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episode:山根しずか

 こんばんは、すみませんこんな時間にしてもらっちゃって。葛西さんですよね?

 私、雑誌『あの頃』の編集をしている、山根しずかです。二〇代前半で編集って珍しいですよね。お陰様で使って頂けていて。

 あ、名刺ありました。最近新調したんですよ。この紙質、すごく良くないですか? ディープマットっていう紙なんですよ。色はシャドーですね。

 そうなんです、名前が白抜きに、少しだけ赤が含まれてて。


 あ、私ほうじ茶ラテをお願いします。葛西さんどうされますか? それから、ホットのブレンドをお願いします。


 それで、お話って……斎藤くん?

 ……ああ、高校生の頃のクラスメイトの。そういえばそんな方、いましたね。すみません、本当にそんな人いたな、程度の印象で。

 そうですねぇ……斎藤くんって休まず学校に来てたんですよね。誰とも話してる様子はなかったんですけど、穏やかで声は低くて聞きやすかったです。

 国語の朗読とか、すごく穏やかで聞き取りやすくて、何よりずっと教科書や本を読んでいたので、それだけ本が好きなんだと思いましたね。


 一度だけ、どんな本を読んでいるのかと聞いたら、佐藤友哉さんの作品でしたね。タイトルまでは覚えていないんですけど。

 だからミステリーが好きなのか聞いたら、彼は首を振っていました。ミステリーだけじゃなくて、どんな本も好きだと。

 ロシア文学も、純文学も、ライトノベルも、なんでも読むと言ってて……そういえば、私はその時に初めて本を読むようになって、本に興味を抱いて出版社に就職したんです。


 思えば、私がこうして編集に携われるようになったのって、斎藤くんのおかげなんですね。

 ずっと、昔は本が好きじゃないどころか、嫌いだったのにどうしていまはこんなに本が好きなんだろう、文字を読むのが、書くのが楽しいんだろうって思ったら、そのルーツに教室の中で目立たなかった男の子が関わってるってなんだか、不思議ですね。


 え、他に斎藤くんのことで覚えてること? そう、ですね……声もそうなんですけど、顔がすごく、素敵な人でしたね。

 白くて細くて、まるでボーイッシュな女性にも見えるほどの。物静かで外に出なかったので、多分クラスの中で一番細かったんじゃないでしょうか。

 ずっと本を読んでいたのに眼鏡を掛けていなくて、なんていうかクラスにいた他のオタクとは違ったんですよね。清潔感があって、常にブレザーのワイシャツもスラックスも糊が効いてて。

 クラスの中ではすごく浮いてましたよ。


 ……そうですね、本当に浮いてました。

 女子生徒はすごくうるさくて、制服も乱れてて、男子生徒もうるさくて制服なんてめちゃくちゃで、そんな中でシャツのボタンを一番上まで留めて、ブレザーを着込んでスラックスなんて毎日折り目が付いていて。ネクタイもきっちりしてましたね。

 意外と覚えてるものですね。


 もしかすると、私は彼のことを好きだったのかもしれません。

 だからこんなに覚えてるのかな。


 あ、ありがとうございます。

 ここのブレンド、美味しいのでどうぞ。って、私がいれたわけじゃないんですけど。

 ここのほうじ茶ラテ、美味しくて好きなんです。ほうじ茶ってそれだけでも美味しいんですけど、ここのはいい茶葉を濃く煮出してそこに牛乳と砂糖をいれて煮詰めてるらしいんです。

 あはは、美味しすぎてマスターに聞いたんですよ。どうやって作ってるんですかって。


 懐かしいんですよね、このほうじ茶ラテ。私のお姉ちゃんが作ってくれたほうじ茶ラテにすごく似てて。

 もうお姉ちゃんが作ってくれることは無いので。……亡くなったんですよ、私が高校生の時に。

 そういえば、斎藤くんも高校生の時に妹さんが亡くなったって言ってました。亡くなった原因は聞いてないんですけど、その日から斎藤くんはすごく憔悴して髪もボサボサになって、清潔感が無くなって……でも、服だけはいつまでも折り目がきっちり付いてて逆に不気味でした。


 その頃から、私は斎藤くんを見なくなっていましたね。あの斎藤くんがどんどん憔悴していくのを見たくなかったし、私も姉が亡くなって精神的にしんどくて……。

 ひどい人間ですよね。

 いまの私なら、きっと斎藤くんの話を聞いてあげられると思うんです。分かり合えることはできないかもしれないけど、話を聞いて理解を示すことくらいは、きっとできると思うんです。


 すみません、電話が。

 あ、はい。その件は……ええ、取材の許可は下りたので週明けに。はい、よろしくお願いします。

 はい、カメラマンはハジメさんに依頼をしてますので。はい、その流れでお願いします。それでは。


 すみません、仕事の話が。

 こんな時間なのに、関係ないんですよね。出版社業界の闇ですよ。

 そろそろ……明日も仕事なので、失礼します。

 斎藤くんにまた会えたら、彼の妹のことを聞きたいです。あの頃聞くことはできませんでしたから。


 ほうじ茶ラテ、ごちそうさまでした。

 またここに来ることがあれば是非飲んでみてください。それでは。

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