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残響魔術(エコー・コード)  作者: 天音シオン
第一部 覚醒と喪失

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第11章:新たな火種と交差する思惑

第11章:新たな火種と交差する思惑



舞の死から一ヶ月が経過した。

対魔局は、神崎の反乱による組織の立て直しに追われていた。局長をはじめとする腐敗した上層部は一掃され、神宮寺紗綾が新局長として就任した。

彼女は、対魔局の透明性を高め、魔法適応社会という思想を完全に排除するための改革を推し進めていた。


しかし、世間の目は厳しかった。

「箱舟」の崩壊は、大規模な海難事故として報道されたが、ネット上では「対魔局の内部抗争」「魔法による大量虐殺」といった噂が飛び交っていた。

魔法に対する恐怖と不信感は、かつてないほどに高まっていた。


そんな中、蓮と結月は、新たな任務に就いていた。


「……目標、確認しました。新宿区の廃ビルに潜伏している新星の残党です」


結月が、タブレットの画面を見ながら報告する。


「数は?」


「五人。いずれも、神崎の『支配』の魔法をコピーした魔法具を所持している可能性があります」


「……厄介だな」


蓮は、黒いコートの襟を立て、廃ビルを見上げた。

彼の瞳には、以前のような迷いや焦りはなかった。ただ、静かで冷たい決意だけが宿っている。


「行こう、柊」


「はい」


二人は、音もなく廃ビルへと潜入した。






廃ビルの内部は、薄暗く、埃の臭いが充満していた。

蓮と結月は、気配を殺しながら階段を上がり、目標が潜伏しているフロアへと近づく。


「……聞こえるか?」


蓮が小声で尋ねる。


「はい。奥の部屋から、微かな魔力反応があります」


結月が頷く。


二人は、部屋の扉の両側に立ち、タイミングを合わせた。


「……行くぞ」


蓮が扉を蹴り破り、部屋の中へと突入する。


「なっ……! 対魔局か!」


部屋の中にいた五人の男たちが、一斉に立ち上がり、魔法具を構えた。


「『支配』――強制停止!」


男の一人が、蓮に向かって魔法具を向ける。


しかし、蓮は立ち止まらなかった。


「『残響』――共鳴剣!」


蓮の手に、純白の剣が顕現する。

その剣は、結月の冷気を纏い、青白い炎となって燃え上がっている。


「……バカな! なぜ『支配』が効かない!」


男が驚愕の声を上げる。


「……お前たちの『支配』は、神崎の劣化コピーに過ぎない。俺たちの『共鳴』には、到底及ばない」


蓮は、一瞬で男との距離を詰め、共鳴剣で魔法具を一刀両断にした。


「ひぃっ……!」


男が腰を抜かして倒れ込む。


「『氷結』――氷槍雨!」


結月が、残りの四人に向かって無数の氷の槍を放つ。

男たちは、為す術もなく氷漬けにされた。


「……制圧完了です」


結月が、冷気を収めながら言った。


「ああ。ご苦労だったな」


蓮は、共鳴剣を消滅させ、倒れている男たちを見下ろした。


「……これで、都内に潜伏していた新星の残党は、ほぼ片付いたはずだ」


「ええ。でも、まだ安心はできません。神崎の思想に共鳴した者たちは、世界中に散らばっています」


結月の言葉に、蓮は頷いた。


「ああ。分かってる。……俺たちの戦いは、まだ始まったばかりだ」


二人は、廃ビルを後にし、対魔局本部へと帰還した。






対魔局本部に戻った二人は、紗綾の執務室へと向かった。


「……ご苦労様。これで、都内の新星の残党は一掃できたわね」


紗綾は、報告書に目を通しながら言った。


「はい。しかし、彼らが所持していた魔法具は、神崎の『支配』をコピーしたものでした。技術班に解析を依頼しています」


結月が報告する。


「……神崎の遺産か。厄介なものを残してくれたわね」


紗綾は、深くため息をついた。


「局長。凛音の容態は?」


蓮が尋ねる。


「……まだ、目を覚まさないわ。でも、生命維持装置の数値は安定している。技術班が、彼女の魔力回路の修復を急いでいるわ」


「……そうですか」


蓮は、少しだけ安堵の表情を浮かべた。


「それと、あなたたちに新しい任務があるの」


紗綾は、タブレットを操作し、一枚の写真をモニターに映し出した。


「これは……?」


蓮が眉をひそめる。


