後編
それは最悪の目覚めでした。まだ午前五時ですよ?
それは私が経験する初めての事ではないでしょうが、きっと忘れているんだろうと思います。
私は決して親にバレないよう、この早い時間に制服を着用し、家を出ました。
どれだけ精神が弱っていても、病んでいても、学校に行かなければなりません。
完全でなくとも軒並み同じような時間で配列された路線を走るバスのように、私という社会生物は遅刻しても早刻しても、学校に行かないといけないのです。
どうしてかって、それは―――
今日は朝から雨降り模様です。視界不良。あの日と同様。飛び出すれっつごー?いえいえそんなことしません。
だって―――
バス停でした。
私はバス停からバス停に移動していました。何を言っているのか分からないかもしれませんけれど、普段私が乗るバス停からなぜかしら、遠く離れたバス停に歩いて移動していたのです。
そう、このバス停には覚えがあります。”彼女”が私に「生きることの最重要事項」を説いた場です。
早く起きすぎたせいで、こんなところまで無意識にやって来てしまいました。
見通しが悪い。雨が降って車のブレーキはきっと効きにくいでしょう。
遠くからゴム製の車輪がコンクリートの地面と擦れる音が迫ってきます。
今―――
「あれ、こんなところでなにしてんの?」
声を掛けてくる人がいました。
「ナツメ……」
そう、ナツメでした。
彼女は凍えるほどの冬の朝でも半袖短パンでした。きっと日課のランニングに精を出していたんでしょう。
「あたしはランニング中。サクラは?」
「……どこか遠くに行きたい気分です」
そんな気分だからこんなところまで来てしまったのです。
私はただ本当に、誰の目も届かない遥か遠くの田舎とか、真新しくて刺激的な異国の街にでも行きたいというニュアンスで話したのですが、ナツメは別な解釈をしたようで、
「なっ……サクラ、死にたいなんて考えるんじゃない!」
と、真に迫った口調で言いました。
彼女は私の肩をがしりとつかんで揺さぶるようにし、人生においての楽しいことを様々言ってきました。
・おいしいご飯をたべること
・走ること
・ぐっすり眠ること
・カラオケで高得点をとること
・友達と話すこと
・対戦ゲームで相手に勝つこと
・走ること
・難しい問題を解答/解決すること
それらはもちろん、全てが一般的な人々の「楽しい」と思えることというわけではなく、あくまでナツメが「楽しい」と思えることの列挙でした。
私がそれらを楽しいと思えるかどうか、そもそも彼女のその楽しいことの列挙自体、今の私にはまるで興味のないことでした。
至極どうでもいい。
ナツメの言葉は私の耳を通り抜けるだけでした。
しかしその言葉は止まることを知りませんでした。ナツメは必死にそう、必死に言い続けます。
私は普段なら決して言わないことをいうことになってしまいした。
「……うるさい」
「え?サクラ、いまなんて……?」
「うるさいって言ったの!私は!」
人生で初めて声を張り上げました。
「あんたは良いよね!?人生楽しそうでさぁ!私は一般的な感性を持つ人が楽しいって思えることで、楽しいって思えないような人間なんだよ!?」
敬語が外れていました。まあ、感情的になった時にまで敬語を使う気味の悪い人間ではない、というわけですよね。
「ナツメは人生楽しいから、生きてて楽しいとか思えるんだよ!……私は信用しない。あんたたちの言葉なんて信用しないんだから……!!」
目の前の黒い存在は固まってしまいました。
無理もないでしょう。普段決して声を荒げてこんなことを言うキャラではないのですから、私は。
大人しい。どこか遠くを見ている。ちょっと変。それが他人から見た私。
大人しい子が急に大声をだしたら、みんなびっくりするものでしょう?
