着実な一歩
俺はスケルトンがガシャガシャと音を立てて去っていくのを見送ってから、ゴブリンの死体に近づく。
日本でこれ程大きな生物の死体を見ることはなかったため、近づきたくはなかったが、今は情報が足りなさすぎる。
何かこの死体から分かることがないか、確かめてみる必要があるだろう。
「これ、本当に死んでるよな?急に動き出すとかやめてくれよ」
どうやらダンジョン物でよく見るような、死体がチリのようになってどこかに消えるといった現象は起きないみたいだ。
足と腕の周りの筋肉が他の部位に比べ発達していて、それがこの生物の体の合理性を示しているように感じ、嫌悪感を抱く。
やはりこの世界は、思っているより甘くなさそうだ。
俺はゴブリンの死体を一通り観察し終え、洞窟の奥へと進む。
そういえば、俺の骨はどうしてこんなに脆いのだろうか?
先程のスケルトンは、俺とは違いかなりの手練だったし、骨の強度だって桁違いだ。
俺の骨は風化しているのだろうか、あるいは骨を構成する栄養素が不足しているのだろうか?
そこまで考えて、俺は考えるのをやめる。
どっちにしたって、今のところ解決方法はない。
そんな事よりも、魔物の彷徨く薄暗い洞窟から抜ける方が先決だろう。
俺はスケルトンが歩いていった方向とは逆の方向へ歩みを進める。
どちらが出口かは分からないが、仲間か分からない、あのスケルトンのいない方に進んだ方が安全だ。
洞窟特有のジメッとした空気に、俺は緊張しながら進んでいく。
そうして少し進むと、奥に丸い影が動くのを捉える。
恐る恐る視認出来る距離まで近づくと、それは水色の楕円であることが分かる。
緩やかにではあるが、体を引きずりながら動いていて、その中心には黒い石の様なものが浮いている。
スライムだ。
俺の前世の記憶から名前を付けるなら、これ程適した名前はないだろう。
某ゲームの様に、体表に口や目などは見られないが、水色の楕円で核のような物まであると来たら、スライムと名付ける他ない。
前世の一般的な認識で言えば、スライムは言わば序盤の敵、最弱の魔物だ。
しかし、既にゴブリンで痛い目を見ている俺には、緊張が走る。
出来るだけ刺激しないように、慎重に対処する必要がある。
そうして俺は、スライムとの間合いを測り、徐々に距離を縮めていく。
距離を縮め始めて数時間は経っただろうか、俺とスライムの距離はもう一メートルもないところまで近づいていた。
未だにスライムの様子は変わらず、ズリズリとその身体を引きづり続けている。
意を決して、俺はスライムの表面を指でつつく。
しかし、スライムの様子は変わらない。
触った指の骨が溶けたといったこともないようだ。
一気に気が抜けた俺は、ゆっくりとその場に座り込む。
恐らくこのスライムに危険性はないのだろう。
そう判断した俺は、今までの時間を振り返り、記憶から消す。
「はぁ、悪いスライムじゃなくて良かったな…」
横のスライムを見ながら、俺はそう呟いた。
スライム一匹にここまで神経をすり減らすとは、転生する前は考えもしなかった。
俺は暫定不死身だが、それもいつまで続くか、どのような条件があるか、今の俺には皆目見当もつかない。
出来る限り、不用意な死は避けるべきだろう。
色々と考えながら、スライムの体を見る。
水色がかったその体の中には、中央の核のようなもの以外に不純物は見られない。
こいつは何を動力として動いているのだろうか。
思えば、スケルトンとゴブリンの攻防も、両者とも捕食が目的のようには見えなかった。
拡大解釈の可能性もあるが、洞窟内の生物は動力を必要としない、または、魔力といった不可視のエネルギーをどこからか供給して生きている可能性がある。
今の俺に出来ることは少ないが、まずはここがどういった仕組みで動く世界なのかは、知ることは出来そうだ。
そう考えていると、今まで燻っていたやる気がふつふつと湧いてくるのを感じる。
「よし、行くか」
そうして俺は、洞窟の外を目指すべく、歩みを進めるのであった。