写真に写っていたのは、黒いローブを着た、謎の集団だった。

彼らの顔はフードで隠されており、胸には奇妙な紋章が刻まれている。


「彼らは『黒の教団』と名乗る、新たな魔法組織よ。新星とは違い、彼らは魔法を『神の力』として崇拝し、魔法適応社会とは異なる、独自の思想を持っている」


「……また、面倒な連中が現れたな」


蓮が舌打ちをする。


「彼らは、世界各地で『聖遺物』と呼ばれる、強力な魔法具を収集しているらしいわ。その目的は不明だけど、放置しておけば、新たな脅威になることは間違いない」


紗綾は、蓮と結月を真っ直ぐに見つめた。


「あなたたちには、この『黒の教団』の調査に向かってもらう。まずは、彼らが潜伏しているという情報がある、ヨーロッパの某国へ飛んでちょうだい」


「……ヨーロッパ、ですか」


結月が、少し驚いたような顔をした。


「ええ。これは、対魔局の管轄外の任務になる。だから、あなたたちには『特務調査員』として、非公式に動いてもらうわ」


紗綾は、二人に新しい身分証を手渡した。


「……了解しました」


蓮は、身分証を受け取り、力強く頷いた。


「……気をつけてね、二人とも。黒の教団は、新星以上に危険な連中かもしれないわ」


「分かっています。……必ず、生きて帰ります」


蓮と結月は、敬礼し、執務室を後にした。


新たな敵、新たな任務。

彼らの戦いは、日本を飛び出し、世界へと広がっていく。






数日後。

蓮と結月は、ヨーロッパの某国、古都プラハに到着していた。


石畳の街並み、歴史ある建造物。

日本とは全く異なる風景に、結月は少しだけ目を輝かせていた。


「……綺麗な街ですね」


「ああ。でも、観光に来たわけじゃない。気を引き締めろよ」


蓮が、周囲を警戒しながら言う。


「分かっています。……でも、少しだけ、息抜きも必要ですよ」


結月が、微かに微笑む。


「……そうだな」


蓮も、少しだけ表情を和らげた。


二人は、情報屋と接触するため、旧市街の裏路地にある酒場へと向かった。


酒場の中は、薄暗く、煙草の煙と酒の臭いが充満していた。

蓮と結月は、カウンターの奥に座っている、隻眼の男に近づいた。


「……あんたが、情報屋の『梟』か?」


蓮が、英語で尋ねる。


「……いかにも。お前たちが、日本の対魔局から来た『特務調査員』だな?」


梟は、蓮と結月を値踏みするように見つめた。


「ああ。黒の教団について、知っていることを教えてくれ」


蓮が、テーブルの上に札束を置く。


梟は、札束を懐にしまい、低い声で話し始めた。


「……黒の教団は、この街の地下にある『旧市街の迷宮』に潜伏している。彼らは、そこで『聖遺物』の儀式を行っているらしい」


「聖遺物……具体的には、どんなものだ?」


「……『賢者の石』だ」


梟の言葉に、蓮と結月は顔を見合わせた。


「賢者の石……錬金術の伝説にある、あの?」


結月が尋ねる。


「ああ。彼らは、その石を使って、死者を蘇らせようとしているという噂だ」


「……死者を、蘇らせる……?」


蓮の心臓が、大きく跳ねた。


もし、それが本当なら。

もし、舞を……。


「……雨宮隊員」


結月が、蓮の腕を強く掴んだ。


「……分かってる。そんな都合のいい話、あるわけがない」


蓮は、自分に言い聞かせるように呟いた。


「……だが、確かめる必要はある。その『旧市街の迷宮』への入り口は、どこだ?」


蓮が、梟に尋ねる。


「……この酒場の地下だ。だが、気をつけて行けよ。あそこは、生きて帰ってきた者がいない『死の迷宮』だ」


梟は、不気味に笑った。


蓮と結月は、酒場の地下へと続く階段を下りていった。

新たな敵、そして「死者の蘇生」という禁忌の力。

彼らの前に、底知れぬ闇が広がっていた。




酒場の地下から続く階段は、どこまでも深く、暗く続いていた。

壁面は古びたレンガで覆われ、冷たい湿気が肌にまとわりつく。


「……雨宮隊員、魔力反応が急激に強くなっています。気をつけてください」


結月が、タブレットの画面を頼りに先行しながら警告する。


「ああ。だが、この魔力……なんだか妙だ」


蓮は「残響」で周囲の魔力を読み取ろうとしたが、ノイズが酷く、正確な波長を掴むことができない。

まるで、複数の異なる魔法が複雑に絡み合い、一つの巨大な渦を形成しているかのようだった。


「……『聖遺物』の影響かもしれません。あるいは、この迷宮そのものが、巨大な魔法陣として機能しているか」


