4話
確認が終わると私は国王の執務室から出た。アロガンスの方は何かバシレウスに話があるということで残った。
そういう訳で帰りは一人である。
行きはなんかいつもと違うアロガンスのせいで、変な空気が流れていた馬車であるが、帰りはそんな風にならないのでかなり楽である。
行きと同じ道を馬車が進んでいく。
帰りの護衛の騎士は行きとは違って、一人であった。
そう言えば私の入院生活だが、まだもう少しだけ続く。
私個人としてはもう普通に学校に通い始めても良いと思っているのだが、そこはやはり医者。屋敷の方で私を診察した医者と同じく、念には念をということでもう少しだけ入院して、大人しくしていなさいということになってる。というかさせられている。
なんだろうか。私はヤンチャな人とでも思われているのだろうか。
怪我など気にせず暴れたり、走り回ったりするようなヤンチャに。
もしそう思われていたなら少々心外である。
さすがの私も今の状態で剣を振りまくるとかはしない。より良い鍛錬と言うものは、きちんとした体調調節を行うことで発揮されるものだ。そこら辺はちゃんと理解している。
なのでさっさと退院させてほしいものである。
ずっと病室に籠り、課題をこなす生活というのはもう飽きた。まだ数日とか言われるかもしれないが飽きるもんは飽きるのだ。
楽しみと言えば放課後にやってくるレオナが描く絵ぐらい。
はっきり言って退屈である。
走り回ったりはしないと言ったが前言撤回。入院生活がこれ以上伸びるというなら、走り回ってしまうかもしれない。
「はぁ……」
そんな風に思いながら病室に戻って来た私は、その扉を開けた。
「うぅ~……ウイぃぃぃ~」
するとそこには半べそかきながら正座をしている姉様がいた。シクシクと涙を流しつつ、病室の脇で正座している。首からは何か文字が――『私はみんなに迷惑をかけました』と書かれた板を垂らしてる。
その正面には病室に備えられた椅子に座る筋肉質の巨漢が座っていた。
「……」
私は思わずそっと扉を閉めた。
なんじゃこりゃ……?
本当になんじゃこりゃ?
姉様が病室にいるのも驚きだし、その上半べそかいて正座している。しかもなんか巨漢の男もいる。
なんじゃこりゃ。
何これ事案?
事案か?
もしくは夢、幻。幻覚の類か?
……。
……
うん。そうだな。これは多分見間違い。気のせいだ。ちょっと疲れていたかもしれない。こりゃもう少し入院するのもしょうがない。こんな幻覚を見るぐらい疲れているとは本当に驚きだ。自分のことと言うのは意外とわからないものだな。
ハッハッハ……。
……。
……。
再び開かれた扉。
「……」
そこにはさっきと同じ光景がある。
「う、ウイ~‼」
しかも姉様が私に気づいて、こっちへ向かって走って来た。
私は思わず扉を再び閉めた。
幻覚……ではない……。
幻覚ではなかった。
扉の向こうからは姉様の声が響いてくる。
「ウイ~ウイ~‼ 無事でよかった~‼ 本当に無事で‼ うぅぅ……本当に……本当に良かったよ~‼ お姉ちゃん心配で、心配でぇぇぇぇ。ぅぅう……何で閉めるの? 開けてよ。ウイィィィ……。お姉ちゃんだよぉぉ。ハグさせてよぉぉぉ~……。吸わせてよぉぉぉぉ…………」
まごうことなき姉様である。幻覚とか、私の想像とかではない、完全に姉様である。
「少しは落ち着け!」
「うぎゃっ‼」
私が戸惑いつつ、扉を閉めていると、扉の向こうから男の声聞こえたかと思うと、何かを殴ったような音がした。そして姉様の小さな悲鳴が聞こえた。
私は恐る恐る扉をまた開けた。
そこには頭を押さえる姉様と、姉様に拳骨を落としたであろう巨漢の男が立っていた。
「本当に失礼。この馬鹿がウイに会いたい会いたいと叫ぶもんだから、邪魔していた」
「はぁ……? えっと……あなたは?」
「ああ。俺の名前はルウリー・リッター。この国の騎士団の団長をやってる者だ」
なるほど。通りでなんか見たことがあるような、ないような顔のはずである。
「姉様の上司ですか。姉様がお世話になってます」
私は現在進行形で何か迷惑をかけてしまっていることを察してそう言った。
「……本当にお世話になってるよ……」
するとルウリーは物凄く疲れた様子でそう言った。
「えっと……何かあったんですか?」
「ああ。あった。本当にあった……。この前の襲撃のせいでこちとら警備の見直しとかいろいろあって忙しいというのに……。このシスコン馬鹿は、学校に突撃しやがったんだ」
「は? 突撃?」
「そうだ突撃。まぁ正確には不法侵入であるんだが……あんま変わんねぇよ」
「ちょっ、失礼な! 私はただウイが心配で」
「心配だから? 心配だから化け物を勝手に一人で殲滅して、他の奴らを置いてケセムに戻って来た。そして学校に行ったと?」
「そうよ」
「はぁ……」
ルウリーは本当にこの馬鹿はとため息を漏らした。
流石にこれは擁護のしようがない。私は無言のまま姉様の目の前に立った。
