第肆拾捌話 An act of going hunting in a field①
前に更新したのがGWで今は師走ですね。泣ける・・・。
何回か書きましたが、資格取得とその後の激務でまともな連休すらない状態が続き、更新できませんでした。日曜日が休みとはいえ、寝て終わるっての・・・。
第肆拾捌話 An act of going hunting in a field①
風は今日も強く吹く。ここ数日はずっとこんな天気だ。空も青さを垣間見せる事すらせず、曇天の鉛色に支配されている。カフェテリアから見える海も空の鉛を解かした様に鈍色に澱んだ波を立てていた。今日がすでに十二月に入っているかどうかを覚えている人間はいない。ただデジタルの時計が告げる暦だけを頼りに、気が付いた時にだけ確認するだけだった。もう正確な暦を刻む事に然程重要な意味はない。今を生きている事に感謝しつつ、明日も生きている事を望むだけだ。火を禁じてすでに一月は経過していたが、まだ南下する船影は確認出来ていない。浅瀬を避けて水平線の遥か沖合を通過した可能性が若干あったが、余程大型のタンカーでもない限りは底を削る事もないだろうし、沖合を通るメリットは考えられないと光は考えていた。陸地を常に観察しながら進むのは、物資補給を目的とする船ならば当たり前のことだ。海沿いに点在する集落にも物資はまだある可能性は捨てられない。貧窮に喘げば、虱潰しに集落を襲うだろう。
「無線は今日も静かでしたね。」
のんびりとそんな事を言うのは、傍らで読書をしながら見張りをする飛鳥だ。ソファの背中越しに花梨がまとわりつくのを気にもせずに時々本から目を上げて海上を確認すると、また本に視線を落とす。
「もう電池が死んでるんじゃないの?バッテリーチャージは出来ないし、乾電池も使えない。思ったより役に立たないわよね。」
つまらなそうにそう返した光に、飛鳥は本から視線を光に移すとそうですねと頷く。そして思い出したように温くなったお茶を口に運んだ。花梨はいつの間にか飛鳥の膝下に移動し、スカートの裾を引っ張っている。遊んで欲しいのだろう。飛鳥はその花梨のおねだりによしよしと頭を撫でると膝の上に抱き上げた。いつの間にか本は栞を挟まれテーブルの上に置かれて、代わりに絵本が広げられる。そして、優しい声が語り出すのを光は黙って聞いた。
★
銭形は今日も忙しく働いていた。昨日は二階の天井裏に見張りが寝起きできるスペースを作るのだと言って、金属のパイプや大きな板をどこからともなく用意すると半日以上も篭っていた。本人は床下のいらない部分を取り外して使っているのだと言っていたが、どこをどう抜いたのか皆には全く分からない。本人だけは満足そうに日々床下を自分好みに改造している。完成された見張り小屋の様な物を真澄と斎藤も確認したが、二畳ほどのスペースにドリンクホルダーや布団が置かれ、中々に快適そうだった。場所は吹き抜けを一望出来る上に、覗き窓はお洒落な洋品店のロゴに上手く溶け込み、外からは特に不審な物には見えない。
「銭形さんって本当に器用ですよね。」
「俺なんか褒めるなってのっ!褒められても何も出ねえぜ。」
「いやいや、大したもんだ。」
そう言うと斎藤も覗き窓からの風景を確認する。もしここに賊が侵入しても、多分ここなら発見される事はない。寧ろ二階の随所に作ってあるカモフラージュされた地下への入口の方が見つかる可能性は高かった。これらももっと上手く作りこまなければ駄目だなと斎藤は顎を一撫ですると小屋を出て行った。小屋と言っても名目上そう呼ばれるだけなのだが、言うなれば銭形の秘密基地と言った方が正しいかもしれない。目下、警戒すべきは外からの人間であって、動く死体ではなくなってきていた。無論死体の脅威は消えたわけではないが、最終的に人間の敵は人間だと言う事だろう。
「弾はもうそんなに残ってないな・・・。」
カフェで飛鳥と花梨の相手をしていた光の耳に飛び込んできたのは、溜息と共に吐き出された斎藤の言葉だった。銃の管理は彼に一任してあるのだが、結局今は銃本体は数があるが、肝心の弾が底を尽きそうだと仄めかしていた。しかし、しっかり数を数えたわけではなかったため光達は詳細な情報は持っていなかった。
