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第10話 交わる運命、動き出す未来

いつも読んでくださってありがとうございます。

この話から主役のアリアは16歳になっています

テオドール王子は15歳


アリアのイメージ画像をのせておきます

挿絵(By みてみん)


 春の陽光が、エーベルの港町を金色に染めていた。

 青く広がる海には白い帆船が行き交い、桟橋では塩漬け魚の樽を積んだ荷馬車が忙しく往来する。

 市場には絞り染め布が色とりどりに並び、商人たちの声と笑い声が春風に乗って広がっていく。

 丘の上からは、ルミナ学園の子どもたちの笑い声と、軽やかな音が聞こえてきた。


「これがエーベル?」


 馬車の窓から身を乗り出し、目を丸くする少年。

 テオドール・アルシオン第一王子、十五歳。聡明な瞳に驚愕の色を宿していた。


 隣に座るヴェルナー・ベルトラムが静かに頷く。

「五年前とは、まるで別の町ですな。アイゼンベルク家の改革、見事です」

「王都の市場よりも賑やかだ」

 テオドールが小さく呟くと、ヴェルナーは目を細めて言った。

「この町が、やがて王国の未来を握るやもしれませんな」


 テオドールは胸に手を当て、そっと目を閉じた。数週間前、王宮で書いた手紙が思い出される。



 あの約束を果たすために、ここへ来たのだ。


 馬車が港の広場に停まり、一行は馬車を降りた。

 潮風に混じり、ふわりと甘い香りが漂ってくる。

 ハチミツの焼き菓子を売る露店だ。


「エーベルの名物だよ!」

 と笑う子どもたち。

「エーベルの真珠、最高級だ!」

 と声を張り上げる商人たち。


 あまりの光景に、テオドールは呆然と立ち尽くした。

 ヴェルナーが小さく笑う。


「殿下、これがアリア様の『未来の種』が結実した姿です」


 広場の中央に、一人の少女が立っていた。


 アリア・アイゼンベルク、十六歳。

 春の光を浴びて金色の髪がきらめき、澄んだ青い瞳に揺るぎない自信を湛えている。

 シンプルながら清潔な服装が、港町の繁栄を背負う若き領主としての品格を映し出していた。


「ようこそ、エーベルへ、テオドール殿下」


 柔らかく微笑み、細い手を差し出すアリア。

 その瞬間、テオドールは思わず息をのんだ。


(こんなに、綺麗になって)


 鼓動が跳ね上がる。頬が熱くなるのを感じながら、ぎこちなく手を握り返した。

 その小さく温かな手に触れた瞬間


(どうして、こんなに、あったかいんだ)


 戸惑いと嬉しさが胸に渦を巻き、思わず目を伏せる。


「ア、アリアさん……」


 言葉が続かず、慌てて視線を逸らした。


 テオドールは必死に気を取り直し、真っ直ぐアリアを見た。

 

「五年前、手紙で約束した通り、君の町を見に来た。こんなに立派に……君の夢が、本当に現実になったんだな」


 アリアの微笑みがさらに深まる。

 胸の奥に、静かな喜びが湧き上がっていた。


(わたしも、少しは胸を張れるようになったかしら)


「殿下に見ていただけるなら、街の人々もきっと喜びます。どうぞ、ご案内いたしますね」


 アリアがそっと手を差し伸べる。

 テオドールは戸惑いながらも、今度は自然にその手を取った。


 市場を抜け、真珠養殖場の輝く水面を眺め、ルミナ学園の門をくぐる。

 どこを見ても、五年前の寂れた町の面影はなかった。


 ふと、歩きながら、アリアが振り返る。

 春風に金髪をなびかせ、青空を背に、微笑むその姿。


(君は、この町を、僕の心を変えた)

 まだ気づかないふりをしている。けれど、この出会いが、王国と彼自身の運命を動かす予感が、少年の胸にそっと宿っていた。


 *

 

 アイゼンベルク家の応接室は、春の光と暖炉の火に包まれて、穏やかな空気に満ちていた。

 テーブルにはハチミツの焼き菓子が並び、セリナが淹れた紅茶の香りがふんわりと漂っている。

 窓の外には、エーベルの港と、丘の上のルミナ学園がきらめいていた。


 アリアはテオドールとヴェルナーをソファに招き、紅茶を差し出すと、静かに微笑んだ。


 テオドールは一息つき、覚悟を決めたように口を開く。


「アリア。君の知識と力を、僕に貸してほしい。王都で、政治、戦略、魔法も全部教えてほしいんだ。僕の家庭教師になってくれないか?」


 真っ直ぐな言葉に、アリアの青い瞳がかすかに揺れる。

 テオドールの声は少し震えていたけれど、そこには迷いのない誠意がこもっていた。


 ヴェルナーが、静かに言葉を継ぐ。


「ユリウス派が勢力を伸ばし、国外情勢も不穏です。殿下には、アリア様の知恵が必要なのです。」


 数週間前に受け取った手紙。「君に学びたい」と記されたあの言葉を思い出した。


(王都で、殿下の教師?)


