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第三十話 赤く染まる

「おい。朝だぞ。起きないか」

「キュ」

「たぬ♪」


 体の揺れに頬っぺたの違和感。それに腹の上で何かが飛び跳ねている感覚で俺は目が覚めた。


「…おはよう」

「ようやく起きたか」


 俺はいつもは早く起きる方なのだが、今日は一番最後だったようだ。まあこんな日もあるだろう。


 腹の上に乗っているコタロウを抱き上げながら体を起こす。コタロウ、ちょっと重くなったか?いや大きくなったのか。


 着替えを終えると朝食を用意して皆で食べ始める。


「ところで今日は二十階の試練の扉が目標か?」


「いや、二十階にたどり着くのが目標だ。今日だと戦う頃には疲れが溜まっている可能性があるからな。十階の事を考えると万全の状態で臨める明日の方が良い」

「了解だ」


 朝食を食べて準備を済ませると、ダンジョンへと戻る。


 今日も草木を掻き分けて進み続ける。ゴブリンやオーク等の人型の魔物はあまりいないが、狼・猿・熊・蛙・蛇・鳥・虫と多種類の魔物が出てくるのでいい経験になる。


 そして十八階に着いた時、俺達を監視するような視線を感じた。シェリルやベルも気づいたようで小声で話しかけてくる。


(気づいているようだな、誰かに見られているぞ)

(“光の剣”の関係者か?)

(いや、品定めをしているような視線だ。賊の可能性の方が高い。まあどちらにしても襲ってくるようなら返り討ちにするだけだがな)

(だけど隠れ家を使えないのは痛いな)

(嘆いても仕方がない。適当な場所で休憩を取るぞ)

(了解)