「現状で何発くらいあるの?」
光の率直な疑問に斎藤は溜息混じりに百もないと返す。彼だけが所有するマシンガンもマガジンに半分ほどしか入っていないという。その他、元からある拳銃も賊が所持していた銃も規格が違うらしく、弾の共有はできなかった。ゲームなどでは、敵を倒すと当たり前のように弾が手に入ったりするのだが、現実ではそうはいかない。あるゲームなど、鍬や鎌で攻撃するのに弾だけ持たされる哀れな農民などいる始末だし、本当にゲームはプレイヤーがどれだけ優遇されているか分かる。例えるなら今自分達はとんでもない難易度の無理ゲーと呼ばれる物をプレイしているようなものだ。銃があるだけ救いなのかもしれない。日本で銃を所持する事がどれだけ貴重か分かっているつもりだが、今迄は真澄と二人、斬れない日本刀やいつ壊れるか分からないクロスボウなどで危機を切り抜けてきた事自体が奇跡なのだろう。銭形など職業で使う機材を上手く利用して何とか生き抜いているが、これは彼のスペックの高さが成せる技で誰もがそうできるわけではない。
光と飛鳥も斎藤に釣られるように溜息を漏らした。実のところ、例の賊騒動で食料も携帯できる簡易的な物は随分と消費してしまった。後は火を要する調理食材やダンボールに押し込んでいる缶詰などしかない。冬を越せるかどうかも怪しいのだ。小さい子まで含めると現在ここには十名が暮らしている。無限と思われた食料も日に日に数を減らしているのは痛い現実だ。水だけは地下から汲み上げられていると思われる水道があるが、これは動いている原理すら定かではない。多分軽い水道管の詰まり程度でも死活問題になるだろう。よくよく考えれば、籠城など現実的で無い事は以前にも結論付けていたではないか。
「結局、まだ誰か外に出るしかないのかな・・・。」
光がそう呟くと、飛鳥も暗い顔をする。とりあえず安全に暮らせる場所にいるだけで、いつかここも追われる日が必ずやってくるのだろう。それは食料が無くなってからでは遅いのだ。自給自足の生活も考えたが、今この辺りで全員の胃袋を満たす獲物はいない。北に行けば鹿などがいるかもしれない。だが、北海道を目指すのは現実的ではない。南に行くのは自殺行為だ。大都市の広がる南部には、こことは比較にならない程の死体がまだ闊歩しているだろう。後は兎や鳥だが、それこそ手で捕まえるのは不可能だし野生にいるとも限らない。一度烏を狙ってみたが、弾を何発か無駄にした上に大きさの割に肉が少なく、しかも硬かった。味としては鶏肉としては美味い部類に入るかもしれなかったが、やはり外見から女性や子供は皆いらないと首を横に振ったものだ。試食したのは結局銭形と光だけで、真澄も吐きそうと言って遠慮した程だ。だが、このままでは食に困るのは目に見えているので何事も試す価値はある。
よく○○を最初に食べた人って凄いよねと会話に出るが、まさか自分がそれを実践する羽目になるとは思わなかった。やはりメインディッシュは魚介類が現実的だろう。しかし、海の側だと賊連中に見つかる可能性も大きくなる。第二第三の賊がいないとも言えない。それに銭形が例の山荘を捨てた理由が食糧不足だった事もあり、今いち乗り気になれない。物資の補給や新たな拠点探しは重要だが、問題は山積みでそれらは思考を億劫にさせるだけであり皆は目先の問題を先送りにしていた。だが、忍び寄る冬を前に打開しなければならない最も重要な問題であった。
★
朝方、外は張り詰めるような寒さだった。この辺りでは降雪など年に何回もないが、今日は冷たい雨がいつ雪に変わっても不思議はないほど冷え込んでいる。保温材の敷きつめられた地下の部屋は、雑魚寝している皆の体温で若干暖かかったが、それでも厚い布団と柔らかい毛布から出るのに一時の時間を要した。すぐに着古したスウェットの上に厚いダウンのジャケットを羽織ると、光は小さな入口を抜け暗闇の中を歩くと途中から銭形お手製の階段を昇り見張り所の側に通じる通路を急いだ。夜の見張りは未来と優に最近つるんでいる鈴子が三人で頑張っているはずだ。カフェで熱い紅茶かココアでも飲んで一息つきたい。そう考えて通路の出口を抜けると、三人が仲良く毛布を被ってソファで寝息を立てている光景が最初に目に入った。やはりか、予想はしていたが十代に夜中の寝ずの番は堪えるのだろう。最初から責務を果たすとも思っていなかった光はやれやれと肩を竦めると、戸棚の中に隠すように置かれているカセットコンロを取り出すと薬缶に水を入れ火を点ける。煙の出ない物に関しては火の使用は認められていたからだ。調理して若干でも煙が出るものが全般に禁止されている。
