第二十六話 厄介事
帰りの馬車は他の冒険者と一緒になった。その中にはシェリルもいる。
やはり顔の痣が消えた事で周りからは注目されているが、本人は周りの反応など歯牙にもかけていない。
「もうすぐ着きそうだな」
「それでも油断はするなよ。私達は帰るまでが仕事だ。依頼が終わったと思って帰りに被害を受ける冒険者は多いぞ」
そんな注意を受けながらも夕方には無事に街へ戻る事ができた。
「では皆さん。明日から一週間以内にギルドで手続きを行ってください。そうしないと報酬が無くなってしまいますのでお忘れなく」
ギルド職員の話を聞いてから冒険者達はそれぞれの宿へ戻っていった。
俺達もシェリルと分かれて久しぶりに隠れ家へと戻るつもりだ。シェリルはアイテムボックスの中に入っていた金貨がまだあるようなので、久しぶりにまともな宿に泊まれるとご機嫌になっていた
「それじゃあ気を付けて」
「…貴様達もな」
シェリルは一度ベルとコタロウを撫でてから宿へと向かって歩いて行く。
「俺達も戻るか」
「キュキュ」
「たぬぬ」
人目を避けながら適当に街を歩く。
「あ、ベルちゃんだ」
「コタロウちゃんもいるよ」
すると孤児院の子供達が俺達を発見したようで元気よく駆けてきた。側にはシモンさんもいる。
子供達はそのままベルとコタロウに触って楽しそうにしている。
「ジュンさんお戻りになられたのですね。ご無事で何よりです」
「ありがとうございます。お陰様で元気に戻って来れました」
シモンさんは俺達の事を心配していたようでホッとした表情だ。
そのまま簡単に世間話を続けていると、シモンさんから面白い話が出てきた。
「実はジュンさん達と出会ってから本部に従魔を申請していたのですよ。ジュンさん達が依頼に出かけた後に送られてきたのですが、よければ見に来られませんか?食事や寝床も用意いたしますよ」
久しぶりに隠れ家に戻ろうかと思ったが、シモンさんの厚意を無下にするのもな。それに従魔にも興味があるしな。
考えていると、服が引っ張られる感覚があって目を向ける。そこにはベルを肩に乗せたりコタロウを抱きかかえている子供達の姿があった。
言葉にはしてないが目で訴えているのがよく分かる。ベルもコタロウも乗り気なようだったので提案を受け入れた。
「それじゃあお世話になろうかな」
「「「やったー♪」」」
「キュキュー♪」
「たぬぬー♪」
シモンさんは、喜ぶ子供達に温かい視線を向けている。
「ありがとうございます。それでは向かいましょう」
それから皆で孤児院へと向かう。
扉を開けるとミーファさんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい。あら、ジュンさん達もご一緒でしたのですね。お元気そうで何よりです」
そのまま部屋に通される。部屋に入るとベル達が一緒という事もあり子供達は盛り上がっていた。
「ベルとコタロウだ」
「本当だ。やったー」
「こっちに来て新しい友達がいるんだよ」
新しい友達が従魔の事らしい。従魔は子供達に囲まれていて見えにくかったが、俺達に紹介するために少し離れてくれたのでその姿が見えるようになった。
「メエー」
そこにはモコモコした羊がいた。まだ小さく上に顔立ちも可愛らしい。たしかにこれなら子供達とも仲良くなれるだろうなと思ってしまう。
「この子は何という名前なんですか?」
「雲羊という種族で“モコ”と名付けております」
シモンさんと話をしていると、ベルとコタロウはすぐに仲良くなったようで、モコの背中や頭に乗っている。モコはそのままゆっくりと部屋の中を歩きだして、俺達の方に向かって来た。
「メエー」
「モコだったな。よろしくな」
向こうから挨拶をしてくれたので、俺は視線を合わせて挨拶を返す。そして撫でてみると、凄いフワフワして気持ちが良かった。撫でている間も動くことは無いし、向こうから体をすり寄せてくる。これは子供たちに人気が出るだろうな。
