第八十二話 時を超える
「貴様は何をしているんだ」
「夜通し飲むとかバカじゃな」
「私も飲みたかったな。美味しそうなおつまみもあるし」
「貴方も領主としてそんな姿をお客様の前で見せないで下さい」
「パパ。お酒臭い」
朝まで飲んでいた俺とウォーレン様は二日酔いで皆から呆れられている。調子に乗ってチャンポンしてしまったのが原因だろう。
ちなみにベルとモルは食べる比率の方が大きかったので平然としている。
「ごめんなさい」
「つい美味しくてな。悪かった」
水を飲みながら素直に謝るしかできない俺達だった。気持ちが悪くてそれどころではないからな。ウォーレン様はそのまま家族に連れられて自室へと戻っていった。
「まったく。その調子で大丈夫なのか?」
「一応」
さりげなくコタロウが聖魔法を使ってくれたおかげで大分楽にはなった。
「しかし珍しいな。いつもはそんなに飲まないだろう」
「ウォーレン様とベル達の事を話している内に気が付いたら朝になっていたんだよ」
シェリルからもう一杯水を貰って少しだけ横になる。
「屋敷を出る前に全員に挨拶をしに行くが大丈夫か?」
「まあ何とかなるだろ」
体を無理やり起こして立ち上がる。
そしてシズクさんとツバキさんも一緒にあいさつ回りに向かう。エルメシア教と何か不気味なロイド教は手短に、ボルボガ教とトルメイク教は普通くらいに、こちらの立場に近かったフート教とヴィーネ教には少し長めの挨拶とお土産で酒を渡しておいた。
クリア枢機卿がかなりの酒好きだったらしくかなり喜ばれたのは少し意外だったな。
そしてシモンさんに挨拶に行く。シモンさんはまだやる事があるようで、部屋の中で書類仕事をしていた。
「忙しいところすみません」
「いえいえ。皆さんならいつでも歓迎ですよ」
「ごめんね。いつも書類仕事やってもらって」
シズクさんは申し訳なさそうにしているが、シモンさんは笑っていた。
「ハハハ。構いませんよ。貴女にはその分世界中で動いてもらっているのですから。これくらいどうって事はありませんよ」
「そう言ってもらえると助かるわ。ただ、一ヵ月程は休ませてもらうわね」
「ええ。休むのは大事ですからな。私も今回の件が一段落したら休ませてもらう予定ですよ」
シモンさんは書類を見ながらそう答えた。
「それとジュンさん達はこの後が大変になりますな。私で協力できることがあれば遠慮なく声をかけて下さい」
「ありがとうございます」
「いつも子供達と遊んでくれたりお土産も持って来てくれますからな。これくらいは当然ですよ」
もう少し話をしたい気もあったが、忙しそうなので話を切り上げてウォーレン様の部屋へと向かう。
「失礼します」
部屋の中にいたウォーレン様は、朝のように弱っている様子は無かった。
「今朝は迷惑をかけてしまったな」
「いえ、俺も同罪ですから」
二人して少し笑ってしまったが、周りから睨まれたので話を元に戻す。
「まずご苦労だった。君達がいなければエルメシア教の思い通りになっていただろう。これ以上エルメシア教の力が強くなるのは、この国にとってもマズい事になるからな。助かったよ。それからジュンには昨日少し話したが、“旅する風”はダンジョンの記録更新と邪竜討伐を記念してパーティーが開かれる、それと王都で王への謁見がある。そのため、悪いのだが暫くは街から出ないようにしてくれ。ギルドを通して詳しい事は話させてもらう」
シェリルは少しウンザリとした表情だが、諦めているようだった。
「分かりました。ギルドには毎日顔を出すようにしますね」
俺達は屋敷を後にする。帰る時はサラちゃん達も手を振っており、名残惜しい気持ちがあった。……考えてみると俺はモル以外の名前すら知らないな。次は触れ合えるようにしたいな。
(ところでシェリル。二人には隠れ家の事は伝えたのか?)
(ああ。二人とも楽しみにしている)
(そっか。それじゃあ、早めに戻るか)
人目が無い所を探して入口を開く。
すると二人は戸惑うことも無くすんなりと中へと入った。
俺はすぐに許可を出して後を追う。
「凄いじゃない!」
「うむ。素晴らしいの」
二人は桜の樹を眺めながらテンションが上がってきている。
そんな二人にベル達は近づいて、月光樹の方に連れて行こうとする。
「あら、案内してくれるのね。ありがとう」
二人とも素直にベル達の後を付いて行く。
最初こそルンルン気分の二人だったが、徐々にその顔には引きつっていく。
月光樹・不老長樹・医療設備・修練場・花畑・果樹森林・ライフツリー・プール・海・魔導船・温泉と説明するたびに頭を押さえていた。そして今は俺達の部屋で一息ついている。
「もう何なのよここは。環境もそうだけど、セラピードルフィンとハニーベアまでいるじゃない」
「そしてあれだけの魔導船じゃ。食事もタダで無限に出てくるなど聞いたことすらないぞ」
「そうよね。私も二百年以上生きているけど全く知らなかったわ」
……え?