しばらく揺らめく青い炎を見ながらぼんやりと考え事をしていると、薬缶がピヨーと鳴いた。どう加工しているのか知らないが、これは小鳥の鳴き声のような笛が付けられている。その鳴き声に呼応するように未来がパッと瞼を開けて辺りをキョロキョロと見渡す。光は薬缶からティーポットにお湯を注ぎながらおはようと声を掛けた。ティーポットには予め四人分のココアの粉末が入れられていた。バツの悪そうな顔で未来が軽く手を挙げてオハヨゴザマスと片言のような発音で挨拶を返す。残りの二人はまだ抱き合うようにして眠っている。この映像だけでも男ならお金を出すんだろうなと下衆な事を考えつつ、光は水道の蛇口から水を出すと出しっ放しにされていたカップ三個を濯いで熱いココアを注いでいく。途端に甘い香りがカフェテリアに立ちこめ、抱き合って寝ていた二人の少女の目がパチリと開かれた。
「美味しそうな匂い・・・。」
「ざーす・・・。」
テンションの低い声に光は苦笑しつつ、盆に乗せたカップを二人の前に置く。二人はまだ眠そうな目を擦りながらカップをおずおずと持つと甘い液体を喉に流し込んだ。
「で、何か変わったことあった?」
熱いココアで覚醒しつつある三人に、光はそう質問した。どうせここしばらくは大した事は起こってないだろうと思いつつ、寝こけた三人を咎める意味合いでそう言ったのだが、三人は意外な事を言い出した。
「うーん、変わった事は無いですが、何か野犬の群れが近くに来てたみたいですね。わんわん吠えるのが煩くて寝れなかったし。」
「そうそう、やっぱ動物って逞しいですよね。人間なんかが世話しなくてもちゃんと自力で生きてるんだから大したものだわ。」
口々にそう言った少女達に光はおやっと眉を顰めた。そう言えば、自分も思い当たる事があったのだ。今迄大して気にも止めなかったが、人間が消えてからやたらと野良犬や野良猫を見かけていた事に。今迄ペットとして飼われていた動物も、この混乱の中逃げ出したり放されたりして街中の至るところにいる。そう考えると、犬猫はもちろんの事、兎や家畜として飼われていた牛や羊なども至るところにいるのではないかという結論に達した光は目を輝かせた。ここまで来る間に、牧畜の厩舎や放置された畑などいくらでもあったはずだ。天敵のいない今、放置された家畜やペットが至るところで増え始めているのかもしれない。銭形達と車で走った公道からも、遠目に牛達がのんびりと木影に寝そべっているのを何度か目撃している。あれは先入観で放牧されていたと思っていたが、そうではなく最後を覚悟した牧場主が野に放った家畜ではなかったのか。
「狩れる・・・かもしれないわね。」
ボソッととんでもない事を呟いた光に少女達はえっと声を上げる。光はそんな彼女達のリアクションなどお構いなしに想像を膨らませた。ここは市街地とは言っても、主要都市から離れたベッドタウンだ。少し足を運べば、農地の広がる田園風景もそこかしこで見られる。都市としての規模はせいぜい数万人だろうが、その割に今死体の数も少ない。これはきっと避難した人間を追って大移動をしたからではないのかと光は結論づけた。無論、まだ数千単位で半径百キロ圏内にいるだろうが、遭遇率は都市部よりはかなり減るだろう。実際、斎藤が血祭りに上げる死体も数がだんだんと減っているのだ。そろそろ下に降りる時期なのかもしれない。牛の三頭でも狩れれば、冬の間くらいは食料に困る事もないような気がする。
「なるほど、これは一回とっつぁんに話す価値はあるわね・・・。」
「何する気なんですか?また危ない事じゃないですよね?」
