手記:その後の色々
次この手記を開くのはきっと中央を去る時になると思います、なんて書きましたがまたその予測が外れてしまいましたし、前回この手記を書いた時から一年以上の年月が流れてしまいました。
なんでこうなってしまったんでしょうね、色々あったからとしか言いようがありません。
色々あったんです、本当にもう、色々と。
どこから書くべきでしょうか。
時系列順が妥当でしょうか、ではそうしましょうか。
あの後、ジェーン・ドゥは記憶喪失を治す手段を探すため、中央に向かっていました。
あの北地方アンチのモノクロさんに道中で遭遇するかもと思っていたのですが、中央の政府塔が見えるところまで着いても彼の姿は見えませんでした。
そんな偶然が続くわけがないと思いつつ、続くかもなと思っていたジェーン・ドゥは、その時何やら途轍もなく嫌な気配を感じとりました。
南地方で遭遇した穢れ鳥、それに酷似した、そしてそれよりも悍ましい、そんな感じの。
ジェーン・ドゥが恐る恐る様子を伺うと、そこには穢れた何かと、それに対峙するいのりさん、アビントン姉妹、風華様、それと『曙光』の方々とモノクロさんがいました。
穢れた何かは皆さんから袋叩き状態なのにピンピンしていました。
あまりにも異常な事態でした、穢れを打ち消す『英雄』の力を持ついのりさんの攻撃すら、その穢れた何かにはあまりきいている様子がなかったので。
彼ら彼女らが束になってもどうにもならない存在を、ジェーン・ドゥがどうにかできるわけありません。
けれどもこのまま逃げ去るのは駄目だと思ったので、ちょっとした支援を。
穢れた何かに安全圏内な遠方チクチクネチネチと嫌がらせをして、いのりさん達の手助けを。
なんて思って穢れたそれに向かって仕込みありで天雷をぶち込んでみたものの、悲しいほどに無傷。
しかも安全圏内だと思っていたのに一瞬で距離詰められて瞬殺されかけました。
足手纏いでしかなかったのでしょうね、あの時のジェーン・ドゥ。
だからといってあそこで逃げるという選択は取れなかったでしょう。
もっと遠くから狙うべきだったか、いっそ一旦その場を離れてどこかに救援要請をしに行くべきだったか。
ここ一年ちょっとで何度も何度も考えましたが、結局答えは出ません。
瞬殺されかけたジェーン・ドゥでしたが、モノクロさんが庇ってくれたのでどうにか無傷で済みました。
なんで出てきたんですかって、怒られましたっけ。
それで、当時理由はさっぱりだったのですが、穢れたそれ、よく見るとモノクロさんにそっくりな、モノクロさんの色をそのまま綺麗に反転させたような見た目のそれは、私に何故か執着を見せました。
我が愛だのなんだの言ってましたっけ、あの時は本当に意味が分かりませんでしたよ。
しかもモノクロさん曰く、その穢れた何かが私を捕まえたら服引っぺがした上で氷漬けにするだろうって。
本当に意味不明でしたよ、なんなら全部の事情を聞かされた今の私ですら意味がわかりません、なんなんでしょうかね。
しかもその後穢れた何かは巨大な蛇の姿に大変身、自分で書いてて何を書いているんだと思いますが、事実なので仕方がありません。
その後はその場にいた全員で穢れた何かに向かって攻撃を。
けど、多少効いていたのはいのりさんとそれからモノクロさんの攻撃だけ、あとは全然効いていなそうで。
私も天雷やら劈雷の舞込みの閃雷をぶち込んでみましたが、傷は与えられず。
穢れ云々もでしたが、その穢れた何かはとにかく頑丈だったのです。
後ほどその正体を知ってその頑丈さ、防御力の高さに納得しましたが、そんなこと知ったこっちゃない当時のジェーン・ドゥはただひたすらに攻撃を続けていました。
穢れたそれはジェーン・ドゥを綺麗な状態で確保したかったのでしょう、ジェーン・ドゥにだけは絶対に攻撃してきませんでした。
他の方達は傷だらけなのに、ジェーン・ドゥだけは無傷でした。
だからジェーン・ドゥがいっそ自分が囮となってあの穢れた何かを惹きつけて、その間に他の方々に体制を整えてもらうしかないのでは、と思っていたそんな時でした。
膝をついた風華様に穢れたそれの凶刃が迫ったのは。
咄嗟に彼女の前に出ました、直前に舞っていたのでその効果でそこまでは間に合いましたが、その先は無理でした。
まともに受けたらかろうじて生きるか死ぬかの氷の刃、けれども治癒魔法が使える人神様が倒れるくらいだったら、足手纏いのジェーン・ドゥが倒れた方が数百倍マシでした。
だからそれでいいと思ったのです。
けれども結局、またモノクロさんに庇われて。
ジェーン・ドゥを庇ったモノクロさんの腕からは、真っ赤な血が、とてもたくさんの血が。
同じようなものを見たことがある気がしました。
というか、全く同じものを見た覚えが、同じように庇われたことが、確かにありました。
その瞬間、ジェーン・ドゥは、私は思い出したのです。
過去の全てを、私がジェーン・ドゥになる前の全てを。
本当の名はここには記しません。彼女と、あの『英雄』と同じ名だったなんて、口にするどころか書くことすら烏滸がましい。
それに、その名は故郷を離れたその時に捨てた名でした。
だからそのあと使っていた偽りの名だけを。
ジェーン・ドゥは、私は元々カナエという名を名乗っていました。
