04:教訓
~~~ヒルザス帝国/交易都市ベダン/下水道北側出入り口~~~
三日後
「……キッツ、下水道の中進むの、マジでキツい」
「防臭魔法の効果時間を忘れて暴れまわればそうなるわよ」
大ネズミの巣である下水道の出入り口でリオンが気持ち悪そうに嘔吐いているのを、ティアが優しく背中をさすり、私はこの三日間で小遣い稼ぎに調合してた臭い消しを適量振りかけリオンの悪臭を消してあげる。
「あいつ等、犬ぐらいの大きさして、ウサギよりすばしっこいって、アリかよ……」
「だから1ツ星向けで依頼が出されてるの。私達ははめ技で狩ってたけど、早い連中を倒す良い練習になるし、連中は基本的に逃げ一択だから初心者でも安心して狩れるから」
対策しないと下水道の道と足場を縦横無尽に走り回る大ネズミを捉えるのは難しく、創意工夫や単純な練度を要求される。
救いと言えるのは、大ネズミは水が嫌いで下水には入らない事、基本的に逃げが主体で集団で襲い掛かる事はまず無い事ぐらい。
初日と二日目は私の魔法とティアの神術で牽制と足止めをしてアレンがトドメという流れだったけど、今回は自分だけでの力を試したいとか言って任せた結果がコレ。
パーティ全体では大体30匹狩れてたのが、アレン一人だと2匹。
討伐証明である尻尾を入れる袋が実に寂しい。
「はぁ、でもティアとニューアの援護があるのと無いのの違いがハッキリ分かった。フェルト兄さんみたいな戦士にはほど遠いわ」
「誰それ?」
「アタシ達の村出身の4ツ星冒険者なの」
「4ツ星っていったら上位冒険者?そのフェルトって人は凄いね」
最大7ツ星まであるギルドのランクで、2ツ星になったら一人前として大概の依頼が受けられるようになるけど、1ツ星は訓練みたいなものだから、ここまではまともにやれば誰でも到達できる。
そこから先のランクはギルドが戦闘力、依頼達成率の他にもその冒険者の人柄等を査定して認められた冒険者だけが到達できる、謂わばギルドの太鼓判が押された目玉商品という事で、上流階級からの依頼も多く入って来るようになる。
7ツ星は今は魔王を滅ぼした勇者パーティしか認定されてないし、6ツ星は英雄と呼ばれる極少数しかいなくて、一般的な最終到達点は5ツ星。
その一歩手前でアレン達に兄さんと呼ばれてる事から年齢は若めと考えると、そのフェルト兄さんという人はかなりの才能を持った実力者なんだろう。
「フェルト兄さんはスゲェぜ。斧以外にも剣とか弓とか盾とかの使い方も色々教わったんだけど、全然敵わねぇんだよ」
「成程ね。もしかして二人の装備がそれなりに整ってたのはフェルトさんが教えたから?」
「そうなの。アレンが色々質問攻めしてくるんだけど、丁寧に教えてくれてね。ニューアも物知りだけど、そういう人が居たの?」
「うん居た。ベレンティアっていう放浪大好きな先生でね、私に色々と教えてくれた。この臭い消しも先生から教わったんだ」
「へぇ。んじゃ、ニューアがやたらと上品なのも、その先生の指導か」
「え?」
ほわい?
「“え”ってなんだよ、“え”って」
「私、上品に振る舞った事ってあった?」
「んー、振る舞ったというよりも、普通に動いたり食べたりする動作がキレイなんだよね。なんか貴族やお金持ちの人はこうなんだろうなって感じ」
「……そうなんだ」
普通の動作は、盲点だった。
せっかく田舎者な感じに装ってたのに、まさかそんな穴があったなんて……
二人は先生の教育って思ってるけど、先生はむしろ大雑把で、私のマナーが崩れた原因なんだけど。
矯正の為に一週間外出禁止でフレサン夫人に徹底的に扱かれたなぁ。
まぁその成果を社交界でお披露目する前に、その後すぐに冒険に出る事になったんだけど。
「ま、教えが無自覚に出ちまうぐらいに身体に染みついてるってのはいい事だぜ。品が良くて困るなんてことはないだろうしな。でよ、このまま薬草採りで都市の外に行こうって思ってんだけど、どうよ?」
「どうよ?って、ネズミ狩りはいいの?」
「一朝一夕でネズミ狩りが上手くはならないしな。それよか、お試し期間中ずっとネズミ狩りって訳にもかいないだろ?今回で3回目だし、外での行動も確認しておいて方がお前もいいだろ」
「――ん、まぁね」
……そういえば、そういう約束だった気がする。
思ったより、居心地が良くて忘れてた。
―――――そう、まるで昔に戻ったみたいで
「だろ。まぁ薬草採りとか周囲警戒ぐらいしかないだろうけどな」
「……アホ。薬草採りで学ぶのは薬草と毒草の見分け方と摘み方。特に群生地を無暗に荒らさないかとかも見られるから、調子に乗って採り過ぎるのは絶対にダメ。どれも達成報告の時に《真偽判断》でチェックされるから」
「全部摘んだら次からは採れなくなるものね」
「フェルトさんからはこういうのは習わなかった?」
「アルトは武術以外で地味な話は聞かなかったから」
…………おいおい。
「……4ツ星冒険者にタダで教えて貰える環境で何てもったいない事を。本来なら小袋一杯の金貨ぐらいの報酬が無いとして貰えないってのに」
「いやだってよ、草の採り方なんて普通は気にしないだろ!?」
「冒険者なら知ってて当然。貴重な薬草とか華とか実とかの採取をメインにしてギルドを渡り歩く冒険者も居るぐらいに重要なの」
「あはは、やっぱりニューアがパーティに入ってくれて助かったね。アタシとアルトだと失敗してたかもだし」
「失敗も教訓になるからいいんだけどね。むしろ、失敗を体験してない冒険者は長く続かないって先生が言ってた。依頼を受ける時に受付から簡単に説明も入るみたいだし」
「ソレだ!」
ガバッと起き上がったアレンは、真理に至ったと言わんばかりに言う。
「俺がフェルト兄さんから話を聞かなかった代わりに、どんな地味な技術でもタメになるって教訓を得たんだ」
「――――ニューア、薬草採りに行く前にご飯にしようか。ほら行こう」
「え?いいけど、アレンは?」
「大丈夫。アレンなら一食抜かしても平気だから」
「え、ちょっと待て!全然平気じゃねぇから!ティアさん、さっきのは冗談です!調子に乗ってたのは謝りますから飯抜きは勘弁して下さい!マジで!」