一人で物思いに耽っていた光に未来が心配そうな顔を向ける。優と鈴子は空になったカップに残ったお湯とココアの粉を入れて二杯目を作っていたが、不気味な光の様子に目だけ向けて聞き耳を立てていた。
「食料問題が解決するかもしれないわよ。あんた達も久しぶりに美味しいお肉でも食べたいと思わない?」
「肉っ!?」
光の言葉に優が反応する。目を輝かせているので反対ではないらしい。対照的に鈴子が眉を顰めた。
「まさかわんわんおを・・・?」
なるほど、鈴子は会話の流れから光が野犬を狩って食うと思ったらしい。
「わんわんおでもにゃんにゃんおでもないわよ・・・、牛か豚か鶏か、まぁまともな肉よ。」
「また烏じゃないですよね?」
疑わしい視線を未来に向けられ、光は無い無いと手を横に振った。
★
銭形は光の話を黙って聞いた。光の案はこうだ。近辺に少なくなってきた死体の掃討をしたあと、南に広がる田園地帯で野生に戻りつつある牛や豚、羊などを狩るというのだ。今迄、下に降りる事はイコール自殺だったが、なるほどと銭形は唸った。確かに最近は下に群れていた死体がぽつらぽつらと見かける程度に減少している事は自覚していたが、まだ食料に余裕がある内は敢えて危険を犯す必要はないと彼は考えていた。しかし、大所帯になった自分達には常に食料の問題がついて回る。当然だが、最近の食事は特に質素だった事もあり、光の提案は無視できないものだったが、問題は誰かが犠牲にならないとは言い切れない部分だった。安全に死体を駆逐できる方法があるなら、とっくに人類は死体を駆除して元の安全で快適な生活を取り戻しているはずである。問題なのは、死体一体毎の戦闘力や危険性ではなく、それらが群れて掛け算的に厄介な存在になっている点だ。どんな強者も数で押し切られればいつかは死ぬ。それに自分達にはそもそも強力な武力はない。なので今までは斎藤のように近付いてくる死体だけをその都度葬り去る事が重要だった。だが、光は下の死体を一掃できる方法もなく目先の利益だけを優先しているとも思えなかった。これまでの彼女の行動は、常に自分達が生き残る事にベクトルが向いている。なので今回は何かいい案が浮かんだのではないかと銭形は期待した。
「いえ、今の所は打開策なんて無いわよ。大体、まだ例の船さえ行方を掴めてない状況で大量に死体処理なんて自殺行為じゃない?」
「それが分かってて何でそんな提案を・・・?」
「いや、すぐにでも実行したいんだけど、状況を考えたら無理だって分かってるもの。でも、一応そういう方法で食料を調達できるかもしれないって事だけ頭に入れておいて欲しいのよ。勿論、ただの思いつきで終わらせる気はないんだけど、それともまた誰かスワンで先に行って偵察でもしてくる?」
光は無理でしょと言いたげに口元を歪めると銭形を振り返った。銭形は渋い顔を返す。当然、今外に出るのは躊躇われた。下に降りてスワンまで行くだけでも少数だと危険が大きい。今は拳銃もあるが、いくら死体が減っているとは言えまだ住宅地を徘徊する死体は少なくとも百単位ではきかないだろう。分散しているだけであって、一箇所に集まってくれば人の波くらい作れるほどの数はいるに違いない。疎らに見えるからと言って、一体一体を処理しても死体はどんどん集まってくるだろうし、追っつかなくなりジリ貧になるのは目に見えている。
「いいわよ、私も今下に行っても危険は大きい事は理解してるわ。銃も使えないし、使った所でこの近辺さえ全滅させることはできないと思う。闇雲に他の場所を徘徊している奴らまで集めるだけの気がするし、得策とは思えない。」
銭形は意外に冷静に分析していた光に軽い驚きを感じた。この女の事だから、また無茶を言い出すに決まっているとどこかで諦めていたのだ。
「なら姐さん、こっちでも色々必要な物とかリストアップして桜井と相談しとくよ。銃があれば牛くらい狩れると思うから、少なくとも吊り上げて荷台に乗せられるユニック付きのトラックくらいは必要だぞ。それに食肉にするなら処理の仕方も知らないといけないし、保存の効く加工の仕方も勉強しておこう。そっちでも色々考えておいてくれると有り難いが。」
