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残響魔術(エコー・コード)  作者: 天音シオン
第三部  調律者と世界の真実

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第55章 凛音の決意

第55章 凛音の決意



 ネメシスでの激戦から数日後。

 対魔局本部の訓練室には、剣戟の鋭い音が響き渡っていた。


「……甘い!」


 凛音の鋭い声と共に、風の刃が蓮の頬を掠める。

 蓮は間一髪でそれを躱し、共鳴剣で反撃に転じる。


「……凛音、今日は一段と動きがキレてるな」


 蓮が、息を弾ませながら言う。


「……当然よ。調律者の残党がまだどこかに潜んでいるかもしれないんだから。休んでいる暇なんてないわ」


 凛音は、額の汗を拭いながら、再び風の魔法を構える。

 その瞳には、かつてないほどの強い決意が宿っていた。


 ネメシスでの戦いを通じて、凛音は自分の無力さを痛感していた。

 蓮と結月の「特異点共鳴」の前に、自分の風の魔法は単なるサポートに過ぎなかった。

 二人の圧倒的な力と、そして何より、二人の間に流れる「特別な絆」を見せつけられたのだ。


(……私は、蓮の隣には立てない)


 凛音は、心の中でそう呟く。

 蓮への恋心は、まだ完全に消え去ったわけではない。

 しかし、結月の過去を知り、蓮が結月をどれほど大切に想っているかを理解した今、自分が二人の間に入る余地はないと悟っていた。


「……私は、蓮の『戦友』として生きる。……それが、私の選んだ道よ」


 凛音は、自分に言い聞かせるように、風の刃を放つ。

 その刃は、蓮の共鳴剣に弾かれ、訓練室の壁に深い傷跡を残した。


「……凛音、少し休もう。オーバーワークだ」


 蓮が、心配そうに声をかける。


「……大丈夫よ。これくらい、どうってことないわ」


 凛音は強がるが、その息は荒く、肩で息をしている状態だった。


「……意地を張るな。お前が倒れたら、誰が俺の背中を守るんだ?」


 蓮の言葉に、凛音はハッとする。

 「背中を守る」。

 それは、蓮が凛音を「戦友」として信頼している証だった。


「……わかったわ。少しだけ、休む」


 凛音は、風の魔法を解き、床に座り込む。

 蓮から差し出されたスポーツドリンクを受け取り、一気に飲み干す。


「……蓮」


 凛音が、ぽつりと呟く。


「……ん?」


「……私、もっと強くなるわ。……あなたや結月に、置いていかれないように」


 凛音の言葉に、蓮は優しく微笑む。


「……置いていくわけないだろ。俺たちは、チームだ」


 蓮の言葉は、凛音の心に温かく響いた。

 しかし、その温かさが、逆に凛音の胸を締め付ける。


(……優しくしないで。……諦めきれなくなるじゃない)


