の不調か全滅かはまだ不明だが、全滅であれば憂いが一つ減る。あとはコンビーフとポークビーンズの缶詰、それと乾パンやドライフルーツが数日分あっただけだ。賊もかなり厳しい台所事情である事が伺える。録な装備も与えられずに野外探索などさせられていた三つの部隊も何だか気の毒にさえ思えてくる。


「頭はいつも指令だけ出して安全な場所から眺めるだけさ。世の中そんなもんよ。美味い汁だけ啜ろうって豚がほとんどさ。」


 銭形が見張り中にそんな事を光にぼやいた。今この死体だらけの世界でも、権力は存在し暴走を続けている。結局は人間の思考は変わらないのだ。世界が機能しようが終わろうが、そんな事はお構いなしに自分だけが大事な個々の集団でしかない。クーデターでも起きて共倒れしてくれないかなと真澄は切に願った。

予定は未定が一番ですね。


作者、なんと暇そうと言う理由で上司のキャンプに付き合わされました。ひどくねぇ?


会社の同僚も何人か来ていたのですが、強制参加らしく独身組ばかり。作者は子供が大嫌いなので、寄ってくるガキどもをちぎっては投げちぎっては投げしてないけどしたかった。天気も悪いし寒いしで大変な目に会いましたよ。


ただ、カレーだけは美味かった(♥ó㉨ò)

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