由来は特にありません、かなり適当につけた、愛着も何もない名前です。
いつから書きましょうか、ひとまず最初からざっくりと。
私は元々、北地方の、北地方の中でも特にど田舎な村に生まれました。
家族は両親と姉、それから妹。
生活は基本的に苦しくて、いつもいつも寒くてひもじくて、両親含む大人達はみんな私に、子供達に優しくなくて。
特に男、あの村の男は本当に酷い人が多くて。
人を、女子供をとても簡単に殴るのです、思い通りにならないからと殴って蹴って、泣かせてそれで嗤うのです。
男に虐げられた大人の女は、傷付けられた憂さ晴らしでもするかのように自分よりも弱い存在である子供に手を上げました。
だからいつも痛くて、寒くて。
けれども、姉だけは、私の姉だけはそうではなかったのです。
自分だって痛いくせに私達妹を庇って、優しくして。
姉はいつだって傷だらけでしたが、それでもとても綺麗で、すごく優しくて。
だからでしょうか、そんな理不尽があってたまるかと思いますが、きっとそうだったからでもあったのでしょう。
両親に騙される形で、姉は父の親戚の下衆どもに。
私は、助けられなかった。
動けなかった、怖くて、あまりにも悍ましくて、何もできなかったのです。
あんなに綺麗だった姉さんは、翌朝には無惨に壊された人形のように。
殺す気はなかったといっていました。
孕むまで、孕んだ後も遊ぶ気だったから、って。
けれども、姉は死にました。
その後日、事情をよくわかっていない、ただ姉が死んだとそれだけは理解できていた妹が不出来な私に向かってこう泣き叫びました。
お姉ちゃんじゃなくてお前が死ねばよかったのに、と。
私は、私はきっとあのままあそこに残っていたら、姉と同じか姉以上の悲惨な目にあっていたのだと思います。
そしてそれは妹も同じこと。
私が生きていれば、私がそこにいれば、その間だけは妹を守ることができたのかもしれません。
けれども無理でした。
不出来な私には無理でした。
全てが無理になりました。
だから、妹にそう泣き叫ばれた私はすぐに、妹を、まだ幼かった妹を見捨てて故郷を飛び出したのです。
あてなんて一つもありませんでしたが、もうあそこにいたくなかったのです。
必要以上の苦痛を与えられる日常と、死んだ方がまだ楽だと思うような目に遭わされることが普通みたいな、あの地に。
無我夢中で飛び出した私は当然のように遭難しました。
けれども運良く商人の人達に助けてもらって、生き延びました。
親切な商人さん達は、どうしても故郷には戻りたくない、こんなところから出ていきたいと言った私を中央まで連れて行ってくれました。
対価は支払いましたが安いものです、あの程度で、と今でも思います。
中央についたあとは商人さん達と別れて、働き口を探すためにギルドへ。
そこで私に火属性魔法と雷属性魔法の適性があるとわかったので、私は悩むことなく火属性の魔法使いになりました。
雷の方が珍しくて使い手が少ないから引く手数多だと言われたのですが、故郷の、あの寒いだけの故郷を忘れるために、冷たいの正反対である熱いの象徴である火を私は選びました。
今思うととんとん拍子で、当時の私からすると多少時間をかけて、私はそこそこの火属性魔法の使い手になりました。
生活のためにいろんな仕事を受けました、たいていは魔物退治の仕事。
対象となる魔物をとにかく燃やして燃やして燃やしまくって、対象になっていない魔物もたまに燃やし尽くして。
いつの間にか灰かぶり、だなんてあだ名がついていました。燃やした魔物の灰を被っていつも薄汚れていたので、そんなあだ名が。
貧乏生活ではありましたが、当たり前のように自分を、子供を女を虐げる存在がいない生活というだけで故郷のそれに比べれば天国みたいなもの。
あのまま何事もなく生きていられれば、私は多分中堅くらいの魔法使いとしてそこそこ普通に、一人で面白おかしく生きていけたのだと思います。
けれども、そうはなりませんでした。
受けてしまったのです、金に釣られて怪しげなお仕事を。
そのせいで私は『禍時』という悪の組織に囲い込まれ、いいなり状態のパシリに。
具体的にいうと強制的に『禍時』の幹部、ヒサメという少年の付き人にされてしまったのです。
付き人と書いてパシリと読むような、そんな感じの扱いをされていました。
ヒサメさんは何故か私のことを気に入ったといっていました、あなたの火がいつかワタシの計画の役に立つかも、とそう言って。
『禍時』は世間一般的に極悪非道の悪の組織でした。
実は色々とその悪業にも事情というものが、一応彼らなりの正義はあったらしいのですが、パシリの私にはそんな話は関係ありません。
パシリだったのでそういう細かい話は聞かされていませんでした。
そのあたりのことを今ここに書くべきか後に回すべきか。
迷いどころですが後に回してしまいましょう、当時の私が知らない話なので。
そんなわけで突然始まってしなった悪の組織『禍時』でのパシリ生活。
何度か逃げようとはしましたが、無理でした。
だから、私は諦めて悪の組織の一員として悪業を。
今思うともっと本気で逃げるか、それでもどうしようもないというのなら命を断つべきでした。
