30話
男の試合はすぐに始まった。腰の剣を抜き放ち、アブに襲いかかる。剣速は速く、的確に急所を狙い続けており容赦を感じない。口だけじゃない、しっかり鍛錬をした者の動きだ。先のいざこさ無ければ素直に感心できたのに、とガビは口をとがらせる。
「この……くそったれ!」
男が声を荒げた。難なく攻撃をかわし続けるアブに苛立ちを抑えられないようだ。アブが目を細め、身を落とし——次の瞬間、アブの蹴りが男の脇腹に深くねじ込まれた。
「おッ……おぉ……」
手から離れた剣がドサリと地面に落ちた。次いで地面にへたり込んだ男は、脂汗まみれの顔で必死に息を吸い、空っぽの肺に空気を送っている。脇腹に強いのを食らうとああなるのだ。ガビはエレナに殴られた時のことを思い出し、自分の脇腹をさすった。
「合格です。が、人にどうこう言えるほどの腕前ではない。もっと精進しなければすぐに死ぬでしょう。おや……立てますか? そんなに強く蹴ったつもりはないのですが」
男は差し出された手を振り払った。剣を杖代わりにして立ち上がる。そして「余計なお世話だ」と吐き捨てた。
「そうですか」
アブは呆れ顔で肩をすくめた。
「次は私が行くから。いいでしょ」
そう言うと、女はガビの返事を聞かずに歩き出した。本人は隠しているつもりだろうが、表情は固くこわばっているし、絞るように出された声は震えていた。
(ビビっちゃってるんだ)
女はアブからたっぷり距離を取ると、両手に短剣を持ち、ぎこちなく戦闘の構えをとった。
おそるおそる距離を詰めていく様を見て、ガビは思わずため息が出た。まるで修行を始めたての頃の自分を見ているようだ。木剣で殴られたら痛いし、殴るのも嫌だった。だからああしてわざと戦いまでの時間を稼ぐ。心が折れてしまっているのだ。
(あの人はダメだろうな)
痺れを切らしたアブが女に詰め寄っていく。ようやく腹を決めたのか、女は必死の猛攻を見せた。しかし抵抗も虚しくあっけなく短剣を奪われ、両腕を背中で捻りあげられてしまった。
「やめて! 降参する!」
「たかだか試験でそんなに怯えてどうします。心が弱すぎる。出直してください」
アブの不合格宣言に女は唇を噛み肩を震わせる。そして二階ではなく修練場へやって来た通路の方へ消えていった。自業自得だが無理もない。
「あなたで最後です、ガビさん」
「うん。よろしくお願いします」
剣の鞘を放り投げると、正面で構える。アブは強い。きっとガビも勝てないだろう。だけど、せめて一撃は当てたい。まずはこちらの攻撃をかわして様子を見るというのがアブのやり方だ。だから狙う隙があるならそこだろう。
「じゃあ、いくね」
ガビは力強く地面を蹴った。全力の踏み込みだ。一気に間合いを詰めて、首元に一閃。アブは頭を反らしてそれをかわした。だが、ガビは止まらない。空振った勢いそのまま体をくるりと捻りながら身を落とし、足を払う。
しかし、アブはそれをもかわし、後転して距離を取った。ガビは歯噛みする。
(くそっ! ダメか!)
「今のは中々よかったです。ヒヤリとしました」手の土を払いながら言った。
「そんな風には見えないけど」
「あなたはどうやら、他の人より頭ひとつ抜けている。すばらしい才能と良い師をお持ちのようですね」
「まあ、師匠はすごいかな。うん」
アブは口に手を当てて笑った。
「謙虚ですね。さて、それでは次は私の攻撃を受けてもらいましょうか。少し厳しくいきますよ」
ゾワリ、と肌が粟立つ。
その時、アブの姿がフッと消えた。
(どこ……下!?)
視界の下方に影が見えた。消えたんじゃない。アブは瞬きの間に恐ろしい速度で間合いを詰めたのだ。左脇腹の辺りに悪寒が走る。ガビは咄嗟にそこへ剣を置いた。
ガイィンッ!
手が痺れるほどの衝撃が剣を伝ってくる。鉄を叩いた鈍い音が響き、ガビの体は受け止めた体勢のまま地面を滑り、転がった。
口に入った土を吐き出しながら、すぐに体を起こす。だがアブの姿はどこにもない。
(また消えた!)
「そこまで」
背後から首筋に手が添えられる。ガビは蛇に睨まれた蛙のように動けなかった。
4
二次試験が終わると、合格者だけが受付横の講義室という部屋に集められた。壁にかけられた黒板と向かい合うように、十二脚の長机が置かれている。
一番奥、窓側の席に陣取ったガビとアーチーは、二次試験の話に花を咲かせていた。
「まさかガビがあんなに強いなんて驚いたよ。アブのやつ本気になってたよな? だってあんな動きおれの時には見せなかったぜ」
「アーチーもすごかったよ。踊ってるみたいな動きで槍を自在に操ってたじゃない。あんなの初めて見たから興奮しちゃった」
「よせやい」
アーチーは照れたように窓の外を向いた。ガビに負けず劣らず褒められ弱いらしい。
「説明会ってのはいつ始まるのかね。もうずいぶん待たされてるよな。三十分くらい?」
「うん。遅いよね」
他三人の合格者達も、退屈そうにしている。
アブが部屋へやって来たのは、それから二十分ほど経った頃だった。
「ずいぶんお待たせして申し訳ありません。これの用意に少々時間がかかってしまいました」
アブは教卓に長方形の薄い箱を置いた。中に敷かれた厚手の赤布の上に、細い鎖が繋がれた小さな板が五枚並べられている。それをアブが一人ひとりの元へ配り歩き始めたので、ガビ達は前の方の席へ移った。
「これは識別タグです。それが身元を保証してくれますから、賞金稼ぎとして活動する際は必ず身につけておいてください」
表には組合の紋章。裏面にはガビの名前と、十一桁の数字が彫られている。
「あ、ここで長さ調節するのか、よし。似合ってる?」
鎖をいじくり回していたアーチーが、笑顔で首元のタグを持ち上げて見せた。
「似合ってるよ。すっかりベテランの風格」
ガビもアーチーにならってタグを首にかけた。