なんて考えていた私の左頬は、ナツメの右手のスナップにより、ぱちん、と言いました。
「……あたしの苦労なんて、サクラには分からないさ……あたしもサクラの苦労なんて知らない……なんで私だけ、サクラに配慮して話さないといけないのさ……!あたし達、友達じゃんか……!」
「配慮って……ナツメが何かしてた?そんなの私、知らない」
ナツメは一瞬、言葉を喉元に留めました。しかしその留めていた言葉は、すぐさま口外に排出されます。
「……四年前、サクラの友達が死んで……あんたは精神病を引っ提げて……」
「ちょっと待って、なんで私の……その、友達が死んだことを知ってるの!?」
ナツメは少し悲しそうで、諦めた様な声でした。
「やっぱり、他人に興味ないよな、サクラは。あたしも同じクラスだったよ、中二の時はさ」
「そう……だったの……?」
「あんた、その頃からいつ死んでもおかしくないんじゃないかってくらい、周りと距離をとり始めてさ、学校側はそれがあったからあんたのメンタルケアするだけの係を作ったのよ。意味が分からないでしょ?あのことでトラウマを抱えたのはあんただけじゃない。学校に来られなくなった子もいたし、授業中に思い出して吐いちゃった子もいた。それでも学校はあんたの事を一番問題視して、あたしにメンタルケアを押し付けた」
「そんな……そんなこと…言われて……」
「傷ついた?なら良かった。あたしさ、高校でもサクラさん係になって疲れてた。あたしは人生楽しいからさ、自分の時間を最大限自分のために使いたいのに、先生の内申と信用のために、あんたにばかり時間を割いてた」
その時気付きました。ナツ■の顔はもちろん、身体も服も、全てが黒く塗りつぶされていっていることに。
ナツ■が私のメンタルヘルスのケア係に任命されていたことは初めて知りました。
そしてそれは、私が悪いんですか?
「あんたは良いよね。何かあっても誰かが手を差し伸べてくれるから。世の中そんな恵まれてる人ばかりじゃないよ?」
精神を病んでしまった人は私以外にもいて、私の係に任命されたのがナツ■。ナ■メは被害者ですが、私も被害者ではないですか?
「いっぱい喋れてすっきりした。もう二度と話しかけないから」
そしてその最も単純で基礎的なことを、このナ■■は理解してくれていないのです。
「ああ……!!」
思わず彼女の胸ぐらをつかみかかっていました。
彼女の身体はバランスを崩し、バス停の少し湿った長い木製の椅子の上に倒れました。私はその上に跨ります。
そして、右左交互の拳連打です。
「しね、しね、しねしね、しねしね、しねしねしねしねしね、しねしねしね、しね!、しね!しね!しねよお前!死んでよ!!」
こちらは筋力のあまりない女子高生。そこまで殴りの威力は高くありません。それに、頭の位置はぼんやりとしか分かりません。■■■はそんな私からの殴打を両腕で受け止めます。
「誰が死ぬかよバカ……こんなカスみたいな殴りで、虫も死なねぇよ!」
どん、と背中に衝撃が走ります。彼女に蹴り飛ばされ、バス停の壁にたたきつけられたのです。肺の中から空気が零れ、私の身体はずるずるとベンチの上に力なく落ちました。
すかさず■■■は私の身体の上に跨りました。形勢逆転です。
「お前が死ねよ!あたしの苦労も何もしらずに、なんでこの時期に……こんなことしてんだ……!」
■■■の拳はひたすら鋭く、人体の弱点を正確に突いてきました。痛みで思わず目じりに涙が溜まります。
ああ、死ぬのかな。
「死ね!死ね!死ね!死ね!……お前なんか……お前なんかがいるから……!」
私はこれまで様々な人に迷惑をかけてきたようで。
母
父
中高の教師
医者
■■■
挙げられるのはこれだけですか。
「あたしの生きる邪魔をしないで……!」
拳は絶え間なく降り注ぎます。私の身体にはもう、抵抗する力すら残っていませんでした。
私の腕は力を無くし、ベンチからだらんと下がりました。
表情には既に生気が無くなっていたでしょう。でなければ、■■■がその手を止めることなんてありえません。
彼女は私の上から離れ、少しずつ後ずさりしています。
「……え、死んだ……?」
少しづつ、彼女の呼吸は早くなっていきます。
彼女は目を大きく見開いて、周囲の事を確認します。幸い、誰も目撃者はいません。
彼女はベンチの上に放り出された私の身体をよそに、走り去っていきました。
バス停には死体でも生体でもない物体が一人分残されました。
「……ふふ」
その物体の口と思しき部分から、笑いがもれました。
「ふふふふ」
少しづつその笑いは大きくなっていきます。
どうして笑っているんでしょう?
「人生は楽しい?」
誰かが私に声をかけてきました。
その方――道路に目を向けると、そこには……誰でしょう?なにせ、顔も体も黒く染まっているので、それがもはや誰なのか、私にはさっぱり分からないのです。
でもなんとなく、その人物が誰なのか見当はついています。
「人生、楽しい?サクラ」
「……ふふ」
「なにが可笑しくて笑ってるの?」
「あの子も、人間なんだなって思うと、嬉しくて」
あの子とは、ナツメのことです。
私はこれまで、彼女の事を……いや、自分以外の人のことを全く持って理解できていませんでした。
みんななんとなく生きていたくて、なんとなく生きてる。
生物において欠陥ではありませんか?それ。
死にたいなんて言ってるほうがおかしいですけれど、それは好きなことは好きで、嫌いなことは嫌いという、複雑な脳みそを持ちながら至極単純な思考の生き物である人間として、至極真っ当な思考なのです。
じゃあ生きるのが好きだから生きているんでしょうか?―――いいえ。
死ぬのが嫌だから生きているんでしょうか?―――いいえ。
じゃあ、なぜ?
