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第七十四話 サクスム家へ

 セルシオさんに会うと、セルシオさんは俺の肩に乗っているメアをジッと見ていた。


「増えていませんか?」

「さっき契約しました」


 何とも言えない表情をしていたが、すぐに本題へと戻った。


「サクスム家からお返事がありました。明日の訪問で構わないという事です。馬車を用意しておきますので、午後一番にギルドにお越しください」

「分かりました。…今更ですけど、ベル達を連れて行っても大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ。サクスム家も従魔はいますからね。むしろかなりお好きなので喜ばれますよ」


 そう言えばウォーレン様は長い時間ベル達を撫でていたもんな。


「ありがとうございます。それじゃあ、また明日来ますね」

「ええ。お気を付けください」


 ギルドでの用事はすぐに終わった。満腹亭で食事でもしようかと思ったが、メアはまだ大人数は避けておいた方が良いと思って、隠れ家に帰る事にした。


「それじゃあ、今日は新しくメアが仲間になったので、メアの好きそうな物を用意しました」


 そんな訳でささみ料理や魚料理を中心に出してみた。メアは一口食べると目を輝かせて食べ始める。


「急がなくてもいいからな。お代わりもあるしな」

「ニャー」


 しかし会社員をしていたころに比べると賑やかな食卓だよな。今更この生活が無くなる事は考えられない。……今ならあの男の絶望感がちょっとだけ分かる気がするな。


 賊になるしか選択肢が無かった男の事を思い出した。


「どうした? 考え事か?」

「いや、何でもないよ」


 俺は気持ちを切り替えて食事を続ける。俺がどんな風に思おうとあの男が生き返ったり元の場所に戻れるわけじゃない。それなら俺はあの男の事を忘れはしないが、暗い気持ちになる意味もない。


 ベル達を撫でたりしながら、俺は気持ちを上げるようにした。


 そして食事を終えると皆で温泉だ。ベル達は温泉がどんなものかメアに説明をしている。メアが目を大きくして驚いたのでどんな説明かが気になった。タマモに聞いてみると「内緒じゃ」と笑いながら言っていたので余計に気になってしまった。


 脱衣場に着くと脱ぐ必要がないベル達はすぐに温泉へと駆け出していった。タマモも術か何かで服を出したり消したりしているので脱衣所は素通りだ。


「…当たり前のようにタマモ殿も同じ温泉に入っているな」


 ここは男湯だから、それはシェリルも同じだと思ったが口には出さなかった。俺に不都合は無いしな。


 遅れて温泉に入るとメアに温泉を紹介しているようで一か所ずつ回っていた。打たせ湯を説明している時はベルお得意の滝登りを披露して、メアから拍手を貰っていた。


「器用じゃな」


 タマモも何気に称賛していた。

 温泉を満喫して上がると、俺は全員にドライヤーをかけていた。その中には狐姿のタマモも混じっている。そして乾かしてもらった順にシェリルによるブラッシングだ。


 多少疲れるが満足そうな顔とお礼を言われるとまたやりたくなってしまうんだよな。そして皆でベッドに移動する。メアが俺の布団に入り体を寄せてくる。メアの頭を撫でると嬉しそうに「ニャー」と鳴いてから目を瞑った。


「寝たか?」

「ぐっすりと。今日はメアにとって怒涛の一日だっただろうからな」


 夢の中でも遊んでいるのか、時折手足が動いている。

 その姿に微笑ましさを感じながら俺達も眠りについた。眠りについたはずだった。


「……何で雲の上にいるんだ?」

「分からんな。だが現実ではないだろうな」


 何故か夢の中のはずなのに、シェリルと会話をしていた。ベル達ももちろんいる。そして雲を食べたり雲に乗って遊んだりしていた。


「これは夢魔法じゃな」


 俺達の疑問に関してはタマモがあっさりと教えてくれた。そんなタマモも雲でベッドを作り楽な体勢になっている。


「夢魔法と言うとメアの魔法か?」

「そうじゃろうな。お主達と一緒にいるのが余程楽しかったのじゃろう。多分無意識に魔法を使用して皆の夢をくっつけたんじゃろうな。まあ今回の場合は問題ないじゃろう」


 笑っていたが、その言葉が微妙に引っかかった。


「問題がある場合もあるのか?」

「うむ。夢魔法は悪夢を見せることも出来る。悪夢の内容によっては相手の精神を崩壊させるぞ。それに魔力を吸い取る事も可能じゃ。メアには後で儂が夢魔法の使い方を教えておいてやろう。今日くらいは夢の中でも楽しませてやれ。起きた時に体の疲れを感じるかもしれんが、仙桃や月光水があるから大丈夫じゃろ」

 