結月が推測する。


二人がさらに奥へと進むと、開けた空間に出た。

そこは、古代の地下神殿のような場所だった。巨大な石柱が立ち並び、中央には祭壇のようなものが設置されている。


そして、その祭壇を囲むように、黒いローブを着た数十人の教団員たちが祈りを捧げていた。


「……見つけたぞ」


蓮が物陰に身を潜め、共鳴剣の魔力を練り上げる。


「待ってください、雨宮隊員。祭壇の上に、何かあります」


結月が指差した先には、祭壇の中央に置かれた、赤黒く輝く石があった。

それが「賢者の石」なのだろうか。石からは、禍々しいほどの魔力が放たれている。


「……あれが、死者を蘇らせる石……」


蓮の瞳が、石の輝きに魅入られたように細められる。


「雨宮隊員、ダメです! あの石の魔力は、異常です。近づけば、精神を汚染されます!」


結月が蓮の腕を強く引く。


その時、祭壇の前に立っていた、一際豪奢なローブを着た男が振り返った。

彼は、教団の司祭なのだろう。顔の下半分を覆うマスクの奥から、鋭い眼光が二人を射抜いた。


「……迷える子羊たちが、我らが聖域に足を踏み入れたか」


司祭の声が、地下神殿に響き渡る。


「……見つかったか」


蓮は舌打ちをし、物陰から姿を現した。


「日本の対魔局だな。我々の崇高な儀式を邪魔する気か?」


司祭が、杖を高く掲げる。


「崇高な儀式だと? 死者を蘇らせるなんて、ただの冒涜だ!」


蓮が叫ぶ。


「冒涜? 違うな。これは『救済』だ。我々は、この賢者の石の力で、かつて魔法によって命を落とした全ての者たちを、新たな世界へと導くのだ」


司祭の言葉に、教団員たちが一斉に歓声を上げる。


「……狂ってる」


結月が、氷の槍を顕現させる。


「狂っているのは、魔法を兵器としてしか使えないお前たちの方だ。……さあ、神の裁きを受けよ!」


司祭が杖を振り下ろすと、教団員たちが一斉に魔法を放ってきた。


「『残響』――風壁!」


蓮が風の壁を展開し、魔法の雨を防ぐ。


「柊、あの司祭を狙うぞ! 奴がこの儀式の核だ!」


「はい!」


二人は、魔法の雨を掻き分けながら、祭壇へと突進した。






「『氷結』――氷刃乱舞!」


結月が無数の氷の刃を放ち、教団員たちを次々と無力化していく。

彼女の魔法は、以前よりもさらに鋭く、洗練されていた。感情を取り戻したことで、彼女の魔力回路はより柔軟に、より強力に機能するようになっていた。


「……やるな、柊!」


蓮も負けじと、共鳴剣で教団員たちの魔法を切り裂きながら進む。


「……愚かな。神の力に抗うか」


司祭が、杖の先端から黒い炎を放つ。


「『黒炎』――煉獄の業火!」


黒い炎が、蓮と結月を包み込もうとする。


「『残響』――雷炎刃!」


蓮が雷と炎の刃を放ち、黒い炎と激突する。

凄まじい爆発が起こり、地下神殿が大きく揺れた。


「……くっ……!」


蓮は爆風に吹き飛ばされそうになるが、結月が氷の壁で彼を支えた。


「雨宮隊員、あの黒い炎……普通の魔法じゃありません。魔力そのものを燃やしています!」


結月が叫ぶ。


「……ああ。俺の『残響』でも、完全に相殺しきれない」


蓮は、焦げたコートの袖を払いながら立ち上がった。


「……どうやら、少しは骨のあるネズミのようだな。だが、賢者の石の力の前には無力だ」


司祭が、祭壇の上の石に手をかざす。

すると、石から赤黒い魔力が溢れ出し、司祭の身体を包み込んだ。


「……力が、満ちてくる……! これぞ、神の力!」


司祭の身体が、一回り大きく膨れ上がり、その背中から黒い翼のようなものが生え出した。


「……バケモノかよ」


蓮が、共鳴剣を構え直す。


「雨宮隊員、奴の魔力波長が、完全に石と同化しています。このままでは……」


「……やるしかない。俺たちの『共鳴』で、あの石ごと奴をぶっ壊す!」


蓮は、結月に向かって手を差し出した。


「……はい!」


結月が、蓮の手をしっかりと握る。


二人の魔力が交わり、純白と青白の光が地下神殿を照らし出す。


「『残響』――共鳴剣・氷炎!」


蓮と結月は、巨大な氷炎の剣を顕現させ、司祭に向かって一気に跳躍した。


「……消え去れ、異端者ども!」


司祭が、巨大な黒い炎の塊を放つ。


「……うおおおおっ!」


蓮と結月は、氷炎の剣で黒い炎を真っ向から切り裂き、司祭の胸へと剣を突き立てた。