「了解、料理については考えとくわ。そっちは必要な物資の調達とか準備をお願いね。どっちにしてもいつかはやらないといけない事だから。」
そう言って光は腕を組むとさっさとカフェテリアに戻っていった。銭形はその後ろ姿を見ながら、必要になりそうな物を紙に書き出していった。
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「車の調達?しかもトラックだと?お前正気か?」
斎藤は銭形の言葉に耳を疑った。光の提案で食料調達を考えてると言った銭形が続けた言葉を最初は冗談だと思ったのだ。
「ああ、いつ実行するかは分からんが、準備くらいはしといた方がいいと思ってな。いざやると言っても、そう都合よく行く先々に必要なもんがあるわけないだろ?だから肝になりそうなもんは今から探しておいてもいいんじゃねえかと思ってな。」
「ダメだ。もう車なんか動かなくなってるだろ?オイルは腐るしバッテリーも弱る。燃料だってもう蒸発しちゃうんじゃないのか?」
「お前は素人だな・・・。日本車がそう簡単に壊れるわけないだろ。バッテリーは確かに弱くなってるかもしれんが、燃料はまだ入ってるはずだしオーバーホールが必要な程傷んじゃいないはずだ。だが、でかい車は確かにメンテをしっかりやらなきゃいずれ走れなくなる。タイヤなんかもいつまでも達者なわけじゃないからな。野晒しのやつは早いやつだとそろそろやばいとは思う。」
「だろう、それに何でトラックなんか必要なんだ?獲物を捕るにしても、そのへんの四駆とかでどうにかならないのか?」
斎藤はそう言って、駐車場の一角に乗り捨てられたままドアの半開きになった四駆車を指差した。国内で多く出回っている車種で、砂利道や浅い川くらいなら踏破できそうな頑強な足回りに高い車高のやつだ。それを見て銭形は考えるような仕草で顎を捻っていたが、やがて首を横に振った。
「無理だな、やっぱり人力で獲物を車に乗せるのは無理だ。牛はともかく、豚や羊だって相当な重さになる。足を縛って荷台に乗せるには、どうやっても吊り上げられるクレーンが必要だ。それに、解体だって下じゃできないだろう。クレーンなら、割れた二階の窓まで獲物を上げられるはずだ。何にせよ、例の船が確認できないと何も行動を起こせないからいつになるか分からないけどな。」
その銭形の答えに、斎藤は渋い顔を返した。銭形はその顔に苦笑を向ける。確かに自分が途方もなく困難な事を言っているのは理解しているからだ。銭形の言うクレーンが付いている車種は普通車に比べれば出回っている数は遥かに少ない。以前仕事で使っていた高所作業車よりは数があるが、使うのは道路工事や建設などが主で、一般家庭にはまず無いだろう。探すのは建設会社や資材置き場などがメインになるし、現状ではその位置を詳しく網羅された地図は無いし、土地に明るい者もいない。それに、動かせるのは間違いなく自分だけだ。自分が死ぬような事になれば計画自体がポシャってしまう。街中を自動車もしくは徒歩で網羅し、死体の追撃を掻い潜り、尚且つまだ使えるクレーン車を探す。考えただけで嫌になる。
「まぁ、例の賊をどうにかしないと無理だろ?」
斎藤は渋い顔のまま、銭形に言った。銭形はそれに無言で頷く。
「牛や豚なら簡単に仕留められるだろうが、その後がなぁ・・・。さばいて肉にするなんて、素人に出来るもんなのか?」
「それなら問題ないぞ。学生時代に食肉工場でバイトした事があるんだ。しばらく肉は食いたくなくなったけどな。」
「お前さんは本当に万能だな・・・。」
「牛の加工だったんだが、あの吊られた半開きの牛なんか見たらお前らも自分達がいかに非情な事をして肉を口にしていたか考えさせられるぞ。なんせ工場に送られてくる牛の中には涙を流してる奴なんかもいてだな、それを殺して食っちまうんだから人間ってやつぁ・・」
「も、もういいよ。その辺は今言わなくてもいいだろ・・・?」
「そうか?」
「ああ、とにかく食料の確保はいずれ必ず必要になるからな。じっくり策を練ってから取り組もう。」
そう言って、斎藤は熱く語り出しそうになった銭形を残してさっさと退散した。
★