それから皆で夕食を頂いて就寝となる。ただせっかくベル達がいるからという事で寝る時間はいつもより遅めにしたらしい。ギリギリまで子供達の楽しい声が響いていた。
翌日。朝食を頂いてから、皆に挨拶をしている。ベル達が帰るときはよく泣き声が聞こえていたがモコがいるお陰で大分落ち着いていた。
「それではありがとうございました」
「いえいえ。ジュンさん達が来てくださいますと皆が喜びますからいつでも立ち寄ってください」
「ありがとうございます。しかしモコは来て間もないのにすっかり打ち解けていますね」
「ありがたいことです。もう私達や子供達にとっても家族のような存在ですからな。これもジュンさん達が来てくれたおかげですよ。ジュンさん達に会わなければ、来てもらおうとは考えませんでしたからね。それではお気を付けて」
孤児院の人達に手を振りながら、俺達は報酬をもらうためにギルドへと向かう。
ギルドの中は大勢の人で溢れていた。殆どが俺と同じように報酬を貰いに来た人なんだろうなと思ってしまう。
仕方が無いので大人しく列に並んで待つことにした。結局昼近くまで待ってから俺の順番となる。いつもはサイラスさんが担当してくれることが多いのだが、サイラスさんはまだ戻ってきていないので違う人が担当になる。
「……」
不躾に報酬の入った袋を机の上に置かれた。額とかには問題がなさそうだが、その目は早くどっか行けと言っている。基本的に俺にこんな事をしてくるのは“光の剣”の関係者だろう。
相手にするだけ面倒だと思い、さっさとギルドから出る。
「今日は何しようか?」
「キュ~」
「たぬ~」
ベルもコタロウも頭を悩ませる。
すると後ろから声がかかる。
「貴様は何をしているんだ?」
声の主はシェリルだった。彼女も報酬を貰いにギルドに来たらしい。そしてそのままベル達を抱き上げて撫で始める。
「キュキュ♪」
「たぬぬ♪」
ベル達も最近は構ってくれる人が大勢できてご機嫌だ。俺達は近くの屋台で昼食を買って、公園に場所を移して座る。
「シェリルはこの後はどうするんだ?」
「今日は宿で休むだけだ。そういえば貴様はどこの宿に泊まっているんだ?」
「その日の気分で適当だな。昨日は孤児院に泊めてもらったし」
俺が孤児院の子供達やモコの話をしていると、タイミングよく散歩中のモコ達が通りかかった。
「あ、ベルちゃんとコタロウちゃん発見」
「やったー」
子供達はモコを連れて側へと駆け寄ってきた。
だが子供達の興味は始めて見るシェリルに向けられた。
「お姉ちゃんキレイ」
「お姉ちゃんもベルちゃん達とお友達なの?」
「一緒に遊ぼう」
「見て見て。この子はモコって言うんだよ。僕達のお友達なの」
「メエー」
どんどんやってくる子供達に一瞬驚いたシェリルだったが、すぐに笑顔を作り子供達の対応をしていた。
「すみません子供達が」
今日の付き添いはミーシャさんだった。ミーシャさんはシェリルに謝るが当の本人は気にしていなかった。
「構わん。別に嫌いではないからな」
嫌いじゃないというか、むしろ結構好きなようにも見える。そのまま俺達は子供達と遊ぶことになった。俺としても昨日はあまりモコと関われなかったので、また遊べるのは嬉しい事だ。
そのまま楽しく遊んでいたのだが、突然男の怒号が響き渡った。
「おい!汚らわしいガキども。邪魔だからそこを退け!」
…あれは確かエルメシア教の司教だったよな。となりのオッサンは誰だ?他にもギルドマスターや“光の剣”もいやがるし。
ミーシャさんは急いで子供達をこちらへと連れて来た。
「ふむ。クーズ司教よ。あの者達はエルメシア教の信徒なのか?」
「いえいえブレンズ枢機卿。あんなみすぼらしい者達はエルメシア教の者ではございません。ロクサーヌ教が運営する孤児院の者でございます」
「やはりか。エルメシア教でない者は見ただけで不幸なのが分かるな。皆がエルメシア教に入信すれば世界は平和になるというのに、愚かな者達だな」
枢機卿か。それでギルドマスターまで出張っているのか。“光の剣”も討伐が終わったばかりでよくやるな。だけどどこか消えてくれないかな。
