第四十八話 更なる敵?
景色が元の迷宮に戻ると、シェリルがそこにいた。俺はすぐに声をかける。
「シェリル無事だったんだな。…あれ?ベル達は一緒じゃないのか」
「ああ、私は無事だ。貴様が一人という事はベル達はこちらか」
そう言うとシェリルは手に持っている瓶のふたを開けて逆さまにした。
するとベル達がいきなり現れた。
ベル達はキョロキョロと周囲を確認していたが、俺やシェリルを見つけると駆け寄ってきて抱き着いてくる。
「良かった。問題なさそうだな」
俺もシェリルもベル達を抱き上げて頭を撫でる。
「とりあえず一度隠れ家に戻るか。そこで話でもしようぜ」
「そうだな。今日は休んだ方が良いだろう」
そして俺達は隠れ家へと戻る。
部屋に着いた俺達はソファーに座ってまったりと寛いでいる。
俺はベル達を撫でながらシェリルに声をかけた。
「ところで、シェリル達はどんな敵が相手だったんだ?俺の方は始めは蛇の顔をした騎士だったけど、途中から下半身が大蛇になって腕が増えたりと変な相手だったよ。ああ人語も話していたけど片言だったし“コロス”としか言わなかったな」
「キュキュキュー、キュキュ」
俺が話をするとベルが俺の服を引っ張ってくる。そしてコタロウに何かを伝えると、コタロウの変化による説明が行われた。ベル達の方は二首の大蛇がいたことが判明しベルが倒した事が分かったが、リッカとムギの合体技なども印象的だ。だがそれよりも俺とシェリルは違う事に目を奪われた。
「コタロウ。その姿は」
そう。コタロウの人間への変化だ。その姿が俺やシェリルにとても似ている気がするのだ。
「たぬ♪」
コタロウは上機嫌でシェリルへと抱き着いている。こうして見ると親子にしか見えないな。
シェリルもそう感じているのか若干顔が赤くなっている。
「そうしていると親子だな」
つい口から言葉が出てしまった。シェリルは少し俺を見てくるが特に何か言ってくることは無かった。
そのままシェリルはコタロウを膝の上に乗せて、コタロウの腕の中にはリッカやムギがいるという微笑ましい光景になる。
するとベルまでもがコタロウの頭に登ってしまったので、俺はちょっとだけ寂しくなった。なので話の続きを行うことにした。
「シェリルの方はどうだったんだ?」
「私の方は貴様の相手と似たような女だな。ただこちらは相手を石にする能力を持っていた。それに情緒不安定な面はあったが会話ができたな。…それと私の小さい頃を知っているようだった」
「知り合いなのか?」
俺の質問にシェリルは首を横に振った。
「私は幼い頃のとある期間の記憶が無いのだ。もしかしたらその頃の私を知っているのかもしれん」
「それって捕まえて尋問でもすれば」
「私も捕まえて聞き出すつもりだったんだがな。溶けて消えてしまったのだ」
「…そう言えば蛇騎士もそうだったな」
俺は消えていく蛇騎士を思い浮かべた。
「まあ。良かったかもしれんがな」
「どうしてだ?」
「あの女は“組織”と言っていた。そして“異界の小瓶”というかなりレアなアイテムを所有し、それを平然と使わせている。下手に首を突っ込むと火傷じゃすまなくなりそうだからな」
勿体ない気がするが、シェリルがそう言うなら仕方が無いだろう。
「それに私のその頃の事は育ての親が知っている。大きくなったら話してくれると言っていたから問題ないだろう」
それだけ言うとシェリルはコタロウ達の頭を撫で始める。
「ところでシェリルを知っていて狙ってきた可能性はあるのか?」
「いや、偶然のようだったな。だからそれほど気にする必要は無いだろう。一応警戒は強めるがな」
話はそこで終わらせ俺達は今日の戦いの疲れを癒すことにした。
俺達は温泉に向かうと露天風呂にゆっくり浸かる。今じゃすっかりと当たり前のようにシェリルも一緒に入っている。そしてベルは相変わらず打たせ湯で滝登りを披露していた。
「しかし恐ろしい組織もあるものだな」
俺は蛇騎士を思い出しながらそう呟いた。