 凛音は、蓮から視線を逸らし、床を見つめる。

 彼女の決意は、まだ揺らいでいた。



 その日の午後。

 凛音は、対魔局の資料室で、過去の戦闘記録を読み漁っていた。

 自分の風の魔法を、どうすればさらに強化できるか。

 そのヒントを探すためだ。


「……風の魔法は、汎用性が高い反面、決定打に欠ける。……特異点のような圧倒的な破壊力はない」


 凛音は、資料をめくりながら、独り言を呟く。


「……なら、どうすればいい? ……速度を上げる? ……密度を高める?」


 凛音は、様々な可能性を模索するが、どれも決定的な解決策には思えなかった。


「……悩んでいるようですね、凛音さん」


 突然、背後から声をかけられ、凛音は驚いて振り返る。

 そこには、紗綾局長が立っていた。


「……局長。……すみません、独り言が大きかったですか?」


 凛音が、慌てて立ち上がる。


「……いえ。……あなたの向上心は、素晴らしいと思いますよ」


 紗綾局長は、優しく微笑む。


「……でも、焦りは禁物です。……魔法は、心の状態を強く反映します。……心が乱れていれば、魔法も乱れる」


 紗綾局長の言葉に、凛音は図星を突かれたように俯く。


「……局長には、お見通しですね」


「……伊達に、長く生きていませんから」


 紗綾局長は、凛音の隣に座る。


「……蓮くんのことですか?」


 紗綾局長の直球な質問に、凛音は顔を赤らめる。


「……ち、違います! ……私はただ、もっと強くなりたいだけで……」


「……強くなりたい理由が、蓮くんのため、なのでしょう?」


 紗綾局長の優しい眼差しに、凛音はついに観念する。


「……はい。……私は、蓮の隣で戦いたい。……でも、結月ちゃんには敵わない。……だから、せめて『戦友』として、彼の背中を守れるくらいには、強くなりたいんです」


 凛音の切実な思いに、紗綾局長は静かに頷く。


「……凛音さん。……あなたは、結月さんになろうとする必要はありません」


「……え?」


「……結月さんには結月さんの、あなたにはあなたの強さがある。……風の魔法は、確かに破壊力では劣るかもしれない。……しかし、その『柔軟性』と『機動力』は、誰にも負けない武器です」


 紗綾局長の言葉に、凛音はハッとする。


「……柔軟性と、機動力……」


「……ええ。……風は、どこにでも吹き込み、どんな形にも変化する。……その特性を極めれば、あなたは誰よりも頼りになる存在になれるはずです」


 紗綾局長の言葉は、凛音の心に新たな光を灯した。


「……ありがとうございます、局長。……私、自分の風の魔法を、もう一度見つめ直してみます」


 凛音の瞳に、迷いはなくなっていた。



 翌日。

 凛音は、対魔局の屋上で、一人で特訓を行っていた。

 紗綾局長の言葉を胸に、風の魔法の「柔軟性」と「機動力」を極めるための特訓だ。


「……風よ、私の意志に従え!」


 凛音が両手を広げると、周囲の空気が渦を巻き、無数の風の刃が形成される。

 しかし、凛音はそれを放つのではなく、自分の周囲に滞空させる。


「……これを、自在に操る……!」


 凛音は、目を閉じ、意識を集中させる。

 無数の風の刃が、凛音の意志に従って、複雑な軌道を描きながら飛び回る。

 それはまるで、風の精霊が舞い踊っているかのようだった。


「……よし、次は……」


 凛音は、風の刃を一つに束ね、巨大な竜巻を作り出す。

 そして、その竜巻の中に自ら飛び込み、風の力で空高く舞い上がる。


「……『風神のシルフィード・ダンス』!」


 凛音が空中で回転すると、竜巻が周囲の空気を巻き込み、さらに巨大化していく。

 それは、攻防一体の強力な魔法だった。


「……すごいな、凛音」


 突然、下から声が聞こえ、凛音は驚いて竜巻を解除する。

 屋上の入り口には、蓮が立っていた。


「……蓮! ……いつから見てたの?」


 凛音が、慌てて着地する。


「……最初からだ。……その魔法、すごいな。……前よりも、ずっと洗練されてる」


 蓮の称賛の言葉に、凛音は顔を赤らめる。


「……ありがとう。……局長のアドバイスのおかげよ」


「……そうか。……凛音は、本当に努力家だな」


 蓮が、優しく微笑む。

 その笑顔を見るたびに、凛音の胸は高鳴る。


(……やっぱり、好き)