なんの信念もなく、なんの意味もなく、ただ言われた通りに悪事を働く薄っぺらい悪党、それが私の本質だったのでしょう。
だから、私は言われるがままに。
そんなことを続けていたある日、うっかり死にかけた私を庇ったヒサメさんが大怪我を負いました。
彼にはそんなことをする必要も理由もなかったでしょうに、私なんてただのパシリで、使い捨ての駒扱いしてもいい、しょうもない奴だったのに。
けれども、彼は私を庇いました、そのせいでたくさんの血をぼたぼたと。
そういうことがあったから、私はあの時彼を庇ったのです。
その時の借りを返す、ただそれだけのために。
私は『禍時』のパシリだったので彼らの詳しい事情やその目的のことをよく知っているわけではありませんでした。
だからその日も言われるがままにパシリを、ヒサメさんの付き人として付き添いを。
そうして調査に向かった遺跡で私達は、悪の組織を追う正義の味方に遭遇してしまったのです。
その正義の味方、いのりさんと私達は戦う羽目になってしまいました。
ヒサメさんは絶大な力を持つ、私なんかでは理解できないほどの実力者でしたが、当時のいのりさんもそれに全く遜色のない天才で。
私はただ、二人が繰り広げる異次元の戦いを見守ることしかできませんでした。
そうしてその戦いの最中、ヒサメさんがいのりさんの攻撃をモロに受けそうになったのです。
直撃すればいくらあのヒサメさんでも致命傷か、それに近しい深傷は避けられなかったでしょう。
だから私は咄嗟に飛び出したのです。
傷付いてほしくなかったとかそういう理由ではなく、今くらいしかあの時の借りを返せないと、そう思って。
それで飛び出した結果、彼を庇うことに成功した私でしたが、その時に間抜けなことに遺跡内部にあった穴の中に落下しました。
しかもいのりさんを巻き添えにして、本当に申し訳ない。
今改めて思い出してみると落ちた時の私、本当に間抜けというか客観的に見たらちょっとコントっぽい感じになっているのが余計に。
私達が落ちた穴がただの穴だったら落下の衝撃で怪我するか死ぬかのどちらかになったのだと思いますが、そうはなりませんでした。
私達が落ちた穴は普通の穴ではなかったのです。
時空の穴とか呼ばれる穴でした。
どこにもつながっていない、しかしどこにもつながっているという矛盾した特性のあるそれに落ちた私といのりさんは記憶を失って、そして西地方で発見されました。
何故あの穴に落ちた私達が記憶を失ったのか、何故西地方に現れたのかは今現在もよくわかっていません。
ただ、あの時偶然あの穴と西地方がつながっていたのでは、という憶測ができるだけです。
その後のことは、この手記に書いた通りに。
長々と書いてしまいましたが、とにかく私はあの瞬間、私を庇って血を流したあの方の、モノクロさん、あるいはヒサメさんの姿を見て過去の全てを思い出したのです。
けれども、その時その過去はどうでもよかったのです。
それどころではありませんでしたから。
けれども、思い出せたものが無駄になったわけではありません。
記憶を取り戻すと同時に私は思い出したのです、火属性魔法の使い方を。
魔法を使う感覚、力加減、そういったそれまでのジェーン・ドゥがどうしても上手く掴めなかった大体のことを。
そういうわけで私は雷属性魔法から火属性魔法に切り替えて、穢れた何かをただひたすらに燃やしました。
書き忘れていましたが穢れた何かは氷の魔法を多用していました、なので雷よりも火が効くと、そう思って。
記憶を思い出してある程度の感覚も取り戻せましたが、その時はまだ不完全でした。
だから、魔法を使えば使うほど、自分の身体が焼けていきました。
それでも記憶を取り戻す前に比べるとかなり軽いものでした。
けれども、どれだけ軽くとも積み重なれば酷くなる。
途中までは蛇の指輪の効果で多少マシになっていたのですが、最終的にもう黒焦げの死体になってもいいと大技を使う直前にその指輪がぶっ壊れてしまいました。
その結果、私は血反吐を吐いてぶっ倒れました。
せめて最後の大技、八熱地獄をあの穢れた何かに直撃させられていたら、多少は役に立てたでしょうに。
私が倒れたその後の話は伝聞になるので本当のことかどうかはわかりません。
実はこの時大技を使う前、穢れた何かは何故か巨大な蛇から人、モノクロさんによく似た姿に戻っていました。
モノクロさんから聞いた話によると、完全に捨て身の大技を使おうとしていた私を止めるために防御も何もかもを捨てて飛び出してきたのだろう、とのこと。
守りを捨てた穢れたそれの速度は凄まじく、それに恐れを抱いた私は咄嗟に鳴神をぶっ放しました。
穢れたそれは守りを完全に捨てていたため、鳴神をまともにくらいました。
そんな事情を私は知りませんでしたが、鳴神が直撃したせいで動けずにいた穢れたそれにこれは好機、というところで蛇の指輪が壊れて私は戦闘不能に。
全身焦げ焦げで血反吐を吐く私を見て、穢れたそれは酷い顔をしていたそうです。
自覚症状はなかったのですが、この時痛みと熱さのせいで私は完全に暴走していたらしく、結果として私は身体の内側から炎で焼かれているような状態に陥ってしまっていたそうです。
放っておけば身体の内から真っ黒焦げになって最終的に花火玉みたいに爆発してたかも、とのこと。