 少し移動すると丁度良い広場があったのでブルーシートとコタロウの結界を使用して昼休憩を取る。


「結界のおかげでようやく普通に喋れるな。それでも監視されているのは気になるけどさ」

「そうだな。だが、結界をすり抜けて監視や盗聴するアイテムがあるから気をつけろ。今回は使っている様子はないみたいだがな」

「そんなアイテムもあるんだな。勘弁してほしいな」


 適当に雑談しながら昼食を用意する。今回は念のために収納袋から缶詰と飲み物を取り出すことにした。


「この保存食は便利だな。味も良いし長期間持つのだろう。冒険者だけじゃなく街の人間も絶対に買うと思うぞ」

「だけど商売は難しいからな。…突発的に辻売りでもしてみるか」

「大きい街だと許可が必要だから下手すると捕まるからな」


 そんな話をしながらそれぞれが食べたい物を選んで食べ始める。一応視線の存在に注意しながら体を休める。だが常に気を張る必要があるので案外大変だった。


「周りに注意しながら休むのって大変だな」

「貴様の能力がダンジョンでいかに有用か分かっただろう。賊や魔物を気にせず睡眠できるのはかなり重要だ。まあ今回のように知られないようにするのに気を遣うがな」


 ゴブリンの大規模討伐では、大人数でベテラン勢やギルドの方が中心で夜の見張りもしてくれていたからな。実際に自分でやると全然違うよな。


 気が滅入っていたが結界内で走り回っているベルとコタロウが目に入る。


「キュキュー♪」

「たぬぬ~♪」


 こんな状況でも楽しんでいる二匹を見ると少しだけ心が軽くなる。シェリルと一緒に眺めているとベルとコタロウが寄ってきた。


「キュ♪」

「たぬ♪」


 飛びついてくるベル達を互いに受け止める。そのまま撫でまわすとなんだか楽しくなり、監視を気にしていた自分が馬鹿らしく感じてしまう。


 監視の視線はその後も途切れることは無かったが、ベル達のおかげで気にせずに休むことができた。体調が整ったところで次の階層に向けて出発する。


「それにしてもアイツ等暇人だな本当に。だけどこのまま監視だけで終われば楽なんだがな」

「どうだろうな。とにかくいつでも動けるように準備だけはしておくぞ」


 森の中を歩いて行く。監視は気になるがそれよりも襲い掛かってくる魔物にも気をつけなければならない。気を引き締めながら進んで行く。


「アイツ等の方を襲ってくれればな」

「まったくだ。共倒れしてくれれば楽なのだがな」


 適当に話をしながら魔物を倒していく。その間も監視はあるが襲ってくる様子は無かった。そしてシーフモンキーを倒したところで次の階層に向かう扉を見つけた。


「案外すんなり見つかったな」


 俺は扉に向かって進んで行ったのだが嫌な予感がして足を止めた。


「どうした?」

「いや、何故か進んじゃいけない気がする」


 まだ消えていないシーフモンキーがいたのでそれを投げてみる。

 すると、魔法陣が現れてシーフモンキーを拘束した。


「やっぱり罠か」


 罠を確認した瞬間に俺達の周囲には魔法陣が現れて、そこから人相の悪い男達が現れた。そしてリーダーっぽい男が前に出る。


「あーあ、大人しく捕まっていれば痛い目には合わなかったのにな」

「貴様等も諦めていれば死ぬ事にはならなかったのにな」


 リーダーとシェリルが睨み合う。


「言うねぇ。アンタ確かシェリルだったよな」

「何だ貴様でも知っているのか」

「元とは言えAランクの冒険者くらいは把握しているさ。それに呪われたとはいえアンタを捕まえれば箔がつくだろ」

「捕まえられればな」


 シェリルは挑発するように言葉を投げかける。


「この人数差を見てもそう言えるのか。こっちは二十人、アンタらは二人に弱そうな従魔が二匹だけだろ。男の方も強そうな感じがしないしな」

「見た目で侮ると痛い目を見ると思うがな」

「口が減らないな。まあいい。呪われたと聞いていたがそんだけの美人なら楽しめそうだ」


 下衆な笑いが周囲に響き渡る。


「そんな物好きは間に合っている」


 そう言って俺を引き寄せる。


「…余裕こいてんじゃねえぞ。お前らやっちまいな!女は生け捕りに、男や従魔は好きにしろ!」


「「「うぉぉぉ!!」」」


 リーダーの号令で男達は動き出す。四方から俺達に襲い掛かってくる。


「まあそうくるよな」


 俺もシェリルも武器を構えて応戦する。男達はそれなりに強いが黒いゴブリンやゴブリンゴーレムの方が強い。俺は賊を倒し続けた。


 手に残る嫌な感触。耳に残る断末魔の悲鳴。鼻に付く血の臭い。そして返り血で手や体が赤く染まっていく。


 そして賊に堕ちるしかなかった男の最期が脳裏によぎりだす。

 …何で俺は人を殺しているんだろうか?何で殺意を持って襲われているんだろうか?何でこんなに俺は赤くなっているんだ?原因は誰だ?…あの駄女神だ。


 原因を作った女神に対する怒りが体を心を支配していく。


「何だよお前は!?」


 賊が怯えている。そんな賊を俺は一撃で粉砕した。不思議な高揚感。壊すことに楽しさを覚えていくようだ。


「あぁー!!」


 吼えている声が自分のかも分からない。ただ、目の前の敵を壊すのにしか意識が向かない。全てが赤い。賊も俺も。

 そんな時だった。


「キュー!!」


 首筋に痛みを感じて我に返る。

 ベルが俺の肩に乗って泣きそうな顔で首を噛んでいた。


「キュキュ」

「…ベル。俺は今何をしていたんだ?」


 ハッキリと思い出せない。楽しいという感覚だけは残っているが、この惨状は記憶が無い。

 俺の目の前には原形が分からない程バラバラになった賊の姿があった。辺りは赤い池になっている。


「ば、化け物」


 一人生き残っていた賊のリーダーが俺を見て怯えていた。

 そんなリーダーは次の瞬間、シェリルによって真っ二つにされてその人生を終えた。


「戻って今日は休むぞ」


 俺は頷いて入口を開ける。


 中に入ると昨日と同じくソファーに座る。ベルとコタロウは心配そうに俺の側から離れようとしない。

 俺は口を開いてシェリルに聞いてきた。


「なあ。俺はさっき何をしていたんだ?」

「…始めは普通に賊を倒していた。少々ぎこちなかったがな。だが、途中から明らかに貴様の気配が変わった。それからだったな。貴様は一撃で賊を粉砕してみせた。それだけではなく動きも全然違った。一瞬のうちに賊を葬った。貴様の動きに反応できたのはベルだけだったな。…逆に聞くが貴様のアレは何なんだ?」


 シェリルに聞かれるが俺もあんな状態は初めてだからよく分からない。……いや、女神の事を思い出した時に似たような感覚があったかもしれない。毎回ベルやコタロウが声をかけてくれたから特に問題が無かったのかもな。


