動揺、策略
石川はベッドから素早く跳びのき銀一郎と距離を取った。
(目を覚ました?何故?
いや、そんな事を考えている場合じゃない、俺はこのガキに勝てるのか?
もしもこいつがあの世界から自力で帰ったのだとすれば、こいつはうちの大将と同等の力があるはずだ。
そうなりゃ勝ち目は無い、勝負にならねぇ。
だからと言って逃げるか?手ぶらで帰る?
いや冗談にもならねぇ!殺されるぞ!)
対する銀一郎はと言えば、何が起きているのか全く理解が及ばない。
(ここはどこ?なんであの人はナイフを?
だって自分は異世界にいて、それでゴブリンキングと戦って、ヒナを助けて、それで……。
訳がわからない。状況を整理しなきゃ。
たぶんここは病院?それも現代の。そして目の前の人はたぶん僕を殺そうとしている。)
銀一郎の思考がまとまるより先に、石川はふっと笑みを浮かべた。
どうやら石川の方が先に、この状況を打破する策を考えついたようだ。
(俺は何を悩んでいたんだ。考えてみろ、俺は泥棒、悪人だぞ?正面から戦う必要がどこにあるんだ?俺のステージで戦えば勝機はある。)
石川は銀一郎に声をかける。
「こんばんは、桐島銀一郎君」
名前を呼ぶ。なんでもないようなこの行為だが、銀一郎の動揺を誘うには十分過ぎる。
それはそうであろう、見ず知らずの者から殺されかけ、さらにその男が自分の名前を知っていて声をかけてきたのだ。気味が悪いといったらない。
石川はさらに続ける。
「今はちょうど深夜の2時だ。今から10分後、俺はこの病院の誰かを殺す」
「!?」
突然突拍子も無い言葉をかけられ、銀一郎は明らかに動揺していた。
自分のペースに持ち込めているのを感じ、石川は思わずクックッと声を漏らし笑った。
「なぁに、これはゲームだよ。鬼ごっこだ。10分以内にお前が俺を捕まえられたら殺しは取りやめ、お前の勝ちだ!」
(何を言ってるんだよ、この人!?
殺す?ゲーム?)
焦りを見せる銀一郎、しかし石川は考える隙など与えてくれない。
「ではゲームスタートだ!」
そう言うと石川は銀一郎の病室を飛び出した。
「ま、待て!」
銀一郎は慌てて石川を追おうとするが、いつもの様に体が動かない。
実の所銀一郎の怪我は彼の新しく覚醒した、本人も気づいていない能力のおかげで完全に治っていた。
しかし、怪我が完治しているとはいえ、銀一郎はずっと眠りについていたのだ、筋肉の凝り固まった体は上手く動いてくれるはずもない。
なんとかベッドを這い出し病室を出る頃には、石川の姿は影も形もなくなっていた。
 