モノクロさんは私の魔力の暴走を止めるべく、私の身体をその氷の魔法で冷却しようとしました。
けれども、それだけでは足りなかったそうです。
穢れたそれとの戦いでかなりの魔力を消耗していたため、自分一人の力では抑えきれなかったと。
だからモノクロさんは、穢れたそれの首を切り落としてその力を取り込み、それで私の暴走をどうにか抑え込むことに成功した、と。
穢れたそれは最期に少しだけ笑っていたそうです。
自分を喰らったモノクロさんなら、どんな手を使ってでも私を助けるとそう確信していたから。
穢れたそれの力を取り込んだモノクロさんはどうにか私の暴走を抑えることができましたが、彼にできたのはそこまでだったそうです。
大火傷を通り越して焦げ焦げになっていた私の身体を治してくれたのは、西の人神様こと風華様だったそうです。
彼女がもしもいなかったら、私は死んでいたか、死ななくてもかなり酷い後遺症が残っていただろう、とのこと。
実際、左手はほぼ炭化していたので普通だったら切り落とすしかなかったでしょうに。
傷は一つも残っていません、欠損も痛みも障害もなく、まるであんな大火傷を負ったことが嘘みたいに。
実はお礼を言いに行けていないんです、何度か行きたいって頼んだのですが、駄目でした。
と、そんな感じで穢れたそれは倒されたというかモノクロさんが取り込んで、暴走して死にかけた私もどうにか治せたので、その後は解散することになったらしいです。
ちょっとした言い争いはあったらしいのですが、具体的にどんなものだったのかは聞けていません。
風華様は西に、いのりさんやアビントン姉妹、『曙光』の人達は『曙光』の本部に。
そしてモノクロさんは意識のない私を連れて北に。
私が目を覚ましたのは、この時の戦いから二ヶ月くらい経った頃だったそうです。
目覚めた後、記憶を取り戻したことをモノクロさん、というかヒサメさんにそれを勘付かれないようにしつつ事情を聞きました。
あの戦いの結末を聞いた後、風華様にお礼を言いに次は西に行かなければという私にモノ……いい加減統一しましょうかこの手記での彼の名称。
とはいえどれで記載すればいいのやら。
普段は基本的にヒサメさんと呼んでいます、彼本来の名は様付けで呼んでいたらそれは嫌だと言われたので、なんとなくヒサメさん呼びが定着しました。
けど、何度かうっかりモノクロさん呼ばわりすることもあります。
最初にモノクロさんって呼んでしまった時は大変でした、どこの誰と間違ったんですとブチ切れられて、慌てて記憶喪失中にあなたにつけてたあだ名です、って。
間違って呼んでしまった時にそういうことをやっていたというのも本当によくなかった、自分が同じことをされたら怒るとまでいかなくとも、という感じですし。
そんな感じなので、ここら辺でモノクロさんからヒサメさんに切り替えるべきでしょうか、ですがここでは基本的に彼のことはモノクロさんと記載していましたし。
けど、今は普通にヒサメさん呼びすることが多いのでやっぱりそちらに合わせましょうか。
というわけで話を戻して、風華様にお礼しに行かねばと言った私にヒサメさんはキョトンとした顔で、あなたがまだ自分に自由が残っていると思っているのが意外だ、って。
気取られないようにしていたつもりだったのですが、あっさりと記憶が戻っていたことがバレてしまっていました、誤魔化そうとしましたが無駄でした。
それで逃すわけないって、逃げたところでどうする気だ、って。
逃げられたら風華様にまずお礼を言いに行って、そのあとかつて私がやらかしてしまった所業を全て正直に話して、それでそれ相応の罰を受けるつもりでした。
そしてそれが彼にとって、『禍時』の幹部であった彼にとって不都合なことは分かりきっていたので、だから何も覚えていないふりをしようと思っていたのです。
私は『禍時』の内情をあんまり理解していなかったのですが、それでも私はヒサメさんの付き人だったので。
『禍時』について話せることなんてほとんどなかったのですが、それでも多少なりとも情報を漏らしたくはないのだろうと、そう思って。
全部見透かされていたのでしょうね、私みたいな薄っぺらい悪党が考えていたことなんて。
彼は私にこう言いました、罪を償いにノコノコ出ていけば情報を吐かせるために拷問にでもかけられて死んだらゴミのように捨てられるだろう、というようなことを。
今は多分そこまでの扱いは受けなかったのではないかと思っています、きっと甘い考えなのでしょうけど。
でも私は別に、そうなってもよかったのです。
どんな罰を受けてもいい、それで罪が償えるのであれば。
結局私は薄っぺらい悪党でしかなかった、それでも最後に罰を選ぶことができたのなら、それ以外の何かになれるような気がして。
結局、そうはなりませんでした、私はきっと、いつまで経ってもあの日々の罪を償うことなんてできないのでしょう。
私の答えを聞いたヒサメさんは激怒しました、激怒して部屋中氷まみれにしました。
その時に私はふと違和感を覚えたのです、なんか全然寒くもなんともないな、と。
私が疑問に思っている間に会話が進んで、そして衝撃の事実が。
ヒサメさん、実は北地方の人神様でした、荒魂の方の。
それで私、昏睡してる間に勝手にヒサメさんの、北の人神荒魂の伴侶にされていたのです。
