20話
ガビは素早く留め具を外すと、鞘付きのまま正面で剣を構えた。
剣を抜くか、抜かないか、その一瞬の迷いが、ガビの行動をわずかに遅らせた。瞬きのあいだにガビの間合いに滑り込んだロタルは、ガビの腕を捻りあげた。
ガビが苦痛の悲鳴をあげて、たまらず剣を離すと、その隙に剣を取り上げられてしまった。
あっ、と思ったのもつかの間、ガビの剣はロタルによって、持ち主であるガビの首元に突きつけられていた。
「歳の割には悪くない反応速度だった」
そう言うと、ロタルは剣を鞘に納めてガビの手に無理やり持たせた。彼の後ろで、アントンが顔面蒼白で立ち尽くしている。きっとガビも同じような顔をしているに違いない。
視界が大きく揺れて、ガビはたまらず地面に膝をついた。まるで全身の血が足先から流れ出てしまったようだった。
と、喉の奥がヒュウっと音をたて、勢いよく空気が流れ込んでくる。そこではじめて肺が空っぽだったという事に気づいた。
「立てるか?」
ガビを見下ろしながらロタルが言った。
瞬間、ガビは怒りで全身がカッと熱くなり、手が震え始めた。
しかし、その怒りはすぐに屈辱に飲み込まれて、どこかへ消えてしまった。ガビは、俯いたまま、微かに頷く事しかできなかった。
「やりすぎじゃないか、ロタルさん」
慌てて駆け寄ってきたアントンが言った。
「いいえ。これでも最低限です。あなたはこの少年と二人で護衛をしろとおっしゃった。それは、我々の命を半分、この少年に預けるのと同じです。しっかりと実力を見極めておかねばなりません」
アントンはガビの肩に腕を回して立ち上がらせる。
「あんたの言うことはもっともだが、相手は子どもだろう。もう少しやり方があったんじゃないかい?」
ロタルは何かを言いかけて、口をつぐんだ。
「……確かに、その通りですね」
ガビは居た堪れない気持ちになり、喉の奥に熱いものがこみ上げてきた。
目頭がじんわりと熱を持ちはじめ、ガビは爪が食い込むほど拳を握りしめた。今泣いてしまえば大切な何かを失ってしまう、そんな気がしたのだ。
気まずい沈黙を断ち切るように、アントンに礼をいうと、ガビは滲みでた涙で薄く揺れる瞳をロタルに向ける。震える声を誤魔化すように、胸を張って、力強く尋ねた。
「ロタルさん、おれは合格ですか?」
隣でアントンが息を呑んだのがわかった。
ロタルは、わずかに口角をあげて、荷馬車を指差した。
「ガビといったか、君は右方を頼む。どんな些細なことでもいい、おかしいと思ったらすぐに知らせてくれ」
ロタルの言葉が、ガビの心をうった。
水面の波紋が広がるように、先ほどとは違う熱が体を伝っていく。
「全力を尽くします」
アントンが、満足そうに手を叩いた。
「決まりだな。さあさあ、日が昇りきる前に出発するんだ。おまえさん達も準備を手伝ってくんな」
ガビは、皮袋を背負いなおすと、言われた通りに馬車の右側へまわった。
車輪や積荷に異常がないか点検していくロタルの手つきには無駄がなく、旅慣れた者の所作だと分かった。ガビも負けじと自分側の車輪に目を凝らした。
二人の作業が終わったのを見て、アントンが御者台によじ登った。
「よし、準備出来たな。さぁ行こう」
ガビは荷馬車の横に立ち、周囲に目を走らせる。
薄暗いとはいえ、町の中なので危険はないだろうが、無理にでも気を張っていないと、足が震え出しそうだった。
ギィ、と車輪が軋み、荷馬車がゆっくり動きだす。
あくびを噛み殺した顔の兵士の脇を抜けて門をくぐると、地平の先まで続く草原の中を、街道がずーっと向こうまでうねりながら伸びているのが見えた。
これから見知らぬ土地へ旅立とうとしている。それも護衛として……心が重くなった。
と、小鬼退治のとき、エレナが言ってくれた言葉が浮かんだ。ガビは、その言葉をもう一度飲み込むように、深く深呼吸をした。
ゴロゴロと音を立てながら荷馬車は進む。振り返るたびに、ポルユスは遠く小さくなっていった。
すっかり日がのぼって、雲間から差しこむ陽光の下で、朝露にぬれた草花が、冷たい秋風にふかれて輝いている。
大きく変わろうとしているガビの世界で、自然の景色だけが、昔と変わらずそこにあった。