「……がはっ……!」


司祭が、驚愕の表情を浮かべて血を吐く。


「……バカな……神の力が……」


司祭の身体から黒い翼が消え去り、彼は祭壇の上に崩れ落ちた。


「……やったか」


蓮が、荒い息を吐きながら剣を下ろす。


しかし、その時。


祭壇の上の賢者の石が、突如として激しく明滅し始めた。


「……雨宮隊員、石の魔力が暴走しています!」


結月が叫ぶ。


「……くそっ! 破壊する!」


蓮が共鳴剣を振り下ろそうとした瞬間、石から凄まじい光が放たれ、二人の視界を真っ白に染め上げた。






光が収まると、蓮と結月は、見知らぬ空間に立っていた。


周囲は真っ白で、上下の感覚すらない。

タワー事件の時に引きずり込まれた、虚数空間に似ていた。


「……ここは……?」


蓮が周囲を見渡す。


「……分かりません。賢者の石の魔力によって、別の次元に転移させられたのかもしれません」


結月が、警戒しながら答える。


その時、真っ白な空間の奥から、足音が聞こえてきた。


「……誰だ?」


蓮が共鳴剣を構える。


足音の主が、ゆっくりと姿を現した。


「……嘘だろ……」


蓮は、共鳴剣を取り落としそうになった。


そこに立っていたのは、死んだはずの桜井舞だった。


「……蓮くん、結月ちゃん」


舞は、いつもの明るい笑顔で、二人に手を振った。


「……舞……? 本当に、舞なのか……?」


蓮が、震える声で尋ねる。


「うん、私だよ。……会いたかった」


舞が、蓮に向かって駆け寄ってくる。


「……待ってください、雨宮隊員!」


結月が、蓮の前に立ち塞がった。


「……柊、どけ。舞だ。舞が、生きて……」


「違います! 彼女は、舞さんじゃありません!」


結月が、鋭い声で叫ぶ。


「……彼女の魔力波長は、あの賢者の石と全く同じです。これは、石が見せている幻影……あるいは、あなたの記憶から作り出された偽物です!」


「……幻影……?」


蓮は、足を止めた。


「……ひどいな、結月ちゃん。私だよ? 蓮くん、私を助けてくれるって約束したよね?」


舞の幻影が、悲しそうな顔で蓮を見つめる。


「……舞……」


蓮の心が、激しく揺さぶられる。

頭では、結月の言う通り幻影だと分かっている。だが、目の前にいる舞の姿、声、笑顔……全てが、本物としか思えなかった。


「……雨宮隊員、惑わされないでください! 彼女は、あなたの心の隙間につけ込もうとしているだけです!」


結月が、氷の槍を顕現させる。


「……やめろ、柊! 舞を攻撃するな!」


蓮が、結月の腕を掴む。


「……雨宮隊員……!」


結月が、悲痛な顔で蓮を見上げる。


「……蓮くん、私と一緒に来て。ここなら、ずっと一緒にいられるよ」


舞の幻影が、蓮に向かって手を差し出す。


蓮は、その手を取ろうと、ゆっくりと歩み寄っていく。


「……ダメです、雨宮隊員! 行かないで!」


結月が叫ぶが、蓮の耳には届いていないようだった。


賢者の石が作り出した、甘く残酷な幻影。

蓮は、過去の亡霊に囚われ、再び深い闇の中へと引きずり込まれようとしていた。




「……蓮くん、早く」


舞の幻影が、優しく微笑みながら蓮を誘う。

その声は、蓮の心の最も柔らかい部分を正確に撫でていく。


「……ああ、舞。今、行くよ」


蓮の瞳からは光が失われ、ただ虚ろに舞の幻影だけを見つめていた。

彼の手が、幻影の手に触れようとした、その瞬間。


「……目を覚ましてください!」


結月が、蓮の背中から強く抱きついた。


「……っ!」


蓮の動きが止まる。


「……柊、離せ。舞が、待ってるんだ」


「ダメです! あれは舞さんじゃありません! あなたの罪悪感が見せている、ただの幻です!」


結月は、蓮の背中に顔を押し当て、必死に叫んだ。


「……舞さんは、もういないんです! 私たちは、彼女を助けられなかった! それが現実です!」


結月の言葉は、鋭い刃のように蓮の心に突き刺さった。


「……うるさい! 黙れ!」


蓮が結月を振り払おうとするが、彼女は決して腕を離さなかった。


「……離しません! あなたが、また自分を壊そうとするなら、私が全力で止めます!」


結月の瞳から、涙が溢れ出し、蓮の背中を濡らす。


「……私は、もう誰も失いたくない。……あなたを、失いたくないんです!」


その悲痛な叫びが、蓮の心の奥底に響いた。


(……俺は、何を……)