同意なんて一欠片もしていません、完全に無許可。
人神様の伴侶として彼の力を与えられ、身体が作り変わったので私は寒さや冷たさに対して強い耐性を得ていたのです。
だから部屋中氷まみれにされてもちっとも寒くありませんし、氷よりも冷たい彼に抱きしめられても凍ったりしない身体になってしまいました。
話を聞いた時は本当に訳が分かりませんでしたよ、ヒサメさんが実は人神様だったって話だけでも驚きなのに、寝てる間に勝手に彼の伴侶にされてしまっていたのですから。
ヒサメさんは間抜けなことに私が彼を庇って時空の穴に落っこちた時に私に惚れてしまったそうです。
この国の神様っていうのは非常に惚れっぽいらしいです、だからあんなバカみたいな出来事で彼はうっかり私なんかのことをどうしようもないくらい好きになってしまった。
本当に馬鹿みたいです、人神様の恋は一度きり、その貴重な一回をよりにもよってこんな薄っぺらい悪党なんかに。
……というのは何度言っても仕方のないことで、どうにも変えられないことなので、これ以上はやめておきましょうか。
とにかくそういうことになってしまった、しかしわけがわからなかったので色々と質問してみたところ、こんな回答が。
Q.何故記憶喪失状態の私は放置されていたのか。
A.ただの人間だった私が人神様であるヒサメさんの寵愛を受けていたら氷漬け状態になって最悪死んでいたから。
また余談ですが私といのりさんが時空の穴に落ちた後、『曙光』と同じく『禍時』もいのりさんの行方を追っていて、いのりさんの行方がわかったと同時に私も発見されたとのこと。実は完全に放置されていたわけではなかったそうで、ヒサメさんの眷属である蛇が私のことを監視していたとのこと、各地を出るたびにヒサメさんと遭遇していたのも偶然でも何でもなくて普通に監視されていたからだったみたいです。
Q.なら何故手っ取り早く私を人神様の伴侶にしなかったのか。
A.人間を人神様の伴侶にするためにはその人神様が生まれた土地の力を借りて儀式を行う必要があったため。当時は和魂の方の人神様が邪魔だったので儀式をやりたくてもできない状態だった。
Q.邪魔だった和魂の方の人神様ってどうなったのです。
A.死にました。
全部が全部そっくりそのままというわけではありませんが、ざっくりとこんな感じです。
また、このやり取りの間にまたしても衝撃の事実が発覚してしまいました。
私が昏睡状態になる原因だったあの戦い、その時対峙していたあの蛇っぽい穢れた何か。
それが、北の人神様、その和魂だったと。
つまり私が不意打ちで天雷をぶち込んで、その後執拗に目を狙って鳴神その他を打ち込み、最終的に全力で燃やそうとしたあの蛇っぽい何かが、人神様だったと、そういうことだったらしくて、ですね。
それを聞かされた時は震えが止まりませんでした、とんでもないことをしてしまった、と。
だって人神様ですよ神様、そんな方に対してあまりにも不敬。
しかも結局ほとんど私のせいで彼は死んでしまったのですから。
そんなつもりなんて一切ありませんでしたが、私は神を殺してしまったのです。
直接手を下したのがヒサメさんだったとしても、その原因は私でした。
いくら嘆いても仕方がないので、何故あの時あんなことになっていて、その後どうなったのかを書きましょう。
私が記憶喪失になる直前、私がヒサメさんを庇って時空の穴に落ちたその時に、彼は私に恋をした。
一つの地方に二神いる人神様は、同じ相手に恋をしてしまうのです。
だからヒサメさんが私のことを好きになってしまったその時に、もう一人に人神様、和魂である彼も私のことを好きになってしまった。
一度も会ったことがない、名前どころか顔すら知らない誰かである私のことを、何一つ知らない、何ひとつ覚えがないのにそれでも恋する相手ができた、ただそれだけは理解していた。
だから彼らは殺し合った、恋する存在を自分のものにするために。
殺し合いはいつまでも決着がつかなかったそうです。
本来なら、もう数年はその膠着状態が続いていたのだろうとヒサメさんは言いました。
しかし、ある日転機が訪れました、具体的にいうと私が東を出る直前頃に。
北の地は他の地方に比べて人の悪意や絶望、失意が多い土地。
それすなわち、穢れが多いということ。
そして、だからこそ遠い昔にこの国の各地に仕掛けられていた悪意ある罠が、想定よりも随分早くに作動してしまった。
この国は遠い昔にとある帝国と戦争をしていました、それはその時に帝国が残したものであったそうです。
早い話が土地そのものに仕掛けられた爆弾のようなもの、その土地で発生した穢れを吸収・増幅させ、臨界点を突破した時に盛大に爆発して穢れを撒き散らす。
国民には伏せられていましたが、この罠の存在を国は把握していました。
仕掛けられた当時からどうにかしようと模索していましたが、どうすることもできずにいたそうです。
この罠をどうにかすべく国の上層部の間で長らく対策が練られていたのですが、その意見が真っ二つに割れました。
穢れを定期的に浄化することで爆発を防ごうとする穏健派、罠ごと穢れを土地から抽出・分離させた上でその罠ごと穢れを完全に浄化させようとする過激派。
