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ダンジョン化した世界で、作業療法士の俺だけが“環境”を治療する  作者: 秋嵩タクロウ


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第6話:『笑顔のノイズ』<Ⅱ>

オイルで濡れたように黒光りする、人工生体兵器モンスターの群れ。

頭部に「口」のない殺戮の機械が、十数体の津波となってダンジョンの闇から突進してくる。


中堅のBランク能力者が、数人がかりでようやく処理する物量。

だが、迎え撃つ2人の連携に、1ミリの淀みもなかった。


「ハイル、右前方へ突っ込め──死角は俺が埋める」

「了解──!」


馨の冷徹な声に応じ、ハイルが弾かれたように地を蹴った。


能力による圧倒的な爆発力と、強靭なフィジカル。馨の放つ太極拳の流麗なさばきがモンスターの推進力をいなし、その『荷重がフリーズした一瞬の死角』へと、ハイルの規格外の拳が次々とダイレクトに炸裂する。


乱戦の極致。漆黒の2体が、互いに向き合う2人の背後を同時に狙って跳躍した。


声の出せない刹那。交錯した視線が、言葉を超えて瞬時に死角を入れ替える。目配せひとつ。


2人はすれ違いざまにターゲットをクロスさせ、馨がハイルの後方の敵へ潜り込んで浸透勁しんとうけいを放ち、ハイルが馨の後方の敵を強烈な回し蹴りで同時に粉砕した。


互いが互いの死角を埋める、絶対の盾。


それは泥臭い生存競争でありながら、完璧な信頼関係で構築された、美しくも冷徹なダンスのようだった。

十数体いた鉄の津波が、わずか数十秒で、ただの物言わぬ鉄屑の山へと変わる。


「ふぅ……。先生、俺が7体ですね」


漆黒の髪をかき上げ、ハイルがにこやかに汗を拭う。馨は手元のノートにペンを走らせ、冷徹な評価者の顔で淡々と首を振った。


「いや、お前は6体だ。荷重制御の自滅をカウントに含めるな」


ハイルは呆れたように笑い、それ以上の反論はしなかった。その無傷の余裕こそが、圧倒的な無双の証だった。

だが、確保した資源をノートに記録する最中、馨の視診は、ハイルの肉体が発する不気味なノイズを捉えていた。


(──間違いない。アミノ酸の自食エラー(急性カタボリック)の速度が、オーフェン戦を経てさらに跳ね上がっている)


戦闘直後の楽しげな笑みの裏で、筋繊維が微細に萎縮していく。

このまま手動の糖質管理だけで誤魔化し続ければ、確実に遠からず手遅れになる。馨は脳内の臨床ノートへ、このインフラを根底から治療するための『次なる設計図』を冷徹に描きながら、平静を装ってダンジョンをあとにした。


──だが、廃病院へと帰還した2人を待っていたのは、別のノイズだった。


◇◇◇


ダンジョンから帰還した2人を待っていたのは、別の不快なノイズだった。


「よぉよぉ、お二人さん。そんなにお宝を独占してずるいねぇ」

「かもねぎ、かもねぎ!」

「貧しい、俺たちにもわけてくれませんかぁ」


世紀末よろしくな野盗集団が現れた。

下層区域から2人の後をつけてきたのだろう。システムの相対評価では『Cランク底辺層』に位置する、大ギルドの椅子取りゲームから漏れたならず者の大群。


彼らは下卑た笑い声をあげながら、廃病院の広場を完全に取り囲み、土足でずけずけと、2人が整備したばかりの美しい花壇の中へと踏み入っていく。


「やれやれ、またか。そこ、せっかくきれいに整った花壇に侵入しないでください」


ハイルが心底嫌そうに肩をすくめ、拳を鳴らす。


「先生、俺が対応していいですか」


敵の足元が、赤紫色の花々が咲き誇るエリアの最奥へと完全に揃った。その瞬間を見計らい、馨は手元の臨床ノートにカチリ、とペンの頭を押し込んでみせた。


「いや、丁度いい。アレに任せてみよう」


ならず者たちが踏み締める足元から、土壌へ漏れ出た生体電位のノイズ(静電気)を、花の根が導線となって最速で地下へ通電させる。


極性ハッキング。──静電反発、起動。


──ドン。


地面の下から、鉄の爆縮音が響いた。

花壇の囲いに物理パーツとしてあらかじめ敷き詰められていた、モンスターの装甲屑。それが、土壌の電荷と激しく反発し、一斉に上方へと爆散したのだ。


「ぎゃあっ!?」

「足、足元が弾け──っ!?」


下からの物理散弾《静電反発》によって足関節のアライメントを容赦なく破壊され、下段を強打されたならず者たちが、文字通り宙を舞うように次々と地面へ叩きつけられていく。