「……」
「ウイ~、お姉ちゃん、頑張ってんだよ~褒めて褒めて~」
前に合ったときよりなんか真面目さとかそんな風なものが薄れている。もはやシスコンであることは周りに隠そうともしていない。
姉様の思考回路とかそこら辺の辺り……絶対に壊れているだろう。なんだ……? 私と会っていないせいか? そのせいで壊れたか? どう考えても、ぶっ壊れるのが早すぎだろう。
「本当に姉様がご迷惑をおかけしました」
「いやこっちこそ。この馬鹿を止められず、申し訳ない」
私とルウリーは互いに頭を下げ合っていた。
巨漢の男と学生の少女。
私たちが頭を下げ合う姿はなんとも奇妙な光景であった。
* * *
ルウリーはあの後、仕事があるのでと帰っていった。
そして私は姉様と二人っきりで病室でスキンシップ? をとっていた。
「姉様」
「なぁに?」
「みなさんに迷惑をかけてはいけませんよ」
「分かってるわ~」
姉様は真面目さも欠片もないへにゃへにゃしたような声で返事を返した。
ルウリーの話によると、どうやら姉様は私と最後にあった後からはずっと大規模な化け物狩りの指揮を執っていたらしい。それにより化け物狩りの最中、ずっと「ウイに会いたい」とつぶやき続け、かろうじて隠していた化けの皮も全て剥がれていったそうだ。
そしてそのタイミングで今回の事件。
私が大怪我を負ったという知らせを受け、姉様は一人で化け物を狩り尽くし、そのままこっちまで直行したらしかった。
本当に姉様の強さの化け物ぶりとかで尊敬しつつ、重度のシスコンぶりに私は呆れていた。
ひとまず学校には不法侵入したぐらいで何か被害を出していなかったので本当に良かった。いやホント、マジで。これでなんかやらかしていたら姉様の次期当主と言う立ち位置が完全に危うくなる。そうなったらまたあの面倒な胡麻擦りが再開する。そんなのは御免である。
「ふへへへへ~」
息をスハスハし、幸せそうに抱き着く姉様を見て私は思った。
どうにかして姉様の私成分補給ようの何かを準備しなければと。
ただなぁ~。そうはいっても何か良いのがあるかな~。
私の服とか?
いや……流石にそれはなんかちょっと……。隠れてやっているならまだいいけど、こうなんか私の手でそうさせるのはちょっとな……。
「ウイ。今日も来たよ~課題もあるわよ~」
そんな感じで考えているとレオナがやって来た。本日の課題と絵描き道具を持ってやってきた。
「ん? その人は?」
「ああ。この人が私の姉様。アマツカエ・トウコ」
「その人が。へぇ~中々の美人さんね。ちょっとだけ描かせてもらってもいいかな?」
「ん。良いよね姉様?」
「ふへへへぇ~。全然良いわよ~」
姉様は言葉を耳の中で素通りさせた様子でそう答えた。
それに対してレオナは特に変な人と感じる様子もなく、絵を書く準備をしだした。
ん?
絵……?
「あっ、そうだ!」
私は思わずそう叫びながらベッドから立ち上がった。その勢いで私に抱き着いていた姉様は地面へ滑り落ちた。レオナは急な私の行動に驚いていた。
「びっくりした……そうしたの急に?」
「ねぇレオナ、レオナ。今私の絵持ってる?」
「ウイの絵? もちろん持ってるわよ」
「それちょっとちょうだい」
「もちろんいいけど……?」
そう言いながらレオナは絵を3枚取り出した。どれもかなりの出来である。本当に素晴らしい出来だ
私はそれを受け取ると、地面に倒れている姉様の目の前に絵を出した。
「ッ⁉ これは⁉」
すると姉様の目はキリっと鋭くなり、その雰囲気は前にあったときに近い感じに戻った。
「レオナが描いてくれた私の絵です。どうです? 欲しくないですか?」
「欲しい。すごく欲しい!」
「姉様。じゃあ、この絵はあげますよ」
「本当に⁉」
「ただし。ちゃんと他の人に迷惑をかけたりしないでくださいよ。ちゃんとやってくださいね。そうしたら他の絵も上げたりし「する‼ する‼ ちゃんとするわよ‼」ますよ」
私が最後まで言い切る前に姉様はそう何度も言いながら頷いた。
「私はウイの姉だもん‼ えぇ、ちゃんとやるわ‼」
そしてそう言いながら姉様は立ち上がった。
雰囲気は完全に元の姉様、屋敷でよく見た姉様に戻っていた。
ひとまずこれで多分姉様が暴走することはないはずである。なにせ屋敷での姉様は私のお願いは大抵聞いてくれる、そして周りの目をしっかりと気にする人だ。
私成分不足でさっきまでは壊れていたが、屋敷での状態に戻れば、今回のようなことは絶対に………………多分やらかさないはずである。ちょっとだけ不安はあるが大丈夫なはずだ。
「頑張ってください」
私は念押しするようにそう言って、絵を姉様に渡した。姉様はそれを大事そうに貰い、頬擦りをしながら病室から出ていった。
レオナはその様子を訳も分からない様子で見て、
「……あっ、描かせてもらってない」
そう呟いて、姉様の後を追っていった。