禍根を後の世に残さぬようにするためには過激派の意見が理想でしたが、それはあくまで理想にでしかありません。
当時は罠ごと穢れを土地から分離する方法も確立していなかったし、そもそもすでに溜まっている分の穢れをそのままの形で取り出せば、甚大な被害が発生するのが目に見えていたそうです。
そういうわけで最終的に穏健派の意見が採用され、過激派は国の上層部を去った、というか追放されたそうです。
残った穏健派はある時期から『曙光』と名乗る国を守る組織になりました。
そして追放された過激派、その残党がのちに『禍時』という組織を立ち上げ、そして当初彼らが語っていた通りの罠ごと穢れを土地から分離する方法を編み出し、実行に移しました。
それがあの穢れ鳥であるそうです、国中で騒ぎになっていた、というか私も南で遭遇したあれ。
つまり、『禍時』が引き起こしていた穢れ鳥騒動はこの国でいつか確実に起こっていたであろう大災害を防ぐための行為だった、と。
まあ、他にも余罪がたっぷりありますし、穢れ鳥の騒動が各地に残した傷跡は深いので無罪だなんて絶対に言えませんけど。
『英雄』が、穢れを浄化する力を持つ『英雄』であるいのりさんの誕生があと数十年遅かったら危なかっただろうと彼は言っていました、ちなみにですけど『禍時』の穢れ鳥計画は『英雄』の存在なくして実行はあり得なかった、とのこと。
この国では大昔から『英雄』の力を持つ子供が生まれるそうです、だから『禍時』、その大元となった過激派の方達は『英雄』の力を利用する前提であのような解決方法を推し進めようとしていた、とのこと。
北以外は、すでに穢れ鳥の被害が起こっていたその他地域は、その罠が完璧な状態で作動する前にどうにかなった、という状態であったそうです。
けれど北は違った、これは『禍時』にも想定外のことであったそうです。
北の地は他の地よりも圧倒的に穢れが溜まりやすい、だから想定よりもずっとずっと早くにその罠が作動してしまった。
他の地方はあと数十年何の対処もしなくとも、というような状態だったらしいのですが……
直前にそれに気付いた『曙光』、それから北の地の守り神である人神様、その和魂がどうにかしようとしました。
けれども、罠の作動を止めることは叶わず、できたことはその威力を抑える程度のこと。
そして威力が抑えられたそれを、本来なら北の地中に撒き散らされていたであろう穢れを、和魂様が全て受け止めたそうです。
人神様は『英雄』ほどではありませんが人に比べれば穢れに強い耐性があるそうです。
それでも本来ならば土地中に満ちて大災害引き起こしていたであろうそれを全て取り込んで、無事で済む訳がありません。
だから彼は、和魂様は穢れてしまった、穢れた神に堕ちてしまったのです。
穢れた神になった和魂様は暴走し、本来の気質なら絶対にしないことを始めました。
自らが守る北の地を自らの意思で出たのです。
ヒサメさん曰くこれは本来ならありえないことだったそうです。
北の和魂はヒサメさんとは違って守り神としての側面がかなり強く、自らの意思で守るべき土地を離れるなんてことは絶対にありえない、と。
けれども穢れてしまった彼はその在り方が歪んでしまった、というかヒサメさん曰くわがままになった、と。
神としての在り方を崩して、自分の願いを優先した、って。
そういうわけで、穢れてしまった和魂様は自分の願望、すなわち顔すら知らない自分の恋する相手を探し出し、確保するために北の地を飛び出しました。
それを慌てて追った『曙光』こといのりさん一行と、自分の対になる神の異常に気付いたヒサメさんは、どうにかして和魂様を鎮めようとしました。
『曙光』の方達は和魂様の汚れを浄化して元に戻そうと、ヒサメさんはもう手遅れだから今度こそ完全に殺そう、と。
ちなみに余談ですがこの頃ヒサメさんはすでに『禍時』から抜けていたとのこと、『禍時』の首魁でありヒサメさんの育ての親でもある方が亡くなった後、『禍時』は本来の目的にそぐわないことをするようになっていたそうで。
もしも首魁様が生きていれば穢れた和魂様をどうにかしようと『禍時』全体が動いただろうに、結局彼らは何もしなかった、ってヒサメさんが。
そういえばあの場にいたのって『曙光』の方達と風華様とヒサメさんだけでした。
というわけで穢れた和魂様をどうにかしようとヒサメさんといのりさん達が戦っているところに、偶然私が遭遇した、という感じだったそうで。
本当に偶然だったのかは微妙と言っていました、和魂様が第六感的なもので恋する相手である私の居場所を察知し、その方向に向かっていたのでは、と。
私があの戦いに首を突っ込んだ後のことは先に書いていたので割愛しつつ補足を。
全く効いていなかった、無意味にすら思えた私も含むあの場にいた者達から和魂様への攻撃は、実は全く無意味ではなかったそうです。
本体にはほぼ届いていませんでしたが、彼が背負っていた穢れには少しずつ効いていたそうです。
それで、私が火属性魔法を連発し出したあたりには穢れがだいぶ薄くなっていたそうです。
私の最後の鳴神が普通に効いたのは和魂様本人が防御を捨てていたためだったそうですが、魔法を打ち消す穢れが彼からほとんど失われていたからというのも大きかったそうで。