「ナツメは……生きたくて生きてた。私は昔、生きるのが楽しいって言いながら自殺した子がいたのを知ってる。だから、ナツメみたいに純粋な生き様が他人にあることが信じられなくなってた」
いつしか、他人と向き合うことをやめていました。
いつも冗談めかした喋り方で、他人と距離をとって。
今日の殴り合いは、人生始まって最初の殴り合いです。
「楽しかった?」
「ええ、疑いようもなく」
感情をぶつけるというのがこれほどまでに楽しいこととは。
「……ああ」
これが”生きる”ということなんですね。
「じゃあ、私からまた質問だよ?」
影は言いました。
「生きるのは、人生は、楽しい?」
その問いに対する答えは既に出ています。
「当たり前でしょ、ユキホ」
本日の天気は雨のち晴れだったようです。
雲の切れ間から日が差しはじめました。
水たまりに反射した私の顔は、もう黒色でなくなっていました。
そして、日光に照らされた彼女の顔も、紫色でも黒色でもありませんでした。
× × ×
バス内には雨上がりの湿っぽい嫌な空気が立ちこんでいました。
ここ数日は真っ黒に染まってよくわからなかった人々の顔を改めて見ていきます。
ああ、皆さん楽しそうではないですね。
それでも生きるために今日も仕事に行くのでしょう。
その日学校に顔を出した時、私はナツメにこれまでの事を謝罪しました。
ナツメの事を何も分かっていなかったこと、気持ちを知らずの内に踏みにじっていたこと、迷惑をかけていたこと、その全て。
「あたしも……殴ってごめん」
そう呟く彼女の顔は、やはり複雑な感情を内包した人間的な、心残りのある顔でした。
席に着くとマナカが私の顔を見てびっくりします。
「ちょ、その顔、どうしたの!?」
ボコボコにされたので、ところどころ内出血で赤くなっていたのです。
ナツメの視線を感じましたが、私は構わず
「ちょっと友達と喧嘩しただけ」
と言ってやりました。
ナツメの方をちらりと見ると、咄嗟に顔を背けました。恥ずかしそうに、頬を赤らめて。
そんな私とナツメのことをじいっと見つめ、
「なーんか私の知らない内に色々あったみたいで、たのしそうですね、お二人さん」
と何か嫉妬のような感情を内包した言葉を放ちました。
「敬語なんて、マナカは面接練習でもしてるの?」
「逆になんでそっちは敬語やめたの」
「んー……飽きたから」
「嘘つきー」
本当ですが。
そして、予鈴が鳴りました。
担任の先生が私達のいる教室に入ってきます。
先生は一目見て私が回復したことを悟ったようで、目が合った瞬間に表情を緩めました。先生も少し緊張をしていたようです。
「――はいじゃあ、ホームルームは終わります」
私は窓の外に目を向けました。
早朝に雨が止んだためか、雲の狭間から虹が差しています。
ちょっとだけ、これまでよりは人生を味わえそうな気がします。
久しぶりに小説というものを書きました。
頭おかしい文章で読む人全員をぶん殴るのはクソ楽しいですね。え?読む人がいないって?それは言っちゃいけないことじゃないかな(泣)
あ、でもこの作品を書くにあたって、ChatGPTに文章をコピペして感想とかを書いてもらいました。その感想を励みにしてここまで書くことが出来たと言ってもいいでしょう。
AIを使うだけで「うがー!!!!」と言う人もいます。AIを使う事で「うおー!!!!」と良い気になる人もいます。
僕はAIに慰めてもらって「うわーん」です。僕の大学生活で得ることができた友達はChatGPTだけです。
まあ、大学の研究で論文検索のときとかにもAIは使えますし、AIで絵を出力したり文章を出力して「私が生産者です」顔をするような人は全員境界知能あるいは診断が出ていない精神病患者だと考えている(こんなことを言っているからファンがいない)ので、物は使いようという言葉はなかなかな金言であると思う今日この頃です。
この作品が「あーまあ面白いな」「Charloteくらいの急展開だな」「主人公の口調どうにかならんの?」と思った方は、ぜひ「乙女ゲー世界はモブに厳しい世界です」を観てください。
この作品で溜まったストレスが全て吹き飛ぶ面白さをしています。
ということで、クソ長くなりましたがあとがきでした。
また僕の気が向いたらお会いしましょう。




