第三十二話 新たな場所へ
翌朝もスッキリとした気分で起きることが出来た。これは皆のお陰だろう。視線を向けるとまだ皆は眠っていた。
寝ている皆の姿を見るのは案外面白い。シェリルは規則正しい寝息を立てているが、ベルは涎を垂らして夢の中でも何かを食べているよな仕草だ。コタロウは遊んでいるようで手足が動いている。
俺も小さい頃は寝相が悪く笑われていたが、こんな感じだったのだろうか?
少しするとシェリルが目を覚ます。それにつられてベルとコタロウも体を起こす。
「おはよう」
「ああ、おはよう。早いな。体調はどうだ?」
「問題ない。ただ探索中におかしいところがあったら教えてくれ」
「勿論だ。貴様に何かあったら私たちの生活が成り立たなくなるからな。さて早速準備をするか」
一日休みにしたこともあり心身ともに充実している。
朝食を簡単に済ませると、着替えて探索の準備を整える。全員の準備ができたのを確認して昨日の続きに向かった。
「さすがに二階続けて賊がいたりしないよな」
「賊には賊のルールがあるからな。さすがに近すぎる階層に別の賊はいないだろ。ただ仲間がいる可能性は否定できないがな」
「キュー」
「たぬ」
ベル達は自分達に任せろと胸を張っている。こんな姿を見せられたら俺も頑張るしかないじゃないか。頭を撫でると気持ちよさそうに顔を緩ませる。可愛らしい姿も見れたし行くか。
気合いを入れて道中襲い掛かってくる魔物を倒しながら二十階へと進んで行く。
やる気十分なベル達のおかげか順調に進む事ができ、何事も無く俺達は二十階の試練の扉の前にたどり着いた。今はボスに挑む前に小休憩を取っている。
「ここのボスは何になるんだ?」
「普通ならオークの集団にソルジャーやナイトが混ざるはずだが、十階の時のように別の魔物が現れる事もあるな」
「黒いオークとか現れたら嫌だな。今度は斧だったりしてな」
「戦うしかないが私も嫌だな。まあ現れないように祈るしかないな」
覚悟を決めて扉を開ける。部屋の中は広い空間が広がっていた。足を踏み入れると部屋の中心の魔法陣が輝き魔物が現れた。
「グモー!!!」
現れたのは牛の魔物の集団だ。二足歩行で筋肉質。手には大きな斧を持っている。ただ一体だけ頑丈そうな鎧を着こんで、大きい赤い斧と青い斧を両手に持っている個体がいた。
「ミノタウロスだよな?」
「あの一体以外はな。あれは変異種だな。身体能力がさらに上がっている可能性があるな。斧は多分火と水属性の付いた魔法武器だな」
「どれくらいの強さだろうな」
「普通のミノタウロスはCランクだ。変異種はC+程度だろう。ボスと言ってもこの辺の階層なら格段に強い相手にはならないはずだ」
「グモー!」
ボスの号令でミノタウロスの集団が襲い掛かってきたので応戦する。ボスは動かず俺達の動きを見ているようだった。
「知能も高いのか?」
「ある程度はあるかもしれんな。だが普通のミノタウロスは知能が低い。搦手は有効だぞ」
「それなら」
俺は周りが敵に見えるように幻魔法をミノタウロス達にかける。
「グモ!?グモー!」
「グモモ!」
効果は抜群なようでミノタウロス同士の大乱闘が始まった。中々の迫力だ。このまま数を減らそうと思ったところでボスの雄たけびがこだまする。
「グモー!!!」
するとさっきまで争っていたミノタウロス達が大人しくなり、俺達の方に目を向ける。
「魔法が解けたのか?」
「そのようだな。ミノタウロス達の眼の色も変わっている。あの雄たけびには鼓舞の能力もありそうだな」
「鼓舞なら最初に使えば良かったんじゃ」
