最終話 「船上の音楽祭」
ルツェルンを離れたクルーズ船は、
ゆっくりと波を掻き分けながら
進んでいた。
プールからは子どもたちの歓声。
デッキチェアでは、
陽射しを浴びながら
思い思いの時間を過ごす乗客たち。
潮風が心地よく吹き抜ける午後。
そして——
駿と蓮は、
デッキスペースのカフェで
コーヒーを片手に
のんびりと過ごしていた。
その時。
船内放送が流れる。
「本日20時より、メインラウンジにて**『船内音楽祭』**を開催いたします」
「プロ・アマ問わず、どなたでもご参加いただけます」
「歌、楽器、演奏、合唱、民族音楽など、世界中の音楽をお楽しみください」
二人、アイスコーヒーを一口飲む。
駿
「面白そうだな」
蓮
「聴きに行くか」
駿はテーブルに置いていたスマホで
時間を見る。
駿
「まだ時間あるな、船内でも歩くか」
蓮、笑いながら
「お前…訳のわかんねぇーもん見つけんなよ」
駿、笑う
「さぁな」
二人は船内に戻ると
ショッピングエリアを見て回る。
楽しげに何か見つけては二人で笑い合う。
そして
駿の足が止まる。
目線の先にはゲームセンター。
蓮
「あれ⁈」
駿がちょっと笑う。
「お前も分かったか?」
顔を見合わせたあと
二人がゲームセンターのとある場所へと歩いていく。
まぁるい筒状。
中には沢山のちびキャラのぬいぐるみ。
UFOキャッチャーに入っているのは
トラベリング・オーケストラの
ちびキャラのぬいぐるみ。
駿と蓮が笑う。
指揮棒を持つ仁。
ヴァイオリンを肩に乗せてる和馬。
チェロを抱えてる圭一。
トランペットを吹いてる浩平。
フルートを吹き目を閉じているゆり子。
ピアニカを持っているいずみ。
そして亮太にワーゲンバス。
もちろん
駿と蓮のちびキャラのぬいぐるみも。
駿
「みんなそっくりだな」
蓮
「これ全部取ってあいつらに送ったら喜びそうだな」
駿
「お!いいなそれ!」
「じゃあ!やってみるか!」
駿
「亮太、邪魔だな」
蓮、笑いながら
「亮太なんか多いよな」
駿
「よし……」
ウィーン……
アームが亮太をつかむ。
ポロッ。
落ちる。
駿
「あ」
蓮
「また亮太だ」
再び
ウィーン……
ゴロン。
駿
「おっ!亮太ゲット!」
再び
ウィーン……
アームが仁をつかむ。
ポロッ。
落ちる。
蓮
「指揮棒以外と邪魔だな」
駿
「難しいなぁ」
和馬は……
ヴァイオリンが引っ掛かって
惜しい!!
駿
「あぁーーー!!」
そして
やっと取れたのが
ワーゲンバス。
駿
「おっ!」
蓮
「おっ!あと八個だな」
駿、笑う。
「先はなげぇーな」
二人は時間を忘れて夢中で
UFOキャッチャーと格闘している。
蓮が、ふとスマホで時間を見る。
「そろそろだな」
駿
「一旦船室に戻るか」
蓮
「そうだな」
手にはちびキャラのぬいぐるみたちを
持って二人は船室へと歩いていく。
二人は船室に戻るとトラオケのちびキャラのぬいぐるみを並べてみる。
しばらく沈黙の後、笑う。
そして
蓮
「じゃあまた後で」
駿の船室を出る前にもう一度ちびキャラのぬいぐるみを見る。
ワーゲンバスを手に
そのまま船室を出て行った。
駿
「あっ!お前!」
ドアが閉まる。
「……。」
駿は思わず笑う。
亮太のちびキャラのぬいぐるみを指でツンっと弾いた。
———
船内放送が流れる。
「只今よりメインラウンジにて**『船内音楽祭』**を開催いたします」
駿と蓮が船室から出て来る。
駿
「行くか」
蓮
「あぁ」
二人はメインラウンジへと歩き出す。
メインラウンジに近づくにつれ、
ピアノの音色が聞こえてくる。
二人はラウンジへ入った。
そこには世界中の乗客たち。
椅子に腰掛け静かに聴く人。
グラスを片手に立ったまま楽しむ人。
それぞれが
思い思いの時間を過ごしていた。
駿
「自由なんだな」
蓮
「あぁ」
二人も後ろの方へ立ち、
静かに演奏へ耳を傾けた。
ピアノの最後の一音がラウンジに響く。
やがて大きな拍手が起こった。
司会者
「ありがとうございました」
「次に演奏される方はいらっしゃいますか?」
乗客たちの中から
一人の男性が手を挙げる。
司会者
「どうぞこちらへ。」
男性は見慣れない民族楽器を手に
舞台へ上がる。
軽快なリズムが流れ始めると、
客席では自然と手拍子が起こった。
蓮
「新鮮な感じだな」
駿
「あぁ」
「世界中の音が集まってる」
司会者
「ありがとうございました」
「次に演奏される方はいらっしゃいますか?」
おじさんが
サックスを持って舞台に上がる。
ノリのいい演奏に
自然と足でリズムを取る乗客もいる。
駿
「かっこいいな」
蓮