 まあそれくらいないいか。


「ところで夢なら大抵の事は出来るのか?」

「出来るぞ。ベル達が既にやっておるぞ」


 視線を向けるとベル達が空を自由に飛んでいた。……ベルは大の字で空を飛んでいるのだが、モモンガやムササビをイメージしてしまうな。


「こんな感じか」


 隣を見るとシェリルがフワフワ浮いていた。


「先に行っているぞ」


 そのままシェリルはベル達に交じって遊び始める。


「お主は行かんのか? 待っていると思うぞ」

「行くけど空を飛ぶのは風で少しできるんだよな。…ここはやっぱり雲のマシンで空を駆け抜けた方が良いな」

「何を言っておるんじゃ?」

「まあ通じないか」


 俺は適度な大きさの雲に乗り皆に合流する。すると、雲に乗っての移動も面白そうだと思ったのか真似をし始める。


 鬼ごっこやレースなどをしている内に時間が来たのか俺達は現実へと戻された。夢から覚めるのは一瞬の事だった。


「寝た気はするけど確かに少し気怠いかもな」


 体を起こして状態を確認をしてみると、タマモの言う通りの状態だった。

 俺に続いて皆も目を覚ます。ベルやシェリルも少し疲れているようだった。ただ、メア本人は元気いっぱいだ。恐らく俺達から魔力を吸い取っていたのだろう。


 そして皆がそろったところでタマモから夢の説明が行われる。メアは悪気は一切無かったため、説明を聞くと申し訳なさそうに謝っていた。ただベル達は普通に楽しかったようで、メアを責めるようなことは無く、また今度夢で遊びたいと伝えたようだ。


 そしてメアはタマモから夢魔法を教わる事を提案されると、やる気十分に頷いていた。その後俺達はメアの訓練を見たり、食事や休憩をして時間を潰していた。


「そろそろギルドに向かうか」


 指定された時間が近づいてきたので、俺とシェリルは服を着替える。その様子を皆がジッと見ていたので冗談半分に声をかけた。


「皆も同じ様な服が欲しいのか?」


 その言葉に皆が頷いた。


「ベル達の服を作ってくれるような店ってあるのか?」

「私も流石に知らんな。クロス達に聞くのがいいんじゃないか」

「そうするか。もしかしたらバーンさんが作れるかもしれないし」


 後でクロスさん達のお店に行くことを決めて、俺達はギルドに向かった。


「何だこの馬車は」


 ギルドに着くと俺は自分の目を疑った。

 セルシオさんがいるのだが、その近くには豪華な装飾を施された馬車がある。豪華なのは良いのだが、一言で言うと悪趣味だ。さらに言うと、繋がれている馬も人を見下すような不遜な態度だ。


「あのセルシオさん」

「ああジュンさん。お疲れ様です」

「…この馬車は」

「ご想像通りです。一つだけ言わせてもらいますが、これはギルドマスターの趣味です。いつの間にか一部の方をお送りする馬車を改造されておりまして、しかも馬まで自分の趣味で」


 完全に私物化しているな。


「普通の馬車ではダメなんですか?」

「今回は偉業を成し遂げた貴方達を領主様の屋敷に連れて行きますので、体裁も整えなければならないのです。領主様の方でもお出迎えの準備をしているはずなので」


 …だとしてもこの馬車は乗りたくないな。あの馬も話しかけるベル達を無視しているし。以前乗った馬車の馬たちとは仲良くしていたんだけどな。


 そんな時に俺は一つの案を思いついた。


「セルシオさん。魔法の絨毯で向かうのはどうですか?」

「なるほど。それは良いかもしれませんね。あの手のアイテムはかなり珍しいですからね。それに冒険者らしさが出るかもしれません」


 許可を貰えたので俺達は魔法の絨毯で移動を開始した。初めて乗るメアは怖がっていたが、皆が声をかけると徐々に慣れていき楽しめる余裕も出来てきた。


「やっぱり気持ちがいいよな」

「空から街を見られる機会も普通は無いから新鮮だな」

「こうして見るとやっぱり大きい街だよな。…あれがサクスム家の屋敷だな」


 屋敷を見つけた俺達は魔法の絨毯で向かって行く。近づくにつれて人が並んでいるのが見えてきた。思った以上の人数に驚くが止まるわけにはいかないので、門の前に降り立った。


 辺りは騒然としていたが、リーダーのような人が一喝すると静かになった。よく見るとこの前会った人だよな。


「お見苦しい所を見せて申し訳ありません。私はサクスム家で兵士長をしているオルセンと申します。“旅する風”の皆様でお間違いないでしょうか?」

「はい。私はジュンと申します。こちらがシェリル・ベル・コタロウ・リッカ・ムギ・メアになります」

「お待ちしておりました。ウォーレン様が中でお待ちになっておりますので付いて来てください」


 そのままオルセンさんの後ろを付いて行くが、左右に兵士やメイドが並んで礼をしている光景は落ち着かない。


 屋敷の中に入るとそれは落ち着いて安心した。だけど領主の屋敷という事で高級そうな雰囲気がある。ただ煌びやかと言うわけではなく、落ち着いた雰囲気なのでまだマシだ。だけど飾ってある絵や花瓶がいくらするのかと考えてしまう自分がいる。