 凛音は、自分の気持ちを再確認する。

 しかし、同時に、その気持ちを封印する決意も固めていた。


「……蓮。……私、決めたの」


 凛音が、真剣な表情で蓮を見つめる。


「……何を?」


「……私は、あなたの『戦友』として、最後まで一緒に戦い抜く。……あなたの背中は、私が守るわ」


 凛音の言葉に、蓮は少し驚いたような表情を見せるが、すぐに力強く頷く。


「……ああ。……頼りにしてるぞ、凛音」


 蓮の言葉に、凛音は満面の笑みで応える。

 彼女の決意は、もはや揺らぐことはなかった。



 しかし、凛音の決意を揺るがす出来事は、突然やってきた。

 その日の夕方、対魔局本部に緊急警報が鳴り響いたのだ。


『……緊急事態発生! ……新宿エリアに、未確認の強力な魔力反応! ……調律者の残党と思われます!』


 シロの緊迫した声が、館内放送で流れる。


「……新宿か。……すぐに出撃する!」


 蓮が、特務部隊のメンバーに指示を出す。

 凛音も、すぐに装備を整え、出撃の準備をする。


「……凛音、無理はするなよ」


 蓮が、凛音に声をかける。


「……大丈夫よ。……私の新しい魔法、見せてあげるわ」


 凛音は、自信に満ちた笑顔で答える。


 特務部隊は、専用の輸送車両に乗り込み、新宿へと急行した。

 現場に到着すると、そこはすでに火の海と化していた。

 高層ビルが崩落し、道路はひび割れ、逃げ惑う人々の悲鳴が響き渡っている。


「……ひどい有様だ……」


 アランが、惨状を見て顔をしかめる。


「……敵はどこだ?」


 蓮が、周囲を見渡す。


『……魔力反応は、新宿中央公園の中心部です!』


 シロのナビゲートに従い、蓮たちは公園へと向かう。

 そこには、一人の男が立っていた。

 黒いコートを身に纏い、顔の半分を仮面で隠している。

 その全身からは、圧倒的な魔力が立ち上っていた。


「……お前が、調律者の残党か?」


 蓮が、共鳴剣を構えて問い詰める。


「……残党、か。……我々は、調律者の意志を継ぐ者。……『執行者』だ」


 男の声は、冷酷で感情がこもっていなかった。


「……執行者……」


 蓮が、警戒を強める。


「……我々の目的は、この世界を『浄化』すること。……魔法適性のない人間は、不要だ」


 執行者の言葉に、凛音は激しい怒りを覚える。


「……ふざけないで! ……人間の価値を、魔法の有無で決めるなんて!」


 凛音が、風の魔法を構える。


「……愚かな。……感情に流されるから、人間は弱いのだ」


 執行者が、右手を軽く振る。

 それだけで、強烈な衝撃波が発生し、蓮たちを吹き飛ばす。


「……ぐっ!」


 蓮が、地面を転がる。


「……なんて威力だ……!」


 アランが、驚愕の声を上げる。


「……これが、執行者の力……」


 透が、冷や汗を流す。


「……みんな、気をつけて! ……こいつ、今までの敵とは次元が違う!」


 結月が、氷の盾を展開する。


「……無駄だ」


 執行者が、再び右手を振る。

 今度は、目に見えない「空間の刃」が放たれ、結月の氷の盾をあっさりと両断する。


「……きゃあっ!」


 結月が、悲鳴を上げて倒れ込む。


「……結月!」


 蓮が、結月の元へ駆け寄ろうとする。

 しかし、執行者はその隙を見逃さなかった。


「……まずは、特異点から排除する」


 執行者が、蓮に向けて、巨大な「重力球」を放つ。

 それは、触れたものを全て押し潰す、絶対的な破壊の魔法だった。


「……蓮!」


 凛音が、叫ぶ。

 蓮は、結月を庇うように立ち塞がり、共鳴剣で重力球を受け止めようとする。

 しかし、重力球の威力は、蓮の想像を遥かに超えていた。


「……ぐあああっ!」


 蓮の共鳴剣が軋みを上げ、蓮の体が徐々に押し潰されていく。


「……蓮! ……やめて!」


 凛音が、風の魔法で重力球を吹き飛ばそうとするが、全く通用しない。


(……どうすれば……! ……このままじゃ、蓮が……!)


 凛音の心に、絶望が広がる。

 その時、凛音の脳裏に、紗綾局長の言葉が蘇った。


『……風は、どこにでも吹き込み、どんな形にも変化する。……その特性を極めれば、あなたは誰よりも頼りになる存在になれるはずです』


(……柔軟性と、機動力……!)