「心掴むの上手いな」
サックスの最後の音がラウンジを揺らす。
乗客からの大きな拍手が湧き起こる。
司会者
「ありがとうございました」
「次に演奏される方はいらっしゃいますか?」
ギターを持った男性と女性が立ち上がる。
二人が並んで舞台へ向かう姿に、
客席から自然と温かな拍手が送られた。
ギターを持った男性と女性が舞台に上がる。
女性が歌う。
時々
二人で目を合わせながらの演奏。
終わると大きな拍手。
蓮
「夫婦かな」
駿
「長く一緒にやってるんだろうな」
司会者
「ありがとうございました」
「次に演奏される方はいらっしゃいますか?」
シーン……
スタッフが困る。
その時。
司会者
「船内には楽器をご用意しております」
「ヴァイオリン、チェロ、ギター、ピアノなど、ご自由にお使いください。」
再び
シーン……
「どなたか演奏される方いらっしゃいませんか?」
駿が蓮を見る。
蓮も駿を見る。
「……。」
二人が前へと歩いていく。
気づいたスタッフ
「こちらへどうぞ」
「楽器の方はどれになさいますか?」
駿と蓮
同時に
「ヴァイオリン」
ヴァイオリンが用意される。
スタッフが二挺のヴァイオリンケースを静かに差し出す。
駿と蓮は、
互いに顔を見合わせ、小さく頷いた。
二人
ヴァイオリンケースを開ける。
駿
「……。」
蓮
「……。」
二人ともケースの中のヴァイオリンを
ゆっくりと取り出す。
言葉はない。
駿、ヴァイオリンを肩に乗せ目を閉じる。
蓮、ヴァイオリンを肩に乗せ弓を置く。
蓮、ふと視線を乗客の方へ向ける。
期待の眼差し。
息を呑む音。
この場所で、
今この瞬間にしか生まれない音。
駿が目を開け蓮を見る。
蓮も駿を見る。
今までなら、
言葉も視線もいらなかった。
背中合わせで、
互いの呼吸だけを
感じながら音を重ねてきた。
けれど今日は違う。
蓮の口元がほんの少しだけ緩んだ。
駿も小さく笑う。
そして
一音目。
――蓮が弓を動かした。
柔らかな音色が、
静かにラウンジへ溶けていく。
その音は、
どこまでも青かった。
強い陽射し。
白い壁が並ぶ港町。
ギリシャ・ミコノス島。
石畳を歩きながら見上げた青空。
教会のステンドグラスに差し込む光。
潮風。
旅の始まりの匂い。
一つひとつが、
音の中で静かによみがえる。
駿がその音へ寄り添う。
二人の旋律は重なり、
ゆっくりと景色を変えていく。
橋の向こうに広がる静かな村。
ノルウェー・ロフォーテン諸島。
鏡のような海。
空まで映した透明な水面。
あの時、
蓮がぽつりと漏らした言葉。
「同じようで違うんだな」
駿は海を眺めたまま答えた。
「……音も同じかもしれないな」
あの会話さえ、
今では一つの旋律になっていた。
音はさらに旅を続ける。
イタリア・ベネチア。
広場に響くヴァイオリン。
アコーディオン。
笑い声。
職人が優しく笑って言った。
「楽器は飾るもんじゃない」
「音を出してやってくれ」
そして——
「好きだから弾いてる顔だ」
その言葉に、
二人は少し照れ笑いした。
あの日の空気まで、
音が運んでくる。
やがて旋律は静かに湖畔へ辿り着く。
スイス・ルツェルン。
湖に向かって、
ただ一人ヴァイオリンを弾いていた少年。
風も。
湖も。
山も。
すべてがその音を聴いていた。
「その場所でしか鳴らない音を弾いてみたいんです。」
少年のまっすぐな瞳。
駿は「いい音だった」と言い、
蓮は「……上手かった」とだけ言った。
短い言葉だった。
けれど、
あの出会いは二人の心に確かに残っていた。
その少年へ届くように。
ベネチアの職人へ届くように。
ロフォーテンの静かな海へ届くように。
ミコノスの青空へ届くように。
二人は音を重ねていく。
今、奏でているのは、
ただ美しいだけの音ではない。
旅で出会った景色。
旅で出会った人たち。
笑った時間。
立ち止まった時間。
すべてを優しく包み込む音だった。
かつての二人の演奏は、
鋭く、激しく、
聴く者の心を揺さぶる音だった。
だが今、ラウンジに響く音は違う。
深く。
温かく。
どこまでも柔らかい。
寄港地で出会った人たちが、
二人の音を少しずつ変えていた。
誰かと競うためでも。
誰かを驚かせるためでもない。
ただ、
この船で出会った人たちへ。
今日という一日に
ありがとうを伝えるように。
二人の音は、
静かに、どこまでも優しく流れ続けていた。
――船上の駿と蓮 終。
最終話「船上の音楽祭」お読みいただきありがとうございます。
二人と一緒に旅を楽しんでいただけましたでしょうか?
最後までお付き合いありがとうございました。




