旅路
「頼みって……何かあったのか?」
カナートの突然の真剣な声に、リーは焦って聞き返す。
「いや、困り事というわけではない。驚かせてすまなかった」
慌てた様子で否定して、カナートはテントで遊ぶ子龍たちを一瞥した。
「ディリスがいいなら、ドマーノ山までカルフシャークも一緒に連れて行ってくれないか?」
「カルフシャークを?」
確かにカルフシャークはずっと外に出たがっていたが。
投げかけたのは疑問ではなく確認。頷いたカナートは、僅かに自嘲を浮かべて息をついた。
「己に何ができるかも、戦うということも知った。そして何より、友もできた。いい機会だと思ってな」
大事に思ってここから出さなかったことが、結果ユーディラルとアディーリアの逃亡の一因となった。
もちろんアディーリアが黄金龍ということも大きく関わってはいるものの。カナートとしても思うところがあったのだろう。
語る声音は父親としての愛情に満ちて。龍であっても子を思う気持ちに変わりないことを改めて感じる。
「ドマーノ山からならカルフシャークもひとりで飛んで帰れるだろうし。組織にも依頼を出しておく」
「別に一緒に連れてくくらい依頼じゃなくていいって」
「なんなら帰りは俺がこっそりあとをつけてもいい」
迷う様子もなく応えるリーとフェイに礼を言い、それでも報告はしておくと伝えてから。
相好を崩したカナートに、先程の自嘲はもう見えなかった。
ディリスたちと一緒にドマーノ山まで行き、帰りはひとり飛んで帰ってくる。
翌朝突然そんな旅程を示されたカルフシャークは、らしくなくきょとんと父親を見上げた。
「……いいの?」
「ああ。ディリスにも了承を得ているよ」
ディリスへは昨夜のうちにリーから打診してある。
にこにこと見つめるディリスと視線を合わせ、見守るリーとフェイを順に見やり、再びウェルトナックへと向き直り。
もう一度頷くウェルトナックに、ようやく自分事だと受け入れられたのだろう。胸を張るように体が伸びる。
「父さん、ありがとう!」
それだけ言うとあっという間に池に潜っていったカルフシャーク。池の中にいる兄弟妹たちにはしゃいで報告しているのだと、覗くまでもなく容易に想像がつく。
池を勝手に抜け出したユーディラルとアディーリアの話を羨ましそうに聞きながらも、文句も言わずにちゃんとその時を待っていた。
確かに普段はやんちゃで落ち着きはないが、きちんと考えて我慢も行動もできる素直さと冷静さも持ち合わせている。
だからこそウェルトナックもひとりで帰らせることにしたのだろう。
すぐにまた池から飛び出してきたカルフシャークは、今度はリーたちの周りをグルグルと嬉しそうに飛び回りはじめた。
「一緒に行っていいんだって!! よろしくね! 出発はいつ??」
「落ち着けって」
笑って宥めながら、リーは慈愛の眼差しを向けるウェルトナックに、あとは任せろとひとつ頷く。
兄弟妹たちと一緒ではあったが、初めてカルフシャークがここを離れたのはレジア村の護り龍の下へ行った時。なんの責もない皆に、人が汚した水と山を浄化してもらった。
ユーディラルとアディーリアと同じく、カルフシャークもまた人の昏い部分ばかりを見ているというのに。それでも見限らず、変わらず人を慕ってくれる。
人として嬉しくも申し訳なく、そして情けなく。だから今度こそ、少しでも人の世を楽しいと思ってもらいたい。
「なんか見たいものとかやりたいこととか。あったら言って」
「うん!」
満面の笑みのカルフシャークに、おそらく心配はないだろうと思いつつも。
リーは道中で何か喜ぶようなことはないかと考えることにした。
「いいなぁ、カルフシャークお兄ちゃん。アディーリアも行きたい」
ふくれっ面、とまではいかないが、それでも少し拗ねたような顔でリーにしがみつくアディーリア。
「僕たちは何度か出てるよね」
「だって。リーと一緒に歩いたのって、ちょっとだけなんだもん」
ユーディラルの慰めにますますむくれた声を出し、リーに尻尾を絡めた。
笑ってその背を撫でながら、リーはそのうちな、と宥める。
「ヤトのところに行くんだろ」
「うん。ソリッドも来てくれるかな」
「訓練所にいる間は難しいだろうけど、保安員になりゃ会えるだろ」
青の五番の食堂で働くヤトと、テーラーにある保安員の訓練所にいるソリッド。
元々はアリアとライルを誘拐した反組合の一員だったふたりだが、酌量された今はそれぞれ前を向いて歩んでいる。
会いに来てもらうことは難しいとわかっているからこそ、アディーリア、そしてユーディラルが再び人の世を旅をする目的として挙げられていた。
ソリッドが正式な保安員となるまでどのくらいかかるかはわからないが、その頃には、とユーディラルを見やるリー。
人の悪意に晒され、そのつもりなく人に怪我をさせたことで、自身が深く傷ついたユーディラル。
心配いらないとのウェルトナックの言葉通り、こちらが何をするまでもなく己で乗り越えた。もう自分が気遣う必要などないだろうなと、その成長を頼もしく思う。
視線に気付いたのだろうか、ユーディラルもリーを見上げ、その眼を少し細めた。
どうやら呑み込んでくれたらしいアディーリアを撫でて労っていると、並んで何やら話していたカルフシャークとディリスが近付いてきた。
「ねぇねぇ、リー」
「どうした?」
目の前に来た水色と白色の子龍たちは、顔を見合わせてからあのねと切り出す。
「ここからドマーノ山まではまっすぐだよね」
「だからまた寄り道してくれないかなって」
仲の良いその様子になんだかほっこりしながら、別にいいけどと返して。
「行きたいところでもあるのか?」
重ねて問うと、子龍たちはもう一度互いを見てから大きく頷いた。
「僕、近くで海を見てみたいんだ!」
「俺も砂浜が見てみたい」
どうやらディリスのいた北の海岸の話から興味を持ったらしい。
子龍たちのうしろでウェルトナックが頷くのを見届けてから、ちょっと待ってろと荷から地図を持ってくる。
「黄の六番から白の街道まで抜けて、海岸沿いを北に行くか?」
ふたりに地図を見せながら、リーは提案した道筋を指でなぞった。
「ここってアリュート?」
覗き込むカルフシャークが、ドマーノ地区の東隣を指し示す。
「そう。レジア村はこの辺かな」
「寄れる?」
白の四番から黄の四番までは、アリュートとケファルの間をその先のドマーノへと抜けていくこともできるが。
レジア村には護り龍のヤシューエントとサルフィエールがいる。いつでも来ていいと言われているものの、龍とはいえディリスとフェイを連れていっていいのかはリーには判断ができない。
ウェルトナックに相談し、先にカルフシャークが単身で許可を取りに行けばいいだろうということになった。
それを聞いたアディーリアが更に拗ねたのはいうまでもなく。
結果、新たな約束がひとつ増えた。