そう思っていると枢機卿は驚くべき発言をした。
「む。魔物がおるではないか!早く討伐しなさい」
その視線の先にはモコに乗っているベルとコタロウが子供達に囲まれている。
ここですぐ動いたのはミーシャさんだ。
「申し訳ありませんが、この街では従魔の存在は認められております。勝手な処分など許されておりません」
毅然とした態度のミーシャさんだが、ここでギルドマスターが口を出してきた。
「確かにそうだけど。そこのリスとタヌキに関しては処分されても仕方がないわよ。決闘に横槍を入れるほど躾がなっていないみたいだからね。危険と判断できるわ。冒険者の従魔なら私に権限があるのよ」
「え?」
「それに貴女はダークエルフよね。穢れた存在が私達の邪魔をしても良いと思っているの?」
「そうですよ。だから退いてくれないか。僕の剣は人を守るための物だからね」
ギルドマスターの許可を貰ったシャイニーが、不敵な笑みで俺を見てからミーシャさん達に向かって剣を向ける。
俺はすぐに走り出してシャイニーをぶん殴る。
「ぐぁっ!?」
ギルドマスターやお偉いさんたちの前で、俺が行動しないとでも思ったのだろう。シャイニーは防御も出来ずそのまま飛ばされた。
立ち上がるとシャイニーは俺を睨む。
「君は何をしたか分かっているのか」
「…猛省しているよ。カッとなって子供達の前で暴力行為を行ってしまった。皆ごめん」
この事は反省が必要だ。子供達の中には賊に両親を殺された子供もいる。それを思い出させるような行為はしてはいけなかった。
「ミーシャさん。子供達を連れ帰ってもらっても良いですか」
「え、ええ。ですが」
「お願いします」
何か言いたそうだったが、子供達の事を考えてその場から離れてくれた。
「何だこの者は?エルメシア教の信徒に無礼を働いたぞ」
「申し訳ありません。街のギルド所属の冒険者でございます」
「冒険者の質も悪くなったものだ。やはりエルメシア教以外の者は信用できんな。厳しい処罰を頼むぞ」
「畏まりました」
ギルドマスターは枢機卿に一礼すると俺を睨む。
「ギルドマスターとして命じるわ。貴方の従魔は他者襲う危険性が高いため処分しなさい。そして貴方にも監督責任と邪魔をした罰があるわ。厳しい処分を覚悟しておくことね」
「目も耳もおかしいんだな。これだから厚化粧の若作りは。自分が年を取った事を自覚して引退したらどうだ」
「…今何と言ったのかしら?」
殺気のこもった視線を俺に向けている。そして近くではシェリルが笑っているのが見えた。
「見た目に自信が無くて化粧で誤魔化しているだけの無能な年寄りは引き籠れって言ったんだよ」
「そう。それが貴方の最期の言葉になるのね」
「人の話を聞けないならやっぱりギルドマスターとして不適格だな」
「…何か申し開きがあるのかしら?」
さすがに公園で暴れるわけにもいかず。ギルドマスターは呼吸を整え始めた。
「まず、危険性が高い従魔はシャイニーの方だ。アンリが決闘中に横入りして俺を襲おうとした。ベルとコタロウは俺を助けてくれただけだし、シャイニーには危害を加えていない。目撃者は沢山いるが話は聞いたのか?」
「…うるさいわね。当事者であるシャイニーがそう言ったのよ。正しいに決まっているわ」
「俺も当事者だぞ」
「アンタとシャイニーじゃ信用が違うのよ」
「当たり前だ。俺の方が信用度が高いに決まっている。そんな男と一緒にしないでくれ」
「減らず口を」
「都合の良い事しか見えないし聞こえないらしいな。老いた目と耳だな」
そこまで言うと。今度は枢機卿が前に出る。
「目上の人間に失礼ではないかね」
「目上?どこにいるんだ?見当たらないんだが」
「この場には枢機卿・司教・ギルドマスターがいるのが分からないのかね」
「衣だけ立派でも中身が伴わなきゃ意味がないだろ」
「アハハハ。確かにそうだな」
笑い声と共にシェリルが参戦してきた。そして枢機卿はシェリルを見ると顔色を変えた。
「久しぶりだな、変態枢機卿」
「き、貴様は」