光が銭形に狩を提案してから十日後、遂に賊の船が海上に現れた。思ったより小さな船で、最初は漂流している主を無くした船だと思ったが船上に人影があったために賊だと判明した。船上にいたのはいかにも頭が悪いですと誇示しているような縮れた金髪の若者と、将校のような軍服の男だけだったが、恐らくあれが賊の一味である事は明白だった。光はすぐにモール内の偽装を開始したが、船はそのまま海上を南下して三十分も経たずに消えた。恐らく、賊がここに入り込んだ時に何も収穫が無かった事など報告済みだったのだろう。少し力が抜けたが、斎藤は余計な戦いなど無い方がいいと笑った。そしてそれからたっぷり三日間、再び賊が海上に現れないか監視を行った後に銭形は下へ降りる作戦を実行しようと皆に告げた。
「あんた正気?」
銭形の意見にホールに集められた人間はすでに話を知っていた光や斎藤以外はポカンと口を開けてしばらく喋れなかったが、優がそう言ってこめかみを押さえた。どうやら銭形の頭がおかしくなったと勘違いしたらしい。それを口火に皆も顔を見合わせながらボソボソと隣同士で話し合う。
「俺は正気だぞ。実は発案は姐さんだが、俺は賛成だ。」
銭形はまだ半信半疑な皆の反応に少したじろぎながらもそう続けた。その言葉に、皆の口から「やっぱりね。」などと溜息と共に言葉が漏れる。大体、こういう無茶な事を言い出すのはいつもいつも光だ。現実主義者の斎藤や若干腰の引けている真澄からはまず出ない提案だろう。
「何よ・・・?」
鈴子から軽く睨まれて光が口をへの字にしながらそう言った。銭形もその鈴子以下、乙女たちが一様に拒絶の反応をしているのを見てうんざりした表情を浮かばせる。
「下に降りるのは可能かもしれないけどさ、あんた達もうあの連中の恐さを忘れちゃったの?目が見えないのに音と匂いで私達を追跡するような連中よ。いくらここの食料がそのうち底を突くと分かっていても、はいそうですかって下に降りても私達が食料になっちゃうじゃない?」
「そうかもね。」
鈴子の言葉に光が冷静な言葉を返す。
「でもね、下の連中も日に日に数が減っていると思わない?」
「そう言えばそうですよね。前は群がっていたけど、最近は駐車場を疎らに歩いている程度だし、この辺の死体はだいぶ数が減っていると思います。」
光の言葉に未来がそう返した。その言葉に飛鳥も目を瞑って頷く。彼女らも最近の環境の変化には気付いていたのだろう。勝気な他の二人もそう言われて黙ってしまった。
「これは斎藤君のおかげとも言えるし、その他の要因が関係しているとも思うの。これはあくまでも私の推測なんだけど・・・。」
光はそう言って皆を一度見回して口を開いた。
「死体は、都市部を目指して移動しているんじゃないかしら?この辺にいるのは私達の匂いや生活を感じて残っているだけで、粗方はもう都市部に移動したんじゃないかと思うのよ。例の盗賊もそうだけど、皆食料や物資を求めて大都市を目指しているわ。私の考え方だと、少数でいる間は都市部から逃げるのが得策だと思うけど、集団で武器も持った人間は一様に物資の溢れている人口密集地を目指すはずよ。じゃないと大所帯ではいつまでも生活できないし、何より人間は快適な生活を忘れられないと思うのよ。都市部に行けば何か見つかるかもしれない、今よりは楽な生活ができるかもしれない。そう考えるのが自然じゃない?私達は運よくこのモールで難を逃れているけど、安全な檻も無しで常に死体の恐怖に追われている人達もかなりいるはず。どこかの避難所で生活していた連中も生き残った自衛隊や警官と一緒に都市部を目指し始めていてもおかしくないでしょ?餌が豊富にある方に皆が移動するのは自然な事よ。」
「その根拠は?」
「無いわ。最初に言ったでしょ?全部私の推測だって。」
「妄想よっ!」
そう言って鈴子はそれ以上は話す必要などないと言う様に優と未来の手を取るとスタスタと歩いていった。飛鳥は銭形の傍で何かヒソヒソと話している。斎藤もほらなと言いたげな顔で光に眉を顰めて見せた。
何だか色々と更新のやり方も変わっていて戸惑いました。
年末は連休になりますが、実家に帰ったりであまり休めません。次はできるだけ早い更新にしたいですね^^;