「珍しい事ではないぞ。国家転覆を狙う“反逆者の御旗”、殺し屋や犯罪者で構成される“裏ギルド”、破壊神の復活を企む“終末の音色”などもある。新しい組織が増えていてもおかしくない」
結構すさんだ世の中なんだなと改めて実感する。
「破壊神って勇者に倒されたんだっけか?」
「そう伝わっているな。本当かどうかは分からんがな。ただどこの教会でも破壊神が倒されたという話だけは伝わっている。勇者が倒した事にしているのはエルメシア教だけだがな」
「“虎の威を借るキツネ”……違うな。“人の褌で相撲を取る”だな」
「何だそれは?」
「人の手柄を横取りしているってこと」
「なるほど。確かにそうだな」
考えれば考えるほどエルメシア教が嫌いになっていくな。…いかんいかん。休むために来ているんだから嫌な事を考えるのは止めよう。
そう思っているとシェリルが神妙な顔で口を開いた。
「貴様達はそろそろ街に戻らなくてもいいのか?」
「え?まだ邪竜を倒してないから無理だろ」
俺の返答にシェリルは困惑した顔になる。
「別に貴様はそんな危険を冒す必要はないのだぞ。元々ダンジョンの事を教える程度の物だったしな。この後も強い魔物や危険な奴等が出てくる可能性もある」
ああ。シェリルは俺達の事を心配しているんだろうな。でも正直今更なんだよな。確かに危険なのはわかるけど、もう何か月も一緒に暮らしているんだ。シェリルを見捨てる選択肢なんて今は無い。
「俺は今の生活を結構気に入っているんだよな。それはベル達もそうだと思う。だから戻るならシェリルも一緒じゃないとな」
「…死ぬかもしれんぞ」
「別にダンジョンじゃなくてもそれは同じじゃん。…逃げて自分に嘘ついて、他人の顔色を窺って穏やかに過ごしていても死ぬときは死ぬ。それなら自分の生活を守るために戦った方が良いじゃん」
俺がそう言うとシェリルは何も言えないといった感じになる。
「それに今シェリルを置いて帰ろうとしたベル達に怒られちまうからな」
「だとしても少ししたら私が居なくても慣れると思うぞ」
「いやー、コタロウはシェリルを母親みたいに甘えている部分があるしな。リッカやムギに至ってはシェリルがいるのが当たり前だからな。勿論、俺やベルもだけどな。だから邪竜の呪いを解いた後も一緒にいてくれるとありがたいんだけど」
ベル達の賑やかな声が辺りに響く。
シェリルはそんなベル達を見てからもう一度俺の方を向く。
「そうか。私としてはありがたいからこれ以上は言わんが死ぬなよ。それだけは約束しろ」
真剣な目で見てくる。
「分かったよ。俺だって死にたくないしな。さて、そろそろ話題を変えようぜ。そうだ」
「どうしたんだ?」
気分転換のために俺は一度内風呂に向かい、風呂桶を持って露天風呂へと戻る。
そして桶の中に通販で購入した酒とおちょこを用意した。
「入浴中の飲酒は危険だけどやってみたかったんだよな」
「なるほど。私も一杯もらおうか」
互いに酒を注いで乾杯する。普通の酒だが、シチュエーションも相まって美味しく感じてしまう。
「たまにはいいな」
「そうだな。多くは飲めないが私も割と好きだぞ」
シェリルとそう話していると、ベル達も風呂桶を持ってきた。何か入れて欲しいのかなと思ったが、どうやら船にして遊びたかったらしい。コタロウとリッカは風呂桶じゃ厳しかったので、俺が大きい鍋を購入して渡すと喜んでそれに乗って遊んでいた。
「先程まで戦っていたとは思えない光景だな」
「まあいいじゃん。楽しむ時は楽しんでおかないとな」
俺達はそんな事を言いながら酒を飲み干すと、船に乗っているベル達に向けて波を作った。
「キュキュキュー♪」
「たぬたぬ♪」
「ベアベア♪」
「ピヨー♪」
流される船に大満足のようだった。そして。
「キュ!」
「ベア」
ベルは風呂桶からリッカの鍋へと大ジャンプ。そしてそれを見たムギも。
「ピヨ!」
「たぬぬ」
コタロウの鍋へとジャンプする。
「酒を飲み干してしまったが、これを肴にしても良かったな」
シェリルはこの光景に満足しているようだ。
「止めとけ。酒がこぼれると思うぞ」
「情緒が無いな貴様は」
そう言って俺達は笑っていた。




