第十七話 賊の涙
「おはようございます」
「キュキュ」
「たぬぬ」
ギルド前には、ナットさんとケビンが既に着いていた。ケビンはナットさんと二人きりは緊張したのか、俺達を見かけるとあからさまにホッとしていた。
そして少し待つと残りの三人もやって来た。だけどもナットさんは何も話す様子がない。ここからは俺が仕切れという事なのだろう。
「全員揃ったな。それじゃあ出発するけど、最初の御者はケビンに任せていいか?」
「わ、分かりました」
反対意見が出ることも無かったので、ケビンに任せることにした。そして、俺はその横に座り御者の動きを学ばせてもらう。
「何かコツはあるのか?」
「特にありませんよ。馬の魔物は賢いので、道があればそのまま進んでくれます。後は曲がりたい方向に手綱を引っ張れば曲がってくれます」
「止まるときは?」
「少し後ろに引っ張るだけです。これだけで基本的には大丈夫です。但し力加減は気をつけてください。強すぎると暴れますから」
俺は感心しながらケビンの話を聞く。
「それから走らせる時は手綱をしならせて鞭のように使ってください、止める時は先程と同じく後ろに引っ張ればいいです。後は声をかけるのも有効ですよ。人の言葉を理解してくれますから」
これなら俺にもできそうだな。
そう思っているとベルが声をあげた。
「キュキュキュー」
すると馬車は少し早くなる。俺とケビンは目を合わせる。
「たぬぬ」
今度はコタロウだ。馬は先程と同じスピードまで落としてくれた。
「キュキュ♪」
「たぬー♪」
「ブルルル♪」
ベルとコタロウは馬の背中に移動してお礼を言うような声と共に馬を撫でていた。馬も嬉しいようで機嫌の良い声だ。
「声をかけるのはああいう感じか?」
「…そうですね。もしかしたら彼等が一番上手かもしれませんね」
そんな感じで馬車に揺られていった。目的地に着くまでの間に夜営もあったが、久し振りの徹夜も問題なくこなすことが出来た。
そして、目的地にたどり着いた。
「あの洞窟が賊の拠点なのね。この後はどうするの?」
俺は悩んだ後に全員に声をかける。
「皆の意見を聞きたい。考えついた者から意見を出してくれ」
始めに口を開いたのはラズベリーだ。
「夜に寝静まってから攻めた方が良いのでは?昼間よりも戦いやすいと思います」
「私も賛成かな。正面きった戦いが好きだけど、そんなことは言ってられないしね」
「俺も同じ意見だ」
三人はまだ喋っていないケビンに目を向ける。
「わ、私は、あの、その」
すぐに同じと言わないので違う意見があるのだろう。だがそれは俺も同じだ。
「他の意見があるのか?」
「は、はい。えーと、その」
「俺も別の考えだから遠慮なんてしなくていいんだぞ。ちなみに俺は偵察と情報収集から始めたいと考えている。人質の有無と逃走経路があるかは確認したいんだ」
「わ、私も同じです。情報が不足しています。人数すら分かっていないのは危険かと」
他の三人も納得したように頷いている。
「確かに討伐の事しか頭に無かったわ。考えてみれば当然の事なのに。試験ということで力が入りすぎたわね」
「同感だ。ただそうなると近くの村に聞き込みに行く必要もあるな全員で向かうのか?」
「分かれた方がいいのでは?賊の動きを見ている者も必要だと思いますが」
意見が活発に出始めたので、俺はまとめて結論を出す。
「それじゃあ人を分けよう。ラズベリー・マフィン・ケビンの三人は村に向かって聞き込みを頼む。バッグノは俺とこの場で待機だ。余裕があれば周辺に他に何もないか調査をしよう。何か質問は?」
「一応理由を教えてくれ」
俺は自分の考えを述べる。
「村人も女性の方が話しやすいだろう。ケビンは会話が苦手でも慎重に考えることができる。それに索敵が得意なら移動中の安全が上がるだろう」
「了解した」
他には質問が無かったので、ラズベリー達は村へと向かう。俺とバッグノはもう少し洞窟が見やすい位置へと移動する。
視力を強化して洞窟の入り口を確認してみる。
「見張りは……見当たらないな」
「この距離から見えるのか?」
「まあな」
しばらく待っても動きは見当たらないな。俺はベルに声をかける。
「ベル。洞窟を見てきてもらえるか?」
「キュキュ」
任せろと言わんばかりに、親指を立てたきた。そして、分身を作り出して洞窟の中に入っていく。
「あんな事ができるのか」
「…まあな」
俺も忘れてた。そういえば能力に分身あったな。どちらかというと隠形を期待していたが、まあどちらでもいいか。
俺達は洞窟を監視しながら分身が戻ってくるのを待った。
その間に少しでも動きがあればいいなと思ったのだが、洞窟に入る者も洞窟から出て来る者いなかった。
そして分身達が戻ってきた。分身達の数は減っていない全員が無事に戻ってきている。
「キュキュ」