「変態枢機卿?」
俺が聞くとシェリルは笑いながら話す。
「ああ。昔、聖王国からお偉いさんが来るという事で、護衛の指名依頼を受けた事があるんだ。その中にそいつもいたんだが、セクハラがひどくてな。私の尻を触ろうとしたからぶん殴ってやった。女性冒険者の間では有名だぞ」
「嘘をつくな。私はそんな事はしていない」
「うわー、ムキになっているのが怪しいな」
枢機卿は顔を真っ赤にしている。
険悪な雰囲気の中、一人の老人が現れた。それはシモンさんだ。
「ちょっといいかの」
「貴方は孤児院の」
「老いぼれが何のようだ」
司教とギルドマスターは見下した態度をとっているが、枢機卿だけは冷や汗を流して焦っていた。
「シ、シモン殿。貴方が何故ここに?」
その態度には俺達も司教たちも驚くだけだった。
「久しぶりですねブレンズ枢機卿。私は今この街の孤児院の院長をしておるのですよ。…ところでベル殿やコタロウ殿を危険と判断して、子供達の前で処分しようとしたのは本当ですかな?」
「い、いや、その」
枢機卿はタジタジだった。
「こちらの勘違いだったかもしれぬな」
「それではベル殿もコタロウ殿も無害という事でよろしいでしょうか?」
「う、うむ。そうだな」
「それは良かったです。それでは視察をお続けください」
「うむ」
そうれだけ言うと枢機卿はそそくさと帰ろうとする。
「あ、もう一つだけ。ロクサーヌ教も人々の安寧や子供達の健やかな成長を願っております。もし、それを阻害するような輩が出た場合は考えがあります。何かあれば私達も協力いたしますよ」
枢機卿は顔を青くして帰っていった。ギルドマスター達は訳が分からないと言った感じだが、そのまま枢機卿に付いて行った。
「ありがとうございます。シモンさん」
「いえいえ。ジュンさん達にはお世話になっておりますから。それに子供達が必死に頼み込んできたんです。ここで動かなければ私は院長失格ですからな。…ただ、彼等は名誉や名声といった物を大事にしております。今回の件でギルドマスターもジュンさんに目を付けたでしょう。しばらく身を隠せる場所はありませんか?」
「…一応ありますけど、どれくらいの間ですか」
俺の質問にシモンさんは申し訳なさそうな表情で答えた。
「半年から一年は隠れていた方が良いでしょうな。他の街に移動しても信徒の数は多い。必ず邪魔してくるでしょう。ジュンさんにはお世話になっておりますので、私の方でロクサーヌ教の本部にも助力を願いますが、それでも沈静化にはそれくらいかかるでしょう」
半年から一年の引きこもりは辛い。以前転職のために有給消化を使って、二ヵ月程休んだことがあるが、二週間もすれば飽きたんだよな。…自由に活動できる場所は無いかな。
「分かりました。ありがとうございます。それならしばらくの間はちょっと隠れていますね」
「なるべく早く沈静化させますので、戻ってきてくださいね」
シモンさんはそのまま孤児院へ帰っていく。
「それで本当に身を隠せる場所はあるのか?」
「まあな。絶対にバレない自信はある。でも活動もしたいんだよな。…ダンジョンなら見つからないか?珍しいアイテムも手に入るかもしれないし」
「襲われにくいだろうが危険だぞ。追手だけが敵じゃないからな。魔物もいれば、冒険者狩りの賊なんかもいる」
確かにそれは悩むが、普通に生活していても同じだからな。それなら危険なのはどちらでも変わらないよな。
「まあ大丈夫だ。どのみち危険なのには変わらないからな」
「…それならしばらくの間は私と行動するか?貴様よりはダンジョンの事を知っている。最低限の事は教えられるが」
この提案に俺は悩む。魅力的な話だが、その場合は隠れ家のことを話した方が都合が良い。だけど本当に話しても大丈夫だろうかという不安がある。
ふとシェリルを見るとその手にはコタロウが抱えられている。
「キュ」
そして俺の肩に乗っているベルが俺に笑顔を向けている。
俺はシェリルに隠れ家を話すことを決めた。自分やベル達の人を見る目を信じて見よう。
 