「俺もあんな風になったのは初めてだから分からないんだよ。ただ思い当たる節は少しある。信じられない話かもしれないけど構わないか?」

「構わん。話してみろ」


 ベルとコタロウも俺の方をジッと見ている。


「まず俺はな。この世界の人間じゃないんだ」

「…“渡り人”か。異世界から来た人間。もしくは記憶を持って産まれた者は不思議な力や強大な力を持つからな。納得できる話ではあるな」


 シェリルの言葉に俺は少し驚いた。


「結構異世界から来た人間は多いのか?」

「多くはないが確かにいるぞ。何かしらの分野で活躍して有名になっている事が多いな。私の育ての親も異世界から来ている。確か日本と言っていたな」


 同郷か。いつか会ってみたいな。


「そうなのか。でもそれなら話やすいな。俺がこの世界に来る事になったのは前の世界で死んだからなんだ。しかもその原因がエルメシアだ」

「それはエルメシア教の女神の事か?」

「ああ。異世界に行くときに俺達には強力な能力が与えられるそうなんだけど、あの駄女神はそれが目当てだったんだよ。勇者に良い能力をいくつも与えるために俺達を殺したと言っていたよ」

「何だそれは!?」


 さすがのシェリルもこの話には驚きを隠せていないようだった。


「それと俺と同じように殺された人間は他にもいたんだ。俺は偶然Dランクの昇級試験でその人間に合った。その男は賊に身を落としていた。…それしかこの世界で生きていく方法が無かったのかもな。俺はその男をこの手で殺した」

「キュキュ」

「たぬぬ」


 俺はまた涙を流していたようだ。ベルとコタロウが優しく涙を拭ってくれた。


「名前も聞いてはいないけど、その男の女神に対する恨み言と最期に笑みを浮かべて逝った姿だけは忘れられない。それと同時に駄女神に対する怒りが抑えられないんだよ」

「なるほどな。だがそれだけあのように変わるものか?」

「もう一つ俺の種族なんだが“人間?”なんだよ。なぜか?が付いているんだ。もしかしたら俺は人間じゃない何かで怒りに反応してああなったのかもしれない」

「そうか。なら貴様には少し余裕が必要なのかもな。大規模討伐やエルメシア教との諍い。そしてダンジョン。貴様は自分が思っているよりも心が疲れているのかもしれん。明日は休んだ方が良い」


