表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/82

鬼ごっこ②

病室の外に出た銀一郎は頭が真っ白になった。


10分で捕まえられなかったら誰かを殺す?

嘘だろ?これはきっと悪い冗談だ!


そう自分に言い聞かせようとするのだが、喉元にナイフを突きつけられそうになったという記憶が鮮烈に刻まれている今は、非現実的な今の状況も妙にリアルに感じられた。


とにかく探さなきゃ!


足に魔素を集め、一気に駆け出そうとした時である。


「き、君!目が覚めたのか!?」


声をあげたのはコーヒーに下剤を盛られ、今の今までトイレに篭っていたあの刑事であった。

まだ腹は痛かったが見張りの仕事を全うしなくてはと戻ってきてみると、なんと対象者が目覚めていたのである。


銀一郎はビクリと身構えたが、刑事はすぐさま警察手帳を出して説明する。


「心配いらないよ。僕は刑事だ。色々話したいこともあるんだけど、まずは先生に体を見てもらおう」


刑事?何故という言葉が出かかったが、今はそれどころではないのだ。なにせ時間は10分しかない。


「け、刑事さん!助けて下さい!」


「えっ?ど、どうかしたのかい?」


銀一郎は自分の身に起こった事をしどろもどろになりながら説明した。

最初は半信半疑だった刑事も、銀一郎が寝ていた枕元につけられたナイフの跡を見て、ただ事ではないと理解した。


「至急至急!病院内にナイフを持った男が進入した!

男は年齢30代、身長180センチ前後、痩せ型、黒のジャケットを着用。

男は2時10分に病院内にいるものを一人殺すとの犯罪予告をしているもの。

繰り返す…………。」


銀一郎は刑事の手によって病室に押し込められる。


「後は俺たちの仕事だ、君はここにいてくれ」


その言葉は銀一郎の緊張を一気にほぐした。

これは決して刑事が男を捕まえてくれる事を信じた訳ではない。

ただ銀一郎は誰かが死ぬという責任を一人で背負っていたくなかっただけなのだ。

刑事に全てを任せたということは、誰かが死んでも自分のせいではない。そんな冷たい考え方を自分が弾き出しているとは思いもよらない銀一郎だったが、確かに心のどこかにそんな考えはあった。


もちろん石川がそんな心の「甘え」を許すはずもない。

銀一郎が部屋に押し込められてすぐに廊下から「うっ」と言う低い声がしたかと思うと、その後ドサリと何かが床に落ちる音が……。


嫌な予感がした。


病室のドアがひとりでに開く。

恐る恐るドアの外に出ると、そこには銀一郎の部屋を警備していたはずの刑事が、だらしなく涎を垂らし仰向けに倒れていた。


見た所倒れている男は175センチはあるガタイの良い男だった。

それをほんの一瞬で……。



石川は銀一郎に、刑事では俺は探せない、お前が探せと暗に言ってみせたのであった。



慌てて時計に目をやる。

2時7分……。あと3分しかない……無理だ、どう考えても……。僕のせいで誰かが……死ぬ。


銀一郎の心にストレスが蓄積されていく。緊張状態はピークに達した。



その時石川は、銀一郎の魔素の量がみるみる小さくなっていく様子を、離れた場所から確認していた。


この魔素の量は一般人と同程度、いやそれ以下、今にも消え入りそうな程だ。


正直石川自身ここまて上手くいくとは思っていなかった。思わず笑いが溢れそうになるのを必死に堪え、慎重に、ゆっくりと、銀一郎の背後に忍び寄る。



石川のこの鬼ごっこ作戦は、確かに素晴らしい策だった。

「ほぼ」完璧なこの策に、唯一ミスがあったとするなら、石川は銀一郎という人物について何も知っていなかったという事であろう。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


自分の所為で誰か死ぬ……。そう思った時に頭に浮かんできたのは、家族、ヒナ、ローガン、天音、オリヴァー、皆の姿だった。

もし彼らが自分の所為で死んだとしたら……考えたくもない。


きっとこの病院の中の誰が死んでも、誰かが涙する、悲しむ。


誰しも絶望し、足を止めてしまう様なこの状況であったが、彼はそうではなかったようだ。


「……死なせない……誰も……」


無理だからなんて諦められるはずがない!

3分じゃ病院を見て回れない?


……なら……病院全部を一気に見ちゃえばいいんだ……。



魔素で正面以外の物を見渡す。理論上は可能である。要するに周囲の魔素を知覚できればいいのだ。知覚できれば真後ろの物の形や動きを把握できる。



しかしそれはあくまで理論上可能なだけであり到底不可能な話。

人間は鼻が後ろについているだろうか?目が後ろについているだろうか?否。


全ての知覚器官は正面に集中している、それが合理的だからだ。

これは魔素の知覚も例外ではない。例えるなら人間が正面についている鼻を使って、遠く離れた後ろの物を嗅ぎ分ける様なもの。

銀一郎であってもそれは不可能であるし、ましてや病院全体なんて馬鹿げている。


だから銀一郎は、「自分の魔素を病院中に放出した」のである。


銀一郎の魔素は瞬時に病院内に行き渡った。大量の魔素を放出したのだ、もちろん銀一郎自身の魔素は極めて小さくなる。


これは例えるならソナーに近い。音を飛ばし帰ってくる音で相手の居場所を突き止める。

つまり銀一郎自分の身体1つで病院全体を埋め尽くす程のソナーを作ってみせたのである。


「……いた」


銀一郎はゆっくりと石川の方に顔を向ける。


「案外近くにいたんだね、おじさん」


石川は光学迷彩を使っているのにもかかわらず、こちらを真っ直ぐに捉えている銀一郎に対し驚きを隠せなかった。


「もう逃さない……」


どうやったかは分からないが、相手は自分の居場所を把握したようだ。


石川は燃費の悪い光学迷彩の能力を解いた。銀一郎の魔素はまだ一般人以下の弱々しいものだ。


見つかっていても今なら殺れる!

石川はナイフを左に構え、戦闘の体制をとった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