 アリアの胸に、期待と不安が交錯した。


 脳裏には、ティムの笑顔、賑わう市場、港町を行き交う人々の姿が浮かぶ。

(エーベルを離れても、大丈夫?)


 一緒に話を聞いていたセリナが、カップに紅茶を注ぎながら、にっこり笑った。


「悩む顔も可愛いけど、アリア。答えは決まってるでしょ? エーベル支部をマルコに任せて、私も王都について行くわよ。最強のビジネスパートナーだもん。それにその方が面白そうだしね」


 その言葉に、アリアは小さく笑った。

 セリナがそばにいてくれる。心強さが胸に広がっていく。


 さらに、イルマもそっと進み出る。


「アリア様。私も王都へお供します。どこへ行こうと、必ずお守りします」


 変わらない忠誠と信頼。アリアの胸がじんわりと温かくなる。


 学園の教師カミラや学園で魔法を学んだティムの顔や街の住民の顔を思い浮かべた。



(この町は、もう私がいなくても、ちゃんと歩いていける)


 目を閉じて、エーベルの今を思い描く。

 広がる交易、成長する学園、民兵たちの鍛錬、商会を支える人たち。


 アリアは、テオドールを見つめた。


「テオドール殿下。一緒に、夢を叶えましょう」


 柔らかく微笑むアリアに、テオドールは思わず頬を赤らめる。


「君がいてくれるなら、心強いよ」


 セリナが少し顔を曇らせ、声を落とす。


「でも油断しないでね。王都じゃエレオノーラが“田舎貴族の戯れ”って君を笑ってるし、ユリウス派も交易を邪魔してきてる」


 その言葉に、アリアの瞳が鋭く光る。


 胸の奥に、かつての記憶が蘇る。

 ――社交界で「貧乏貴族」と嘲られた屈辱。

 ――ユリウス第二王子に一方的に婚約を破棄された悔しさ。

 ――そして、刺客を差し向けられた、あの日の恐怖。


 過去の痛みが、今は静かな闘志に変わっていた。


 アリアはゆっくりと息を吸い、静かに宣言する。


「今度は、見返してみせるわ」


 その声には、かつてないほど強い意志が込められていた。


 ヴェルナーがゆっくりと頷いた。


「王都では、何が起きてもおかしくありません。どうか、ご油断なきよう」


 暖炉の火がぱちりと弾けた。

 未来をかけた新たな旅立ちが、ここから始まろうとしていた。


 *

 

 春の海が、キラキラと輝いていた。帆船「ルミナ号」は帆を広げる。

 前世の知識を使い建造したアイゼンベルク商会の誇る高速船だ。


「アリア様、行ってらっしゃい!」

「王都でも頑張ってください!」


 町の人々が桟橋に並び、手を振っていた。

 ルミナ学園の子どもたちも、カミラと並んで見送っている。


 甲板に立つアリアは、胸いっぱいに潮風を吸い込んだ。

 この町で、育んできたもの。学園も、交易も、商会も。

 すべてが今、彼女を新たな航路へ押し出してくれる。

 

「僕の風で王都まで飛ばすよ!」

 ティムが笑顔で手を振ると、魔法の風が渦を巻き、帆が膨らむ。船は波を切り、驚く速さで海を滑った。


 隣で、テオドールが目を見張る。

「すごい、これが、君たちの力か」


 アリアは微笑みながらうなずく。


 セリナが、横でにやりと笑った。

「さあ、王都で一儲けしようじゃない!」


 イルマは静かに剣に手を当てた。

「アリア様、どこにいてもお守りします」


 エーベルの風を帆に受けながら、「ルミナ号」は春の海を駆けた。


 *

 

 アルシオン王国の北隣の国、オルデ王国、城下の広大な練兵場。


 まだ寒さの残る風が吹き渡る中、無数の槍と旗が空を突いていた。

 陽光を受けて、金と黒の軍旗が翻る。


 槍を携えた歩兵たち、車列を組んだ補給隊。

 ただ一人の男の号令を待っている。


 その中心に、堂々たる風格の武将がいた。

 ザイデン・オルデ。

 50を越えてなお、鋭い眼光は曇ることを知らず、冷たく、そして確実に周囲を制していた。


「さて、征くか」


 低く響くその声に、将兵たちの背筋が伸びる。


「南へ進軍する。」


 その隣には、若き武将、リオネル・オルデが控えていた。

 鋭い眼差しで地平を見据え、すでに戦場を思い描いているかのようだった。


 ザイデンが手を振り下ろす。

 その瞬間、練兵場に轟音のような鬨の声が沸き起こった。


 数千の兵が、黒い波となって動き出す。

 剣を抜き、盾を掲げ、馬の蹄が大地を打ち鳴らす。


 オルデ王国軍、南進開始。


 この動きが、王都アルシオンに静かな戦慄をもたらしていくことになるのだった。


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