第9話 「スイス・ルツェルン」
二人、別々の船室なのに何故か一緒の部屋で朝食を食べてる…ことが多い…
仲がいいと思うのだが……
本人たちは、
絶対に認めない。
———
今日は寄港地。
スイス・ルツェルン。
船内放送が静かに流れる。
「まもなく港へ入港いたします」
船内が少しずつ賑やかになっていく。
駿と蓮はコーヒーを飲み終えると、
デッキへ向かった。
澄みきった朝の空気。
湖の向こうには、
まだ雪を抱いた山々。
朝日に照らされた街並みは、
まるで絵本の一ページのようだった。
船はゆっくりと速度を落としていく。
やがて岸壁が近づき、
ロープが渡される。
スタッフたちが手際よく動き始める。
しばらくして下船が始まった。
乗客たちが次々と船を降りていく。
その中に、
駿と蓮の姿もあった。
駿は大きく息を吸う。
「空気が違うな」
蓮も静かに頷く。
「あぁ」
きらきらと光る水面
パステルカラーの建物が出迎えてくれる。
曲りくねった石畳。
幾つもの手描きの壁画。
駿が壁画へ目を向けながら
「飽きねぇーな」
蓮の返事がないので振り向くと
蓮は一枚の壁画に足を止めていた。
駿は暫く蓮が来るのを待っていた。
駿が待っているのに気づいた蓮は
駿の方へ歩いて行く。
そして
蓮はふっと笑いながら
「なかなか、見応えあるな」
駿も少し笑いながら
「そうだな」
二人は再び歩き始める。
石畳を抜けると、
一本の木橋が見えてきた。
橋いっぱいに咲く色とりどりの花。
屋根のある古い橋。
駿
「これか」
蓮
「有名な橋らしいな」
二人はゆっくりと橋を渡る。
木の床が、
歩くたびに小さく音を立てる。
橋の隙間から見える湖は、
どこまでも澄んでいた。
風が吹く。
花が揺れる。
誰も急いでいない。
その時間さえ、
心地よく感じられた。
橋を渡り切ると、
目の前に湖畔が広がる。
湖は空を映し、
遠くには雪をいただく山々。
駿
「……綺麗だな」
蓮
「あぁ」
ただそれだけで、
十分だった。
橋を渡り終えると
風に乗って、
甘い香りが漂ってくる。
駿
「ん?」
蓮
「チョコか」
小さなショコラトリーが目に入る。
ショーウィンドウには、
手作りのチョコレート。
トリュフ。
ナッツ入り。
オレンジピール。
板チョコ。
ホットチョコレート。
駿
「入るか」
蓮
「だな」
職人
「いらっしゃいませ」
「試食をどうぞ」
一粒ずつ、
手作りのチョコレートを差し出す。
二人は口へ運ぶ。
「……。」
思わず顔を見合わせる。
駿
「うまい」
蓮
「あぁ」
さっきまで静かな景色を眺めていた二人が、
今度は少しだけ少年のような目で
ショーケースを覗き込む。
色とりどりのトリュフ。
ナッツを散りばめた板チョコ。
宝石のように並ぶプラリネ。
駿
「全部うまそうだな」
蓮
「迷うな」
職人はその様子を見て、
優しく微笑んだ。
「よろしければ奥のお席でお召し上がりください。」
窓際の席からは、
ルツェルンの街並みが見渡せる。
二人は
トリュフにビターチョコなど幾つか頼み
奥の窓際の席へ
職人
「温かいホットチョコレートと、
冷たいアイスチョコレートがあります」
駿
「暑いし、アイス」
蓮
「俺も」
数分後。
運ばれてきたグラスを見て、
二人とも
「……。」
グラスいっぱいのチョコレート。
その上には
こんもり生クリーム。
さらに削ったチョコレート
駿
「これ……飲み物か?」
蓮
「デザートじゃねぇか」
でも、二人の目は少年の輝き。
駿
「いただきます」
スプーンで生クリームをすくう。
一口。
「……。」
目を少し見開く。
「うまっ!」
蓮もアイスチョコレートを一口。
「濃いな」
「でも甘すぎねぇ」
駿
「これなら何杯でも飲める」
蓮
「それは無理だ」
二人は笑う。
窓の外には、
きらきらと光るルツェルン湖。
遠くには雪を抱いた山々。
時折、白鳥が静かに水面を滑っていく。
店の中には、
チョコレートの甘い香り。
窓からは涼しい風。
駿
「ここ……いいな」
蓮
「あぁ」
その一言だけで、
二人はまたチョコレートへと手を伸ばした。
二人は最後の一口まで味わう。
駿
「ごちそうさまでした」
蓮
「あぁ」
立ち上がり、
レジへ向かう。
駿はショーケースの前で足を止めた。
「……。」
職人
「お気に召しましたか?」
駿
「うまかった」
少し考えて、
