5話
ウイがトウコと病院であれこれをしていた、その頃。
国王の執務室。そこには向かい合うようにしてソファーへ座っているアロガンスとバシレウスがいた。間に置かれたテーブルの上には使用人に用意させた紅茶が入れられたカップが二つある。
バシレウスは紅茶の匂いを楽しみつつ、一口飲んで、カップをテーブルに置いた。
「どうした? 飲まないのか?」
紅茶に手を付けていないアロガンスにバシレウスはそう言った。
「いえ。頂きます」
アロガンスはそう言ってコップを持つと、一気に一口で紅茶を全て飲み干した。そして空となったカップが音を立てて、テーブルに置かれた。
それにバシレウスは眉をひそめつつ、口を開いた。
「それで。話というのはなんだ?」
「……父上。父上がアマツカエの当主に与えている権力を全て取り下げてもらいたい!」
アロガンスはそう強く訴えかけた。その姿は何か焦っているようにすらも見える。
その姿を見ながらバシレウスはため息を吐きながら言った。
「またその話か……。何度も言っただろう。化け物に関して、そして天神様に関してはアマツカエ家が一番よく知っている。そしてそれに関し、万が一何か問題が起きたとき、意見をしやすい立場、そして指揮しやすい権力を持っていなければ、その万が一が手遅れとなるやもしれないんだぞ」
この問答。つまりはアマツカエ家に関する、息子の訴え。これは前から何度も繰り返されてきたことであった。
そのためバシレウスはいつもと同じようにアロガンスへ説明をした。
しかしそれで納得をするならこうも何度も繰り返されてはいない。
アロガンスは不満気な態度を隠してはおらず、そして納得している様子でもなかった
「それは分かっています……。
ですが、ならばなぜその力を常に与えているのですか? 必要なときだけで良いでしょう。常にそんな権力を渡してる必要はない。それに万が一……悪用されでもしたら」
「悪用されたことはあるのか?」
「ッ……」
「アロガンスよ。アマツカエは権力を悪用したことはあるのかと聞いている」
アマツカエ家の当主に与えられている権力。その力は絶大である。
国王と対等に話せる。それだけでも凄いというのに、アマツカエ家の当主はその他に、騎士団への指揮権や徴収行為などが部分的にだが認められている。それに加え王国からは化け物狩り用として資金も援助されたりしている。
まさに至り尽くせり。
アロガンスが不満に思うのも不思議ではなかった。
「ない、です……」
苦汁を飲むかのように、苦々しく、アロガンスは言葉を漏らした。
だがそんな権力、資金が与えられているアマツカエ家の当主であるが、それが実際に悪用された。そんなことは与えられてから現在に至るまでなかったのである。
せいぜいあったとしてもちょっと甘い蜜を啜る、その程度。大抵の貴族なら誰でも行うような、その程度の行為だけであった。
「そうだ。アマツカエ家は何も与えられた権力の悪用、それを行っていない。内部や部分部分では多少問題は起きているが、権力の悪用はない。きちんと己が責務を果たしている。ならば問題はない」
バシレウスもアマツカエ家内での争いは知っている。だが知った上で信頼していた。それは無償の信頼ではなく、彼ら――アマツカエ家、その本家分家、両方で争う権力を欲する者たちがその権力はセオス王国からの信頼であることを理解していることによるものである。
「ですがっ! 少し前にもアマツカエ家の長女が監獄へ送られたと聞いています。それにあの家は常に分家と睨み合っています! いつ内部崩壊してもおかしくありません! それに今はまだ悪用されてなくても、これから先も悪用されないとは」
アロガンスは口早に否定していくが、
「くどい」
「ッ!」
その言葉はバシレウスの冷たい声と共に止められてしまった。
バシレウスは言葉を止められたアロガンスの瞳を見つつ話しかけた。
「アロガンス。理屈は良い。理由を付け、しっかりと批判するのは良い。……だがそれがお前の本音か?」
「……はい。これが俺の本音です」
「そうか。
……だが儂にはそうは聞こえない。お前はこれまでずっと本音を理屈で隠して、儂を説得しようとしているように思う」
「⁉」
「どうなのだ?」
「…………」
その言葉にアロガンスは押し黙ってしまった。
バシレウスが指摘したこと。
それは事実であった。
アロガンスはアマツカエ家が嫌いである。
それは日ごろのウイに対しての態度からも普通にわかる。
アロガンスにとって、天神という神がいるセオス王国は誇りであった。
誇りであったが、それに仕えているのは自国の者ではなく、他所から来た者。しかも彼らはよそから来たくせにセオス王国で良い立場に居座っている。
そのことが物心がついたころから、アロガンスには忌々しかった。
だから嫌う。
だから嫌悪する。
だから否定する。
だから蔑む。
だから落とそうとする。
アマツカエ家の権力を取り下げるように己の父に訴えかけているのも、危険性とかではなく、ただただ忌々しい一族が権力を持ってる。その事実に腹が立っていたからにすぎなかった。
「……」
「……」
アロガンスは父バシレウスにそのことをとうに見抜かれていたことに気づき、黙り込んでいた。
そしてバシレウスはそんなアロガンスを憐れむような目で見つめていた。
「確かにお前がアマツカエ家に対して嫌悪を抱くのは分かる。そんな思いを抱いているのはお前だけではないということもだ」
バシレウスは優しく、なだめるようにしてそう言った。
その言葉に思わず、アロガンスは目を光らせた。
「じゃあ!」
「だが‼」
「ッ」
バシレウスの声が執務室に力強く響いた。あまりのものにアロガンスは思わずビクッと肩を震わせた。
「……だからこそなのだ。だからこそアマツカエ家には力を与えているのだ」
そしてさっきの否定とは打って変わって、諭すような口調でそう言った。
アロガンスはその言葉の意味がわからず、頭を傾け、
「それはどういう……?」
そんな風に疑問を零した。
そしてその疑問に対してバシレウスは何か答えようとして、
「それは」
コン、コン、コン。
その途中、扉をノックする音がしたことによって止められた。
扉が開き、外から書類の山を抱えた文官が入ってきた。
「どうした」
「昨日の襲撃事件に関しての追加の報告書を持って参りました」
「うむ。そうかご苦労だったな。そこの机に置いておいてくれ」
「了解しました」
バシレウスは文官に指示をしつつ立ち上がった。
「仕事が増えたのでな、ここまでだな。……アロガンスよ。さっきの答えはお前が見つけるんだ」
そう言いながらバシレウスは己の机に着き、執務を再開した。そしてすぐに、周りになど意識に入らないぐらいの集中となった。
バシレウスは声を発することなく、書類に目を通して、判を押し始めた。
「……」
「……分かりました。父上……」
その姿を見たアロガンスは今日はもう無理だろうと悟り、そう言って部屋から出ていった。
扉は静かに閉まっていった。隙間から見えるアロガンスの後ろ姿にはやはり何か焦りのようなものが見えた。
バシレウスはそれをチラリと見つつ、過去の自分に重ねていた。