だから私が倒れた後、和魂様を殺してその力を取り込んだヒサメさんは無事で済んだとのこと。
完全にその穢れがなくなっていたわけではなかったそうですが、許容範囲内だった、と。
……と、いうような内容の話を一気に詰め込まれた私は混乱しました。
ヒサメさんは人神様だった、意識を失っている間に勝手にその人神様の伴侶として身体を作り変えられていた、私が意識を失った元凶である得体の知れない穢れた何かもまた人神様で、ほとんど私のせいで死んでしまった。
その上で、亡くしていた記憶をその直前に思い出していたのですから、情報過多すぎます。
全部の話を整理して、信じたくない話をどうにか仕方がないと納得するまで数日かかりました。
本当はこの手記ももう少し理路整然と書きたかったのですが、随分とごちゃついてしまいました。
思いついたことをそのまま書くからそうなるのです、というかこれでも多分だいぶマシな方です。
一気にいろんな情報を叩き込まれた当時のことを思い出しながら書いているので、仕方がないでしょう。
と、そういうわけで私が東を出た後に起こった騒動及びその後聞かされた話のことは大体書き終わったので、ここから先はその後のことを
私は今、北地方のどこかに存在する古びた屋敷にいます。
聞いた話によるとここは数代前の北の荒魂様が使っていた隠れ家の一つであるそうです。
具体的にどこにあるのかはわかりません、なんせ一回も外に出られていないので。
私は一言で言うとこの屋敷に軟禁、というか監禁されています。
屋敷の中は自由に動けますが、外に出ることはできません。
前に何度か脱出しようとしたのですが無理でした。
なのでここが具体的にどこかなのかも、外で何が起こっているのかも一切。
ヒサメさんからちょいちょい話を聞き出そうとしているのですが、彼は外に興味がないらしく、めぼしい話はほとんど。
とはいえ、いくつか聞き出せた話はありました。
まずあの事件、北の和魂様が穢れて、そして死んだあの事件のその後について。
守り神を失った北の民達は当然大混乱に陥ったそうです。
しかもその守り神を殺して取り込んだヒサメさんには、その民をどうにかしようだなんて気は一切ありません。
彼が不満を抱いていたのはこの地の変わらなさ、不変さとそれを冗長する和魂様のあり方だったそうで。
だから自分が革命・改革の旗を振る気は今のところ一切ないそうです、というかそれは「人間達が自らの手で行うべきことでしょう」と。
この地の和魂様は守り神としての側面が強い一方、この地のあり方を変えようとする者達を排斥、酷い時は徹底的に粛清する方でもあったそうです。
だから北の地の民はずっと昔と変わらない生活をおくらざるをえなかったと。
それでいい、その方がいいというのが大多数だったそうですが、もちろんそうではない少数派は存在していました。
だからヒサメさんはその少数派を握りつぶす神という理不尽がこの地から取り除かれたという現状にひとまず満足し、神として人々に深く関わったり力を貸すようなことはしない、と。
……と、いいつつ災害とか強力な魔物による被害が起きそうになれば裏でこっそり握りつぶしてたりもしてます、なんだかんだ言って完全に突き放しているわけではないようです。
北の地のその後について私が知っていることはそのくらいです。
次にその他地方の話ですが、私が旅をしている間に各地で起こっていた穢れ鳥騒動はひとまず落ち着いたとのこと。
各地でそこそこの被害が出てしまいましたが、どこも復興にはそれほど時間がかからない、と。
また首魁を失いヒサメさんが抜けた後の『禍時』ですが、色々あってほぼ全員がお縄についたそうです、何があったのか詳しい話は聞けていないのですが、首魁がいなくなった後、幹部の一人が欲を出してただ自分たちの利益のためだけに悪事を働いた結果、捕まったらしいです。
そういえば書き忘れていましたがヒサメさんは幼い頃、和魂との殺し合いが決着がつけられずに北の地を飛び出した時に『禍時』の首魁に遭遇、というか拾われたそうです。
その時に彼は『禍時』の穢れ鳥計画を聞かされ、それに協力する代わりに自分の目的、つまりは和魂様の討伐に手を貸せ、というような取引をしたとか。
結局その約束は果たしてもらえなかったとヒサメさんは言っていました、老衰なんかで死ぬ前にさっさと約束を果たしてくれればよかったのに、なんて愚痴っぽく。
けど、定期的にお墓参りに行っているようです、私も行きたいって言ってみましたがそれは許してもらえませんでした。
もう一つついでに、ヒサメさんが私を付き人にしていたのも和魂様を殺すための戦力確保のためだったそうです、こう書くと自画自賛してるみたいで嫌なのですが、私の火属性魔法の威力はそこそこ強くてかつ氷の魔法の使い手である和魂様に有利が取れたので、そういう理由で。
私の知人達、いのりさんやアビントン姉妹や『曙光』の方々、それから風華様や巫女様達が今どうしているのかはほとんど聞けていません。
ただ、あの戦いで死んだのは和魂様だけで、あとは全員無事だった、とだけ。
それぞれ自分の居場所に帰っていったとだけは教えてくれましたけど、それ以上は何も。