 凛音は、決意を固める。

 彼女は、自分の全ての魔力を解放し、巨大な竜巻を作り出す。


「……『風神のシルフィード・ダンス』!」


 凛音は、竜巻と共に、執行者の重力球へと突っ込んでいく。


「……凛音! ……何をする気だ!」


 蓮が、叫ぶ。


「……あなたの背中は、私が守るって言ったでしょ!」


 凛音は、笑顔で答える。

 そして、竜巻の回転力を利用して、重力球の軌道を強引に逸らす。


「……ちぃっ!」


 執行者が、舌打ちをする。

 重力球は、蓮の横を通り過ぎ、後方のビルに直撃して大爆発を起こす。


「……やった……!」


 凛音が、安堵の息を漏らす。

 しかし、その直後、執行者の冷酷な声が響く。


「……目障りな羽虫め」


 執行者が、凛音に向けて、見えない「空間の刃」を放つ。

 竜巻の勢いを使い果たし、空中で無防備になっていた凛音は、それを躱すことができなかった。


「……あっ……」


 空間の刃が、凛音の体を深く切り裂く。

 鮮血が宙を舞い、凛音の体が、力なく地面へと落下していく。


「……凛音ぇぇぇっ!!」


 蓮の悲痛な叫びが、新宿の空に響き渡った。





 地面に叩きつけられた凛音の周囲に、赤い血溜まりが広がっていく。

 蓮は、頭の中が真っ白になるのを感じた。


「……凛音! しっかりしろ!」


 蓮が、凛音の元へ駆け寄り、その体を抱き起こす。

 凛音の息は絶え絶えで、意識は朦朧としていた。


「……れ、ん……」


 凛音が、微かな声で蓮の名前を呼ぶ。


「……喋るな! すぐに治療する!」


 蓮は、震える手で凛音の傷口を押さえる。

 しかし、傷は深く、出血は止まらない。


「……無駄だ。……その傷は、空間ごと切り裂いている。……通常の治癒魔法では治らない」


 執行者が、冷酷な声で告げる。


「……貴様ぁっ!」


 アランが、怒りに任せて執行者に殴りかかる。

 しかし、執行者はアランの拳を片手で受け止め、そのままアランの体を軽々と投げ飛ばす。


「……ぐはっ!」


 アランが、瓦礫の山に激突する。


「……アラン!」


 透が、空間断裂で執行者の背後を取ろうとするが、執行者はそれを見越していたかのように、背後に向けて重力球を放つ。


「……しまっ……!」


 透が、間一髪で空間転移して躱すが、その余波で吹き飛ばされる。


「……強すぎる……」


 朔が、時間停止を発動しようとするが、執行者の圧倒的な魔力の前に、魔法が弾かれてしまう。


「……時間の干渉も、私には通じない」


 執行者が、朔に向けて空間の刃を放つ。

 朔は、咄嗟に時間加速で回避するが、腕を浅く切り裂かれる。


「……くっ!」


 特務部隊のメンバーが、次々と倒れていく。

 蓮は、凛音を抱きしめたまま、絶望的な状況に歯噛みする。


(……俺が、もっと強ければ……!)


