第十五話 勇者伝説は自画自賛
「今日はパッチさんが作ってくれた試作品を試すぞ」
「キュキュ♪」
「たぬぬ♪」
“満腹亭”での食事の後、俺はパッチさんから二種類のアイテムを渡された。一つは“刺激玉”、もう一つは“悪臭玉”だ。その効果を試すために今日は草原に来ている。“刺激玉”はツーンとするような臭いがして涙が出ると言っていた。そして“悪臭玉”は最臭兵器だとの事だ。決して自分で嗅いではいけない物らしい。
「俺達も気を付けような」
ベル達は素直に頷いた。そして適当な魔物を探してみる。いたのはオークだ。この辺だと強い方の魔物だが今はありがたい。俺は遠くから刺激玉を投げつけた。
「ブモ!?」
オークは顔を押さえてうずくまり動けなくなる。それ程までの効果があるのか。
そして俺は次に悪臭玉を投げつけた。
「!?!?!?!?!?!?!?」
オークは声にならない叫びをあげながら地面をのたうち回る。そして、嘔吐したかと思うとピクピクと痙攣し始めた。だが俺が一番恐ろしいと思ったのはこれで死んでもいないし毒でもないという事だ。
俺は手に持つ“悪臭玉”をそっと収納した。そして、駄女神にこれをぶつけてやろうと誓った。
その後も色んな魔物に“刺激玉”と“悪臭玉”を使用してみた。効果は悪臭玉の方が大きいが、悪臭玉は何故かゴブリンには効果が無かった。あの臭いに耐性でもあるのだろうか?刺激玉の方はゴブリンにも通用したので安心した。
「これくらいにするか。パッチさんに追加注文もしたいしな」
俺達は森を後にして街へと向かう。
パッチさんに感想と追加でほしい事を伝えたら笑っていた。ちなみに“悪臭玉”は俺限定で売るらしい。誰彼構わず売るとヤバい事になるからだと言っていた。
「…時間はまだあるな。せっかくだから図書館にでも行ってみるか」
昨日の話を思い出したので“勇者伝説”を探すために図書館へと向かう。
図書館はギルドの近くにあり、大きい建物だったのですぐに見つかった。中に入ると人はいるが静かな雰囲気だ。ベル達も走り回ったりもせずに大人しくしている。
目的の書物はすぐに見つかった。
「これか」
俺は本を手に取ると、近くの席に座ってから読み始める。ベル達は絵本が何冊かあったので大人しくそれを見ていた。なので俺も安心して自分の本を読む事ができた。
『女神エルメシアの寵愛を受け、世界を正しく導くために遣わされた者。それが勇者である』
初っ端から本を閉じたい衝動に駆られた。だがグッと堪えて本を読み進める。
『勇者が現れる時、それは世界に危機が迫っている事を現す。女神エルメシア様の信託を受けて世界が一つにならなければいけない。信頼すべき神はエルメシア様のみ。他の神を崇めればいずれは破滅へと導かれる。ここではエルメシア様の寵愛を受けた勇者様の偉業を記していこう』
何を言っているんだろうか?頭が痛くなってくる。
『勇者様の最初の偉業は何と言っても魔王討伐だ。今でこそ魔族との関係は改善されているが、それは勇者様の活躍によるものだ。聖剣“ホーリーエンジェル”と共に強大な悪である魔王に立ち向かった。勇者様の聖なる光により魔王は滅び、慈悲の心で魔族は今のように生活を送る事を許されたのだ。再び歯向かう事があれば、聖なる光が魔族を滅ぼすだろう。勇者様の名声はこの時に世界へと轟いたのだ』
…こんな文章が続くのか?
『世界の危機は魔王だけではなかった。世界征服を企む軍事国家が作られた時もあった。周りの国の事など気にもかけず、力で国を大きくして従わぬ国家を潰し続けた国だ。その非道ぶりにエルメシア様は悲しみの涙を流した。勇者様はその涙を止めるために軍事国家に立ち向かった。勇者様の体はどんな攻撃も跳ね返した、勇者様の攻撃はどんな障害をも退けた。勇者様の威光に恐れをなした王は頭を垂れて許しを乞うた。慈悲深い勇者様はエルメシア様を信仰する事で許してあげたのだ』
……次。
『大罪人の集団を相手にした事もあった。その集団の存在はエルメシア様を侮辱して世界を滅ぼそうとした。愚かなる者達は大罪人たちを称えだした。しかし、勇者様が歩みを止めることは無かった。勇者様は愚かなる者達のためにも戦い続けた。目を覚ましてくれると信じて。その姿に全ての人々が魅了された。強大な敵であったがエルメシア様の助力もあり大罪人共は退治された。そして二度とこんな事が起きないように、勇者様はエルメシア様の教えを広めようと誓ったのであった』
………もういいや。
一応パラパラと呼んでみたが似たような事ばかりが書かれている。破壊神を滅ぼしたとか、天変地異を沈めたりとか。要約すれば、勇者様は強くてエルメシア様最高だとの内容だ。
「こんな物を図書館に置くなよ」
しかもこの本は悪意の塊としか思えない。立場によって物語の善悪は逆に書かれてしまうが、まさにこの本がそうだろう。勇者が善で魔王が悪とは限らない。もしかしたら魔王を討伐した勇者こそが悪だった可能性がある。だけどそれは駄女神にとっては不都合な事実。だからすり替えた。そんな事もあり得るのだ。
俺は魔族について書かれている本を適当に集めて読んでみた。どの本にも魔族は凶暴だの破壊衝動が強く、勇者に討伐された魔王は悪の権化と書かれている。だけどもう一つ共通してい事がある。それは発行に伴って教会の認可がある事だ。
これでは教会に着いて不都合な事が書かれている本が出回ることは無いだろう。
「それができるくらいの力を持っているって事か」
聖王国に本部があると聞いていたが、もしかしたら聖王国は教会の意のままになっているかもしれないな。だけど、そこに何かできれば大きなダメージは与えられる。
「まあ、今は自分が成長する事が大事だな。焦ったら何もできないだろうし、ベル達との生活も楽しみにたいからな」
俺は本を戻してベル達の方を向いた。するとそこにはちょっとした人だかりが出来ていた。
「相変わらずだな。地球だったらスマホによる写真撮影がは始まっていただろうな」
皆が足を止めて見ているのは、仲良く絵本のページを捲っているベルとコタロウだ。声こそ上げてないが、絵を見ては笑ったりビックリしたりと様々な反応を見せている。そして、丁度本を読み終わったようで本を両手で持ち上げて返しに行った。
「ベル、コタロウ。そろそろ帰るぞ」
近づいて声をかけると俺の体に登ってくる。背中から視線を感じたが、そのまま俺達は図書館を出た。
 