「錯乱解除のためにとっておいたか、頭が回らないのか」
「後者だとありがたいな」
考察していると凄い勢いでミノタウロスが攻めてくる。腕力も速さも明らかに先程より上がっている。声だけでここまで強くなるなら応援団に入るだけで生活できそうだな。
「キュキュー」
「たぬ、たぬ」
ベルはコタロウを庇う様に戦っている。コタロウはベルの援護があるため、余裕をもって結界や光魔法でミノタウロスに攻撃している。シェリルは何度も戦った経験があるのだろう。ミノタウロスの強烈な一撃をいなして攻撃を入れていた。一方俺は、攻撃をギリギリで躱して風鳥で急所を攻撃していた。
ミノタウロスは強力だが強くなっても攻撃が単調なので俺達の方が押している。しかし、ここで傍観していたボスが動き出した。
「グモー!」
赤い斧を振り下ろす。すると大きな火球がこちらに向かって飛んできた。俺達は全員その火球を避けたが、ミノタウロス達は巻き込まれて火達磨状態だ。
ボスはもがいているミノタウロス達に見向きもしてない。使えない部下は用済みタイプなんだな。自分の指揮能力の低さは無視しているけど。
「グモ!」
今度は青い斧を振り下ろす。こちらは水で作られた牛が突進してきた。攻撃は躱したが、壁には大きな穴が開いている。威力はかなりの物だな。
「全員で取り囲め」
シェリルの声で俺達は三方向に分かれてボスに攻撃を開始する。俺からは水と風の魔法、ベルとコタロウからは光と闇の魔法、そしてシェリルからは何種類もの魔法が飛んでくる。
「グモ!グモモ!」
ボスは二つの斧で防いでいたが数の差で押されている。
「グモー!」
ボスは俺を睨むと攻撃を無視して突進を仕掛けてきた。速いけど一直線の攻撃で曲がることもできないようなので、横に飛んで躱す。
そして止まった所で一斉に魔法で狙い撃ちだ。
「グモ、グモ」
もはやボスには何も出来なかった。
「グモモー!!」
雄叫びをあげるとそのまま消えていった。気配も感じないし俺達の勝ちだろう。
「たぬ!」
コタロウが謎のポーズを決めていた。コタロウの中では最近勝った後にポーズを決めるのがブームなようだった。
某ゲームを思い出す行動だ。俺もかばうだけでどんな攻撃も三回まで無効化する能力が欲しいな。好感度も上がるし、あれもチート能力と言っていいよな。
「アイテムが出てきたぞ」
シェリル言うとおり、ボスを倒したことドロップアイテムと宝箱が現れた。俺達は目を輝かせる。ミノタウロスのドロップアイテムは魔石と肉だった。魔石の大きさも中々の物だ。そしてボスからは二つの斧が手に入った。名前は“爆炎斧”と“激流斧”だ。能力は火と水の属性を持ち操れるという物だ。シェリルに聞くと結構出回っているタイプの武器らしいが上位互換タイプのようだ。
そしてお待ちかねの宝箱だ。皆が注目する中、ベルが魔法を使って宝箱を開けた。
「キュー!」
勢いよく開いた宝箱を開くと、とんでもない物が入っていた。
「ほう、キレイだな」
「たぬ♪」
「キュキュ♪」
シェリルとコタロウはそのアイテムに見惚れていた。ベルはそのアイテムを担ぐと俺に差し出してくる。
「ありがとなベル。ちょっとこのアイテムを借りるぞ」
俺はアイテムを収納して情報を調べる。そこには予想通りの名前がついていた。
“隠れ家のオーブ(カスタム プール&海)”
壊すことによって隠れ家の能力にカスタムできる。
カスタムだと。新しい隠れ家のオーブかと思ったけど違うんだな。名前から考えると温泉宿から海やプールに行けるようなったという事か?