 蓮の心に、激しい怒りと無力感が渦巻く。


「……蓮……」


 結月が、蓮の傍に寄り添う。

 彼女の瞳にも、涙が浮かんでいた。


「……結月、凛音を頼む。……俺が、あいつを止める」


 蓮が、凛音を結月に託し、立ち上がる。

 その瞳には、かつてないほどの強い殺意が宿っていた。


「……蓮、ダメよ! ……今のあなたじゃ、勝てない!」


 結月が、蓮を引き止めようとする。


「……それでも、やるしかないんだ!」


 蓮が、共鳴剣を構え、執行者に向かって歩き出す。


「……愚かな。……特異点とはいえ、まだ未熟な力で私に挑むか」


 執行者が、蓮に向けて重力球を放つ。

 蓮は、共鳴剣に全ての魔力を集中させ、重力球を真っ向から斬り裂く。


「……おおおおおっ!」


 蓮の咆哮と共に、重力球が真っ二つに割れ、周囲に爆風を撒き散らす。


「……ほう。……少しはやるようだな」


 執行者が、僅かに驚きの表情を見せる。

 しかし、その直後、執行者の姿が掻き消える。


「……なっ!?」


 蓮が、周囲を見渡す。


「……遅い」


 執行者の声が、蓮の背後から聞こえる。

 蓮が振り返る間もなく、執行者の空間の刃が、蓮の背中を切り裂く。


「……がはっ!」


 蓮が、血を吐きながら倒れ込む。


「……蓮!」


 結月が、悲鳴を上げる。


「……これで、終わりだ」


 執行者が、蓮に止めを刺そうと、巨大な空間の刃を形成する。

 その時だった。


『……蓮! ……上空から、高出力の魔力反応!』


 シロの緊迫した声が響く。

 直後、空から巨大な光の柱が降り注ぎ、執行者を直撃する。


「……ちぃっ!」


 執行者が、光の柱を重力障壁で防ぐが、その威力に後退を余儀なくされる。

 光の柱が収まると、そこには、紗綾局長が立っていた。


「……局長……!」


 蓮が、驚きの声を上げる。


「……遅くなって、ごめんなさい。……ここは、私が引き受けます。……あなたたちは、凛音さんを連れて撤退しなさい」


 紗綾局長が、静かに、しかし力強く告げる。


「……でも、局長一人じゃ……!」


「……命令です、蓮くん。……凛音さんの命を、最優先にしなさい」


 紗綾局長の言葉に、蓮は唇を噛み締める。


「……わかりました。……局長、ご無事で」


 蓮は、結月と共に凛音を抱え上げ、撤退を開始する。

 アラン、透、朔、アリスも、それに続く。


「……逃がすか」


 執行者が、蓮たちを追おうとするが、紗綾局長がその前に立ち塞がる。


「……あなたの相手は、私です」


 紗綾局長が、両手を広げると、周囲の空間が歪み始める。


「……『神速・空間歪曲ゴッド・スピード・ディストーション』」


 紗綾局長の魔法が、執行者の周囲の空間を歪め、その動きを封じる。


「……ほう。……対魔局の局長自ら、お出ましか。……面白い」


 執行者が、不敵な笑みを浮かべる。

 新宿の廃墟で、局長と執行者の、次元を超えた戦いが始まろうとしていた。



 蓮たちは、対魔局本部の医療室へと急行した。

 凛音は、すぐに集中治療室へと運び込まれ、緊急手術が行われる。


「……凛音……」


 蓮は、手術室の扉の前で、頭を抱えて座り込む。

 自分の無力さが、悔しくてたまらなかった。


「……蓮、自分を責めないで」


 結月が、蓮の隣に座り、その肩を優しく抱く。


「……俺が、もっと強ければ……。……凛音に、あんな無茶をさせずに済んだのに……」


 蓮の目から、涙がこぼれ落ちる。


「……凛音ちゃんは、蓮を守りたかったのよ。……それが、彼女の『決意』だったんだから」


 結月の言葉に、蓮は顔を上げる。


「……決意……」


「……ええ。……凛音ちゃんは、蓮の『戦友』として、最後まで一緒に戦うって決めたの。……だから、あんなに無茶をしたんだと思う」


 結月の言葉は、蓮の心に深く突き刺さった。

 凛音の想い、そして、彼女の覚悟。

 それを無駄にしてはならない。


「……俺は、もっと強くなる。……誰も、失わないために」


 蓮が、涙を拭い、力強く宣言する。

 その瞳には、新たな決意が宿っていた。


 数時間後、手術室の扉が開き、医師が出てくる。


「……先生、凛音は……!」


 蓮が、弾かれたように立ち上がる。


「……一命は取り留めました。……しかし、傷が深く、意識が戻るまでには時間がかかるでしょう」


 医師の言葉に、蓮たちは安堵の息を漏らす。


「……よかった……」


 結月が、涙ぐむ。


「……でも、油断はできません。……あの傷は、特殊な魔力によって引き起こされたものです。……後遺症が残る可能性もあります」


 医師の言葉に、蓮の表情が再び険しくなる。


「……後遺症……」


「……今は、彼女の生命力を信じるしかありません」


 医師はそう言い残し、去っていく。

 蓮は、ガラス越しに、眠り続ける凛音の姿を見つめる。


(……凛音、必ず助ける。……だから、待っててくれ)