ベルが一声鳴くと分身達は消えてしまった。そしてベルが俺の方を向く。
「分身達が見てき内容が分かったのか?」
コクリト頷く。俺は質問を続ける。
「中に賊らしき人はいたか」
「キュ」
「何人だ?」
ベルは地面に数を書く。二十人程いるようだ。
「捕まっている人はいそうか?」
「キュキュ」
悲しそうな顔で首を横に振る。人質が居ないのは幸いなのだが、ベルの表情が引っ掛かる。
「洞窟の中はどうなっている?」
「キュー」
ベルは地面に一本線を書いた。一本道という事なのだろう。
「他の入口はありそうか?」
ベルは首を傾げる。人がいて奥まではいけなかったのかもしれない。一応怪しい場所はあったと思うべきだな。
情報を整理していると洞窟に動きがあった。洞窟に向かってガラの悪い男達が十人程向かって行った。体は血塗れで何か成果でもあげたのかもしれない。
胸糞悪いが今は待つべきだとその場で待機する。そして日が落ちかけてきた頃に三人が戻ってきた。
「お疲れ様。何か収穫はあったか?」
「あったわよ。あんまりいい情報じゃないけどね」
ため息をつくマフィンに飲み物を渡す。他の二人にも渡して一息ついてもらった。
「それでどんな情報なんだ?」
「賊なんだけどね。“血塗れの骸”らしいの。あの凶悪な集団よ。村に直接攻めてくることは無いみたいだけど、街道で商人や村人を襲っているようね。攫われている人もいるみたいだけど多分死んでいるわ」
ベルを見ると頷いていた。さっきの表情はそういうことか。
「そうか。こっちはベルが頑張ってくれた。洞窟の中には三十人程いる。人質はいないようだ。道は一本道らしいが別の出入り口に関しては不明だ」
全員の視線がベルに向かう。ベルはただただ頷いている。
「まあいいわ。この後はどうするの?」
「…これ以上有益な情報が手に入るかは分からないしな。今日の夜にでも押し入れるぞ。ベル、念のため分身を配置してもらっていいか。逃げた賊がいたら追跡してくれ」
「キュキュ」
ベルは再び分身を作り色んな場所に配置し始める。
「…本当だったんですね」
ラズベリーが何か呟いたが気にしないことにする。
「で、でもどのように攻めるのですか?数は相手の方が多いですよ」
「俺は耳が良いんだよ。まあ能力なんだけどな。あいつらは今宴会中だ。声が聞こえなくなったら攻めこむぞ。酔っぱらいや寝起きなら、俺達の方が有利だからな」
これは感覚魔法の強化の応用だ。普通に強化するとうるさいのだが、指定した場所や人の声を拾う事もできるようになったのだ。もちろん魔力の消費や難易度は高いが。
「それは信用できるのか?」
「心配なら俺が一人で向かう。出てきた賊を退治する形でも構わない」
それはそれで、ベルやコタロウも遠慮なく戦えるから問題はないな。
「あんた正気なの?」
「一応な。どっちがいいかは四人で話し合ってくれ」
話し合いの結果、結局全員で洞窟に入る事になった。
そして時間が経つにつれて、皆の緊張が高まってくる。それは俺も同じだ。だって人を殺したことなんてないからな。今からそれをしなければいけないと思うと当たり前だろう。
本音を言えばやりたくないが、この世界で生きていくためには必要な事だ。当たり前のように賊が存在して、命のやり取りも日常茶飯事だ。治安の悪い村なら普通に死体も転がっているとオッサン達に教えられた。
「キュキュ」
「たぬぬ」
俺の緊張を感じ取ったのか、ベル達は俺の頭を撫でてくる。不思議と一人じゃないと思うだけで安心する。そして、自分がやらないとベルとコタロウを危険に晒す可能性がある。それならばやってやる。
「…声が消えた。イビキも聞こえるな。行くぞ」
俺の合図で突入する。洞窟は暗いが視力の強化で俺は問題はない。
また、ラズベリーが小さな光の玉を作ってくれている。
洞窟はベルが調べた通り一本道だった。しばらく歩くと、明るく開けた場所が見えてきた。賊の姿を確認できるが、死体も確認できる。
複雑な思いを抑えながら状況を確認する。
「寝ているな。起きて飲んでいる者もいるけど少数だ。ただ、素面も三人いるな」
一人は下っ端、二人は念のために飲んでいないのか武器を携えている。だけど、チャンスには変わらない。
「狙うならあの二人か」
「あの、私にやらせてくれませんか。弓を使うので精度には自信があります」
ケビンが珍しくアピールしてきた。
「分かった。あの二人を狙ってくれ。そしたら俺達も攻撃を開始するぞ」
全員が頷いたところでケビンが弓を構える。そして、賊に向かって矢を放った。
「ギャッ!?」
一人は喉に命中して声を出すことなく倒れたが、もう一人は少し外れたようだ。それでもいいところに命中したようで武器を落とした。
「何だ!?」
酔っぱらいや眠っていた者は異変に気がつくがもう遅い。俺は"嵐舞"に魔力を込めて力の限り振り抜いた。