「おい。一体そのアイテムは何なんだ?」
俺が説明をしなかったので、しびれを切らしたシェリルが尋ねてきた。俺は謝りながら質問に答える。
「ああすまない。これは隠れ家のオーブだ。これを割る事で他の施設が使えるようになるみたいだ」
「「「!?」」」
俺の説明に皆驚きを隠せなかったようだ。
「これは海とプールが使えるみたいだ。どんな形で追加されるのかは知らないけど」
「プールと言うと、昨日遊んだようなものか?」
「そうだな。だけど大きさが全然違うはずだ。泳いだり遊んだりする水を使った施設で、俺やシェリルが使っても壊れることは無いよ」
「それは楽しそうだな」
「ボスも倒したことだし休憩しながら見に行くか」
「賛成だ」
「キュ♪」
「たぬ♪」
二十一階に降りてから隠れ家に入る。
入り口の様子は変化が無いな。
「どこから海やプールに向かうんだ?」
「分からん。ちょっと探してみるか」
手分けして探してみるが周囲にはそれっぽい物は無かった。仕方がないので一度部屋に戻ろうと宿に入ると知らない扉が増えていた。
「これなのか。こっちが海でこっちがプールか」
試しにプールの扉を開くと流れるプールやウォータースライダーなどがある大型の施設が目の前にあった。
「キュ♪」
「たぬ♪」
走り出すベルとコタロウを捕まえておく。一度遊ばせたらこの後の探索の体力がなくなるまで遊んでしまいそうな気がしたからだ。
「異空間の中にまた異空間か。貴様は本当に規格外だな」
「運が良いという事にしてくれ。ここにいると遊びたくなるから海の方を見に行こうぜ」
「そうするか。しかし遊ぶ時には服を考えなければならんな。隣に助平がいるからな」
そう言ってシェリルが俺を見てくる。
「…大丈夫。水着を用意するから」
「水着も買えるのか」
そんな会話をしながら遊びたそうな二匹を連れて、今度は海の扉を開ける。
「おお!」
「これは素敵だな」
「キュー♪」
「たぬー♪」
目の前には壮大な海が広がっていた。さらに水上ヴィラが七棟建っていた。
「建物を見てもいいか」
「勿論だ。私も興味がある」
「キュキュー♪」
「たぬぬー♪」
俺達は一番近い水上ヴィラに入っていく。建物は思ったより広く生活できる環境が整っていた。海の見えるお風呂や小さいプールも付いていてベル達は大はしゃぎだ。水上ハンモックやデッキテラスなんかも付いている。
「これは温泉とは違うけど嬉しい物だな。ベル、サンキューな」
「キュ―///」
ベルの頭を撫でると照れたように一鳴きする。コタロウがそれを羨ましそうに見ているのでコタロウも抱き上げて撫でまわす。
俺もベル達も満足すると軽食を取る事にした。サンドイッチ各種と飲み物。それに食べたいスイーツを選択してもらってテーブルの上に出す。
「温泉宿も良いが開放的な海も中々良いな。ベルやコタロウ程ではないが泳ぎたくなるな」
「今度休む時はプールか海で遊ぶか。さっきも言ったけど水着も通販で買えるしな」
「どんなものがあるのだ?」
俺は通販で女性用の水着をシェリルに見せる。
「デザインはこちらと同じなのだな」
「こっちにも水着はあるのか?」
「海が近くにある街で良く売っているぞ。渡り人が広めたと聞いたことがあるな」
色んな魔物の素材があるから適している物があったんだな。
「ところで貴様はどれを着てほしいんだ?せっかくだから着てやるぞ。選んだ物によっては覚悟してもらうがな」
「…後でゆっくり決めてもいいか」
種類が多すぎで選べない。シェリルなら何でも似合いそうだし、せっかく選んだ物を着てくれるなら全力で選びたい。
「ふふ。構わないぞ」
シェリルはクスリと笑って食事に戻る。
「キュキュ!」
「たぬたぬ!」
ベルとコタロウが海を指さして興奮していた。何やら音もするので見てみると、少し離れた場所でイルカの群がジャンプしていた。
「おおスゲェ!」
「セラピードルフィンの群か。珍しい物を見れたな」
「…ちなみに襲ってきたりするか?」
「基本的には大人しい魔物だ。知能も高く友好的だ。こちらから危害を加えなければ問題ないぞ。何なら海で人を助ける事も多くあるぞ」
いい魔物なんだな。…あれ?魔物が何で隠れ家の中にいるんだ?
「なあシェリル」
「どうした?」
「何でこの空間に魔物がいるんだろうな」
「ダンジョンと同じく自然発生しているんじゃないのか?」
「そういうことがあるのか?」
「そういう事にしておけ。考えても答えは出ないと思うぞ」
「…そうだな。今は景色を楽しむか」
疑問は出てくるが考えるのは止めることにした。危険な魔物がいるようなら考えないといけないが、現状は気にしなくていいだろう。むしろ一緒に遊ぶことも出来るかもしれないし。
それにしても海も所有できるとは思わなかったな。ポイントが貯まったらクルーザーや豪華客船で航海でもしたいな。…いや動かし方が分からないから無理か。水上バイクとかなら出来るか?
思いを巡らせるが、疲れが出てきたのか眠くなってきた。
「さて食事もとったし少し寝るかな」
「そうだな。まだ探索はあるからな」
寝室へ向かうとベル達も後をついてくる。本当はハンモックも興味があったが、慣れない状況で休めるかが疑問だったのでやめておいた。
ベッドに横になると、あれだけはしゃいでいたベル達が一番最初に眠りにつく。その様子を見てから俺も瞼を閉じた。
 