「二百年!?」
俺は驚きを隠せず大声を出してしまった。
「何よ急に。…私は"不老不死"の能力を授かっているからね。二百五十を超しているわよ。ちなみにツバキも百は超しているわよ」
どっちもそんな風には見えないんだが。
「なんじゃその目は。狐人は長命種じゃから妾より年上などたくさんいるのだぞ。妾はまだピチピチじゃ」
ピチピチって。まあ実際に若く見えるけど。
ツバキさんのジト目を受けつつ、ケーキを出して機嫌を取る。
「まあそんな事は気にせず甘い物でも食べようぜ」
「相変わらず下手な逃げ方じゃな」
テーブルの上にはアフタヌーンティーのスタンドが置かれ、ケーキやスコーン、それに飲み物を用意してみた。
「あら美味しそうじゃない♪」
シズクさん達は嬉しそうにしながら席に着いた。
そして俺の目には、美女三人と可愛らしい動物達のお茶会という何とも癒される光景が広がった。
「おい。貴様も座ったらどうだ?」
シェリルに促されたので、俺も輪の中に加わった。
席に着くと適当なケーキを一つ口に入れる。そして美味しそうに頬張っているベル達を撫でて癒されることにした。
そして俺のそんな様子をシズクさんが見ている事に気が付いた。
「貴方は本当に皆と仲が良いのね」
「まあ、これだけ可愛いと情も移りますからね」
そう話すと、コタロウが一つのケーキをシズクさんに渡しに行った。それを見て他の者達も同じ様な行動をとる。
「ふふ。礼を言うぞ」
「うむ。これは中々嬉しいものじゃな」
お茶会は終始和やかな雰囲気で進んで行く。そして、用意したお茶やケーキが無くなりかけてきたところで、シズクさんが質問をしてきた。
「それにしても貴方の能力って不思議よね。他にも何かあるの?」
今更隠す必要も無いと思った俺はガチャについても説明する。
「他にはガチャの能力があるな。一日一回だけ使用できる能力で大抵がハズレになるが、当たりになると十個のアイテムがランダムで手に入る。俺やシェリルの装備の大半はガチャで手に入れたアイテムになるな」
「…便利な能力ばかりね。下手に強い力を授かるよりも全然良い能力よね」
「今日はまだ使用してなかったからやってみるか」
俺はガチャを回す。当たりが出るわけないと思っていたが、何と当たりが出てしまった。
“清潔の指輪”
指輪を付けて魔力を込めると対象の汚れを落とすことができる。
“修復の指輪”
指輪を付けて魔力を込めると対象物を修復する。修復する物によって使用される魔力は変わってくる。
“ミラージュハウス”
魔力を流すと自身と指定した人物たちを蜃気楼が包み込み家の中に案内される。次元の隙間に隠れているため攻撃が当たらなくなる。
“安眠寝具”
この寝具で寝ると翌朝には疲れが吹き飛び最高の状態で目覚められる。
“魔法の絨毯”
絨毯に乗り魔力を込めると空を飛ぶことができる。操作は自分の意思で動かすことができる。結界も付いているため多少の攻撃ならばびくともしない。潜水機能もあり。
“泥団子”
食べることが出来る泥団子。健康に良いがとても不味い。あまりの不味さで状態異常が完治してしまう程。意識を失っていても呼び起こされる。
“魔物の卵(不定)”
卵に注がれた魔力で産まれてくる魔物が変わる。通常では卵から産まれない魔物が出てくる事もある。
“誓いの札”
願い事を書いて燃やすと、その願いが叶いやすくなる。
“忘却花”
花の匂いを嗅がせると、最も大切な者を忘れる代わりに最も辛い記憶も消すことが出来る。
“遡りの時計”
起動すると使用者一人だけ過去へ渡る事ができる。一定の時間経過すると元の場所へと戻れるが、どのくらいの時間かは不明。また、未来から来た事をバレてはいけない。
「当たったけどこれは」
俺の言葉に全員が反応して近づいてきた。
「どうしたのだ?」
「半分以上が既に持っている物だな。珍しそうなのはこれかな」
俺は“遡りの時計”を見せる。その瞬間だった。“カチッ”と音がして、俺の視界が暗転したのだ。
◆
(三人称視点)
「ジュン!?」
「キュキュキュ!?」
シェリル達の目の前で突然ジュンの姿が消えた。慌てるシェリルやベル達だったが、シズクがその混乱を治める。
「落ち着きなさい」
大きい声ではないが、体に響く声だった。
「この空間は彼の能力なんでしょ。この空間が消えていないという事は無事な可能性が高いわ。それと彼が消える直前に手には時計を持っていたと思ったけど、シェリル達はそのアイテムを知っているの?」
「…少なくとも私は見た記憶は無いな。もしかしたら手に入れたばかりのアイテムだったのかもしれん」
シェリルの言葉にシズク達は考え込んだ。
「そのアイテムが怪しいわよね。転移系のアイテムはいくつかあるけど、事前に仕込まない限りはあんな風に消えないだろうし」
すると、部屋の中に二人の人物が入ってきた。
「過去に移動したみたいじゃな」
「そうね。時空の歪みが出来ちゃっているわね。これは“遡りの時計”ね。タマモちゃんなら時代や場所も分かるんじゃない」
入ってきたのはタマモとロクサーヌだ。二人も別の部屋でお茶会をしていたのだが、ジュン達の部屋から異変を感じたのでやってきたのだった。
「ちょっと待っておれ。……ふむ。十五年程前の王都付近にいるの」
「「!!」」
タマモの言葉にシズクとツバキが顔を合わせる。
「タマモ殿達でジュンを呼び戻すことはできないのか?」
「ダメじゃな。過去への干渉はしない方が良い。戻ってくるのを待つ方が安全じゃ」
「そうか」
「たぬたぬ~」
シェリルは残念そうに項垂れる。そんなシェリルを見てコタロウ達が不安そうに泣き始める。
「キュキュ。キュキュキュ」
だがそんなコタロウ達をベルがすぐに宥める。コタロウ達はそんなベルに寄り添っている。
「何も分からんのは不安じゃろ。儂の力で映像を見せてやろう」
タマモの力で壁にジュンの様子が映し出された。
そこでは戦っているジュンとツバキ。それと小さいシェリルが映っていた。
 