独自のインフラによって、一撃で完璧に連携を損なわされ、困惑のなかでのたうち回る烏合の衆。


「先生、いきますね!」

「おれもでる」


パニックに陥る敵の隙間へ、向き合う2人の阿吽あうんの呼吸が爆発した。


ハイルのフィジカルが爆発する。

一瞬で距離を詰め、宙に浮いた男の顎へと鋭い掌打を突き上げ、空中に敵を縫い留める。そこへすかさず滑り込んだ馨が、無駄のない極小のノックから浸透勁しんとうけいを食らわせ、一撃で沈める。


「ぶふぉっ──!?」

ハイルが猪突猛進に次の群れを拳で吹き飛ばし、馨がその死角を埋めるように的確にトドメを刺していく。


その馨の背後。別の男が刃を振り下ろそうとした、まさにその瞬間だった。

目配せひとつ。2人はすれ違いざまにターゲットをクロスさせ、ハイルの強烈な膝蹴りが男の顔面を完璧に捉えて粉砕した。


着地。体勢を崩した男たちの懐へとかおるが深く潜り込み、内側から衝撃を破裂させられたモブたちが、ドミノ倒しのように後方へと吹き飛んでいく。


さらに、かおるが放った極低空の下段足払い。


「かもねぎっ──ぐえぇっ!?」


刈り取られ、木の葉のように宙に舞った残党の大群。


その跳ね上がった敵の肉体を踏み台にするようにして、ハイルが馨の肩へと手を伸ばした。

かおるがその華奢で頑強な鎖骨にハイルの全体重を受け止め、骨格アーチで地面へと受け流す。

グン、とかおるの肩をバネにして、ハイルがさらに上空へと軽やかに跳躍。


朝の光を背負いながら、ハイルの洗練された長い四肢が、周囲の敵を一網打尽にする極大の回転蹴りを放った。

ドン、と空気が爆ぜるような衝撃音。


十数人のならず者が放射状に吹き飛び、地面へ叩きつけられた。

立っているのは、二人だけだった。


「いや……やりすぎじゃないか」

「先生の病院に、無断侵入してきた相手に是も非もありません」


ハイルは漆黒の髪をさわやかに棚引かせ、にこやかに言い切った。

その瞬間。かおるの冷徹な動作分析は、ハイルの右腕が、今朝よりも、ピクピクと痙攣しているのを、確認していた。


(──ハイルの肉体が、能力の出力に耐えきれず急速に自食している)


だが、ハイルはすぐにその腕を背後へ隠し、いつもの爽やかな笑みを作ってみせた。

馨もまた、プロの理性の裏に焦燥を隠し、淡々と応じる。


──治療、完了。


◇◇◇


すべてを片付けたあと、廃病院前の広場。


壊された花壇の横に臨時のテーブルが置かれ、そこにはハイルがかおるのために真心を込めて、ミリ単位の栄養管理のもとで調理した「本日のインフラ食」が並んでいた。


「先生、お待たせしました。バイオ炭で完全に安全化した土壌から採れたホウレン草のピューレ、それに野生から蘇生させたジャガイモのデンプンをアブラナの純粋脂質で黄金比率にて練り上げた──『筋繊維超回復用・高密度ニョッキ』です。味付けは岩塩のみ、エビデンスのかたまりですよ!」


エプロン代わりにネイビーのスクラブのすそを少し気にしながら、ハイルが新妻さながらに、期待に満ちた切れ長の瞳を潤ませて馨の顔を覗き込んでくる。

馨はフォークでその奇妙に美しい緑色の塊を口に運び、咀嚼そしゃくし、冷徹に一言を落とした。


「……味はいい。だが、ハイル。お前の真心エビデンスは、少々胃に重い」

「それは褒め言葉ですね!」

「皮肉が伝わっていないようだ、微塵も」


オープンテラスかのように晴れ渡る空の下で、2人は穏やかに、幸福な食事の時間を楽しんでいた。


だが。


遠く、廃病院の敷地外の物陰から、そのささやかな平穏をじっと見つめる双眸そうぼうがあった。


それは、遠く陽光の中にたたずむ、可憐さと端麗さを宿した少女であった。


身体の線を克明になぞるフィットスーツは、十代後半の抜群のスタイルを鮮烈に浮き彫りにし、長い髪が昼の風にたなびいている。

冷徹なエージェントを思わせる完璧な造形美。だが、彼女の瞳はひたすらに料理を追い、切実な空腹に揺れていた。


彼女の手元──草むらのなかには、衣服に隠されるようにして、『冷たく光る巨大な鉄塊』が、静かに横たわっている。


ぐぅぅ、と少女の小さなお腹の虫が、静まり返る昼下がりに、不気味なほどはっきりと響き渡った。

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