 蓮は、心の中でそう誓う。

 調律者の最強の刺客「執行者」の登場により、戦いは新たな局面を迎えていた。

 蓮たちは、これまでにない強大な敵に立ち向かうため、さらなる力を手に入れる必要があった。




 一方、新宿の廃墟では、紗綾局長と執行者の死闘が続いていた。

 紗綾局長の「神速」は、執行者の空間魔法をも凌駕するスピードで、次々と攻撃を繰り出していく。


「……速いな。……だが、それだけだ」


 執行者が、紗綾局長の攻撃を重力障壁で防ぎながら、冷酷に言い放つ。


「……私の魔法は、速さだけではありませんよ」


 紗綾局長が、微笑みを浮かべる。

 その瞬間、執行者の周囲の空間が、複雑に歪み始める。


「……なっ!?」


 執行者が、驚きの声を上げる。

 紗綾局長の「神速・空間歪曲」は、単に空間を歪めるだけでなく、その歪みを利用して、相手の魔法を反射する効果を持っていた。


「……あなたの重力球、お返しします」


 紗綾局長が、指を鳴らす。

 すると、執行者が放った重力球が、空間の歪みを通って、執行者自身に襲いかかる。


「……ちぃっ!」


 執行者が、咄嗟に空間転移で回避するが、その余波で吹き飛ばされる。


「……さすがは、対魔局の局長。……だが、これで勝ったと思うなよ」


 執行者が、立ち上がり、全身から黒いオーラを放つ。


「……『絶対空間・崩壊アブソリュート・スペース・コラプス』」


 執行者の魔法が、新宿の廃墟一帯の空間を、完全に崩壊させようとする。

 それは、周囲の全てを無に帰す、究極の破壊魔法だった。


「……させません!」


 紗綾局長が、全魔力を解放し、執行者の魔法を抑え込もうとする。

 二人の強大な魔力が激突し、新宿の空に巨大な光の柱が立ち上る。


 その光の柱は、対魔局本部からもはっきりと見えた。

 蓮は、医療室の窓から、その光を見つめていた。


「……局長……」


 蓮が、祈るように呟く。

 光の柱は、数分間続いた後、ゆっくりと消え去った。


『……新宿エリアの魔力反応、消失しました。……局長の生体反応も……消失しました』


 シロの悲痛な報告が、館内放送で流れる。


「……嘘だろ……」


 アランが、膝から崩れ落ちる。


「……局長が……」


 結月が、両手で顔を覆う。

 蓮は、言葉を失い、ただ窓の外を見つめていた。

 紗綾局長は、蓮たちを逃がすために、自らの命を犠牲にして、執行者の魔法を相殺したのだ。


「……局長……」


 蓮の目から、再び涙がこぼれ落ちる。

 凛音の重傷、そして、紗綾局長の死。

 調律者の最強の刺客「執行者」の力は、蓮たちの想像を遥かに超えていた。


「……俺は、もっと強くなる。……局長の仇を討つために。……そして、この世界を守るために」


 蓮が、拳を強く握り締める。

 その瞳には、深い悲しみと共に、決して揺るがない決意が宿っていた。

 蓮の新たな戦いが、今、始まろうとしていた。





【第55章終了】


新登場魔法:「絶対空間・崩壊アブソリュート・スペース・コラプス」(執行者の魔法)


新登場魔法:「神速・空間歪曲ゴッド・スピード・ディストーション」(紗綾局長の魔法)


新登場用語:「執行者」(調律者の最強の刺客)

新登場魔法:「風神のシルフィード・ダンス」(凛音の魔法)

新登場魔法:「空間のスペース・ブレード」(執行者の魔法)

新登場魔法:「重力球グラビティ・スフィア」(執行者の魔法)


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