蓮の瞳に、微かに光が戻る。


「……ひどいな、結月ちゃん。蓮くんは、私を選んでくれたのに」


舞の幻影が、冷たい声で言う。

その顔は、先ほどまでの優しい笑顔から一変し、無表情で不気味なものになっていた。


「……お前は、舞じゃない」


蓮は、ゆっくりと結月の腕を解き、振り返った。


「舞は、そんな顔はしない。あいつは……俺たちが前に進むことを、望んでくれたんだ」


蓮の瞳に、再び強い意志の光が宿る。


「……残念。もう少しで、あなたの魔力を全て喰い尽くせたのに」


舞の幻影が、歪んだ笑みを浮かべる。

その姿が、徐々に崩れ始め、赤黒い魔力の塊へと変わっていく。


「……柊、すまない。また、お前に助けられたな」


蓮が、結月に向かって微笑む。


「……いいえ。あなたが、自分で戻ってきてくれたんです」


結月も、涙を拭いながら微笑み返した。


「……さあ、終わらせよう。こんな悪趣味な幻影を見せる石なんて、粉々に砕いてやる」


蓮は、再び純白の共鳴剣を顕現させた。


「はい!」


結月も、氷の槍を構える。


二人は、赤黒い魔力の塊に向かって、同時に駆け出した。


「『残響』――共鳴剣・氷炎!」


「『氷結』――絶対零度!」


二人の魔法が完全に同調し、巨大な氷炎の刃となって、魔力の塊を真っ二つに切り裂いた。


凄まじい光と轟音と共に、真っ白な空間がガラスのように砕け散っていく。






蓮と結月が目を覚ますと、そこは再び地下神殿だった。


祭壇の上の賢者の石は、真っ二つに割れ、その輝きを完全に失っていた。

周囲に倒れていた教団員たちも、石の魔力が消えたことで、完全に意識を失っている。


「……終わったな」


蓮が、荒い息を吐きながら剣を収める。


「……はい。賢者の石の魔力は、完全に消失しました」


結月が、タブレットで周囲の魔力反応を確認しながら言う。


「……結局、死者を蘇らせるなんて、ただの幻想だったってことか」


蓮は、割れた石を見つめながら、自嘲気味に笑った。


「……雨宮隊員」


結月が、蓮のそばに歩み寄る。


「……分かってる。もう、迷わない。俺は、舞の分まで、この世界で生きていく」


蓮は、結月に向かって力強く頷いた。


「……はい。私も、一緒に生きます」


結月も、真っ直ぐに蓮を見つめ返した。


二人は、地下神殿を後にし、地上へと向かう階段を上り始めた。


外に出ると、プラハの街はすでに夜明けを迎えていた。

朝の冷たい空気が、二人の火照った身体を心地よく冷ましていく。


「……帰ろう、日本へ」


蓮が、朝日に向かって背伸びをする。


「はい。紗綾局長に、報告しなければなりませんね」


結月が、タブレットをしまいながら言う。


「ああ。それに、凛音の奴も、そろそろ目を覚ます頃かもしれないしな」


蓮が笑うと、結月も小さく微笑んだ。


黒の教団の野望は阻止され、賢者の石は破壊された。

しかし、世界にはまだ、魔法を巡る様々な思惑が渦巻いている。


彼らの戦いは、これからも続いていく。

だが、今の二人には、どんな困難にも立ち向かえるだけの、強い絆があった。


交差する想いを胸に、蓮と結月は、新たな未来へと歩み出した。





【第11章終了】





【第11章登場魔法・用語解説】


「賢者の石の崩壊」:蓮と結月の共鳴魔法によって、賢者の石が完全に破壊された状態。石に蓄積されていた膨大な魔力は霧散し、二度と幻影を作り出すことはできなくなった。これにより、黒の教団の「死者の蘇生」という計画は完全に頓挫した。


黒炎こくえん」:黒の教団の司祭が使用した魔法。対象の魔力そのものを燃料として燃え広がる性質を持ち、通常の魔法では防御や相殺が極めて困難。


「賢者の石の幻影」:賢者の石が対象の記憶や願望を読み取り、最も強く望む者の姿を作り出す現象。対象の精神を絡め取り、石の魔力の一部として取り込むための罠である。



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