 俺は少し悩んだがシェリルの意見に頷いた。


「シェリルは早く進みたいだろうに悪いな。お言葉に甘えさせてもらう」

「きにするな。それを踏まえても貴様達といた方が速いと判断しているからな。それに私もここでゆっくりしたい気持ちがある」

「ありがとうな。ちょっと俺は温泉にでも入ってくるわ」


 俺は気分を変えるために温泉へと浸かる。

 露天風呂に浸かるがどこか気分は晴れない。


「もはや女神の呪いだな」


 今の生活はそれなりに楽しいが、やはり女神のしでかした事に対しての怒りは薄れる様子が無い。


「こうなりゃ久しぶりに酒でも飲むか」 


 やけ酒ではないがたまにはいいだろう。明日が休みなら多少飲み過ぎたところで何でもないからな。

 俺が温泉から上がって部屋に戻るとシェリルがベルとコタロウの相手をしてくれていた。


「少しはスッキリしたか」

「まあな。ところでシェリル。今日酒でも飲まないか?」

「ふむ。…まあ飲みすぎなければ付き合うぞ」

「おお、久しぶりの酒だ♪」


 シェリルの返事を聞き俺は嬉しくなった。酒は基本的に誰かと飲む方が楽しいからな。


「早速夕食に合わせて一杯飲むか?」

「頂こう」


 俺はとりあえず夕食と自分の好みの辛口の日本酒を取り出した。


「色が無い酒か。私は初めて飲むな」


 興味深く日本酒を見てから口に含んだ。表情から察するに気に入ってくれたようだ。

 俺も久しぶりの日本酒を堪能する。


「あ~、やっぱ好きだわこれ」


 飲んでいるとベルとコタロウも興味があるのかじっと見てくる。


「飲みたいのか?」


 二匹ともコクンと頷いた。飲ませていいのか考えたが、魔物だから大丈夫だろうと思いほんの少しだけ飲ませてみる。


「キュー♪」

「…たぬ」


 両極端の反応だった。ベルは好きなようでおかわりを要求してきたが、コタロウは口に合わないようだった。


「無理に飲まなくてもいいからな」

「たぬ~」


 コタロウはしょぼんと落ち込んでしまった。俺達が美味そうに飲んでいるのに自分だけ飲めないのが嫌なようだ。


 俺はそんなコタロウを見て果実酒とカルーアミルクを出してみた。


「こっちを飲んでみるか。種類は違うがこれもお酒だぞ」


 コタロウが恐る恐る果実酒を一口飲んでみる。


「たぬ♪」


 これは飲めるようだった。次はカルーアミルクを試すとこれも大丈夫だったようで機嫌が直っていく。


「私も一口貰うぞ」

「キュ」


 シェリル達も気になっていたようで一口ずつ飲んでいく。まあこれくらいならチャンポンにはならないだろう。


「思った以上に甘くて飲みやすいな。これなら誰でも飲めそうだ」

「俺も昔は日本酒がダメで専ら果実酒とカルーアだったな。ウイスキーや焼酎、ビールは飲めるけど好きじゃないんだよな」


 ちなみに今は日本酒か梅酒しか飲んでない。会社の飲み会ではビールは少し飲むけど。


「色々あるのだな。その辺の酒も興味があるから次の機会に出してくれ」

「了解だ」


 飲み続けているとコタロウが眠くなってきたようで目がトロンとしてきた。

 疲れとアルコールのせいかな。


「今日はお開きにするか」


 テーブルの上を片付けて寝る準備をするとベルが何か訴えてきている。


「コタロウの面倒は自分が見るから、私とジュンは別室で飲んでこいと言っているのか?」

「キュ♪」


 正解と言うように腕で丸を作る。


「ならベルの厚意に甘えよう。隣の部屋でもう少し飲むか」

「ありがとなベル。それならテーブルの上に数種類の酒とつまみを置いて行くよ」

「キュキュ」


 俺達は隣の部屋へと移動する。作りはほとんど同じだが、冷蔵庫などは用意していないので少し寂しい感じがする。だけどそんな事は気にせずに、日本酒とつまみを出していく。つまみは個人的な趣味満開だ。


 クリームチーズのみそ漬け・鮭とば・豚足・豚の角煮・あたりめ・枝豆・刺身などだ。

 量が多い気がするが余った物は後で食べればいいだけだ。


「ところで貴様は酒を飲むのはそんなに久しぶりなのか?」

「この世界に来てからは飲んでいないな」

「そうなのか?」

「ああ。色々やる事があったしな。それに飲みたい気持ちはあったけど美味い店や飲み友達もいなかったのも原因だな。一人で飲んでもつまんないし」

「ふふ、私なら毎晩でも晩酌に付き合うぞ。美味い酒とつまみを用意すればな」

「是非。と言いたいけど毎日は飲みすぎだな。少なくともダンジョンにいる間は休養日の前日しか飲めないな」


 他愛のない話をしながら飲み続ける。俺は酒豪ではないので大分酔っぱらってきた気がする。だけどシェリルはあまり変わっていないようだった。


「強いな」

「顔に出ないだけだ。これでも酔っているぞ」

「全然見えないけどな。さてと、酒もつまみも無くなってきたしこっちもお開きにするか。しめは何にする?」

「貴様のお薦めを頼む」


 俺は少し考えて鯛茶漬けを出した。熱いので少し冷ましてから頂く。


「落ち着く味だな」

「パフェにでもしようか迷ったけどな」


 俺は甘い物も結構好きだからな。ワッフルやハニートースト何かもいいな。


「パフェ?」

「フルーツ・クリーム・アイスとかが乗っている甘い物だな」

「それも食べるから出してくれ」


 甘い物好きなんだな。迫力に押された俺はチョコレートパフェを出すことにした。

 言葉には出さないがシェリルは本当に美味しそうに食べていく。甘い物は別腹って本当だな。俺はもう入らないけど。


「堪能したぞ。今日は気分よく眠れそうだ」

「それなら良かった。俺もシェリル達のおかげで普通に寝れそうだ」


 部屋に戻るとベルとコタロウはすっかり眠っていた。テーブルの上を見るとキレイに食べ尽くされていた。かなりの量を置いたんだけどな。さすがベルだ。


 俺達も寝る準備をしてベッドに横になる。明日もゆっくりするかな。

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