教えてくれないというよりも多分ヒサメさんもそのあたりは知らないようです、わざわざ調べるほどの関心を持っていないというか何というか。
本当に無事なのか、せめて顔だけでも見たいとは思っているのですが、それも叶わない状況です。
というか私、あの後ヒサメさん以外の誰とも会っていないんですよね、会っていないどころか見てもいないのです。
監禁状態なので仕方がないのでしょうけど、今この文を書いていてびっくりしました、。
もう一年以上経っているのに、その期間ヒサメさん以外の誰かと話していないどころか、その姿すら見ていないのですから。
監禁されっぱなしの私が何をしているのかというと、あんまりこういうこと書きたくないのですがずっとそういうことをされていました。
ええ、私はヒサメさんの、人神様の『伴侶』ですから、つまりそういう。
最初の一月くらいは様子見というか気遣われていたのか、そういうことはなかったのですが。
まあ、色々ありましてそういうことに。
ヒサメさん、なんだかんだ言って私の同意なしで私のことを勝手に伴侶にしたことについては負い目を感じていたようなのですが、ただそれだけで。
普通にデロデロに甘やかしてきたり甘えられたりしました、詳細は書きたくもないので割愛しますが。
色々と話を聞かされた当時は人神様が私みたいな薄っぺらい悪党に愛だの恋だのするわけないじゃないですか思い違いってことにならないでしょうか、なんて信じていましたが、現実は厳しかった。
あそこまで溺愛されると、それを否定するのが馬鹿馬鹿しくなるのです。
たまにヒサメさんがちょっと外出する時以外、ずっとひっつかれているんですよ私。
起きてても寝ててもずーっと一緒、私の頭がおかしくなっていないのは神の伴侶として色々作り替えられたからなのでしょうか。
一人の、一人の時間がほしいです、切実に。一日一時間でいいので。
この手記に手をつけられずにいたのもそれが原因です、書く暇とかなかったんです今まで。
今これを書けているのは私がここ最近「もちよさんの桜餅食べたい」って譫言のように繰り返していたから、ヒサメさんがさっきそれを買いに行ってくれてまとまった時間が取れたからです。
とは言っても、もうあと数分で帰ってくるのでしょうね、二、三日くらい不在にしてもらっても構いませんのに。
四ヶ月。
これが何の期間かわかりますか。
書きたくありませんがいつか私が記憶を飛ばした際に今の私と同じ絶望を『次』の私に味わわせるために書いておきましょう。
そういうことをしていた最長記録です。
そういうことをやってる間に季節が一つ動いてました、馬鹿みたいな話ですが本当です、本当に馬鹿みたいな話ですけど。
人神様は飲み食いしなくても普通に生きられて、その伴侶は人神様のそばにいればその生命力を自動的、というか強制的に供給されることになるので、やろうと思えばずっと一つのことを長時間やり続けられるそうで。
何故私には今もこの手記を書けるだけの理性が残っているのでしょうか、普通だったら発狂してもおかしくないはずなのですが。
そこまでされてヒサメさんの愛が嘘です勘違いですは流石にないでしょう、勘違いだと押し通せれば押し通せると思っていた頃の自分がこんなにも遠く、羨ましい。
もうちょっとどうにかならないものなのでしょうか、どうにもならないから今こんなことになっているのでしょうけど。
別にヒサメさんのことを嫌ってるとか憎んでるとかは特にないんですけどね、今のところ。
あそこまで真正面から愛されれば多分誰だってそうなります。
元々、そこまで嫌ってたわけではありませんし、旅をしていた頃もヒサメさんの印象は基本的に悪くなかったですし。
だから多分これが普通なんです、私なんかが人神様に愛される立場でいいのかとは常々思いますけど、そうなってしまったのですから仕方がありません。
ただ、もうちょっと自由を、一人きりの時間と首輪付きでも全然構わないのでお外にお出かけする自由が、欲しいだけで。
ああ、旅をしていた頃の自分が懐かしい、ずっとあの旅を続けられればよかったのに。
なんて、考えても無駄でしょうけど。
多分そろそろヒサメさんが帰ってくるので、この辺りで筆を置きましょうか。
次この手記を開けるようになるのはいつのことになるやら。
その頃には多少の自由が許されているといいのですけど、多分無理なんでしょうね。
ああ、そういえば今更のように思い出しましたが、南地方で出会った占い師さんが言っていた蛇って多分というかほぼ確実にヒサメさんのことだったんでしょうね。
ひょっとしたら和魂様のことも含めてだったのかもしれませんが、基本的にはヒサメさんのことだったのでしょう。
ヒサメさんも一応蛇の神様ですもの、眷属として蛇を使役してたり、やろうと思えば和魂様と同じように大蛇の姿に大変身できるそうで。
けど、当時の私にわかりようもなければ気をつけようもないじゃないですか、あえてこう書きますがあの頃のモノクロさんに蛇っぽさとか全然なかったので。
というか今もあんまり蛇っぽい感じは……と思いましたが、そういえば蛇ってそういうことが長いって、前にどこかで聞いたことがあったような。
こんなところで蛇らしさを出さないでほしいものです。
だからと言って逆に全面的に蛇っぽさを押し出されたらそれはそれで困りますが。