賊の頭が砕け散る。本当に嫌な感触だ。同時に俺は無抵抗な人間を簡単に殺せるだけの力があるのだと再確認させられる。
俺の顔へと血が飛んでくる。血の臭いが充満する。それでも動きは止まらない。俺もそうだが、他の四人もどんどん賊を殺していく。
そんな中、爆発音がしたと思うと壁に穴が開いていた。そこから下っ端の男が逃げていくのが見えた。
「俺は逃げた奴を追う。この場は任せるぞ」
逃げる下っ端を俺は追いかける。ベルとコタロウも着いてきている。
適度に休むことはあるが、訓練は欠かしていない。下っ端に追い付くのには時間はかからなかった。
「キュキュ!」
「ひっ!?」
配置していたベルの分身が現れて下っ端は尻もちをついた。
その目の前に"嵐舞"をつきだした。
俺は下っ端を仕留めるつもりだった。だが、下っ端の言葉を聞いて俺は一度動きを止める。
「ちくしょう!何で俺がこんな目に。俺は普通に働いていたんだぞ!勝手に殺して利用して知らない世界に飛ばしやがって」
下っ端は拳を強く握りしめ涙を流していた。
ああ、コイツは俺と同じあの場にいた誰かなのだと分かった。何かを察したコタロウが結界を張り、ベルが周囲の警戒に当たり始めた。
「クソ!女神のせいで俺の人生は真っ暗だ。見ろよこの手を真っ赤だろ。アイツ等に言われて何人も殺したんだよ。そうしないと俺が殺されるんだからな。俺は家族にどんな顔して合えばいいんだ?」
狂ったように笑い始める。だけど涙は止まる事を知らなかった。
「殺したくねえよ。死にたくねえよ。帰りたいんだよ。家族の元に帰りたいんだよ!戦いたくない、俺は普通の生活を送るだけで良かったんだよ。ちくしょう!何が女神だ、悪魔じゃねえか!」
男の慟哭が俺の胸に突き刺さる。俺は運が良かった、男は運が無かったた。だそれだけの違いだったはずだ。俺は男に声をかける。
「俺にはお前を救えない。望みをかなえる力もない。だけどお前の恨みは晴らしてやるよ。あの駄女神をぶっ潰してやるよ。何がなんでもな」
その言葉に男は顔を上げて俺を見る。
「…お前は。ああそうか。俺もお前みたいに強くいられたらな。俺は泣き喚く事しかできなかった」
男は短刀を取り出して俺に投げ渡してきた。
「俺に備わっていた物だ。能力は知らんが活用してくれ」
俺は鞘から短刀を引き抜いた
「それじゃあ俺を殺してくれ。何人も殺してきた俺じゃあ、生きていても逃げ回るだけの人生だもんな。…俺の恨みを晴らしてくれよ」
男は諦めたように目を瞑る。せめて最期は安らかに死んでほしい。そう思って俺は男の頭に触れてみた。
「な、何だ?……何でお前達がいるんだ?」
『何を言っているの貴方?家なんだから当たり前でしょ』
『お父さん疲れているの?私が肩もみしてあげる』
『僕も』
「そっか、そうだよな。異世界に行くなんて夢でしかないよな」
『貴方本当に大丈夫?今度の休みは遊園地に行く予定なのよ』
『お父さん約束したもんね。嘘ついたらダメだからね』
『そうだよ。僕楽しみにしているんだから』
「ハハハ、大丈夫だ。約束を忘れる訳がないだろう。沢山遊ぼうな」
『『わーい』』
『まったく。自分の体調にも気を使って下さいね』
「分かっているよ。いつもありがとうな」
男の首が飛んだ。その表情は微笑みを浮かべていた。幻魔法でいい夢を見れたことを願っている。感覚魔法で痛みも感じてないと思いたい。
「キュキュ」
「たぬぬ」
ベルとコタロウが俺の体に登ってくる。そして俺の目を擦ってきた。俺は知らない内に涙を流していたらしい。
名前も知らない男の遺品を収納して俺は洞窟へと戻った。
「こっちも終わったみたいだな」
「もちろんよ。ただ精神的に疲れたわね」
「そうですね。必要と分かっていてもくるものがあります」
「人を殺すのに慣れてしまったら賊と変わらんから普通の事だろ」
「私もまだ手が震えています。弓も持てそうもないですね」
四人共疲れ切った顔をしている。体力に余裕があっても心の余裕がないのだろう。…それは俺もだな。
「皆ご苦労だったな」
そんな中でナットさんが俺達に労いの言葉をかける。
「お前達五人は文句なく合格だ。だが、これから先今日のような事は往々にしてある事は覚悟しておけ。慣れろとは言わんが、いざという時は覚悟を持って行動できるようにしておくんだ」
そう言うと俺達に新しいギルドカードを渡す。
「ここの処理は俺も手伝おう。そしたら近くの村に宿を取ってある。そこでゆっくり休め」
俺達はもうひと頑張りして宿へと戻ると皆すぐに夢の世界へと誘われた。
そして余談だが、俺以外の四人は試験以降パーティーを組み始めた。俺も誘われたのだが辞退させてもらった。だけど数日とはいえ一緒に行動した仲だ、彼ら彼女らには頑張ってほしいな。