 そしてシェリルはここにツバキさんがいるからかソワソワしている。会えないかダメもとで頼んでみるか。


「ウォーレン様。“旅する風”の方々を連れてまいりました」

「入れ」


 許可を貰い部屋の中に入れてもらった。部屋は広く、そこにはウォーレン様とその奥方とご息女が待っていた。ただ、それだけではなかった。モルモットのようなネズミ。逞しい牛。額に三日月のマークが付いている虎。牛や馬並みの大きさの兎。小さな白竜。宝石のような鱗の蛇。黒毛の馬。立派な角の生えたヒツジ。忍者の姿をした子猿。ダチョウのような鳥。セントバーナード風の犬。三つの目がある猪もいた。


「ようこそサクスム家の屋敷へ。君には私の家族を皆紹介しておきたくてね。お気に召してもらえただろうか」

「ええ。素晴らしいですね」

「自慢の家族だからな。妻のイリスと娘のサラだ。他の者はまた次の機会にしよう残念ながら時間が無いからな」


 本当に残念だが仕方がない。俺達との話以外にも色々忙しいだろうからな。


「それと、娘が君の家族達にも興味を持っているんだ。良ければ話し合いは私と君とシェリル殿の三人でどうだろうか。他の者には別の部屋を用意しておこう」


 ベル達も話を聞くよりも遊ぶ方が良いだろう。何かあってもベルがいれば大丈夫だろうし、特に敵対心も感じないしな。


 視線を向けると皆は頷いていた。ただシェリルはここでは何も喋る気は無いようだ。多分ツバキさんの事で感情的になってしまうと思っているのだろう。


「構いませんよ」

「そうか。ありがとう」


 イリスさんが皆を別の部屋に案内すると、俺たち三人だけになる。扉の外にはオルセンさんがいるようだけど。


「さて、本題に入らせてもらおう。君達が邪竜を討伐して最高到達階層を更新したとギルドから聞いた。相違はないか?」

「ええ。間違いなく両方とも俺達が達成しました」


 返事をする俺の目をジッと見てくる。


「そうか。ふふ。あの時は無謀な事を言うと思ったが、実は達成していたとはな。侮れないものだな」


 ウォーレン様は機嫌良さそうな声で話しだしていた。


「約束通り君達も会談の場に招待しよう。だが気を付けるんだな。君はエルメシア教とは元々対立があった上に、司教をやり込めたそうだからな。やってくる枢機卿や聖女は君を目の敵にするだろう。それに他の教会の枢機卿達の反応も分からんぞ」

「構いませんよ。枢機卿が怖くて邪竜は倒せまんよ。それに敵対するなら遠慮しないだけですから」

「お手柔らかに頼むぞ」


 止めない事からもウォーレン様も思う所があるんだろうなと思ってしまう。


「これで話は終わりだ。会談の日時は追って知らせる。ギルドには毎日顔を出すようにしてくれ。それと街の外にはあまり出ないように頼みたい」

「分かりました。それと一つ頼みがあるのですが」


 俺の言葉にウォーレン様は先回りして返答をしてきた。


「ツバキ殿への面会は無理だ。許可は出せない。ただ体調には何も問題はないと伝えておこう」


 分かっていた事ではあるが、改めて聞くと気分が落ちてしまう。ここでごねても心証を悪くするだけだ。会談の時に頑張るしかないか。


「そうですか」

「ああ。ところでジュン。君はこの前の酒をまだ持っているか?」

「ええ。持っていますけど」

「今度はそれについての商談だ。これは君だけで大丈夫だろう。シェリル殿は移動しても構わない」


 ウォーレン様にそう言われたシェリルは静かに立ち上がり礼をする。


「本当は君達には一番良い客室を用意して泊って欲しかったんだがね、その場所はとある方が使っているから用意できないのだよ。間違って行かないようにしてくれよ。オルセン聞こえているだろ。シェリル殿が退室したら場所を教えてあげなさい」

「はっ」


 部屋の外から返事が聞こえた。


「私は三十分は商談をさせてもらうつもりだ。それ以上はどうしても難しいからね。気を付けてくれよ」

「ありがとうございます」


 シェリルは一言お礼を言ってから部屋を出た。


「…ありがとうございます」

「何のお礼だ? 言っておくが私は酒を買いたたく気でいるからな」

「ええ。色々と紹介させていただきますよ。かなり度数の高い珍しい酒もありますから。時間が許す限り試飲でもしますか?」


 この後のシェリルに何があったかは誰も知らない。ただウォーレン様との商談と言う名の飲み会を終えた時にはシェリルはスッキリした表情になっていた。


 若干目が赤いように見えたが野暮な事は言わないでおこう。それとベル達はイリスさんやサラちゃん達と仲良くなったようだった。俺も今度は絶対に混ぜてもらおう。あの巨大な兎やセントバーナード風の犬などが凄い気になっているんだよな。

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