「これと……」
「これも」
「…あと……これ」
次々とチョコレートを選んでいく。
蓮
「まだ買うのか?」
駿
「船でも食いたい。」
蓮は思わず笑う。
「気に入ったんだな」
駿
「まぁな」
職人は丁寧に箱へ詰めながら微笑んだ。
「ありがとうございます」
「どうぞ、スイスの思い出に」
駿は箱を大事そうに受け取る。
「また来たいな」
職人
「いつでもお待ちしております」
二人は店を後にした。
⸻
店を出ると、
涼しい風が頬を撫でた。
目の前には、
ルツェルン湖。
陽の光を受けて、
水面はきらきらと輝いている。
白鳥がゆっくりと泳ぎ、
その波紋が静かに広がっていく。
遠くには、
アルプスの山々。
駿は思わず深呼吸をした。
「気持ちいいな」
蓮も湖を見つめる。
「あぁ」
二人は湖畔へ向かって、
ゆっくりと歩き出した。
街のすぐ横には大きな湖が広がっている。
山も、街も、空も。
すべてが鏡のような水面に映っていた。
駿
「すげぇーな」
蓮は何も言わず、
静かに湖を見つめている。
その時——
風に乗って、
ヴァイオリンの音が届いた。
蓮
「……。」
駿も足を止める。
音のする方を見ると、
湖畔に立つ一人の少年。
まるで湖に聴かせるように、
ゆっくりと弓を動かしていた。
しばらく、
二人は何も言わない。
ただ音に耳を澄ませる。
そして蓮が、小さく呟いた。
「……上手いな」
少年は最後まで弾き切る。
静かになる。
駿と蓮、
二人だけが拍手をする。
少年は少し驚いて振り向く。
駿
「いい音だった」
少年
「ありがとうございます」
蓮
「……上手かった。」
少年は嬉しそうに笑う。
駿
「いい先生に習ってるんだな」
少年
「ここで弾いていると、不思議と緊張しないんです」
「湖が聴いてくれてる気がして」
駿
「将来もヴァイオリンを?」
少年は迷わず頷く。
「はい」
「世界中で演奏する人になりたいです」
「いろんな国へ行って」
「いろんな景色を見ながら」
「その場所でしか鳴らない音を弾いてみたいんです」
蓮は少し笑って言う。
「きっとなれる」
駿も静かに頷く。
「あぁ」
少年
「ありがとうございます!」
二人は少年に軽く手を振って別れた。
駿
「いい出会いだったな」
蓮
「あぁ、そうだな」
しばらく歩くと
湖畔のテラス席が見えてくる。
白いパラソル。
風が心地よく吹き抜ける。
湖では白鳥がゆっくり泳いでいる。
遠くにはアルプス。
駿
「ここにするか」
蓮
「そうだな」
スタッフ
「いらっしゃいませ」
二人はテラス席へ
テーブルにつくとスタッフが
「本日はルツェルン湖で獲れた白身魚がおすすめです」
駿
「じゃあそれ」
蓮
「俺も」
駿
「それからチーズ入りロシュティも」
スタッフ
「かしこまりました」
そして運ばれてくる。
香ばしく焼かれた白身魚。
レモン。
ハーブ。
ロシュティ。
季節の野菜。
焼きたてパン
白ワイン
二人グラスを掲げて
「乾杯」
小さくグラスが鳴る。
駿
「……うまい」
蓮
「あぁ」
焼きたてのパンをちぎり、
白身魚を口へ運ぶ。
レモンの香りがふわりと広がる。
湖から吹く風は心地よく、
白いパラソルを優しく揺らしていた。
遠くでは白鳥が静かに湖面を滑っていく。
アルプスの山々は変わらず湖を見守り、
ゆっくりと時間だけが流れていた。
二人は言葉少なに食事を楽しむ。
それだけで十分だった。
———
数時間後。
二人は船室へ戻ってきた。
駿はテーブルの上に、
ルツェルンで買ったチョコレートを置く。
ブランデーをグラスへ注ぐ。
蓮も向かいに腰を下ろした。
駿
「スイス、良かったな」
蓮
「空気も良かった」
駿は箱を開け、
一粒のチョコレートを口へ運ぶ。
ブランデーをひと口。
目を閉じる。
「……やっぱりうまい」
蓮も同じようにチョコレートを口に入れ、
静かにブランデーを飲む。
「……やっぱりうまい」
二人は同時に顔を上げた。
「……。」
「……。」
思わず笑う。
窓の外では、
静かな夜の海が広がっていた。
スイスはもう遠ざかっていた。
けれど、
あの湖の風も、
少年のヴァイオリンも、
チョコレートの甘い香りも、
まだ二人の中には残っていた。
第9話 スイス ルツェルン 完。
お読みいただきありがとうございます。
次回、最終話「船上の音楽祭」です。
お楽しみに。




