episode:斎藤裕次郎
どうも、斎藤裕次郎です。葛西さんですね。
私の妻が失礼な物言いをしたようで、すみません。アレも愚息が死んだことで多少動揺していたんでしょう。
あんな出来損ないでも息子ですからね。
ああ、そうです。私はあの総合病院の院長でして。
はは、警察官の方とお話をするなんて、不審死や自殺者が出た時くらいですから、少し緊張しますね。
あの出来損ないはずっと本を読んでましたね。家では、私が集めた医学書を読み耽っていました。郁恵とは違って、前の妻である多恵はそんな愚息を、「きっと大成するわ」と笑っていましたね。
ああ、そうです。実はいまの妻は前妻の妹でして。肌が白くて目が大きく、インドア派だった多恵とは違って郁恵はアウトドア派で焼けた肌をしていましたね。
愚息が本を読んでいても多恵はずっと許してました。授業に出ず本を読んでると聞いて、私が愚息を強かに殴りつけた時には、多恵は愚息の味方をしていましたね。
何故あんなことを許したのか、私には分かりかねますよ。
勉強はこの世で最も重要なものでしょう。多恵ではなく、愚息が死ねば良かったんですよ。
……ああ、多恵が死んだのは病気なんかではないですよ。多恵と愚息が出掛けた日、大事故が起きたんです。スクランブル交差点に自家用車が突っ込んだ事故です、警察官なら、覚えてるでしょう。
そうです、大虐殺的な通り魔事件です。私の元妻、多恵はあの事件で亡くなりました。
あの愚息も同じ場所にいたというのに、愚息は生き延びて多恵は死んだんですよ。
多恵は、アレは出来た妻でした。主婦として家事を疎かにしたこともありませんでした。
愚息を身篭った時も、出産後も、私の母に頼らずずっと家事をしていましたね。
愚息もアレに似ていれば良かったのに、全く似ずに、勉強もせず、ずっと本を読んでましたよ。
大学も、院にまで行かせてやったのに結局自殺までして、最後まで私の顔に泥を塗りましたよ、あの馬鹿は。
ああ、すみません。注文をしてませんでしたね。
私はこのラテを。葛西さんはどうなさいます? では、カフェラテとブレンドをお願いします。
最近、寒くなってきましたから温かいものが欲しくなりますね。
あの愚息が死んでから、いつの間にか二ヶ月ですか。それは寒くもなるはずですね。
跡継ぎは必要ですから、いつかどこかで養子を貰うことにはなるでしょうが、その養子はしっかり見極めないといけませんね。
あの愚息のように、まともじゃない子を貰ってしまったら困りますから。はは、アイツはまともじゃないですよ。
あんなにもずっと本ばかり読んで、私はずっと言ってました、そんなに本ばかり読んでいたら馬鹿になると。
実際、自殺なんて馬鹿なことをしましたからね。
あの愚息は、多恵の妹だった郁恵にもすぐに懐いて、彼女の連れ子だった恵のことも可愛がってましたよ。
ですが、郁恵はそれを気持ち悪がってましたね。
三歳上の息子が自分の娘を可愛がれば、気持ち悪がるのも仕方がないでしょうけど。
ええ、三歳差がありましたね。
愚息は、恵を目の中に入れても痛くないくらい可愛がっていましたね。
だから、恵が亡くなった時は相当悲しんでいて「自分のせいだ」なんて嘆いていました。
それからは毎日、黒いリュックを背中に背負っていましたね。その中に恵の遺品を詰めて毎日、どこに行くでも一緒に行ってましたね。
気持ち悪いでしょう。
親の視線から見ても気持ち悪いんですから、学校では相当浮いてたんじゃないでしょうか。
愚息の学費を出していない? そんなまさか。私は愚息の小学校から大学院までの学費を出しましたよ。入学費も、入試費だって。
バイトは学費のためにと言っていた……? おかしなことですね。そんなはずないですよ。
ああ、そういえば愚息は時々、家の中で変なことを言ってましたね。
恵のために学費を貯めないと、だとか。愚息の中では恵がまだ死んでいなかったのか、もしくは恵のために金を貯めることで罪を贖っていたのか。
結局、恵は既に死んでいましたから贖うことなんてできませんけど。
馬鹿馬鹿しいことですよ。
ですがまあ、愚息が死んでくれたおかげで少しは私も妻も気が晴れましたから。それは良かったことかもしれませんね。
それでは、そろそろ。
今日はこれから妻と夫婦水入らずの食事会なんです。
ホテルの最上階にあるレストランですよ。ドレスコードもありますから、もう既にキメて来てしまいました。
妻とのデートなんて、結婚前以来ですから。
それでは、失礼します。




